LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

Li-Fiについて(1) Li-Fiと照明

記事更新日 2021年8月3日


はじめに なぜLi-Fiなのに赤外線?

みなさん、Li-Fi(ライファイ)をご存じでしょうか?Wi-Fiに似てると思う方が多いと思いますがそれは当然で、Li-Fiの語源はLight Wi-Fiで、それを略したのがLi-Fiだからです。Li-Fiは英国エジンバラ大学のハース教授が2011年に提唱したものですが、その時のTEDが大変な評判を呼んだため、今や光無線通信と言えばLi-Fiと言われるほどLi-Fiの業界内での知名度は高くなりました。 Li-Fiはその名前の由来の通りLight、つまり「照明」をつかった光無線通信のWi-Fiという意味です。先のハース教授によるTEDでも「照明に無線通信を埋め込めれば世界が変わる」という刺激的なキャッチフレーズがウケたようです。しかし、現在販売されているLi-Fi製品は照明光、すなわち白色光ではなく、赤外線のものが多いのはご存じですか?もちろん、もともとのコンセプトとして、照明機器から子機の下り方向は照明光ですが、逆側の子機から照明機器側の上り方向については、子機から眩しい光を出すわけにはいかないので目に見えない赤外線を使うことが想定されていました。しかし、実際の製品だと上りだけでなく下りも赤外線を使っている機器が多いのです。我々の会社で扱っている仏OLEDCOM社のLi-Fi MAX(図1)も上下とも赤外線で通信しています。今回は、なぜLi-Fiは赤外線を使っているものが多いのか?ということを説明したいと思います。

図4.1
図1 OLEDCOMM Li-Fi MAX(R)

LED通信のボトルネック

こちらにも説明してありますが、LEDで光無線通信を行う上で速度のボトルネックとなるのはLEDの点灯・消灯の速度の遅さです。光無線通信におけるLEDは、電波通信における増幅器(アンプ)と同じです。増幅器の線形性能が悪ければ、信号の波形に歪みが出ますし、増幅の上限があったりもします。また、LED特有の現象として「点灯より消灯が遅い」というものもあります。これは、LEDに電圧を掛けるのを止めても、人間の眼に分かるほどではない短い時間ですが光が残るというものです。この特性は、LEDの色、製品(つまり内部の組成)によって異なるため、どれぐらいの時間がかかるかはLED次第のところがあります。LEDの光が10%->90%になるのにかかる時間をOptical Rise Time、その逆をOptical Fall Timeとよび、これがLEDの点灯・消灯の性能を表し、おおよそ赤色の性能が高いと言われています。 三技協のLED BackhaulにおいてはOptical Rise Time、Fall Time共にスペック上12nsec(1.5V時)という赤外線LEDを使用していますが、これはLEDの中では(出力を考えると)高速な方だと言えます。LEDの出力は光量ですので先のような指標が一般的ですが、無線のアンプでは出力は電圧なのでスルーレートという指標が使われています。スルーレートの単位は通常(V/μs)で、1マイクロ秒に何V変更できるかという仕様になっています。LEDのRise/Fall Timeを無理矢理スルーレートに合わせると、100(V/μs)になります。あるスルーレートで歪まない最大周波数を計算する式は「f = SR / (2πVpp)」ですので、LED BackhaulのLEDで歪まない周波数はおおよそ19(MHz)となります。この数値はLEDを擬似的に無線アンプに合わせただけで無線アンプとは異なる部分も多いですし、それに加えてLED Backhaulでは歪みを補填するための技術を使っているため、そのままこの数字が通信装置の上限を決めるわけではないですが、それでもLEDは高速無線通信に使う増幅器として「大して速くない」ということは、スルーレートからもご理解頂けると思います。

照明としてのLED

光の三原色とか、コンピューターで色を表すのはRGBとかで、赤、緑、青の光を混ぜると白色になるということは皆さんご存じかと思います。長らく赤外線含む赤と黄緑のLEDしか存在しておらず、LEDが照明に使われることはありませんでした。1990年代に、通勤列車は方向幕からLEDによる表示器に置き換えられていきましたが、当時は赤と緑のLEDしか存在しなかったため、赤、黄緑、そして赤と黄緑を混ぜた橙色の三色しか表示できませんでした。今でも古めの鉄道車両やバスに橙色のLED表示の車輌が残っているので、若い人であっても見たことがある人が多いと思います。その状況が変わったのが1993年。当時日亜化学工場におられた中村修二博士が高出力の青色のLEDを実用化し、その後、照明や信号機、ディスプレー(特に大型)にLEDが使われるようになったのは皆さんご承知の通りです。中村博士は2014年に、赤崎、天野両博士と共に青色のLEDを開発したとしてノーベル賞を受賞していますが、それぐらい偉大な発明だったと言うことです。

コンピューター上での「白色」とはRGBが全て最大の色のことを指しますし、赤、緑、青のLEDの光を混ぜれば白色に見えます。しかし、その三色だけだと白く見えるだけで、実際に照明として使うとかなり違和感がある光になります。具体的に言えば、人間があるものを見たときに、昼間太陽光下で見える色と、赤緑青三色のLED照明下で見える色との「差」が大きいのです。なぜそうなるのか、その理由は虹を見れば分かります。虹はご存じの通り太陽光が雨により屈折されたときにできるもので、屈折率が光の波長によって異なるため太陽光に含まれる光の周波数成分が分解されあのような色に見える、つまり雨粒、水滴がプリズムの役目を果たすわけです。虹というのは太陽光にどのような成分が含まれているかが見える形になったものとも言えます。虹には濃い赤から紫まで、赤、青、緑、黄色も橙色も様々な色が含まれていますが、空かかる虹をみてもどれかの色が特別に明るく見えることはないと思います。太陽光は、波長の長い赤色から波長の短い紫まで満遍なく均等に含まれているいるわけです。

図4.2
図2 全ての色が含まれる虹

それに対し、赤緑青の三色LEDは満遍なく光の要素が含まれているわけではなりません。特に、LEDそのものは、各色とも含まれる周波数成分が少ないため、白色に見えても含まれている波長が少ないのです。この差がでるのは、光そのものを見た場合ではなく、その光が何かを照らして反射したものを見た場合です。例えば、太陽光下でははっきり黄色に見えたものが、三色LEDの照明下ではなにか暗い黄色に見えてしまうとかそういった現象が発生します。それは、太陽光には黄色成分があるのに対し、赤緑青三色LEDにはその成分が含まれていない(もしくは少ない)からです。実のところ「太陽光に比べ周波数成分が少ない」という課題は、LEDだけでなく電球や蛍光灯など照明全般の課題です。ですから、LED照明誕生前から、照明の性能を評価する指標として、照明が太陽光にどれだけ近いかを評価する数値が存在していて、それを演色性と呼びます。演色性が高ければ高いほど「良い照明」ということになりますが、三色LEDはこの演色性が低い照明と評価されています。LED照明出始め頃は、物珍しさにより三色LEDを使ったものも存在した(そして多くが照明の色を変えられるという機能がついていた)のですが、演色性の低さにより現在LED照明としては使われなくなりました(※1)。

では、LED照明には何が使われているかというと蛍光体です。蛍光体とは「光を当てると、その光とは別の光を出す」物質のことで、蛍光ペンや紫外線(ブラックライト)を当てると光る蛍光塗料、警備員の蛍光チョッキなど身近なところで数多く使われています。LED照明においては、青色LEDとその青色を当てると黄色に光る蛍光体を合わせることで補色関係にある「青と黄色」が混ざり、結果的に白色になるような構造になっています。蛍光体はLEDに比べある程度幅広い周波数を含んだ光を出せますし、場合によっては複数の蛍光体を合わせることもできますので、LEDだけで白色を作る三色LEDよりも演色性の高い光を実現することができます(※2)。ちなみに、LED以前の主役であった蛍光灯も、紫外線を蛍光体に当てて白色光を出しています。ですから、現代の照明はLEDのような直接光る「発光体」ではなく、光を受けて別の光を出す「蛍光体」によって実現されているといっても過言ではないのです。

図4.3
図3 青色LEDと黄色蛍光体のスペクトラム(例)

白色光と通信

この照明に使われる蛍光体ですが、光無線通信においては大問題になります。それは、蛍光体が遅い(時間がかかる)ということ。光るのも遅いし、消えるのはもっと遅い。LED照明でも、ものによっては電源を切ってから数秒間かかって黄色い光がぼんやりと徐々に消えていく、そんなものまであります。蛍光体としては、(これはLEDも同じですが)高出力ほど遅くなる傾向にあるります。高速の蛍光体もあるにはありますが、それは弱い光の検出などに使うものであり「照明に使うほど高出力でありながらLEDの速度に近いもの」というのは今のところ存在しません。せいぜいLEDの10分の1の速度(つまり10倍時間がかかる)ものがあるぐらいです。ただでさえ、遅いLEDなのに、蛍光体によって更に遅くなる(しかも二種類の光がずれる)となっては残念ながら高速通信に使うのは困難なのです。 仕方が無いので、演色性を捨てて赤緑青三色LEDを使えばいいかというと、そういうわけにはいかずまた別の問題があります。それは、「通信していると言うことは出力が変動している」という当たり前の理由によります。三色どの色で通信しても良いのですが、安定した白を出すには、各色とも安定した色できっちり調整済みである必要があります。通信して強さが変動するとなると、他の色との調整が難しくなります。ある色の出力が不安定だと演色性以前に「白くすら見えない」という問題が発生してしまいます。実際、通信と白色の両立は難しいらしく、以前、Fraunhofer HHI研究所で三色LEDで通信をする実験機を見たことがありますが、その時は「白くなくて、なにやら青っぽいな」という印象でした。

蛍光体は遅い、三色LEDだと演色性が極めて低くなる、ということでLEDを用いて白い照明光で通信することは非常に難しいということが分かっていただけたと思います。前述の通り、もともとLi-Fiは「照明光による通信」でしたが、現在では「天井に付けるけど照明ではない(光らない)」タイプや、「照明光と通信光が全く別(照明光は通信しておらず、実際には目に見えない赤外線などで通信している)」のタイプのLi-Fiも出てきており、「Li-Fi = 照明」とは言えなくなってきています。前述のOLEDCOMMのLi-Fi MAXもその照明ではないLi-Fiの一つです。

まとめ

  • 照明用のLEDは白色光である必要がありますが、単に白色光というだけではなく「演色性」を高めるため赤緑青の三原色だけでなく、「虹」のようにさまざまな色が含まれている必要があります
  • 様々な色を混ぜるためには「蛍光体」が不可欠なのですが、蛍光体はLEDと比べても10分の1程度の反応速度しかなく、高速通信には使えません
  • 演色性を犠牲にして3色LEDで通信を試みる場合、出力が極めて上手く調整できないと「白ですらない」色が出てしまいます
  • 白色LEDで通信をするのが難しいので、赤外線等の「目に見えない色」を使って通信を行うLi-Fiが増えています

※1 赤緑青の三色LEDは「白く見えればいい」というディスプレー用途としては非常に優秀であり、カラー行き先表示器やLEDオーロラビジョン、今後普及することが予想されるマイクロLEDディスプレーなどに使われています。

※2 現在のLED照明では演色性をより高めるために、青よりも更に波長の短い紫のLEDと複数の蛍光体を使っているものや、複数色のLEDと蛍光体を組み合わせているものなど、各メーカー工夫を凝らし様々ものが作られています。