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【社内雑談】本当にさようならCDMA 後編

はじめに
さて、以前もこのブログにてCDMAやめるってなに?というタイトルで、ソフトバンクが第三世代WCDMAを終了させることを記事にしました。そして、今回はとうとうNTTドコモがWCDMAサービスであるFOMAを終了させることで、すべてのWCDMA、そして全ての第三世代携帯電話のサービスを終了することになります。
第三世代携帯電話であるCDMA方式が終わるということは、それまでの「レガシー」も同時に終了することとなります。今回のブログでは、この携帯電話業界にとっては激動の時代であった2000年頃からのCDMA時代をふり返ったのですが、話は思わぬ方向へ進んでいきます。
毎度おなじみではありますが、このブログはエンジニア個人が好き勝手発信するものであり、所属組織(株式会社三技協)の公式の見解ではありませんので、あらかじめご承知置きください。
前編はこちらから。
インフラベンダーの移り変わり
B: 実は、CDMAの時代はもう一つ大きな動きがあったんだ。それが、基地局やコアネットワークを作っているインフラベンダーが大きく再編されたこと。CDMAの時代にiPhoneが登場したから、その時代の端末ベンダーの移り変わりはよく取り上げられるし、我々も特集したことがあるけど、実はその裏ではインフラベンダーもこっそりと再編されていたんだよ。
A: 端末だけで無く、インフラ側も大きな動きがあったんですね。
B: 前回、CDMA2000対WCDMAの構図、というのに触れたけど、その時CDMA2000を推していたベンダーの中にノーテルという会社があったんだけど、聞いたことある?
A: 何となくですが、聞いたことがあるかもです。
B: ノーテルはカナダの通信機器ベンダーで、特に光ファイバー機器に強みがあった。2000年頃は10万人弱の従業員数を抱える、世界で最も大きい通信機器ベンダーと言われていた。そのノーテルは携帯電話基地局も作っていたりして、一時期は日本参入を目指すなんて報道もあったぐらいだ。
例えば、WCDMA開始直前2000年当時のインフラベンダーランキングがこちら。細かいデータが無かったから推定だけど、そのノーテルは、携帯電話のインフラにおいても5位にランクインしていた。
2000年携帯電話インフラベンダーシェアTop5(推定)
| Rank | 会社 | 国 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1 | エリクソン | スウェーデン | GSM時代の覇者。WCDMAの主導者でもある。 |
| 2 | ノキア | フィンランド | 端末側の王者。インフラ側も急成長。 |
| 3 | モトローラ | アメリカ | アメリカ中心。CDMA2000のリーダー。端末も強い。 |
| 4 | ルーセント | アメリカ | AT&T、ベル研の流れを汲む電話交換機の雄。 |
| 5 | ノーテル | カナダ | 光通信で通信業界最大手に。 |
Aさんは、これを見てどう思う?
A: 上二つは今も健在ですけど、下三つ会社はどうなりました?
B: その辺は、追々話しましょう。ちなみに約四半世紀後の2024年のデータは以下の通り。こちらは総務省の情報通信白書から引用。
2024年携帯電話インフラベンダーシェアTop5
| Rank | 会社 | 国 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 1 | ファーウエイ | 中国 | 携帯含む通信インフラ機器最大手。それ以外も、スマホから半導体、EV、電池まで幅広い商売。 |
| 2 | エリクソン | スウェーデン | 中国を除くとシェアは首位。最近の日本の事業者は必ず採用する。 |
| 3 | ノキア | フィンランド | 端末部門は消滅したが、インフラベンダーとしては未だ健在。 |
| 4 | ZTE | 中国 | 中国市場で高いシェア。日本にも参入していたが、 米国規制でシェアを落とす。 |
| 5 | サムスン | 韓国 | 現在の端末の覇者。家電でも世界首位。半導体も強い。 |
A: ガラッと変わりましたね。中国が2社も入っています。
B: そう。CDMA時代の大きな変化は、中国勢、特にファーウエイの隆盛と、日欧米ベンダーの凋落だ。2000年代はランクインしていたメーカーだけでなく、そのすぐ下にはフランスのアルカテル、ドイツのシーメンスなどのベンダーがしのぎを削っていた。しかし、今現在はエリクソンとノキアだけしか生き残っていない。
実はこのTop5だけど、2010年ぐらいから現在まで全く変わっていないんだ。LTEになってから15年近く業界勢力の入れ替わりはないってことになるね。しかも、5社による寡占化が進んで、5社で90%を超えるようにすらなった。そして、今のところ有力なチャレンジャーもいないから、今後も当面このままだ。そう考えると、インフラベンダーの競争はCDMA時代に勝負が付いてしまったと言えると思う。
A: ということは、2000年頃に上位だった他の会社は、勝負に負けて淘汰されてしまったと言うことですか?
B: そういうことだね。2000年のランクに載っていた多くのベンダーが会社ごと消滅している。というか、多くの会社がノキアに吸収されている。下にノキアのインフラ部門分離後の、ノキア社の歴史を貼ったけど、凄いと思わない?
A: すごいですね。どれだけ吸収しているんだよ!って思います。ノキア・シーメンスと呼ばれていた時代を知っていますが、実際はそれどころじゃなかったんですね。
B: 合併だったり買収だったり形式は様々だけど、今はノキア(Nokia Corporation/Nokia Oyj)という社名の会社しか残っていないから。図のグレーアウトの会社は会社ごと消滅している会社。ドイツのシーメンス、パナソニックという通信が本業じゃ無い会社は残っているけど、他は吸収されなくなったという感じだね。
A: 結果的に、みんなノキアに吸収されてノキアの一部になっているのですね・・・ ただ、これだけやってもファーウェイ、エリクソンの2強に勝てないというのは、ちょっと引っかかりますが。
B: 良い視点だと思う。ノキアがなんでこんなことしているのかというと、大変失礼な言い方になるけど、現実問題としてノキアは技術力の面で、どうしてもファーウエイ、エリクソンの2強に劣るから、こうやって同業者のM&Aを繰り返しながら規模を大きくすることで2強について行っている、そういう戦略のように見えるね。
A: なるほど。それで、もう一つ気になるのが、最初の話題だったノーテルはノキアに買収されていないようなのですけど、どこに行っちゃったんでしょう?エリクソンやファーウエイに買われたとか?
B: ノーテルの前に2強の話しをしておきます。まずエリクソンに関してはノキアのように同業者を買収して規模を大きくするということはしていない。エリクソンが買収した会社として有名なのはVonageというIP電話の会社。事業用のIP電話の大手だから、オフィスの電話機などで社名の字面を見たことがある人は結構いるんじゃない? で、エリクソンはこういった、事業領域を広げるような買収はするけど、ノキアのような同業者を買って大きくする戦略は採っていない。
また、ファーウェイは買収自体が規模の割に多くなくて、自分で自分を大きくする方針を採っているようだ。有り余る優秀な開発人材をテコにして事業領域を広げるという、見方を変えれば「力業」をやっているね。ファーウェイの場合は米国の例の規制がかかっているから、中国以外の会社を買収したくても出来ないという別の理由もあるだろうけど。
A: 結構、ノキア、エリクソン、ファーウエイのビッグ3でもそれぞれ方針は違うんですね。で、ノーテルはどうしたんですか?
ノーテルの最期とCDMA
B: じゃあ、ノーテルの話をしようか。ノーテルはノーザン・テレコムという元々の社名を省略したものだ。元の社名を訳せば「北の電話」。その名が表す通りカナダにある通信機器会社だ。ノーテルはカナダの電話会社であるベル・カナダの製造部門から、1895年にスピンアウトにより設立された。設立当初から、電話機の製造を本業とし、それ以外にも火災報知器とか蓄音機とかを作っていたようだ。
A: 1895年と言うことは、100年以上の歴史があるんですか。
B: カナダの電話会社の製造部門が、20世紀末に世界最大の通信機器メーカーと言われるまでに大きくなった理由は、この会社が他社に先駆けて「デジタル化」と「光ファイバー化」に取り組んだからだ。ノーテル(当時はノーザン・テレコム)のはまず高性能なデジタル交換機で世界を席巻した。例えば、NTT。当時は電電公社だけど、ご存じの通り電電公社は国営企業だったので基本的に国産メーカーの機器を使っていた。そんな中で、電電公社初の外国製交換機がノーテル製だったと記録が残っている。
A: へー、電電公社がわざわざ輸入するほど高性能だったわけですね。
B: さらに、ノーテルを語る上で外すことが出来ないのが「光ファイバー」だ。早くから光ファイバーに力を入れていたノーテルは、光ファイバーの技術開発だけでなく、優れた技術を持つ会社の買収などにも力を入れていた。最も有名なのがアメリカQtera社の買収で、これにより他社に先駆けてDWDM(Dense DWM:高密度波長分割多重)を製品化し、超高速かつ長距離伝送を可能にしていた。当時他社の長距離線が1Gbpsレベルの製品だったところを、ノーテルだけ10Gbpsの製品を出していた、という話だ。そこまで違えば「通信業界のリーダーに躍り出る」というのも不思議ではない。当時は、インターネットの急激な拡大期だったから、通信の高速化の需要はもの凄かったと思うよ。
A: 確かに圧倒的で、それなら他社を凌駕できますね。
B: 圧倒的な製品を持っていたため、ノーテルの株価は急上昇。2000年頃にはノーテルの時価総額が、カナダの株式市場全体の1/3を占めるまでになり、トロント証券取引所は「ノーテル取引所」と揶揄されるまでになった。
A: すごいですね。でも、現状を考えるとこの後「だが、しかし」という展開になるんですよね・・・
B: ご名答。栄華はあっという間に終了した。まず、2001年にいわゆる「ドットコムバブル」が崩壊した。そして、運が悪いことに、その震源地とも言える当時アメリカ2位の長距離電話会社の「ワールドコム」は、ノーテルの主要顧客だったんだよ。
A: ワールドコム!聞いたことありますよ。たしか、粉飾決裁して倒産したような。
B: そう。ワールドコムについて話すと長くなるのでここでは語らないが、とにかくドットコムバブルははじけ、ワールドコムは粉飾決算で倒産してしまった。バブルがはじけた上に、大口顧客が潰れてしまったノーテルは、ネットワーク製品が急激に売れなくなり、在庫を大量に抱えてしまった。そのため、2000年9月には124(カナダ)ドルあった株価は、2002年8月にはたった0.47ドルになった。カナダの株価市場の1/3を占めていたものがたった2年でこれだから、カナダの年金基金はそれはそれは大変なダメージを受けたとされている。
A: えーと、電卓で計算すると・・・ 株価およそ300分の1ですか。これは、実質紙くず化ですね。
B: それで、ノーテルでは全世界約9万5千人の従業員のうち6万人を解雇した。これもカナダ社会に大きなダメージを与えた。でも、経営がマズかっただけで製品が競争力を失ったわけでは無いわけだし、大規模なリストラを実施しスリム化したので、会社は復活できると思われていた。
A: 思われて「いた」?
B: 翌2003年、ノーテルはV字復活を果たし黒字化。「悪材料は出し切った、これから反転攻勢だ」なんて雰囲気も出していた。当然、株価は上昇。新しくなった経営陣と上位の管理職には巨額のボーナスが支払われた。ノーテルは全てが上手くいったように見えた。が、実はこれがウソだった・・・
A: え!ノーテルも粉飾決裁だったんですか?
B: 大赤字の年に、あえて赤字を上乗せしておいて貯金を作り、翌年それを掃き出すことで黒字に見せかけるという技を使っていた。ノーテルはドットコムバブル崩壊時の2000年から2002年にかけて、あえて赤字額を大きく見せておいて、裏でこっそり準備金をプールしておいたわけ。そして、2003年にそれをドカーンと開放した。当然、2003年単年では黒字に見えるわけだから、株価は回復するし、経営陣は偉そうにボーナスが貰える。みんなハッピーでしょ?
A: いやいや、株主は全然ハッピーではありませんが。
B: 2002年の4Qには予想外に利益が出ちゃったものだから、わざわざ逆?粉飾して赤字に見せる、そこまでやってたんだよ。でも、結局なんかおかしいと会計監査人のデロイトにばれた。
A: まあ、普通ばれますよね。そのための監査法人ですから。
B: ノーテルも、ワールドコムやエンロン※5を見逃してくれたアンダーセン※6を監査に使っていれば見つからなかったはずなのに、デロイトを使っていたからばれてしまった。もっとも、2003年だともうすでにアンダーセンは無くなっていたけど。
A: いやいや、そういう問題じゃないですよ。粉飾はいけません。
B: さて、そのノーテルがどれだけ準備金をプールしてたかというと、当初発表では2003年度は7億3200万ドルの黒字とされていたんだけど、後の調査で実際は4億3400万ドルの赤字だったことがわかった。
A: いやいや、7億ドル超の黒字から4億ドル超の赤字って、10億ドル以上差があるじゃないですか!どんだけプールしてたんですか!
B: そして、ここでやっと携帯電話の話に戻る訳なんだけど、ノーテルは北米勢ということでCDMA2000に注力していた。でも、ノーテルが粉飾決算などで傾きかけた頃には、CDMAの勝者がWCDMAになりそうだというのは見えていたんだよね。それなのに、ノーテルはWCDMAに手を出さず自分たちが技術を持っているCDMA2000に賭けてしまったんだよね。技術にこだわったのか、粉飾決算のごたごたで投資できなかったのか、理由はいろいろあるだろうが、結局方向転換の判断ができなかった。
A: うわ、ありがちな展開です。
B: 当然、CDMA2000のインフラ機器は徐々に売れなくなった。もっとも、仮にCDMA2000がWCDMAに勝ったとしても、大赤字なうえ粉飾決算まで行うノーテルに10年20年の保守が必要な携帯電話インフラを任せる会社が多くあったとは思えないけどね。
さらに、同時期にファーウエイという低価格、高品質、高サポートを売りにする会社が出てきてしまった。知っての通り、ファーウェイは急激にシェアを伸ばし、それによりノーテル含めた最大手以外のインフラベンダーも厳しい状況に置かれることになった。そして、最終的にノーテルの世界第5位だったシェアはチリとなって消えてしてしまった。
A: 粉飾を除けば、判断が遅れて後発組にシェアを奪われるという、典型パターンではありますね。
B: その後、ノーテルは規模を縮小しながらなんとか会社を続けていくんだけど状況を打開できず、さらに運の悪いことに2008年のリーマンショックが追い打ちをかけて、結局2009年1月14日に破産申請を行い、会社が解散となってしまった。
A: 2000年に世界最大と言われていた会社が、10年も持たずに消滅ですか。以前話したノキアの端末部門も恐ろしかったですが、これも恐ろしい話ですね。
B: ノキアのようにiPhoneという破壊的なゲームチェンジャーがいたわけでは無いだけに、また別な恐ろしさがある。
ちなみに、ノーテルの技術会社としての価値は十分に残っていたため、会社清算後は入札合戦になったんだ。無線事業はエリクソンが11億ドルで買収。その他特許なども含めて様々な会社に計45億ドルで落札された。
A: ノーテルは技術や特許がそんなに高額で落札される、つまり会社や製品の価値はあったのに、なんでこんなことになったんでしょうね。
B: まあ、細かいところは専門家じゃないのでわからないけど、インフラベンダーは信頼も商品の一部だからじゃ無いかな? 先ほどもちょっと言ったけど、インフラ機器は長く使うものだから、10年後あるかないかわからない会社の製品は買えないというのは当然でしょう。
Googleに「邪悪になるな※7」というポリシーがあったのは有名だけど、これって、全ての会社が持つべきポリシーなんだろう。短期的は利益が出ようとも、信頼を失えばどんな良い製品でも買ってくれなくなる。インフラ関連は特にそういう傾向になる。SNS時代の今は、悪事はすぐに拡散される。我々も気を付けないといけないね。
まとめ
A: かなり長くなってしまいましたが、まとめをお願いします。
B: 出だしは究極の回線交換で、後半は後付けでパケット専用通信となる、という全く異なる二つの方式が交差したのがCDMA時代だと思う。この時代にiPhoneが生まれたのは偶然だが、iPhoneが生まれたとき※8にHSPAやEVDOが間に合っていたのは、携帯キャリアにとっても、Appleにとっても幸運なことだった。iPhoneの特性が活かせる(ほぼ)データ無制限的なサービスが出来たのもHSPAやEVDOのおかげだからね。
A: そうですね。そういう幸運もあったからこそ爆発的に普及したんですよね。
B: けどさ、昔から「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負け無し」と言ってね。逆にノーテルの敗北は必然だったんだよ。ドットコムバブルやリーマンショックは運が悪かったとは言えるけど、別に同業者のエリクソンやノキアはそれで潰れてないしね。専門家によっては「ノーテルの失敗は1990年ぐらいから始まっていた」という人もいるわけで。当事者達にとってはいまさらでしょうけど、部外者の我々は歴史を学んで他山の石としないと。
A: そうですね。我々もノーテルのように技術力がありながら、それを活かせないなんてことにならないようにしないと。
B: あれ、うちの会社に技術力なんてあったっけ?
A: あなたがそれを言いますか・・・
※5; 2001年に粉飾決算が原因で倒産となったアメリカのエネルギー関連企業。直後のワールドコムに抜かれるまで、アメリカ史上最大の企業破綻であった。(尚、現在のアメリカ最大の企業破綻は、リーマンショックで知られるリーマン・ブラザーズ)
※6; アーサー・アンダーセンは、かつて存在した米国の大手会計事務所。五大会計事務所の一角を占めていたが、エンロン、ワールドコムという超巨大粉飾決済を立て続けに見逃し、会計監査能力に疑義を持たれるようになった。エンロンに関する司法妨害の裁判では無罪を勝ち取ったものの、失った信頼は取り戻せず、2002年に事実上の廃業となった。
※7; 原文は「Don't be evil」。 Googleのかつてのポリシーで、今も非公式な社是として受け継がれている。Wikipediaによれば「長期的に見れば、短期的な利益を多少犠牲にしても、世界のために良いことをする会社のほうが、株主として、またその他のあらゆる意味でより良い結果をもたらす」という意味が込められているとのこと。現在正式には、「Do the right thing(正しいことをせよ)」という言葉へ置き換わっている。
※8; 日本で発売されていない初代のiPhoneはGSM/GPRSという第2世代のみ対応だった。そのため、日本で最初に発売されたiPhoneである2代目iPhoneはWCDMA対応のため"iPhone 3G"という名前が付いた。



