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Li-Fiについて(2) 見通し外通信はできるか?

記事更新日 2021年8月17日


はじめに Li-Fiの最大の弱点

Wi-Fiの問題点の一つは、電波が希望するよりも広がってしまうことです。それによって、主に2つのネガディブな現象が発生します。一つは、隣り合った無関係のアクセスポイント(AP)の電波同士が干渉し速度が低下すること。もう一つは、不要な場所にまで(例えば隣の建物にまで)電波が飛んでしまうことでセキュリティ的に問題であること。一方、光で通信するLi-Fiは光の照射範囲を容易に制限することができるために、先に挙げた2つの現象は発生しません。しかし、Wi-Fiにはそのデメリットを上回る、Li-Fiには真似できないメリットがあります。それは、「どのような設置状態でも接続できること」です。上下左右、どの方向に向いていても接続できますし、鞄に入っていても接続できます。他の電波通信、例えば携帯電話でもBluetoothでも同じことができていますから、皆さんは当たり前のように感じていると思いますが、これこそが光による無線通信が真似のできない特長でもあります。逆に言うと、これができないことが、光無線通信の最大の弱点と言えます。

LOSとNLOS

通信でよく使う用語なのですが、遮るものがなく直接お互いが見える場所にある2点間、つまり見通しがある場所のことをLine Of Site、略してLOSと呼んでいます。逆に、見通しがない2点間をNon-LOSでNLOSと呼んでいます。前章の例に取れば「Wi-FiはNLOSでも通信ができる」という言い方ができます。Wi-FiがNLOSでも通信できるのは、電波が壁などに反射したり、回折したり、はたまた壁を透過したりすることができるからです。APと端末の間に障害物があっても隣の部屋でも別の階でも通信できるのはこのためです。

光はどうでしょうか?光は壁や天井で反射しますし、光の回折も子供の頃実験でやった記憶がありますよね?しかし、透過はどうでしょうか。窓は透過できても壁は絶対に透過しないですよね。したがって、Li-Fiは別の部屋での通信というのは不可能です。光の回折も残念ながら通信で使えるほど「曲がらず回り込まない」ということを子供の頃に学びました。では、反射はどうでしょう?反射はしますよね。鏡だけでなく、あらゆるものが光を反射します。間接照明なんてものもある。だったら、途中に障害物があってNLOSであったとしても壁や天井に当たって反射した光で通信できそうですよね?

理想的なシナリオ

教科書(といっても光無線通信の教科書など数えるほどしかありませんが)に書いてあるような理想的なシナリオを見てみましょう。

図1
図1 NLOSシナリオ

送信機側からでた光が、反射面で反射して、受信角度の範囲に入っていれば受信出来る、ということを図示しています。ここで、NLOS通信の鍵となるパラメータが3つ出てきます。一つは、送信可能な角度、すなわち送信範囲、同じく受信範囲、そして壁の反射率です。

送信範囲は、LEDの照射角度です。LEDには主に基板に貼り付けるタイプの「チップ型」と、恐らく皆さんが一番よく見るであろう、砲弾の形をした「砲弾型」があります。例えば砲弾型のLEDですと、照射角度は30度(±15度)から60度(±30度)ぐらいになります。照射角度が小さい方が、光を絞っているため遠くまで光が届きます。逆に照射範囲が広くしすぎると光が弱くなり通信可能距離が短くなります。ですから、バランスが大事となるのですが、ただし、このLEDの照射角度がLi-Fiの照射角度の限界を決めるわけではありません。電波だとEIRP(透過等方放射電力)等で最大出力の限界が法律上決められていますが、光無線通信にはそんなものはありません。LEDは何個使っても良いのです。ですから、LEDの数だけ装置としての照射角度は広くすることができます(図2)。その辺はLED照明などと同じです。ですから、比較的送信範囲は自由に作ることができます。

図2
図2 複数のLEDを使えば照射範囲を広げられる

受信範囲は、フォトダイオード(PD)の受信可能角度です。PDは太陽電池と同じで受光素子である半導体に光を当てると電圧が発生することを利用して、光を検出します。受光素子そのものに指向性はないのですが、PDは受光素子にレンズを付けたもの、つまり砲弾型LEDと同じような形のものが多く、そのようなタイプは一定の指向性を持ちます。ただ、受光素子はLEDよりも数倍面積が大きいため、一般に指向性は緩くなり受信範囲は広くなります。受信の指向性を広げるために送信の時と同じように沢山のPDを付けることも可能ではありますが、同じ信号を出せばよかった送信側とは異なり、受信は単純に合成すればいい訳ではないため注意が必要です。 結局、送受信可能な角度というものを決めるのは、LEDやPDの性能もさることながら、製品サイズであったり、消費電力であったり、部品コストであったりといった「製品化」の要素が大きくなります。

次に反射率ついて説明します。まず、物質の光の吸収率というものはおおよそ決まってデータがあります。光によるものの暖まりやすさと言い換えることもできます。そして、不透明な物質であれば、当たった光は吸収されるか反射されるわけで、吸収率 + 反射率 = 1関係が成り立ちます。したがって、不透明なものであれば物質の吸収率が分かれば反射率も分かります。皆さんのイメージ通り、金属の反射率は高く、黒い炭(カーボン)などは反射率が低くなります。Li-Fiの通信に使う近赤外線※1で例に取ると、鏡にも使われる銀だと99%の反射率がありますが、コンクリートで35%、カーボンだと5%の反射率しかありません。反射率が35%とそこそこあるようにみえるコンクリートでも2回反射してしまうと元の12%まで減衰してしまいますので、Li-FiのNLOSというのは事実上1回の反射環境が主になります。そして、図3のような環境であれば、LOS環境よりは多少低速になるけど十分に通信ができるように見えます。

図3
図3 1回反射のシナリオ

散乱

しかし、現実はそのようにはなりません。何故なら先の反射率というのが、物質の形状から来る光の散乱が考えられていないからです。壁に当たった吸収されない光は反射されますが、物質の表面に凹凸があれば反射の際に散乱して光は拡散してしまいます。散乱すると光があらゆる方向に散ってしまうため、Li-Fiで本来使えるたはずの反射光の多くが使えなくなります。もちろん、散乱によって新たに使えるようになる光もありますが、トータルでは通信と関係無い方向へ飛んでいく光の方が圧倒的に多くなり、通信としては大きく減衰することになります。

図3
図4 反射と散乱

例えば同じ金属であっても、鏡のように極めて平らなな表面であれば散乱はとても少ないですが、ヘアライン加工のようなざらざらした表面加工がされていると散乱しやすくなります。この、物質表面が光を散乱させているのか、させていないのかを表すよい表現があります。それはテカっているという言葉。ピカピカに磨き上げた床はとってもテカっている。しかし、ワックスを塗っていない傷だらけの床はテカっていない。

さて、皆さん自宅のリビングを想像してみてください。テカっているものってありますか?テカっているのはガラス製のものとテレビぐらいではないですか?もしあなたのうちの壁がテカっていたら、それはとても珍しい家に住んでいると思ってください。家の壁紙とか机とか、オフィスの什器とか、あれらは全て「わざとテカっていない」のです。壁紙や机がつるっとしてテカっていると、太陽や照明が目に入ってきて眩しくて暮らしにくいです。壁紙はわざと凸凹していて、液晶で言う「ノングレア」処理をされていると考えてください(ちなみに液晶のノングレアは、反射率を10分の1程度にします)。そして、散乱してしまうと受信機に入ってくる光が減衰してしまう。そういうわけで、普通の人が暮らす部屋はテカらない=散乱しやすいもので囲まれているため、実はLi-FiにとってNLOS通信が非常にやりにくい場所になっているのです。

さて、ここでWi-Fiの電波は散乱しないのか?と疑問を持つ人がいるかと思います。電波も散乱するのですが、光のようには散乱しません。その理由は波長の違いです。Wi-Fiの2.4GHzだとその波長は約12cm。対して光の波長は赤外線なら900nm。壁紙のちょっとした凸凹でも散乱する光とは違い、12cmも波長があると見た目ざらざらしている程度では散乱しません。

さらに通信距離の問題

そして、Li-FiのNLOS通信を難しくするもう一つの理由が「通信可能距離」です。AP側はどんなにパワーを使っても良く、それこそLED電球並みの出力で光を出すこともできるでしょう。しかし、子機側はそうではありません。Li-Fiの子機はPCなどにUSBで繋げて、そのUSBの電力で動かすことが求められます。そのような使用環境でLEDを光らせるためだけに5Wも10Wも使っていたら通信機としては成り立ちません。しかも、指向性を下げて、つまり通信距離を犠牲にしてでもある程度送信範囲を広げないと通信しにくい。そういうこともあって、現状のLi-FiはLOSであっても大体2.5mぐらいでしか通信できません。その距離でも天井から机までのLOS環境で通信するのであれば問題はありません。しかし、NLOSで通信しようとすると、反射して散乱して減衰することを加味すれば、残念ながら極めて近い距離でしか通信できなくなるということになるでしょう。そして、そんな近い距離のNLOSではほとんど意味がありません。この先、送信光の方向を変えてトラッキングできるような仕組みができてくれば光を絞れることにより通信距離が伸びるため、もしかしたらNLOSに意味が出てくるかも知れません。(まるで5GNRミリ波のビームフォーミングのようですが・・・)

尚、一応光であっても反射波によるISI※2の問題は存在しますが、現在のLi-Fiですと、NLOS時の通信可能距離が短すぎて殆ど考慮が要らないという状況です。(今時のLi-FiはみんなOFDM系なのでISI対策はできておりますが・・・)

まとめ

ここまでLi-FiでのNLOS通信、特に反射波による通信は可能なのか、ということを見てきました。そして、その結論は「理論上は可能だけど、現状は現実的ではない」となります。その理由は、以下の通りです。

  • 屋内は非金属で反射率が低い物質が多く、2回以上反射をすると大きく減衰してしまう
  • 普通の部屋やオフィスは、眩しくないように光が拡散しやすい材質で構成されていて、そこの減衰も大きい
  • 特に子機の通信可能距離が短いため、上記2点と相まって反射波を使うのが難しい

と言うわけで、現在流通しているLi-FiはほぼLOS通信を前提としたものとなります。ただ、Li-FiはLOSの通信しかできないとしても、様々なメリットがあります。次回は、そのメリットの方を見ていきたいと思います。


※1: 赤外線を使っている理由はこちらをごらんください。

※2: Inter-Symbol Interference、日本語で言うとシンボル間干渉。遅延したシンボル(符号)が干渉を起こす現象。反射波が多い環境で発生します。