LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

Li-Fiについて(5) Li-Fiはスマホに搭載されるのか?(後編)

記事更新日 2021年10月11日


はじめに

前編では、Li-FiがスマートフォンやノートPCに搭載されない、されていない理由を説明しました。それは、物理的に内蔵できないという理由ではなく、Li-FiがWi-Fiに比べ速度的に劣り、純粋に搭載するメリットがない、ただしそれはレーザーダイオード(LD)を光源にすることで解決できる可能性がある、という話でした。しかし、Li-Fiの光源がLDになり、仮に2Gbps超の通信が安定してできるようになったからといって、Li-FiがWi-Fiのように、いやWi-Fi程は無理にしても通常のユーザーが目にするようになるほど普及するかと言えば、そんな単純な話にはならないというのが今回の話です。 尚、前回も強調しておりましたが、今回の内容も著者の「光無線通信エンジニアとしての個人的な予想」です。会社(三技協)としての公式見解ではありませんのでご了承下さい。

Wi-Fi 6について

Li-Fi普及の大前提として、Li-Fiが「最低限」速度で勝たなければいけない相手はWi-Fiです。通信手段としては5GNR(もしくはBeyond5G、6G)もありますが、そちらは契約が必要な「セルラー」ですから、別物と考えます。 さて、Wi-Fiは今Wi-Fi 5(IEEE802.11ac)からWi-Fi 6(IEEE802.11ax)に移行している最中です。Wi-Fi 6の最大の特長は、なんと言ってもOFDMA方式を採用したことです。これまでのWi-Fiは無線イーサネットの延長であり、「通信は自分勝手に始めて、他と衝突して送信できなかったら再送」というイーサネットの原則に従ってきました。今でも家庭内のLAN用途だったらそれで十分ですが、大規模なオフィスや公衆Wi-FiなどWi-Fi機器が多い環境下では頻繁に衝突が発生し速度が低下する、または接続性が著しく低下するという問題がありました。Wi-Fi 6では、この欠点を克服するためにイーサネット的な考え方を捨てて、セルラー的な考え方である「スケジューリング」を導入しました。Wi-Fi 6では、APが端末毎に送信時間やサブキャリアを割り当て各端末はそれに従って動くために、エリア内での衝突がなくなりエリア全体のスループットの向上や接続の安定性向上が見込めます。今後Wi-Fi 6が普及すれば今まで課題だった人の集まるような場所での通信の体感が飛躍的に向上するでしょう。

Wi-Fi 6の現状と課題

Wi-Fi 6は導入すればいいことばかりなので、理論的に考えれば使わない理由はなく、私も「急速に広まるのではないか?」と思っていたのですが、どうやら予想していたよりは広まっていないようなのです。 最近のスマートフォンを見てください。OS開発2社+大手メーカーの3社の最新(に近い)スマートフォンモデルをグレード別に抜き出してみました(日本で発売しない機種も含んでいます)。

機種名 メーカー 価格帯 セルラー対応 Wi-Fi対応
iPhone 13 Apple High 5G 6
iPhone SE(2) Apple Middle LTE 6
Pixel 5 Google High 5G 5
Pixel 5a Google Middle 5G 5
Galaxy S21 Samsung High 5G 6
Galaxy M22 Samsung Middle LTE 5
Galaxy A03s Samsung Low LTE 5
Mix4 Xiaomi High 5G 6E
11T Xiaomi Middle 5G 6
Redmi 10 Xiaomi Low LTE 5
Reno 6 Pro 5G OPPO High 5G 6
Reno 6 Z OPPO Middle 5G 5
A35 OPPO Low LTE 4

ご覧頂いて分かるとおり、各社ともWi-Fi 6に対応しているのは5Gに対応しているハイエンド機種ばかり。ミドルクラスの端末でWi-Fi 6に対応しているのは、5Gにも対応している「ややハイ寄り」の機種ばかりです。Googleのように5G対応していてもWi-Fi 6に対応していない、という機種も数多いです。他のメーカー(例えばHuawei、ZTEとか)も調べましたが、ほぼ同じ"ハイエンドのみ対応"という傾向です。尚、AppleだけはiPad含む直近発売機種すべてWi-Fi 6に対応しており、5Gに対応していないSE(第二世代)でもWi-Fi 6に対応しています(ちなみに、我々が調べた限り5G対応していないのにWi-Fi 6に対応しているスマホはiPhone SEとHUAWEIの一部機種のみでした)。Wi-Fi 6対応の有無は恐らくチップセットの対応有無の影響と思いますが、逆に言うとWi-Fi 6には対応のためにチップセットを変えるほどの価値はないのだとも言えます。つまり、(Appleを除いた)スマートフォンメーカーにとって、Wi-Fi 6は5G対応のおまけで付いてくればいい程度の認識でしかないという現実を表しています。

「新しい規格が広まるのに時間がかかる」ということはWi-Fi 5まではさほど問題になりませんでした。Wi-Fi 5まではいわば前世代と比較し機能追加だったため、先に採用した人が先に恩恵が受けらるだけのものでした。しかし、Wi-Fi 6の場合、真価を発揮するには「急速な普及」が必要になります。Wi-Fi 6はこれまでとはかなり異なる方式で通信します。それなのにWi-Fiは新旧システムで同じ周波数を使うため、Wi-Fi 6のエリアにWi-Fi 5以下のAPや端末が混ざってしまうと、スケジューリング方式と衝突方式が混在することとなり、Wi-Fi 6の良さが十分に発揮できない※1のです。もちろん、Wi-Fi 6は後方互換対応であり、上記問題を回避すべく色々複雑な機能が存在しますが、そうしたとしてもWi-Fi 6の効果はやはり減ってしまいます。ですから、本当はみんなが一気にWi-Fi 6に替わるのが望ましいはずで、それはスマートフォンメーカーも十分に分かっているはずなのですが・・・

長々説明しましたが、Wi-Fi 6について何が言いたいのかというと、(Apple以外の)スマートフォンメーカーはWi-Fiの速度アップに積極的ではないということです。もしかしたら、5Gですら「売り文句」になるから付けているだけであって、機能的に必要だから付けている訳ではないかも知れません。よく考えれば、そもそも5Gの性能を活かしたスマートフォンなど見たことありませんよね?1,000ドル以上するiPhone 13ProやSamsungの折りたたみ系ですら、5Gの必要があったかというと疑問があります。スマートフォンメーカーはシビアです。コストがかかるのに「売り」にならない無駄な機能は採用しません。「5G」対応は売りになるから対応するが、「Wi-Fi 6」対応は売りにならないからどうでもいい。すなわち、単純な通信速度アップは売上に繋がらないとスマートフォンメーカーには判断されているのでしょう。

高速通信用途としてのLi-Fiの需要

それでも、携帯電話の基地局はいずれ5Gに置き換わり、5年もすれば新たに(通信先進国で)発売されるほぼ全てのスマートフォンが機種が5G対応になっているでしょうし、それに合わせてWi-Fi 6対応になるでしょう。そして、買い換えを期待するAPメーカーもWi-Fi 6対応を積極的に勧めるでしょうから、それに伴いノートPCもWi-Fi 6対応になっていき・・・ という循環でWi-Fi 6もいずれ、しかし確実に普及するでしょう。

それでは「5G + Wi-Fi 6」普及後に、「5G + Wi-Fi 6」以上の高速通信のニーズはあるのでしょうか? 例えばダウンロード用途の通信としては、今ですらサーバーや端末のストレージ速度より、通信側の方が速いという”速度過多”の状況です。むしろ、今後無線通信が問題となるのは、「中速度だが安定性が必要」なリアルタイム伝送、具体的に言えばテレビのIPサイマル放送やクラウドストリーミングゲームなどです。しかし、現状最大のリアルタイムコンテンツは"BS 8K"で、その速度は80~90Mbps程度です。Wi-Fi 6普及後であれば、さほど難しい速度ではありません・・・

それでは、「Wi-Fiより高速で通信できるからという理由でスマートフォンやノートPCにLi-Fiが搭載されることは無い」のでしょうか。私の個人的な意見ですが、残念ながら「Li-Fiが高速通信目的で搭載される可能性は0に限りなく近い」と思われます。もし、今予想されている以上の高速通信が必要とされるようなコンテンツが流行したら・・・ 例えばどうしても非圧縮動画が必要になるとか、そんな事になれば状況は変わるかも知れませんが、今見えているコンテンツからでは、そうなることは想定できません。

それではLi-Fiは不要なのか?

じゃあLi-FiがスマートフォンやノートPCに載る可能性はないのかといえば、それも違います。もともとのLi-Fiの特長である、セキュリティ面であったり、高密度設置であったりを活かしてノートPCに搭載される可能性はあると思います。例えば、教育用PCやタブレットにはLi-Fiが向いています。教室毎に別の通信ができ干渉しないというのもありますし、通常とは異なる通信にすることで学校内ネットワークのセキュリティが確保できるというメリットがあります。ただし、これは極限られた用途であり、今回のブログテーマである「スマートフォンに搭載されるか?」という命題の回答とは言えないでしょう。

もし、「スマートフォンに搭載されるか?」の答えになるような、もっと数の出る用途でLi-Fiが採用される可能性として、非接触通信向けというものが考えられます。最近のスマートフォンは防水が当然ですから、LightningやType-Cなどのコネクタは極力作りたくないはずです。ですから、iPhone筆頭に充電無線化は進みつつありますが、かといって有線接続には充電以外にも母艦(PC)との接続という用途は残ります。4K動画を撮っている人ならご存じでしょうが、とにかく動画のファイルサイズが馬鹿でかい!10分ちょっと撮っただけで5GBとか平気で超えてきます。こんなものを全てクラウドに同期してたらどれだけ料金払っても足りないです。となると母艦との接続が必要になるのですが、Wi-Fi同期では(環境によってですが)母艦へのデータ移動に何時間もかかってしまいます。それを防ぐために図のように無線充電器にLi-Fiを載せて非接触通信を行う手があります。距離は近いのでLi-Fiで1Gbps以上の速度が安定して出るでしょうから、40Gbpsで通信できるThunderbolt4/USB4.0とまではいきませんがLightningよりはかなり速い速度で通信できますから、4K動画を送る程度の役目は十分に果たしてくれるはずです。これは、以前の記事でも取り上げた「短距離有線通信の無線化」の一つと呼べるかも知れません。

図1
図1 無線充電 + Li-Fi充電器のイメージ

ただし、上の使い方は可能性として有り得るという話であり、「たまに母艦に映像を送る程度のために、わざわざコストをかけてLi-Fiを実装するのか?」と言われると返す言葉がありません。また、「それ以外の用途はないのか?」と言われると、これまた私のプアな発想力では思いつかないのですが・・・

まとめ 結局のところ・・・

5GNRやWi-Fi 6はスマートフォンやPCのチップセットが対応していくことにより、その速度の速い遅いはあるにしても必ず普及していくでしょう。しかし、今の世の中見る限り、いや5年ぐらい先を見通したとしても、端末レベルでGbpsを超えるような通信の需要というものは見当たりません。ですから、いくらLi-Fiの通信速度が速くなろうとも、その「ニーズ」がなければスマートフォンメーカーも採用してはくれません。 一方で高密度設置だったりセキュリティであったりといったLi-Fi固有のメリットが活かせる場所、特に教育用のPCに関しては採用される可能性があるとは思いますが、あくまでそれは特殊端末向けです。

さて、二回にわたって説明しました「Li-Fiはスマホに搭載されるのか?」の結論ですが、関係者には大変申し訳ないですが、その可能性は極めて低いと言わざるを得ません。それはLi-Fiの技術的な理由ではなく、これ以上の高速通信のニーズが薄れているというコンテンツ側の理由にあります。もし、2008年の「iPhone登場」に匹敵するような、画期的なサービスが登場し、スマホやPCに安定した高速通信が必要になった場合には、もしかしたらLi-Fiがスマートフォンに搭載される時がくるかもしれません。


※1; Wi-Fi 6の真価が発揮できるのは「Wi-Fi 6のみが使える周波数帯域である」という考えもあり、各国で6GHz帯を新たに割り当てるように動いています(日本は遅れています)。6GHz帯に対応したWi-Fi 6をWi-Fi 6Eと呼ぶことになっています。