LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

Li-Fiについて(4) Li-Fiはスマホに搭載されるのか?(前編)

記事更新日 2021年9月28日


はじめに

前回の記事にて、Li-Fiが広まる可能性が高いのは「HDMIのような狭いところでの高速通信の用途である」と書きました。すると、社内から「Li-Fiがスマートフォンに搭載されれば広まるんじゃないの?」という質問というか、疑問の声が上がりました。確かに、もともとLi-FiはスマートフォンやノートPCに搭載されて、Wi-Fiの補完的な役割を担うことが期待されていました。数年前にはiPhoneに搭載されるのではないか?という噂もあったほどです。しかし、最近はそういった噂もあまり聞かなくなってきました。今回は、光無線通信のエンジニアとして、Li-FiがスマートフォンやノートPCに搭載されないのはなぜか、そして将来それらに搭載される可能性があるのかを考えていきたいと思います。

今回は、これまで以上に完全に著者の「光無線通信エンジニアとしての個人的な予想」が含まれます。会社(三技協)としての公式見解ではないことを改めて強調しておきます。

Li-Fiを取り巻く環境

Li-Fiという名前は、Li-Fiシリーズの最初の回で説明したとおり、イギリスのpureLi-Fiという会社が提唱したことが由来で、標準化を含めてLi-Fi業界を引っ張っているのは彼らです。また、このブログでも何回か紹介したとおりフランスOLEDCOMMも小型のLi-Fi製品を販売しています。日本でもアウトスタンディングテクノロジー社がかなり前から開発・販売しています。 私(弊社)も世界全てのLi-Fi製品を把握しているわけではありませんが、一応光無線通信関係者としてそれなりに業界の事はリサーチしております。その知識の中で言うと、現在日本で通常に(検証機などではなく)購入可能と思われるLi-Fi製品は上記3社のものしかありません。3社しかないことからも分かるとおり、残念ながら今現在Li-Fi(というか光無線通信全般)の市場は非常に小さなものです。そして、今販売されていLi-Fi製品の子機はすべて「ドングル型」、つまりUSBによる外付けタイプです。ドングル型はスマートフォンに付けられません※1。ノートPCだって今や100%Wi-Fi内蔵の時代に今更ドングル型の製品が大きな市場になるかと言えば、絶対になりません。だからこそ、各社とも市場を広げることができるのは「スマートフォン又はノートPCへの内蔵」しかないと考えているようで、海外の二社は積極的に小型モジュールを開発しています。

Li-Fiの課題は解決できるのか?

しかし、これまでの記事でも繰り返し述べているとおりLi-Fiには、まだ様々な技術的なハードルが存在します。一番大きなものは「日光が当たる屋外では使えない」ですが、これは屋内使用前提で無視したとしても、次のような課題は残ります。

  1. 見通し外通信(NLOS)が事実上できない
  2. 利得を得るには面積が必要
  3. 最大速度が(Wi-Fi比で)遅い

1の課題については過去記事で書きました。スマホはいろいろな持ち方をするからNLOSで使えないなら使えないと言われるかも知れません。ただ、通常はスマホ使用中はディスプレイ面を上にしますから、下の図1のようにディスプレイ側に送受信機が露出されればLi-Fiが実装できないことはありません。ただし、それが可能になった場合には2の課題が引っかかります。光に関して言えばカメラと同じように「レンズの大きさ=受信の明るさ」という物理的原則があります。電波におけるアンテナも似たものがありますが、周波数が高いほど小さなアンテナで済みますし、なんと言っても内蔵、つまりケースの中に実装できますから基板上の様々な場所にアンテナを配置することが可能です。一方Li-Fiは露出している必要があり、かつディスプレイ面、もしくは上面に置かなくてはいけません。現在のスマホはベゼル幅が小さければ小さいほど良いとされ、フロントカメラのためのノッチ部すら「悪いデザイン」とされる中、ディスプレイ面に大きなレンズを付けるというのは現状厳しい状況ではあります。ただし、Samsung等が販売しているような折りたたみ型が広まればスペース的にLi-Fiが実装される猶予が大きくなります。

図1
図1 Li-Fiをスマートフォン実装に実装した場合

ノートPCに関しては、スマホに比べればかなり実装スペースに余裕があります。今販売されているほぼすべてのノートPC(2in1型やタブレット型含む)にはWebカメラがディスプレイ上部に取り付けられていて(図2)、結果左右のべセル幅に比べ上部のベゼル幅が広くなっています。そのディスプレイ上部ベゼルにLi-Fiを実装させることは技術的にもデザイン的にも難しくないはずです。

図1
図2 ノートパソコン上部のWebカメラ

つまり、NLOSや取り付け場所の問題はノートPCであればさほど大きくなく、スマホでは不可能ではないが厳しい(折りたたみ型なら可能性アップ)という事になるでしょう。しかし、取り付け場所の問題が解決したとしても依然残るのが3の「通信が遅い」という問題です。現在市販されているLi-Fiは、ドングル型という内蔵型に比べ受光面積が採りやすい好条件でありながら、100Mbpsがやっとという現状です。これでは、よほどの悪い条件で無い限りWi-Fiの方が速度が出ますので、わざわざLi-Fiを内蔵する理由がありません。理論上の最高速度はともかくとして、通常使用上の平均速度がWi-Fiより圧倒的に速くなければLi-Fiを内蔵する機器の登場は期待できません。

Li-Fiが遅いという問題の原因はいくつかあります。例えば弊社が販売しているバックホール型機器(LEDバックホール)は物理層で750Mbps(L2で600Mbps)以上の速度が出ます。この速度が仮にLi-Fiでも安定して出せるのであれば「Wi-Fiより速いかも?」という体感が得られる可能性は高いですが、最大が100Mbpsを超える程度ではさすがにWi-Fiより速いとは言えないでしょう。同じ光なのにここまで速度に差がある原因は何でしょう?それは、Li-Fi型では信号強度が稼げないことにあります。バックホール型つまり1対1で通信する機器では、レンズによって光を広がらないように「絞って」いますし、受信側も大きなレンズで集光しています。一方のLi-Fiは広範囲に飛ばすために光を広げることが求められますし、装置サイズ的にレンズでの集光も制限があります。それでも送信側はサイズの大きい親機側ですので、高出力のLEDを使う、沢山のLEDを並べるなどフォローの仕方はありますが、ボトルネックとなるのは子機の受信側です。例えば、弊社LEDバックホールでは直径10cmのレンズを使っていますが、これが直径5mm(スマホカメラ程度)になったとしたら、面積が1/400になるわけで集められる光の量も1/400になってしまいます。そして搭載できるセンサーの大きさも異なります。センサーで言えば、スマートフォン搭載のカメラも画質はどんどん良くなっていて受光センサーの進化はめざましいものがあります。しかし、どんなにスマートフォンのカメラが進化しても、いまだ画質の面で一眼レフ型のカメラにはかないませんよね。それは、レンズもセンサーも一眼レフ型のカメラの方が圧倒的に大きく、集められる光の量の差が画質の差となって出るからです。光通信においても全く同じで、大きさの差が通信速度の差となって出てしまいます。

ゲームチェンジャーLDの存在

ここまでの話は、「実装の問題はあるが解決可能性はある。しかし、まずLi-Fiに必要なのはWi-Fiよりも速くなることだが、レンズやセンサーの大きさが問題で現在のLi-Fiは遅い」ということでした。前述の通りLi-Fiがバックホール型よりも速くなることは理論上ありません。ただし、光無線通信全体の通信速度が上がることでWi-Fiより速くなる可能性はあります。

現在の光無線通信の速度がLEDの応答速度の限界によるものであるというのは過去記事で書いたとおりです。そして、光源がレーザーダイオード(LD, 半導体レーザーとも呼ぶ)になることで、その限界が突破できこれまでよりずっと高速で通信できるようになる、とも書いてきました。ですから、当然のことながら将来的にLi-Fiの光源はレーザーダイオード(LD)になると言われています。LDの利点は沢山ありますが、最大の利点は応答性能が極めて高いことです。ON/OFFの点滅が速く、かつ電圧に対する発光量の線形性がとても高い(歪みが少ない)という通信にうってつけの性能を持っています。現在、その特性を最大限活かしているのが光ファイバーです。光ファイバーの光源(つまりSFPの光源)にはかつてLEDが用いられてましたが、現在はほぼすべてLDに置き換わっています。そこには、「光ファイバーに求められる性能が1Gbpsを超えるようになるとLEDでは対応できないようになり、より高速の通信が可能なLDに置き換わった」という経緯があったわけですが、Li-Fiにおいても同じような経緯を辿り、「LEDからLDを光源とするものに替わることで現在の光ファイバーの様に10Gbpsを超えるような通信ができるようになる」というのは十分予想される未来です。まあ、ノイズが多い無線で光ファイバーと全く同じ速度になることはありませんが、それでも1~2Gbpsが安定して出せるのであれば体感的にはWi-Fiよりずっと速くなり、Li-FiのスマホやノートPCへの搭載という可能性も見えてきます。Li-Fi(というか光無線通信全般ですが)にとってLDはゲームチェンジャーともいえる存在です。

では、なぜ未だLDがLi-Fiで使われていないのでしょうか?大きな理由は出力の問題※2です。Li-Fiは照明のように一定範囲を照らさなければなりません。言い換えると照明と同レベルの光の強さがなければLi-Fiとしては使えません。LEDはすでに「照明用光源の主力」であり、高出力なものが容易にかつ安価に入手できます。一方、LDで照明に使えるほど高出力で、かつ容易に安価に入手できるものはありません。例えば、BMWがLDを使ったレーザーヘッドライトというものを作っていて、一部高級車についています(オプションで付けられる)。このライトは紫外線LD+蛍光体で白色を作るタイプのため照明に使おうと思えば使えないことはないですが・・・ そのレーザーヘッドライト、ただのライトにも関わらず価格が100万円近くもするのです。BMWの高級グレード車のみに取り付けられるもので「ブランド価格」であることは間違いないのですが、それでもとてもとてもLi-Fiに使える価格感ではありません。

今の高出力LDはごく一部でしか使われていない高級品ですが、LDには「光を遠くまで飛ばせる※3」、「演色性が高い」、「LEDよりも小型化できる」など通信だけでなく照明としてのメリットが沢山あります。そのため、LDは次世代光源とも呼ばれていて、高出力な照明用LDの実用化にむけて世界中で様々な会社が研究開発をされています。我々もきっと近いうちに高出力で安定したLDが容易に入手できると考えています。そうなるとLi-Fiは一段も二段も性能アップした製品になるでしょう(我々のバックホールタイプも同じくレベルアップするでしょう)。

そんな夢のような高出力LDですが、だからといって「高出力LDが量産の暁には、Wi-Fiなぞあっという間に叩いてみせるわ!」となるかどうかは、また「性能とは違った課題」が解決されるかどうかにかかっています。

後編に続きます。


※1; USB Type-Cで外付けイーサポートに対応しているスマートフォンなら動作する機種もありますが、実用上は使えないといって良いレベルです。

※2; LDは熱問題も大きく「熱処理を含めた安定した高出力が難しい」という意味です。

※3; レーザーはその発光原理上、光源の大きさが理想的な「点」に近くなるためレンズによる集光も理想に近くなり、必要な場所のみに配光することが可能になります。言い方を変えると「光を狭い範囲に集中できる」ということです。この性能によってレーザーは光を遠くまで飛ばすことができます。皆さんご存じの一直線のレーザー光線もこの性能を利用したものですが、この光線を広げて一定の幅を持たせれば「遠くまで飛ぶ照明」となります。レーザーヘッドライトはこの特性を使って「遠くまで照射できるハイビーム」を実現しています。