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FSOの標準規格"OCT"について その3

はじめに

今回は衛星などで使われる光無線通信の一つであるFSOに関する標準規格であるOCTについて書いてみたいと思います。FSOもOCTも、おそらく一般の方には馴染みがない言葉かもしれません。しかし、どちらも今後確実に広まって行くであろう技術であり、今後の携帯電話とかにも影響を与えるであろう技術でもあります。

今回は、光無線通信のブログらしく(?)今最も注目されている光無線通信技術である、FSOやOCTの技術的な説明をしたいと思います。そこそこのボリュームとなるため、3回に分けて書いていきます。

最終回である今回は、FSOの物理層構造と、地上光無線通信機器(弊社のLEDバックホール)との違いなどを説明していきます。

FSOの標準規格"OCT"について その1 その2 その3

SDAの標準規格とは?

前回に引き続き、SDAによる標準規格”OCT”の中身を見ていきます。

今回は、物理層、リンクレイヤーという信号の中身について見ていきたいと思います。

物理層 - 光信号の特徴

最初にOCTの光の信号の特徴をいくつか書きたいと思います。と言っても、ここは極めて一般的な内容が多くて、個々の項目にそれほど面白い項目はありませんので、ご承知置きを。

  • 波長 : 2機の衛星が通信するときは、それぞれ別の波長で送信することになっています。そのため、OCTでは2チャンネルのいずれかを使うことになっています。一つは、1553.33nm、もう一つは1536.61nmです。これは、光ファイバーの規定(ITU-T G.694.1)に由来しています。ちなみに、光ファイバーではCバンドと呼ばれる波長です。

  • 出力 : OCTでは、送信開口面において2.5W以上の出力が求められます・・・ 電波とは異なり規定が”以上”なのは、いかにも光無線通信です。電波の規定は必ず”以下”ですからね。出力に制限がないところが光無線の良いところです。基準値として「5500km離れた相手に、25μW/m2以上の強さで到達すること」となっているため、それを維持できる以上の電力が必要ということになります。 ただし、相手に到達する光の強さが10mW/m2を超えないようにするという規定もありますので、無限に出力を大きくできるわけではありません。

  • 変調 : 一般的にOOK-NRZ(On-Off Keying Non-Return-to-Zero)が使用されます。長い名前が付いていますが、光のオンとオフ、つまり点滅で通信する方法と考えてください。シンプルが故に信号が弱い状況にも強いので、超長距離を通信するFSOには非常に向いている方式です。

    fig
    OOK-NRZ

    条件によってはマンチェスタ符号が使われる場合があります。こちらはOOK-NZRよりもさらに通信の安定を重視する場合に使われます。マンチェスタ符号は、データが0でも1でも、オン、オフの両方を組み合わせて通信する方式です。つまり、データはオンオフの「変化」で表されます。OOK-NZRの弱点として、データに1や0が連続した場合、オンやオフの状態が長く続いてしまうということがあります。同じ状態が連続すると、信号の同期(クロック)が外れやすくなります。マンチェスタ符号では、同じ状態が1信号分以上は続かないので、同期が安定します。ただし、点滅がOOK-NRZの倍の回数必要となるため、単純に通信速度がOOK-NZR半分になります。

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    マンチェスタ符号
  • 光の半値角 : 半値角とは、強さが最も強い中心と比べて半分になる角度を指します。OCTのレーザー光のビームは1.5μラジアン(約0.086ミリ度)以上の半値角を持つ必要があると規定されています。1.5μラジアンということは、度に直して中心から±0.043ミリ度以上ということです。とてつもなく狭い幅ですので、規定ではこれ以上の幅の光を出すように求めています。というのも、光が細すぎると僅かな振動でも光が受信機から外れてしまうからです。尚、OCTv3.0では距離毎の光の幅を指定するような規定でしたが、v4.0から単純な半値角へ変更され、このような単純な規定値になっています。

このように、光に関する規定は、とりたてて新しいものは導入されておらず、非常にシンプルなものとなっています。

リンクレイヤー

次に、リンクレイヤーについて見ていきましょう。

  • 符号化(FEC) : FECはForward Error Correctionの略です。FECはこのブログでも何度か取り扱っていますが、非常に簡単に言えば「元のデータよりも長めにデータを送っておいて、伝送途中で多少のエラーが発生しても受信側で修正(訂正)できるようにする技術」のことです。日本語では「前方誤り訂正」と呼ばれます。FECを実施すると、送信データが元々のデータから変化して(長くなって)しまうため「符号化」と呼ばれます。 現在のデジタル無線通信ではほぼ必ず使われているFECですが、OCT(v4.0)においては「SDA4-5GNR-LDPC」という技術が使われています・・・ あれ?5GNR?そうです、携帯電話の”5G”です。5GではFECにLDPC(Low Density Parity Check)が使われていますが、OCTではその5Gで使っているLDPCの仕様を流用しています。 ちなみに、5GではLDPCより強力な新しい技術である”Polar符号”も使われていますが、OCTは宇宙で使うということもあり、実績十分なLDPCが使われています。(Polar符号はC国H社の特許が多いので、その点で米国宇宙軍として使いにくいという点も大きいでしょうけど)

  • 通信速度 : OCTは通信距離等により、先ほど説明した変調方式を変更することができ、各変調とも4つから通信速度を選ぶことができるようになっています。

    • OOK-NRZを選択した場合は、OCTの最大速度である2.5Gbpsを選択することができます。それ以下だと、1.25Gbps、625Mbps、312.5Mbpsの内から選べるようになっています。
    • マンチェスタ符号を選択した場合は、変調の仕組み上、通信独度がOOK-NRZの半分になります。そのため、最大速度は1.25Gbpsに制限されますが、その代わりに156.25Mbpsというレートが使用できるようになります。
  • 適応変調 : 適応変調とは、無線品質(受信電力やSN比)に合わせて、変調度や符号の冗長度を変更し、通信速度を変えることを言います。OCTでは無線品質に合わせて通信速度を変えることができます。また、送信と受信で異なる通信速度を使って通信することもできます。しかし、携帯電話やWi-Fiなどのモバイル通信では1フレーム、1スロット単位という非常に高い頻度で速度調整を行いますが、OCTにおいては、そこまで高速に通信速度を変化させることは(実装は可能かもしれませんが)想定されていません。というのも、モバイル通信ではフェージングにより急速に変化する無線品質に通信速度を合わせる必要がありますが、障害物もなく見通し通信であるOCTではそのように急速に無線品質が変化する事態が発生しえないからです。ドキュメントを読む限りですが、OCTとしては原則2.5Gbpsで通信するが、必要に応じて速度を下げるという考え方だと考えられます。

  • バーストモード : OCT ver.4.0からはバーストモードが導入されています。バーストモードとは、20,000 kmにもおよぶ長距離リンクや、電力条件の厳しい(電力を多く使えない)衛星向けに設定されたものです。バーストモードでは、デューティー比(デューティーサイクル)を下げて全体の消費電力を下げつつ、光を出しているときの(ピーク)電力だけを上げることで通信を維持しやすくする方法です。 もちろん、この方法を採ることによって通信速度は著しく低下します。デューティー比は通常(ON/OFF均等なので1/2)時の1/12、または1/16のデューティー比となります。そして、バーストモード時の通信速度は1/12の時で実質48.9Mbps、1/16の時で実質36.7Mbpsまで低下します。ただ、その分ピークの光の強さを12倍や16倍まで上げることができますから、より長距離で、より確実に通信ができるようになるわけです。

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    通常モードとバーストモードの違い
  • フレーム構造 : OCTのフレーム構造は、比較的シンプルです。フレームの構造は一種類しかありません。

    • プリアンブル(Preamble)は、データの先頭に付けられる受信を助けるための固定信号です。中身に意味はありませんし、暗号化はされません。

    • ヘッダー(Header)は、制御情報などが含まれています。かなり重要な項目もあるため、中身については後程触れます。先ほども触れたとおり、データにはLDPCという強力な符号が使われていますが、ヘッダーには畳み込み符号化という、エラー訂正の性能はやや落ちますが高速に処理できる符号化技術が使われています。しかし、性能が落ちると言っても元データの6倍の長さにするほどの巨大な冗長性を付与していますので、データ部分よりエラーになる確率は低くなっています。

    • ペイロード(Payload)は、実際の送りたいデータを送るための中身です。といっても、送りたいデータは「イーサパケット」になるため、「ペイロード = イーサパケット」と言って良いでしょう。ペイロードの中身は、LDPCで符号化されています。通信速度によってLDPC符号化後の長さが変わりますので、データ部分の長さは8448ビットで固定であっても、ペイロード自体の長さは可変となります。もちろん、ペイロード長が長ければ長いほど冗長性が高くなり、エラーに強くなりますが、その分通信速度は下がります。

      fig
      OCTフレーム構造
  • ヘッダーの中身 ヘッダーの中身は、フレーム番号等、フレームタイプ等の自分自身の情報を除くと、主に3つの情報をやり取りしています。

    • ハイブリッド FEC ARQの情報 OCTではFECとARQを個別にオンオフできる「ハイブリッドFEC ARQ」という方式を使っています。名前は似ていますが携帯電話のハイブリッドARQとは全く違います。 FECは先ほども書いたとおり「エラー訂正」のこと。そして、ARQは送ったパケットがエラーかどうかを常に返信しており、エラーという返信がなければ次のパケットの送信、エラーという返信があったり、そもそも返信が無かった場合はパケットの「再送をするという仕組み」のことを指します。多くのモバイル通信では、FECとARQを「オフ」にすることは考えられません。それでは何故、OCTではFECとARQを個別にオンオフする必要があるのでしょうか? モバイル通信では環境が大きく変化するため、エラーは常に発生するものという前提に立ちます。しかし、衛星間の通信というのはモバイル通信のように環境が変動するものではありませんので、どちらかというと通信が確立してしまえば「固定(有線)通信」に近いです。したがって、OCTにおいて安定して通信できている状況下である程度の強さのFECを掛けておけば、エラーになることは希です。データの中身はイーサパケットですので、もしエラーが発生したとしても、数が少なければTCPの再送でも十分にカバーできます。ですので、OCTにおいてはARQを「オフ」にするのが普通だそうです。
    • FCCH First Control Channelの略です。通信のやりとりのためのちょっとしたメッセージのためのチャンネルです。例えば、以下の様なものを通信相手に連絡します。これにより、通信の状態を維持管理します。
      • 過去1秒間のRSSI(光の受信電力)の平均値
      • 過去1秒間のエラー数
      • 過去1秒間にフレーム同期が失われた回数
      • 過去10msのRSSI
      • 過去10msのフレーム同期状態
    • タイムスタンプ 通信している機器間ので精密な時間同期のために、パケットの送信時間を「ピコ秒」単位で伝えます。ピコは10の-12乗ですから、PAT含めどれだけ時間精度を大事にしているかが分かります。ちなみに、携帯電話5GではPTP※3レベルの時刻同期が必須となっていますが、PTPは30ナノ秒程度の精度と言われています。
  • スクランブリング : 特にOOK-NRZでは、データに0や1が連続した場合、オンやオフの状態が長く続いてしまうという問題があります。同じ状態が連続すると、信号の同期(クロック)が外れやすくなります。そのため、OCTではデータに擬似ランダム符号※4をかけて、スクランブリングを行います。ただ、ここでのスクランブリングに、通信の秘匿性の意味はほとんどありません。なぜなら、前回散々説明したとおり、レーザー光は極狭い範囲にしか広がりませんので、そもそも物理的に傍受することが困難だからです。

以上、リンクレイヤーについて、大まかに説明しました。今時の技術という点ではLDPCぐらいしか採用されていませんし、例えば携帯電話の技術等に比べると、ずっと保守的なものになっています。これは、宇宙ですから、修理ができない環境で10年20年と長時間安定して通信することが求められるからだろうと、私は考えています。

LEDバックホールとの比較

さて、最後に、地上光無線通信機器(弊社のLEDバックホール)との比較をしてみたいと思います。ざっと、主要な項目をテーブルにまとめて見ました。

  OCT LEDバックホール
光源 レーザー LED
PAT 時間同期を前提
とした全自動
手動
変調 OOK-NZR or
マンチェスタ符号
DC-OFDM
符号化 5G LDPC LDPC
時間同期 超厳密 不要
通信速度 2.5Gbpsから156,25bpsまでの
5段階
最大2Gbps(理論値)から
10Mbps程度まで
適応変調 低速 高速
ARQ 選択式 必須
フレーム構造 固定 固定

光源のレーザーとLEDの違いは通信距離や用途の違いとなって現れていますが、何と言っても光源の最大の違いは価格です。1個数十円のLEDと、1台何十万、何百万のレーザーユニットでは比較になりません。低価格が求められるLEDバックホールにてレーザーを使うのはなり難しいのです。そして、レーザーとLEDの光の広がりの違いによりPATにも大きな違いが出ます。

しかし、それ以外の違いって、単に衛星-衛星間のほぼ「固定通信」と、LEDバックホールという地上でのほぼ「モバイル通信」との違いと同じである、と見ることもできます。例えば、LEDバックホールの性質である、通信速度の幅が大きくて、適応変調が高速で、ARQが必須で、一方で時間同期が不要という部分は、Wi-Fiと全く同じなんですよね。これを言い換えると、「地上通信のLEDバックホールが似ているのは、同じ光無線通信のOCTなのではなく、同じ地上通信であるWi-Fiである」となるのかもしれません。

というわけで、長々とFSOやOCTについて書いてきて、ようやくここでオチになります。我々もよくLEDバックホールをFSOに活かせないかみたいな質問をされるわけですが、「LEDバックホールとFSOやOCTは同じ光無線通信であるという点以外の類似点は多くなく、例えばLEDバックホールの技術をFSOへ活かすというのはなかなかに難しい」のです。これまで、直接我々に質問のあったお客様にはこのように回答してきましたが、改めて文章として残してみました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?我々は宇宙については素人ではありますが、一応いろいろとFSOやOCTを勉強して記事を書いてみました。手前味噌ですが、(あまり興味がある人は多くないと思われる)OCTについて日本語でここまで説明しているサイトってなかなかないでしょうし、これを読むとFSOの世界が何となく分かるんじゃないだろうか、と思っています。

とはいえ、その1でも書いたとおり、今皆様が注視すべきは、SpaceXとOCTのデファクトスタンダード化争いであり、OCTの中身ではないと考えています。つい先日も、SpaceXが、FCCに100万基の衛星打ち上げを申請し、宇宙にAIのデータセンターを作る計画であるという報道がされています。これがイーロン・マスクのはったりかどうか、私には分かりません。しかし、すでにイーロン・マスクには前人未踏の1万もの衛星を打ち上げているという実績がありますので、100万基はともかく相当の数の衛星を打ち上げることは間違いないでしょう。世界中を探しても(中国でもロシアでも)ここまでの規模、ペースで衛星を打ち上げることができるのはSpaceX以外はありません。だから、OCTなど軽く蹴散らし、すべての宇宙ビジネスをSpaceXが牛耳る未来というのも有り得るかもしれません。

FSOの標準規格"OCT"について その1 その2 その3

(担当M)

※3; Precision Time Protocolのこと。PTPは、パソコンなどでよく使われる時間同期であるNTP(Network Time Protocol)よりもさらに高精度な時間同期が必要な場合に使われ、LAN内の機器限定であるが10ナノ秒単位の同期が可能となる。5GではPTPまたはGPSでの厳密な時間同期が必須となっている。

※4; 擬似ランダム符号とは、あらかじめ決まっている通りに0か1が発生する符号である。0と1の発生確率がぴったり50%ずつになり、見た目はランダムに決まっているように見えるため「擬似ランダム」と呼ばれる。また、符号はあらかじめ決まっているので、受信側もデータを元に戻すことができる。この符号をデータへかけることで、どんなデータであっても0と1が長期間連続して発生することがなくなる。また、元の擬似ランダム符号を隠匿しておけば、通信傍受を防ぐスクランブルコードとしての役割も果たす。

※5; FCC(Federal Communications Commission)は、日本語では連邦通信委員会と訳される。アメリカ国内における有線、無線関わらずすべての通信を規定し、管理している。日本では「総務省 総合通信基盤局」が近いと言われているが、総務省が内閣の組織の一つであるのに対し、FCCは米国政府とは独立しているところが異なる。携帯電話含むアメリカで使うことのできる無線機器にはFCCの認証がされていることが多く、日本の機器においてもその名を目にすることが多い。