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FSOの標準規格"OCT"について その1

はじめに
今回は衛星などで使われる光無線通信の一つであるFSOにかんする標準規格であるOCTについて書いてみたいと思います。FSOもOCTも、おそらく一般の方には馴染みがない言葉かもしれません。しかし、どちらも今後確実に広まって行くであろう技術であり、今後の携帯電話とかにも影響を与えるであろう技術でもあります。
今回は、光無線通信のブログらしく(?)今最も注目されている光無線通信技術である、FSOやOCTの技術的な説明をしたいと思います。そこそこのボリュームとなるため、3回に分けて書いていきます。初回である今回は、OCTの中身ではなく、OCTという標準規格の意味合いと、現在のFSOの状況などを書いていきたいと思います。
FSOとは?
改めて、FSOってご存じでしょうか? Free Space OpticsあるいはFree-Space Optical communicationの略で、ざっくり訳すと「自由空間光通信」となります。言葉の意味だけをとると、「光無線通信」のことを指しているように聞こえます。その言葉通り、FSOは光無線通信の一種であり、特にレーザー光による1対1の通信を指します。ただし、現在の光無線業界でFSOというと、ほとんどの場合で「人工衛星による光無線通信」のことを指すことになります。
言葉の定義的には地上だろうが海中だろうが、レーザー光で1対1の通信をしていればどこで使ってもFSOなのですが、現状ではFSOのほとんどは人工衛星で使われています。そのため、「FSO=人工衛星用」と言っても過言ではありません。ですから、この記事でもFSOとは「人工衛星による光無線通信」を指す言葉として使わせていただきます。そして、そのFSOはさらに通信の種類として2つに分けることができて、1つは「人工衛星と地上」の通信、もう一つは「人工衛星と人工衛星」の通信となります。
我々の部門は光無線通信を生業にしておりますが、我々の製品は地上で使うもの”のみ”のため、FSOに関しては取り扱っていない、というのが正直なところです。しかしながら、一方で弊社は宇宙関連の業務も広く扱っております。例えば、衛星地上局、いわゆる巨大パラボラアンテナの設置工事を行っていますし、さらにはJAXAへエンジニアが常駐していたりもします。そんな会社なので、2026/2/5に開催される神奈川宇宙サミットへ出展もしています。
このように、我々は光無線通信の民生品を売っている数少ない企業でありながら、宇宙事業も手がけているということで、そうであるならばその両方を合わせたFSOにも詳しいのではないか?と思われることも多く、FSOに関する質問を受けることもしばしばあったりします。確かに、(僅かですが)宇宙関連の会社さんと光無線通信関連で取引があったり、商品を買って貰ったりすることがあります。しかし、残念ながら我々光無線通信チームは、宇宙についても、そしてFSOについてもさほど詳しくはありません。
しかし、そんな詳しくない我々でもFSOを取り上げずにはいられなかった理由があります。それがStarlinkの普及です。
なぜFSOを取り上げたのか?
昨年ぐらいから、我々の周りでもFSOという単語を聞く機会が増えて参りました。その理由は先ほども書いたとおりStarlinkです。イーロン・マスクでお馴染みSpaceX社のStarlinkは、ご存じの通り人工衛星による携帯電話通信(衛星携帯)です。これまでもイリジウムやワイドスターなど衛星携帯は存在しました。しかし、それらはどちらかというと通話がメインの携帯電話でした。通信トラフィックのほとんどがデータ通信となった現在、実スピード100Mbps超という(衛星携帯としては)圧倒的な高速通信にも関わらず、普通の携帯電話とさほど変わらない料金で使うことができるStarlinkは、他の衛星携帯をぶっちぎりで引き離し、あっという間に世界の携帯電話業界の中心に躍り出たといってよいでしょう。(ただし、機器自体もStarlinkの方が圧倒的に”デカい”のですが、それはいったん置いておきます。)
これだけ携帯電話が普及した日本でさえも、携帯電話が通じない場所というのは少なくありません。山の中や、飛行機、船の上、そういった場所でStarlinkは圧倒的な優位性を誇ります。また、衛星故に災害時でも使用不能にならないという点も、日本においては優位な点です。そういった背景から、政府・自治体や企業での購入も増えています。しかも維持費が安いため、個人で購入している人も少なくないぐらいです。その利便性のおかげで、インターネットを遮断したい独裁国家の皆様から、Starlinkは蛇蝎の如く嫌われているようですが・・・(最近も、国内情勢が不安な某アラブの国がStarlinkを遮断したという噂が)
小型の衛星を大量に打ち上げることで地球全体をカバーする方法を「衛星コンステレーション」と呼んでいます。Starlinkもその衛星コンステレーションを使ってサービスをしているもののひとつです。衛星コンステレーションでもっとも有名な例はGPSです。ご存じの通り、地球上のあらゆる場所で自分の位置が計算できるように、沢山のGPS衛星が地球上空を回っています。
衛星コンステレーションを使ってサービスを提供する場合、地球を全てカバーするために数多くの衛星が必要となります。例えばGPSの場合、30個以上の衛星が常時運用されています。また、衛星携帯の例で言えば、前述のイリジウムは77機の衛星で地球上をカバーする計画で、それ故原子番号77である「イリジウム」という元素の名前が付けられました。尚、現在は77機ではなく66機の衛星でサービスを運用しているようです。
しかし、SpaceX社はこれまでの衛星コンステレーションとはレベルが違います。SpaceX社はStarlink用としてすでに9,000機以上の衛星を打ち上げ、実際に利用されていると言われています。この圧倒的な数の違いが、通信速度や繋がりやすさの差となっています。これはSpaceXが、ロケットから自前でやっているからこそなせる業だと思いますし、それを実現してしまうイーロン・マスクの凄さの表れでもあるでしょう。
さて、この9,000機の衛星をどのようにネットワーク化しているのか?特に衛星同士がどのように通信しているのか?SpaceX社はFSOを使っているとは言っていたものの、その中身や技術は非公開としており、謎に包まれていました。しかし、2024年にSpaceX社は突如として「StarlinkのFSOによる衛星間通信技術」を公開しました。突然公開した理由は後述するとして、とにかくこの発表のおかげで、今や「衛星コンステレーション=FSO」という構図ができあがり、FSOは俄然注目を浴びることになりました。
StarlinkがFSOを採用した理由は明確で、無線周波数の割り当てを回避したいからです。宇宙で動く人工衛星は、世界各国共通の宇宙用の周波数を割り当てを貰う必要があります。世界共通ですから、人工衛星は基本的に「周波数を貰うのが大変」なのです。しかし、FSOは光無線通信ですから周波数割り当ては不要です。帯域もいくらでも使えるため、光ファイバー並の速度で通信可能です。ですから、以前より衛星コンステレーションにはFSOが不可欠と言われていましたが、Starlinkがここまで大々的に使っているとなると、興味が出る人が増えるのは当たり前です。
そんな状況ですので、我々も「FSOに詳しくないから何も知りません」では対応できなくなってきました。光無線通信のメーカーとして、そして宇宙に携わる会社として一応「最もホットな光無線通信の技術トレンドを知っておこう」という程度には勉強する必要がありました。そして、勉強したのであれば何もアウトプットしないのはもったいないし、それならブログのネタにしようと思うのが人の常(?)。
というわけで、今回のブログのネタはFSOです。その中でもFSOの標準規格について触れようかと思います。本ブログは、LiFiも含めた光無線通信の標準規格について繰り返し言及している数少ない存在と自負しております。だから、同じ光無線通信であるFSOの標準規格についても書くことが求められているのでは無いか?と社会的責任を”勝手に”感じたこともあっての今回の企画です。
- FSOの標準規格とは、どんなものなのか?
- (陸上の)光無線通信とは、どこがちがうのか?
といった点を中心に、「光無線通信の専門家から見たFSOの標準化」についてご紹介させていただきたいかと思います。
SDAによる標準規格とSpaceX
今存在するFSOの規格は、通信界隈でよく出てくるITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)やIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子学会)等の標準化団体が規格化したものではありませんし、民間の業界団体が作った規格でもありません。SDAという団体が単独で定めた、"Optical Communications Terminal Standard(OCT)"という名前の規格です。
さて、まずSDAとは何なのでしょうか?SDAは、Space Development Agencyの略で、日本語訳すると「宇宙開発局」です。そして、この「宇宙開発局」が所属している団体は、United States Space Force、略してUSSF、日本語で言うと「アメリカ合衆国宇宙軍」です。宇宙軍のための規格ということなので、OCTという規格は、米国宇宙軍の衛星が通信するための規格であると言うことができるでしょう。
SDAという組織は、「宇宙開発局」という名前からNASAの軍版みたいな印象を受けますが、実際はもっと専門的な組織であり、主な任務は「衛星コンステレーションを使った、ミサイル防衛システム」の開発・運用となっています。SDAの設立は宇宙軍(USSF)よりも少しだけ早く、SDAはUSSFができた後に、USSF配下になったという経緯があります。つまり、SDAのミサイル防衛システム構想自体は、USSF設立よりも前から考えられていたということになるでしょう。
さて、衛星によるミサイル防衛システムというと、昭和のおじさんだと"SDI"(通称スターウォーズ計画)を思い出す人も多いでしょう。セガによる名作シューティングゲーム※1にもなっていたので、それで覚えている方もいるかもしれません。1987年に作られたそのゲーム上は、衛星みたいな自機がとある国が発射したミサイルをバンバンと打ち落とすゲームでした(そして打ち逃すと地球に着弾しダメージ)。ただし、その当時の現実世界では、衛星(又は宇宙船)でミサイルを落とすというのは技術的に夢物語だったわけで、SDI構想は予算の無駄だと相当に非難されたと記憶しています。
そこから約40年経った2026年の今だと、技術開発も進みSDIもそこまで非現実的な話ではなくなっています。レーザー兵器もかなり実戦投入されていいますし、衛星コンステレーション自体もSpaceXのような一民間企業が実現してしまうような世の中になっています。件のSDIの頃に考え出されたミサイル防衛システムも、現在はすでに実戦投入されおりイスラエルなどで一定の成果を出しています※2。だから、今回のSDI改めSDAの構想というのは、(米国国民による)大きな反対もなく、粛々と進められています。
そんな社会状況でしたので、SDAにより衛星は大量に打ち上げられ、それ故に、OCTの規格は軍主導ではあるものの、民間も含めた衛星コンステレーションにおけるFSOの「標準」的な規格になるのであろうと思われていました。衛星を打ち上げる事業者としては、規格に従っていればどのメーカーの機器を使っても接続できる、というのはメリットしかありません。そして、メーカーサイドも、標準規格を一番必要としているSDAが作った規格に乗っかるのは悪い話ではありません。
しかし、その状況に横やりを入れてきたのがSpaceXです。先ほど、SpaceXが「StarlinkのFSOによる衛星間通信技術」を突如公開してきたと書きました。これは、単に技術を公開したわけではなく、「SpaceXが採用しているFSO技術を使用すれば、簡単に衛星間通信ができますよ」という、自陣営に引き込むたの策でした。そして、これは自分たちの(プロプライエタリな)FSO技術をデファクトスタンダードにして、機器を買って貰うといったレベルの話には留まりません。
SpaceXのFSO技術を使って衛星を打ち上げることは、FSOがすぐに使えるようになるというだけで無く、すでに大量に打ち上げられているSpaceXの衛星と接続できるということでもあります。そして、それら衛星をSpaceXの衛星に繋げることによって、非常にコストのかかる「衛星-地上間」の通信をSpaceXに任せることができるようになります。そのことは十分な地上設備(or 資金)を持たない会社でも、衛星業界に参入できることを意味します。衛星業界に新規参入が増え、そのほとんどがSpaceXのネットワークに繋がることになれば、SpaceXのネットワークが宇宙のバックボーンインフラとして固定化されることになります。いわゆる「ベンダーロックイン」の状態です。そうなった場合、SpaceXにもたらされる利益は数え切れません。かつてのWindows(OS)や、現在のAWS(クラウドインフラ)の宇宙版を狙っている、と言っても良いでしょう。
このSpaceXの囲い込みが成功するのか、FSOが最終的にどうなるかは、知見の乏しい我々には残念ながら見通せません。ただし、衛星業界以外では、これまでもプロプライエタリな技術とオープンな技術が市場で争う状況は数多くありました。有名な例としてWindows対Linux、iOS対Androidなどがありますが、どちらも決着が付く見込みはありません。だから、FSOに関しても当面は決着が付かないかもしれません。
まとめと次回予告
いかがだったでしょうか?現在のFSO界隈は、当初から標準化を手がけコストダウンを図りたいUS宇宙軍と、衛星コンステレーションの現覇者であり、利益を出したいプロプライエタリなSpaceXが主導権争いをしているという状況なのです。まあ、SpaceXはSDAの仕事もしていますから、完全に対立しているわけではないのですが、とにかく、FSOというニッチな業界でもこのような競争が行われているってことです。
以降はOCTの中身について触れていきたいと思いますが、次回第二回はFSOのキモでもあるPATについて書いていきたいと思います。それでは、次回をお楽しみに!
※1; セガ(当時はセガ・エンタープライゼス)が1987年にアーケード用ゲームとして販売したシューティングゲーム。左手のスティックで自機を操作し、右手のトラップボールで照準を動かすという非常に特殊な操作系を持っていた。その複雑な操作系故にプレイの敷居が高かった反面、ノーミス(打ち逃し無し)だと加速度的に点が増えていくという、今で言う「コンボ」的な概念を持っていたため、ハイスコアを目指すシューターにマニアックな人気があった。
※2; イスラエルでは、2011年頃よりアイアンドームと呼ばれるミサイル防衛システムが配備されている。アイアンドームは、具体的には高性能レーダーと、短射程の地対空ミサイルのセットで構成され、ミサイル迎撃は地対空ミサイルで行われる。ハマスより散発的に発射されるロケット弾や、イランからのミサイル、ドローン攻撃に対して多大な効果を発揮したと言われている。


