LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
"AI = Accelerating Intelligence" MWC2025レポート(後編)
記事更新日 2025年3月25日
はじめに
今回は後編です。前編はこちらから。
さて、毎年恒例になっておりますが、MWCへ視察に行った弊社社員へのインタビュー記事をお送りしたいと思います。MWCのレポート記事はすでに様々なニュース媒体から出ておりますが、弊社のようなエンジニア会社からの記事というのは結構珍しいらしく、一部の方からは好評を頂いております。そんなわけで、今回も「他には無い業界人としての視点」でお届けいたしますが、一つ注意点がございます。弊社は、一応通信業界の片隅に籍を置く企業ですので、心情としては通信業界のネガティブな記事を書きたくはないのですが、エンジニアの矜持を持って忖度よりも事実の精神で書かせていただきます。もしかしたら、意見が合わず不愉快になるような内容が含まれているかも知れません。しかし、その内容も含め、弊社社員が見て、そして感じたありのままの現状ということで、ご容赦ください。
前編後編の2回に分けてお届けします。今回はその後編となります。前編はこちらです。
このブログのお約束ですが、この記事は「広報発表ではなくエンジニアブログの記事」ですので、記事の内容は会社の公式な意見、方針ではありません。また、会社名等、固有名詞も出てきていますが、本記事は組織の見解では無く個人の感想であることをご承知置きください。尚、会社名等は敬称を略させて頂きます。
ファーウエイ、エリクソン、ノキアのビッグ3は?
筆: さて、いよいよビッグ3の話に移りましょう。まず、MWCと言えばファーウエイ。MWC最大のブース面積を誇り、間違いなくMWCに一番お金と労力をかけている会社でしょう。毎年、ファーウエイブースを見れば、携帯業界の全てがわかると言われておりますが、果たして、今年はどうでしたか?
S: やはり、凄いブースでした。先ほども出ましたけど、ファーウエイは、すでにAIは運用する、つまりネットワークに実装するというフェーズだと考えているようです。例えば、携帯ネットワークで言うと、「Intelligent-Operation」「Intelligent-Optimization」「Intelligent-Maintenance」という3つの単語でAIを紹介していました。
筆: 確かに、その3つの単語はわかりやすくて良いですね。おおよそ、携帯電話ネットワークは、運用、最適化、維持の3つで動かしてますから、その3つをAI化するのは、ネットワークベンダーとしては当然のこととなりますもんね。
S: 私が面白いと思ったのは、Intelligent-Operationの例としてあげられていた機能ですね。
筆: ほう、どういう機能ですか?
S: ユーザーのトラフィック情報、もっと言えば各個人がどういった通信をしているか、AIが把握しているわけです。そして、とあるユーザーが「動画配信をしている」とAIが検出したとしましょう。おそらく、ユーザーは一定帯域でアップリンクを使い続けていたんでしょうね。
その時、AIは動画配信していると思われるユーザーに対し、一時的に「VIPサービス」が使えるチケットの購入を提案します。ユーザー端末にポップアップするって事ですね。もし「VIPサービス」を購入すれば、アップリンクの帯域は保証され、安定して動画を配信し続けることができるというわけです。
筆: 新しいマネタイズ方法ですね。中国では、ライブ配信者、特にインフルエンサーが商品を紹介して、それで利益を得るっていうのが一般的だと耳にします。今どきの日本語で言えば「案件動画」ですね。聞くところによると、配信によってはジャパネットたかたやQVCのように、ライブで「タイムセール」とかをやっているとか。そうすると、途中で動画が止まる、カクカクになるって言うのは、かなり致命的ですよね。
S: 配信者は、それこそ前述のQVCやジャパネットとは違い、24時間365日動画をライブ配信しているわけではありません。だから、配信したい時間、場所だけ安定して通信できれば良い。でも、現地のトラフィック状況によって通信が不安定とか困るし、できれば可能な限り高画質で配信したい。その方が商品は売れますし。そこで、VIPサービスへの課金ですよ。高画質・安定した配信をちょっとしたお金で買う。
筆: なるほど。携帯電話なんで、場所や時間によっては、画質が安定しないときもあるでしょう。AIはそんな状況を察知して、VIPサービスを提案するってことですね。とても5Gぽいサービスです。
S: そうですね。でも、配信者が何も考えずにVIPを買ってくれるかと言えば、そうでは無いでしょう。仮に安定して高画質で配信できているときにVIPを提案しても、おそらくユーザーは買ってくれません。周りの状況によって通信速度が安定しない環境のときこそ、VIPを買ってくれる可能性が増えます。しかし、それならユーザーが事前にVIPチケットを買ってくれるかと言えば、それもちょっと違う。ユーザーは通信してみないと、安定しているのかしていないのかわからない。VIPを買っても買って無くても同じなら、損した気分になる。だからこそ、配信開始後のプッシュ通知が効果的なのです。
筆: いやー、考えてありますね。これぞURLLC※3の正しいマネタイズの仕方なのかもしれませんね。これまでURLLCって、どうやって課金するんだろうとは思っていましたが、まさかAIでリアルタイム課金とは思いませんでした。さすが、ファーウエイですね。
S: ですよね。それと、技術的な話とは別に、中国では16%のヘビーユーザーが、50%のトラフィックを占めるというデータも出ているので、携帯電話事業者としては、そういった人への課金を促進したいというニーズが大きいのもあるようですね。
ちなみに、こういった課金、サービス方法のことを、Quality of DemandでQoDと呼んでいました。これはエリクソンやノキアも同じように唱えていた単語なので、QoDは今後の通信業界のキーワードになると思います。
筆: QoDですね。覚えておきます。さて、他社の名前も出てきたので、次の会社の話をお伺いしたいと思います。まずは、エリクソンから。通信技術では常にトップを走ってきたエリクソンですが、AI時代の今、どんなものを展示していましたか?
S: エリクソンは、rApps及び、インテリジェントプラットフォームEIAP※4を非常に推していたという感覚ですね。
筆: これは昨年も推してたやつですね。わかりにくい概念なので、読者の方のために一応説明を入れますと、EIAPとrAppsは、どちらも携帯電話のネットワーク上で、アプリケーションを動かすためのもの。端末、スマートフォンのアプリケーションじゃ無いです。ネットワーク側のアプリケーションです。それで、EIAPがアプリケーションを動かすためのプラットフォームで、rAppsがアプリケーションそのもの。EIAPは、もちろんエリクソンのネットワークを動かすためのプラットフォームですが、そのアプリrAppsを作るのは、エリクソンだけじゃ無くて、CSP(Communications Service Provider:携帯事業者)は当然のこと、サードパーティーでも作ることができる、そういうものですね。
そして、エリクソンのアーキテクチャでは、AIは、rAppsとして実装されるという認識です。
S: そうですね。例えば、「ネットワークの負荷によって、アンテナチルトを変えるというrAppsを作ることが出来ますよ。もし、そこでAIを使いたいならrAppsの一部としてAIを使えば良いですよ。そうした方が、AIを簡単にネットワークに適用させることが出来ますよ」というのがエリクソンの考え方です。
そう言えば、Non-real timeという単語を結構強調してました。ミリ秒単位で動かすようなリアルタイムアプリケーション※5はネットワークへの負荷が極めて高いので、rAppsの性質を考えれば、多少遅延があろうともリアルタイムである必要は無いし、その方が自由度が高い、そういうことみたいですね。
とにかく、rAppsによって、色々なことが出来るので、いろいろなものが作られてネットワークの自動化が進む。しかも、オープンなので誰でも参入できイノベーションも進む、そういう狙いみたいです。
筆: なるほど。私、思ったんですけど、この辺はファーウエイとエリクソンの考え方の差が出ますよね。エリクソンは、AIを動かすためのプラットフォームを提案しています。一方、ファーウエイは、先ほどの例の通り、具体的にAIを実装したアプリケーションを提案しています。おそらくこれは、エリクソンのお客(CSP)には開発力のあるところが多く、それ故、別にエリクソンお仕着せのAIは必要なく自分で準備したいという方針のCSPが多い。ファーウエイのお客には、あまり技術力が高くなくファーウエイに全てお任せのCSPが多く、それ故、具体的なAIのアプリケーションまで提供してほしいCSPが多い、そういう事なんでしょう。その辺の客層の違いは、ファーウエイに対する西側諸国の規制の影響なんで、どうしようもないですしね。
S: ですね。ちなみに、エリクソンの担当の方には、「御社もrApps作成に参入しませんか?」と誘われちゃいました。残念ながら、うちの会社にはそれができる開発部隊がいないので、良い返答は出来ませんでしたが・・・
筆: ははは。rApps、やってみたくはありますが、うちみたいな会社には、なかなかハードルは高いですよね。
さて、ビッグ3の最後、ノキアですが、こちらはどんな展示でしたか?
S: 先ほども話題になった、多バンド対応の大きなアンテナ、無線機とかを展示していましたね。10バンド対応とか、とんでもないものもありました。あと、これも先ほども話題に出ました、ソフトバンクとやっている、AI-RANのAITRASの展示もしていました。こちらは、ちゃんとした展示ですよ。
筆: そうですか。ところで、何かノキアならではとか、独自の他とは違う展示は無かったのですか?
S: うーん、もしかしたら、何かあったのかも知れませんが、ご免なさい。私が見た限りは・・・
筆: なんか、歯切れが悪いですね。まあ、あまり突っ込まないで起きましょう。
ここまでビッグ3ベンダーの話をしてきましたが、どの会社からも、6GやBeyond 5Gといった話が出てこなかったんですが、技術的に先を進む3社から、それに関する話は出てこなかったのですか?
S: 6Gに関しては、基調講演とかはしていると思うんです。でも、ブース内の展示で、6Gを大々的にやっているという様子は3社とも無かったですね。もちろん、全く何もない、というわけでもなかったですが、かと言って特出するものもありませんでした。
筆: いや、今2025年ですよ。6Gが2030年サービス開始としたら、もう5年しかありません。これまでであれば、5年前ぐらいには、何か見せてきても良いと思うのですが?例えば、10年前の2015年であれば、低遅延で自動運転やら遠隔運転やらがどうのこうの、という世界を見せていたんですけど。
S: ビッグ3以外を見ても、そういったものは見当たらなかったですね。
今年の日本勢は?
筆: さて、今年の日本勢は、いかがだったでしょう。ここ数年は、日本元気ない、日本やばい、ばっかり書いていました。今年こそ、何か明るいネタはありましたか?
S: 先週の記事にもあったとおり、京セラが基地局業界に殴り込みをかけました。京セラに限らずvRAN、O-RAN界隈は比較的賑わっていたのですが、その中でも京セラはとても頑張っているように、非常に力を入れているように私には見えました。
自社のvRAN CU/DUを展示していましたし、参入と同時に発表していた"O-RUアライアンス"のメンバー(韓国、台湾、インドのメーカー)のRUも展示していました。
筆: おお、素晴らしい!やっと、このブログで日本メーカーの活躍が書けます。それにしても、京セラはこの時期に敢えて参入ですからね。是非とも頑張ってほしいです。
その他の日本勢はどうですか?例えば、日本の既存無線機メーカー2社とかは?
S: 富士通は、かなりしっかりしたブースでした。展示はKozuchiというAIが中心でした。Kozuchi AIは既に実用化もされていて、サプライチェーンにトラブルが発生したときの影響判断が即時に出来たりと、結構活躍しているそうです。ただ、通信とはあまり関係無く、完全にAIの紹介ってところでしょうか?
それと、NECは残念ながら面談ブースだけでした。
筆: むむ、そうでしたか。日本の携帯事業者はどうでしょうか?昨年はNTTドコモとKDDIが手を組んで頑張っていたみたいですが。
S: NTTドコモは、NTN※6なんかもありましたが、何と言ってもOREX-SAIをブースの半分を使って紹介していました。OREX-SAIは、ドコモとNECが立ち上げたO-RANの世界的普及のための会社です。楽天で言うところの「楽天シンフォニー」ですね。ドコモはO-RANの立ちあげメンバーであり、今も中心メンバーですから、当然ですが気合いが入っていました。
筆: まあ、O-RANは自分の利益のために立ち上げたアライアンスですから、必死で推進しますよね。
S: KDDIは、もはや通信会社ではなく、AIの会社という感じの展示でしたね。なんせ、 社長(髙橋誠 代表取締役社長※7)が「AIを使えない奴は、放っておけ」と言い放ったぐらいですから。AI激推しですよ。
筆: そうですか。今回のMWCの展示が、KDDIという会社の今後の方向性を表しているんでしょうね。もはや、通信で商売していく会社では無く、AIを含めたサービスで商売していく会社であると。
S: ですね。あと、日本のメーカーと言うことでは、アンリツが印象に残りました。
筆: アンリツは言わずと知れた大手測定器メーカーですけど、AI時代に、何故測定器メーカーが印象に残ったのですか?
S: 恐らく、今後AIの普及により、携帯電話関係の測定って減っていくと思うんですよ。もちろん、開発とか免許申請関連は無くなりませんが、我々がこれまでやっていたような、現場に出て、測定器を使って携帯電話の電波を測定して、調整してって業務は激減すると思うんです。
筆: そう言えば、アンリツのエリアテスター※8は、フィールドでの電波測定におけるデファクトスタンダードでしたからね。我々も何台、何十台と使っていました。
S: しかも、周波数はますます高くなり、測定器メーカーとしてはますます面倒くさくなる。そういった中で、アンリツが携帯電話関連の測定器で、どう生き残っていくのか注目していたんですよ。
筆: ほう、それでアンリツはどうでしたか?
S: 当たり前ですが、AIで測定が減っていくという課題は強く認識されているようでした。今後は、測定器自体のAI化は当然のこと、ネットワークのAIの影響の評価なんかをやっていくみたいですね。
筆: AIは、測定器という一見AIとは関係なさそうな分野にまで影響していくんですね。
最後に
筆: まだまだ聞きたいことはあるんですが、残念ながら時間もきましたので、それでは最後に全体的な感想をお願いします。
S: 今回、MWC参加の目的は、携帯電話のみならず、様々なもののAI化が進んでいっている中で、我々がどう関わっていくべきかを探る、ということでした。実際にMWCに来てみると、AI化は思ったよりも進んでおり、今後、我々のようなエンジニアリング会社はどうしていけば良いのか?と改めて考えさせられました。先ほどの通り、KDDIだって「もはや通信オペレーターではない」としているわけですし、我々も無線エンジニアの領域を出て行かなくてはならない、と強く感じました。
筆: 私がSさんの話を聞いているだけでもそう思うんですから、実際に現地に行った人であれば、もっと変わらなくてはいけないと思うんでしょうね。
今日は、お忙しいところ、お時間頂き有り難うございました。
取材感想
今回のMWCレポートはいかがでしたか?ニュースサイトでは見たことのない情報も結構あったりして、手前味噌ですが、なかなか有意義な記事になっているんじゃないかと思っています。
取材をしての感想ですが、このブログのタイトルにもしたとおり、世の中ではAIを導入するとかしないとかというフェーズは既に終わっていて、AIで何をどのように加速させるのかということが問われている状況です。もはや、通信という観点だけで通信技術を考えることはできません。AIのための通信であり、その通信のためにAIを利用する、そういった時代です。そして、これは通信業界以外の業界でも、きっと同じような状況なんだろうと思います。ということは、どの世界にいようとも、KDDI髙橋社長の仰る通り「AIを使えない人・会社は、(ビジネスの世界からは)放っておかれる」ことになるはずです。弊社三技協も、そして私自身も、皆様に放っておかれないように、AI化をより一層推進していかなければ、と強く思いました。
※3; 超高信頼低遅延サービスのこと。普段の通信よりも、高信頼で低遅延のサービスを提供できるが、その分無線リソースを消費するので、通常の通信よりも料金を上げないと維持できない。詳しくは過去の記事を参照。
※4; Ericsson Intelligent Automation Platformの略。
※5; 逆にネットワーク上のリアルタイムアプリケーションに該当するものとしては、AIスケジューラーやAIチャンネル推定等が考えられる。
※6; Non-Terrestrial Networkの略。日本語では「非地上系ネットワーク」と訳されることが多い。イーロン・マスクのStarlink等による衛星基地局や、HAPSといった航空機を使った空中基地局との通信を指す。
※7; KDDI髙橋誠社長は、2025年3月末をもって退任し会長になることが発表されている。尚、次期社長には同社常務である松田浩路氏が就任する見込み。
※8; 携帯電話の電波の強さをセル毎に測定できる、通称「スキャナー」と呼ばれている機器。