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【社内雑談】盛り上がってる?ミリ波 その3

はじめに
先日、KDDIとJR東日本から山手線の車両内で5Gミリ波のエリア化に成功というプレスリリースがありました。これ以外にも、いくつかのミリ波に関する発表が続いています。我々はミリ波応援隊として5Gミリ波を様々の形で取り上げてきましたが、いよいよ各社ともミリ波に本腰を入れるのでしょうか?
時代を先取る?我々が、いつものようにミリ波について忖度なく語っていくのですが、今回は基本に戻って「ミリ波の技術的な課題」について語るようです。今回はどんな話になるのでしょうか?
毎度おなじみではありますが、このブログはエンジニア個人が好き勝手に発信するものであり、所属組織(株式会社三技協)の公式の見解ではありませんので、あらかじめご承知置きください。
ミリ波は回折しにくい
社員B(以下B): さらに、周波数が高いと回折しにくい。
社員A(以下A): まだあるんですか?
B: 回折とは、波を勉強すると必ず習うと思うけど、物体の後ろに波が回り込む事だ。山で回折したり、ビルで回折したりする。建物の裏でも携帯電話が使えるのは、透過もあるけど、この回折の影響が大きいと言える。
A: 習いました。防波堤の裏にも波がまわりこむのは回折という現象が発生するからですよね。
B: その通り。この回折が弱いと、特に携帯電話としては使いにくい。ビル影入ったらすぐ圏外、とか携帯電話事業者にしてみたら悪夢だ。そして、周波数が高いほど回折はしにくくなる。ミリ波は当然、回折しにくい。
A: それじゃあ、ミリ波が悪夢じゃないですか!
B: だじゃれじゃないけど、”回折”という現象を”解説”するために無線工学では「ナイフエッジ回折」というものが使われる。簡単に言えば、理想的な回折をする場合の条件で、その条件であれば減衰が式で計算できる。その計算式はかなり複雑なのでここには出さないけど、その式によれば回折による減衰は波長に反比例する※6ことになっている。つまり、波長が長い=周波数が低いほど回折による減衰が少ない。つまり、電波が障害物を回り込む。
A: まあ、そうなりますよね。私も、式はともかく、回折は波長が長い、つまり周波数が低いほど回折しやすいと習ったことがあります。
B: ただ、喜んでくれ。現実世界には、ナイフエッジ回折が発生する理想的な環境は存在しない。あんなものは、「質量のない点」とか「摩擦が無い場合」とかと同じ意味だ。
A: ということは、ミリ波でも回折するチャンスがあると。
B: 改めて回折というのは、尖った場所というか、一般的には「角」において発生する。ナイフエッジ回折は「全く厚みのない無限の幅を持つ物質で回折する場合」みたいな定義だ。現実社会において、ナイフのように尖った「角」は存在しないし、無限の幅を持つ物質もない。だから、計算式通りには回折しない。
A: そりゃ、そうですね。
B: よく考えてほしいんだけど、実際の建造物だったり障害物って直角で構成されることが多く、ナイフエッジのように尖っていることはないし、なんなら完全な直角ですらもない場合がほとんど。Rが付けられて角が丸くなっていたり、斜めにカットされているかも知れないし、柱が張り出している場合もあるだろう。そもそも、結構複雑な形状をしていることも少なくない。
A: なんか、イヤな予感が・・・
B: 仮に建物の直角で構成された壁面のエッジで回折するとしよう。通常の建物の場合、「完全な直角」ではなくて、前述の通り様々な形状であろう。そういったエッジの場合、波長が十分に長ければ「完全な直角」として回折現象が発生する。しかし、波長が短い場合は・・・
A: まさか、散乱するとか言わないですよね?
B: ははは、そのまさかだよ。もともと理論上も波長が短い方が回折しにくいことに加えて、現実の物質の造形や素材が散乱を生んでしまう。まあ、ダブル要因で回折しにくいということで。
A: 最悪じゃないですか!まさに悪夢。
B: 散乱したからって電波が消えてなくなるわけじゃないから、ある点における電界強度という面では必ずしも悪いことばかりじゃない。でも、電波を遠くに飛ばす、カバレッジを広げるという面においては確実に悪材料なんで、まあ「善し悪し」と考えることもできなくはない、かもしれない。
A: いやいやいや、かもしれなくないです。どう考えても「悪し」しかないです。少なくとも携帯電話においては「悪し」しかないです。
ミリ波は大気中の減衰もしやすい
B: そして、これまでの透過、散乱とも関係するんだけど、ミリ波は大気中の減衰もしやすい。
A: もういい加減にして下さい。お腹いっぱいです。
B: 例えば、雨や雪。まず、水を透過すると減衰するのはミリ波に限らない。でも、雨粒は厚みがないので電波が透過する距離が極めて小さく、周波数に限らず減衰量は小さい。しかし、散乱は周波数によって大きく異なる。2GHz程度までの周波数なら影響は少ない。波長が雨粒よりずっと長いから。でも、雨粒はミリ波を散乱させるには十分な大きさなんだ。つまり、ミリ波やそれより高い周波数の電波は、雨、雪の影響が大きくなる。
このことも、光で考えれば想像が付くよね。豪雨や豪雪だと見通し悪くなるでしょ?水滴は光を透過するにもかかわらずね。ゲリラ豪雨の場合に目の前が「真っ白」になるけど、これはすりガラスと同じく散乱の影響だ。ミリ波だと光ほど散乱しないにしても、それなりの影響が出る。
A: いや、天気でもダメだとは・・・
B: それだけじゃないよ。実は、空気中の水蒸気でも減衰しやすいという性質がある。
A: は?なんですか、それは?
B: 空気中の水蒸気は22GHzぐらいの周波数と共振しやすいという性質がある。周波数が高い、低いではなくて、分子構造の問題でちょうどミリ波近辺の22GHzがピークで水蒸気と当たってしまう。水の分子の大きさから、ちょうど22GHzが共振周波数なの。ちなみに、他には183GHz、325GHzとかも同じく共振しやすい。
A: あれ、水の共振周波数って2.4GHzじゃないんですか? 電子レンジが使っている。
B: 2.4GHzは共振周波数というわけではなく、透過と発熱のバランスで選ばれているという話だよ。逆に共振周波数である22GHzで加熱しちゃうと、共振しすぎて表面だけ温まって焦げてしまうらしい。
ということで、たまたま、本当にたまたま22GHzは水や水蒸気と共振しやすい。そして、共振された水蒸気は熱を発する、というわけ。だから、空気中の水蒸気が多いほど、電波は水蒸気を加熱しやすくなり、減衰が大きくなる。
A: うわ、そんな事もあるんですね。例えば、22GHzに近い、携帯電話で使うような27~28GHzとかはどうなんですか?
B: 22GHzほどではないけど他に比べると比較的吸収されやすい、って感じかな?。周波数が高くても低くても、22GHzに近いほど影響は大きくなるという性質がある。
A: あ、いたた・・・ ダメですか。
B: でも、ここは安心してほしいんだけど、雨や雪にしても、水蒸気にしても、現状の携帯電話のミリ波基地局として使う分にはほとんど影響がないんだよ。なぜなら、通信距離が1kmとか短い場合、そこまで大きな減衰にはならないから。
ただし、この辺は我々光無線通信のプロとして身にしみて分かっている部分なんだけど、「ほとんど影響がない」と「全く影響がない」だとかなり違ってくるんだよね、感情的な問題で。
A: どういうことですか?
B: 可能性の問題として「何年に1回の大雨や大雪が来た場合、速度が大きく落ちる、通信が切れる可能性がある」というだけで使ってくれない人が多い。そういった万が一の変動要素があるだけで、基幹通信としては使ってくれない。光無線通信もここらへんが散々叩かれてきたところだからね。
A: 確かに、我々も光無線通信を扱っていて、そういった部分を敬遠されるお客様は少なくなかったですよね。雨では切れないのか?霧では切れないのか?とか散々言われました。統計データ上は街中でそんな濃い霧はほぼ出ないと説明するんだけど、10年に1度でも発生するなら可能性としてはゼロとは言えない・・・て難色を示されたことは少なくなかったです。これと似たようなハンデをミリ波も負っているんですね。
B: そういうことになるね。天候による通信影響の可能性がどんなに低くても、それは事前に予想できるリスクでもあるから、万が一の自体が発生した場合は「機器を採用した人」の責任になる。でも、機器の故障とか回線の障害とかは事前に予想できないから、万が一が発生しても「機器を採用した人」の責任とはならず、メーカーや回線会社の責任になる。「機器を採用する人」にとってはどちらが望ましいと言えばね? 残念ながら、これが世の中の仕組みだし、我々が嘆いても仕方の無いところだ。
ミリ波のメリット
A: いやはや、ミリ波はあまりに絶望的ですよ。ここまでの話だと、ミリ波って悪いところばかりじゃないですか!むしろミリ波のメリットって一体何なのだと聞きたいです。もちろん、周波数幅が広く取れることは分かっていますよ。でも、それ以外のメリットって無いんですか? あまりにデメリットが多くて、何故ミリ波を使っているのか理解ができなくなりました。
B: ミリ波のメリットはアンテナにある。なんといっても、アンテナが小さくなること。最初の”ミリ波の「飛ばない」の正体”でも書いたけど、周波数が高いとアンテナが大きくできない、ということは逆にアンテナが小さくても良いというメリットと考えることもできる。
もっとも簡単なアンテナである、半波長ダイポールアンテナは、文字通りその長さが「波長の半分」のアンテナを指す。このブログでも幾度も取り上げられているAMラジオの送信アンテナは130mと巨大だ。一方で、同じアンテナをミリ波で作ろうと思った場合、アンテナの長さは5mmでよい。
A: 恐ろしいほど小さいですね。
B: ただ、ミリ波で半波長ダイポールアンテナなんてやらないから、5mmのアンテナなんて実用性はないんだけどね。ただ、同じ機能を持たせようとするなら小さくできる、というのは間違いなくて、特に端末側では有利に働く。
A: スマホ基板は場所の取り合いだと言いますから、重要なのはわかります。わかりますけど、それって、ユーザーのメリットは、あまりないですよね?
B: いや、同じ指向性なら周波数は高い方がアンテナを小さくしやすいというのはとてつもないメリットなんだよ。指向性に関しては、こちらの記事を参照してくれればよいけど、アンテナによって指向性を上げるということは、利得が上がる、つまり出力を上げているのと同じ効果がある。送信出力を10倍にするのは大変だけど、アンテナ利得10倍というのは普通の数値だから。で、逆に言えば同じサイズのアンテナなら、周波数が高い方が利得が高くできる、とも言えるわけ。
A: わかるんですけど、今ひとつ大きなメリットには感じられません。そもそも、なんで周波数が高い方がアンテナを小さくできるんですかね?
B: なぜ、周波数が高い方、波長の短い方が利得が高いのか、それはこれは散乱の時の逆の発想すれば簡単に分かる。
A: 散乱の時の逆?
B: アンテナというのは、基本的に反射などで電波を曲げて希望する方向へ集めるということをするものだ。だけど、波長に比べてアンテナが小さい場合、その形状を無視して反射や回折をしてしまう。波長が長い方が形状の影響を受けにくいからね。一方、波長が短い場合は、小さなアンテナでも想定通りに反射し、回折も小さい。だから電波を集めやすく、真っ直ぐ飛ばしやすい。
A: そういうことですか! 反射や回折で影響を受けやすいということは、逆にアンテナを小さくできるというメリットもあるという事ですね。
B: その通り。この指向性とアンテナサイズの例えで、最近非常にわかりやすいものがあったから紹介するね。楽天が「Rakuten最強衛星サービス」というのを始めようとしているんだけど、これに使用される衛星が巨大なアンテナを使うんだ。
A: え?衛星が巨大なアンテナですか? なんかイメージ湧かないですね。
B: 「Rakuten最強衛星サービス」の元は、アメリカのAST SpaceMobileという衛星会社だ。楽天はここが打ち上げた衛星とスマートフォンで直接通信する。KDDIとかがStarlink Directとか宣伝しているけど、あれと同じサービス。衛星と直接通信するというのは、最近の流行になっているね。
A: スマホが衛星と直接つながるんですか。改めて言われると凄いですね。
B: スマホが衛星と通信するための周波数として700MHzの周波数を使う。楽天が最近手に入れたばかりの、プラチナバンドだね。
ただ、地上では電波が飛ぶ飛ぶ言われている700MHzとはいえ、スマートフォンの弱い電波を、遥か遠く離れた宇宙の衛星で拾わなければいけないと考えると、そう簡単な話ではない。楽天の衛星の高さは近くて520km、遠いと690kmもあるから。数キロ飛べば良い地上の携帯電話とは通信距離の桁が違う。スマホからの弱い弱い電波で通信するため、衛星には携帯電話の基地局とは次元の違う利得を求められる。
楽天の資料によると衛星アンテナの利得は38.6dBiとなっている。これは、電波を7200倍に絞るようなアンテナってことだ。なかなか、利得のイメージ湧かない人も多いだろうけど、例えば700MHzの携帯電話基地局だと、大きめのアンテナを使って精々16dBi、つまり40倍にするのがいいところだ。
A: 地上だと40倍のところを、衛星だと7,200倍にしなきゃいけないんですか。なかなか大変ですね。
B: だから、衛星がどういったアンテナを使っているのかというと、64.3平方メートルという巨大アンテナを使っている。おおよそ8m × 8mで、だいたい学校の教室と同じぐらいと言われている。
A: は?衛星なのにそんな大きなアンテナを使うんですか?
B: こちらもイメージが湧かないと思うので、リンクを張るのでAST SpaceMobileの公式サイトを見てくれ。こんな巨大なアンテナを宇宙に展開するようだ。まあよくもこんな大きなものを衛星のアンテナにしようと思ったものだと感心する。
A: どれどれ、私も見てみます・・・ これ、予想以上に大きいですね。
B: アンテナの面積って、同じ利得なら周波数の2乗に反比例するので、仮に同じ利得のアンテナを28GHzの携帯電話のミリ波で実現しようとすると、およそ400平方センチメートル、つまり20cm×20cmで良い。
A: なんと、たった20センチx20センチですか! これなら確かにミリ波のメリットと言えますね。
B: こう考えると、宇宙レベルで遠くに電波を飛ばそうとするなら、実はミリ波の方が得の場合もあるんだよ。小さなアンテナで高い利得が得られるから衛星には向いていると思う。アンテナを大きくすることで、更に利得を上げることもできるしね。
まとめ
A: また、今回も長くなりましたが、そろそろまとめをお願いします。
B: 大前提として、最初の話にあったとおりミリ波だからといって距離による減衰が他の電波より大きいわけではないんだよね。距離の2乗に比例して減衰するのはどの周波数とて同じ。違うのは、むしろ透過や反射、回折といった伝搬周りの特性のほうだ。
一方で、アンテナに関してはメリットがある。同じサイズのアンテナであれば、周波数が高い方が圧倒的に利得が高くなるので、送信、受信双方で高利得アンテナを使える用途であれば、ミリ波の伝搬上のデメリットはかなり無視できる。ただし、利得が高いということは電波の飛ぶ範囲が狭いということと同義だから、ある程度の伝搬の広がりが求められるモバイル用途において、高利得アンテナは使いづらい。
A: つまりは、ミリ波は固定通信では使いやすく、モバイル用途では使いにくい、そういうことですか?
B: 正直に言えば、そのとおり。それだから、それを覆すためにビームフォーミングやマッシブMIMOといった技術があるわけ。でも、仮にビームフォーミング的なものがあったとしても、結局、端末側、すなわちスマートフォン側には利得のあるアンテナが付けられないのは変わらない。スマホはどの方向でも電波が受けられないといけないからね。そして、アンテナを無指向性、つまり利得を無くしてプラスマイナスゼロにすると、今度は受信できる電力がアンテナ面積に比例してしまうため、ミリ波の受信電力は小さくなってしまう。
A: あれ?やっと今すべてが繋がった気がします。最初に出た虫取り網の話だと、周波数が高いと電波が拾えないという事だったのに、後では周波数が高い方が利得が高い、つまり電波を集めやすいといわれて、どっちだよと思ったんですが、スマホみたいに強制的に利得ゼロという状況になると、その時初めて虫取り網の話が効いてくるんですね。やっと、理解しました。
B: そうなんだよ。高利得アンテナが使える状況では、虫取り網の例にあるアンテナサイズによる受信電力の差は、アンテナの利得でトレードオフにできるから、通信において完全なデメリットというわけじゃ無いんだよ。まあ、物理法則というのはよくできていると思うね。
A: でも、仮にスマホのように利得が固定されてしまうと、ミリ波にはデメリットしかなくなってしまうと。
B: 空中の電波伝搬に関してはそういうことになるかな。それで、恐らく5G開発時の予定としては、ミリ波は高利得なビームフォーミングアンテナを使えばある程度闘えると思っていたんだろう。しかし、実際には透過、反射、回折の全てがダメで思ったより使えなかった。それに加えて、ビームフォーミングとかマッシブMIMOを使っちゃうと基地局の値段が高くなってしまい「数が打てない」というのも、5Gミリ波がダメな原因だろうね。
A: 我々、一応「ミリ波応援隊」を名乗っているわけですが、どうにかできないですかね、この状況。
B: うーん、物理法則だからね。ミリ波のカバレッジは面をあきらめて、新幹線みたいに線にしろ、とか色々と言いたいことはあるんだけど、兎にも角にも、私の持論である「ミリ波機器の価格を安くする技術」を開発せんことにはどうしようもない。どんな素晴らしい技術でも、普及は結局価格次第。そして、普及しないと価格も落ちない。
A: やっぱり、結論はそこになりますかね。
B: あ、ミリ波のデメリット、もう一つ言うの忘れてた。
A: え!まだあるんですか?
B: うん。ミリ波対応の無線測定器は恐ろしく高い。スペアナ※7とかSub-6まで対応と、ミリ波まで対応では、価格が全く違うからね。これも、ミリ波普及の障害になっているんだけどね。
A: うわ、そんなところから、ミリ波の高価格化は始まっているんですね。
B: でも、ミリ波の測定だからといって、うちらの労務費は上げて貰えん。機器も測定器も高いのに、労務費だけは他の周波数と一緒。これは一体なぜなのだ?
A: いや、なぜと言われても。おそらく、周波数が変わっても単価と工数が同じだからと思いますが?
B: マジレスかよ・・・
※6; 正確に言うと波長の平方根に反比例。
※7; スペクトラムアナライザの略。周波数毎の電波の強さを測定する測定器で、電波の強さや質を測定するのには必須の測定なのだが、ミリ波対応など高いものだと数千万円する。


