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【社内雑談】Bluetooth HDTってなに?(結局はLE Audioの話) その3

はじめに
Bluetoothの規格等を管理する団体であるBluetooth SIGは、先日7月28日にBluetooth HDTを発表しました。これは、これまでBluetooth LEにおける通信速度が最大2Mbpsだったものを最大7.5Mbpsまで高速化する技術です。しかし、現状Bluetooth単体で高速に通信する様な用途があまりなく、どのような目的で高速化を図ったのかを理解することは困難です。
今回のブログでは、その「なぜ今更Bluetoothを高速化するのか?」という点について、社内雑談として色々と語っていきたいと思います。前回は、「HDTはLE Audioのために作られたが、それを普及させるのはAuracastだ」というところまでお話ししました。最終回の今回は、なぜAuracastなのか、そしてLE Audioは結局どうなるのか?という話をしていきます。
尚、昨年このブログではBluetooth LE Audioに関する長編記事をアップしています。そこでは、LE Audioが優れた技術ではあるのに、なかなか普及しない現状について書かれています。こちらを先に読んでいただくと、今回の話題が理解しやすくなると思います。
毎度おなじみではありますが、このブログはエンジニア個人が好き勝手に発信するものであり、所属組織(株式会社三技協)の公式の見解ではありませんので、あらかじめご承知置きください。
【社内雑談】Bluetooth HDTってなに? その1 その2 その3
Auracast
社員A(以下A): え?Appleを振り向かせる方法が、あのAuracastですか?
社員B(以下B): そう。LE Audioの目玉機能であるAuracastだ。いわゆる、LE Audioを使ったブロードキャストシステムだ。詳しいシステムなんかは過去のブログに詳しく書いてあるので是非読んでほしい。
A: 当時の記事では、なかなか普及していないということが書いてあったと記憶していますが。
B: AuracastはBluetoothの仕組みを使った画期的な音声のブロードキャストシステムだ。例えば、駅のホームでアナウンスをイヤホンにブロードキャストしたり、国際会議とか講演とかで使われる通訳放送を複数チャンネル(言語)で送ったりすることができる。Bluetoothなんだけどペアリングが不要で、対応している機器でAuracastがサービスされている場所に行くだけで使えるので、今まで無かったような音声サービスが提供できるのではないかと期待されている。
で、現状を見てみると、どうやら補聴器界隈が先にAuracastに対応しだしているようで、国内でもぼちぼち実験的なことが始まったり、対応製品が出だしたりしている。
昨年11月に、川口市ショッピングモール内にあるMOVIX川口で日本で初めて映画館でAuracastを試験運用が開始された。Auracast対応補聴器を付けている方なら、映画の音声・音楽がダイレクトに補聴器へ届く。しかも、環境音のノイズ無しで直接補聴器へ届くわけだから、これまでより圧倒的に聞きやすくなるはずだ。
A: それは、すばらしいですね。
B: ただ、春先にコナン※7をMOVIX川口まで見に行かされたんだけど、その時はどこにもAuracastのことは書いてなかったけどね。まだ知る人ぞ知る、なのかな? とはいえ、7月には愛知県みよし町のMOVIX三好で、Auracastのイベントまで開いたらしいから、これからってところかな。
A: まだまだAuracastの補聴器を持っている人は少ないでしょうからね。
B: ドイツではフランクフルト空港のアナウンス用として使われているようだし、イギリスでは駅とか、劇場とかでポツポツと設置が開始されている。変わったところだと教会での採用例も増えているようだ。昨年のブログの時点では、実例すらほとんど無かったわけだけど、最近になってまだまだ試験運用だったりするものの、やっと明確な運用例が出始めている。
Auracastの送信機自体はさほど高いものではないから、映画館とか公共施設にしても設置のハードルは低いと思うんだよね。今後、高齢化社会はさらに進んでいくんだけど、これからの後期高齢者はウォークマンネイティブ世代になるから、耳にイヤホン状のものを入れておくことに抵抗がないと思うんだよ。だから、補聴器とまで言わないけど、Auracast対応集音器※8ぐらいなものが当たり前になる時代がくるんじゃないかと個人的には思っている。
A: そうなると、ガラッと補聴器・集音器の世界が変わるかもしれませんね。そもそも、駅や空港のアナウンスがダイレクトに聞けるのは、実際のところ健常者でもありがたいですからね。
B: それと、もう一つ流行りそうなものを一つ。
Samsung Galaxyの一部機種※9が、Auracastの送信(親機)ができるようになっているんだよね。で、やることは一つで「音楽の共有」。中高生って、好きな音楽を共有する機会って結構あると思う。カップルとか女の子同士とかで1つのイヤホンを片側ずつ付けて音楽聞くってよく見かけるよね。これがAuracastでできる。みんなに向けてブロードキャストして、みんなで共有する。
A: 私、そんな青春を送ったことありません・・・
B: それは・・・ 残念だな。男同士でそういうことやる奴はあまりいないもんな。
ブロードキャストだからカップルとかだけでなく、何人にでも共有することができる。例えば、グループでヘッドホン付けてダンスの練習するときにも使えるよね。結構、ダンスっていくつかのグループに分かれて練習することも多いけど、そのグループに分かれて練習するときに、スピーカーで音を出して練習というのは周りとの兼ね合いで難しいけど、Auracastでそれぞれのイヤホンへブロードキャストすれば、同じ場所であっても各グループが別の曲、別のタイミングで練習ができるだろう。
A: それは面白そう。これまた女子中高生に受けそうですね。
B: 今はGalaxyということで、もしこの機能が流行るとしたら韓国発になると思うけど、そこからAndroid全体に流行ったら、若い人達の中でAuracastイヤホンが主流になることも考えられる。
A: 確かに使い方色々ありますね。若い人達は、思っても見ない使い方をしそうですし。
B: というわけで、今どきのAuracast事情について説明してみた。改めて言うけど、Auracastが広まればAppleが折れて、LE Audioに傾く可能性もある。AppleはAirPodsとかに集音器機能を付けていたりするけど、いくらAppleと言えど、Auracastの利便性までは実装できていない。Appleがこれ以上補聴器・集音器にのめり込む前に、Auracastが広まってAppleを方向転換させてほしいな、と個人的には思う。
A: なんか、Auracastは凄い可能性を秘めてそうですよね。これが広まると様々なところで良いことがありそうです。
B: そう願いたいね。
まとめ
A: 長くなりましたので、まとめをお願いします。
B: ここまで、HDTについて話したというより、実質はLE Audioのことを話してきたと思うんだけど、LE Audioの流れって、実は何かに似ていると思わなかった?
A: 若干思いました。おそらくRCSですよね?
B: そう、LE AudioはRCSなんだよね。RCSはRich Communication Serviceの略で、簡単に言えばSMSを進化させてLINEみたいに使えるようにしたものだ。このブログのRCSの回に詳しく書いてあるから読んでみてくれ。
LE AudioとRCS、どちらも標準化の際にその規格の脇が甘くて、規格した団体の思惑とは別にいろいろな会社が勝手に互換性のないものを追加していって、それぞれが互換性のない別物になってしまった。その後、それを反省し統一できるような新しい規格を作るものの、今更誰も乗ってきてくれない。そして、Appleはそれらとは全く別の動きで、独自のことをやり出す。例えば、同じ通信規格である携帯電話やWi-Fiはそうはなっていないんだけどね。
A: そう言われると、LE Audioは完全にRCSですね。RCSはGoogleが頑張って無理矢理世界を統一させてしまいましたが、LE AudioではGoogleの役割を誰がやるんですか?
B: うーん、残念ながら、やりそうなプレーヤーがいないんだよね。頼みのGoogleは、オーディオに関しては正直積極的ではない。Android自体はLE AudioにもAuracastにも対応できるようになっているけど、それ以上のことをしようとは思っていないように見える。一応、Google Pixel Budsという自社TWSも出してはいるけど、QualcommやSamsungのように独自コーデックを作るほど力は入れてないし。それも当然と言えば当然で、OS同士でやり取りしなければならなかったRCSのときと違って、オーディオに関して言えばGoogleがAppleに働きかけるインセンティブがない。別にAppleがAACにこだわってもLE Audioを無視しても、Googleには全く関係無いから。
A: ですよね。けど、誰かが何とかしないとLE Audioは全く広まりませんよ。
B: 結局、携帯電話やWi-Fiと、LE Audio、RCSの根本的な違いは「致命的か?」どうかの差に起因すると思うんだよね。ちょっと前に流行った用語で言えば「ミッションクリティカル」かどうかということ。
A: ミッションクリティカルですか。つまり、止まると業務が止まってしまうものかどうかってことですよね?
B: そう。携帯電話はいうまでも無く、Wi-Fiだって昔はともかく今は社内のWi-Fiがすべて止まったら業務にならないでしょ?
A: そうですね。LANケーブルもオフィスにほとんど無くなってしまいましたし、そもそも今どきのノートPCはLANアダプターすら付属していませんし。
B: けど、LE Audioも、その前のA2DPも繋がらなくても業務には関係ないし。RCSだって、例えばSMSが通じないとなったら困るだろうけど、その豪華版のRCSが一時的に使えなくたって業務上ほとんど困る人はいないだろう。
A: たしかに。そう考えるとミッションクリティカルかどうかが、規格の「詰め」の厳しさになるわけですね。言われてみれば、そもそもBluetoothのマウスのプロファイル※10には、オーディオみたいな複雑な対応の違いはありませんね。やっぱり、オーディオが言わば「娯楽」だから自由度が高いんですかね?
B: そうね。娯楽だからこそ自由度が高いし、娯楽だからこそメーカーが自分の利益を追求し、独自性を出していくというのはあるだろうね。まあ、それだから機器の進化が進むという側面もあるから、必ずしも悪いことじゃない。各社の最新コーディングも、TWSも、自由の中から生まれたんだろうし。
A: でも、そうなるとLE Audioの統一というか、普及は絶望的なんでしょうか?
B: だからこそのAuracastよ。RCSだって、Googleが統一してしまえばRCSが必要不可欠なインフラになると踏んだから、手弁当で規格の統一から普及活動を始めたわけでしょ。LE Audioだって、Auracastが必要なインフラだと認められてしまえば、いずれLE Audioにみんなが参加してきて普及し統一されるはずなんだよ。
A: なるほど。BさんがやたらAuracastを推してますけど、LE Audio普及にはLE Audioがインフラになるしかなくて、それにはAuracastしか無いと思っているんですね。
B: そういうこと。もちろん、そういったビジネス観点だけでなく、Auracastが目指す世界が本当に実現すれば、補聴器を使っている人、特に耳が遠くなった高齢者にとって非常に有益だと思うから、というのもある。
A: 確かに、Auracastの理想は誰が見ても素晴らしいですよね。でも、Bさんのことだから、そんなこと言いつつAuracastでできるビジネスはないかと考えているんですよね?
B: そうなんだよ。Auracastの用途上、電波を飛ばす方向と範囲がただの通信より重要になるから・・・ って、言いませんよ。まあ、仮にAuracastそのものが普及しなかったとしても、Auracastの様な機能は、近い未来に誰かが作って誰かが実現するでしょう。いや、実現しなければいけないよ。技術的にはできているんだから。
A: 確かに、Bさんがそのシステムのお世話になる日も近いでしょうからね。
B: こら、誰が高齢者じゃ!!
【社内雑談】Bluetooth HDTってなに? その1 その2 その3
※7; 劇場版名探偵コナン ハイウェイの堕天使
※8; 「補聴器」は周囲の音を増幅する医療機器であり、JIS C 1552等の一定の基準を満たして承認を受けなければ「補聴器」と名乗ることはできない。一方の「集音器」は、単に音を増幅する「音響機器」という位置付けである。 なお、Apple AirPods Pro 2/3には周囲の音を増幅する機能(ヒアリング補助機能)があり、この機能を制御するソフトウェア単体は厚生労働省から管理医療機器の承認を受けている。しかし、AirPods本体(ハードウェア)が補聴器として承認されたわけではないため、機器の分類としては一般的な「音響機器(イヤホン)」という扱いになっている。
※9; Galaxy S23以降の機種でAuracast送信に対応している(Samsung公式HPより)。
※10; HOGP(HID over GATT Profile)のこと。マウス、キーボード等の入力インターフェイスのBLE向けプロファイルである。


