LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

光無線通信と5G URLLC

記事更新日 2022年12月13日


はじめに

2020年よりちょっと前、第5世代移動通信システム、通称5Gがサービス開始される少し前の話です。5Gの技術的特長として、超高速大容量通信(eMBB)、超高信頼低遅延通信(URLLC)、大量マシンタイプ(端末)通信(eMTC)の3つが上げられており※1、特にURLLCは既存の無線通信ではできなかったサービスであり、IT系のマスコミ各位は5Gは世の中を大きく変えるなんていう紹介をしまくっていた記憶があります。

時は過ぎて2022年末。誰も5Gが世界を変えるとか言わなくなりました。それどころか「期待外れだった」という声もちらほらと聞こえてきます。5Gサービス前にキラーコンテンツ扱いされていた遠隔医療も、遠隔運転も通信とは別の理由もあって実験レベルに留まっていますし、5Gならではというコンテンツがなかなか見つからない状況です。日本において、あれだけ携帯電話事業者も無線機ベンダーも声高に叫んでいたURLLCにしも、ここのところみんな口をつぐんでしまっています。試しに、googleで”URLLC”を検索期間「過去1年以内」と指定して検索してみてください。NTT(しかもドコモではない)の技術ジャーナルが1件上がるだけで他の上位は全て英語サイト・・・ もはや日本ではほとんどURLLCに興味がないという状況なのかもしれません。その理由の一つに「URLLCはミリ波でないと使いにくい」ということがありますが、そこを差し引いてもあまりに急激にしぼんだURLLCに対する興味と期待・・・ 実は、このことは我々光無線通信にとってもありがたいことではないのです。

我々光無線通信のターゲットの一つは「そこそこ高速で低遅延」な通信です。URLLCが必要とされるような高信頼・低遅延なコンテンツが広がるというのは、実は我々光無線通信側にとってもメリットがあります。しかし、2022年末の今の現状を鑑みると、そんな市場は極々ニッチなものしかない。我々から見たらURLLCは競合ではあるものの、より規模の大きいURLLCが市場を切り開いてくれないと、そのおこぼれも貰えない。しかし、だからといって光無線単独で市場を切り開くほどの力は無い・・・

というわけで、今回は実は「URLLCとはこんな技術」である、ということを光無線通信のエンジニア観点から説明しつつ、皆様に「じゃあURLLCはこう使えばいいのかも!」なんてことを考えて頂く回とさせて頂きます。そして、あわよくばURLLCに興味を持った人や、URLLC目当てで検索した人が、光無線通信にも興味を持ってくれれば・・・ そんな内容にしたいかなと思います。(できるかな?)

勘違いしているかも知れないこと

さてさて、いきなり本題から書きますが、実はURLLCと呼ばれる「固有(特定の)のテクノロジー」はありません。おそらく、多くの方のイメージは「5GにはURLLCというオプションがあり、それを選択すればURLLCが使えるようになる」というものだと思います。ですが、実際はそうではありません。URLLCは小さな高信頼・低遅延を実現するための工夫の集まりであり、既存の通信にそれを適用していった結果です。大きな、特定のURLLCという技術でがあるわけではないのです。

しかし、なぜそのように(固有の技術があるかのように)考える方が多いのか?それは、これまた勘違いされやすい技術の一つなのですが、5Gにはネットワークスライシングという考え方にあると思います。ネットワークスライシングとは、物理的階層は同一でも中の通信を論理的に変えて、複数のサービスを同時に走らすことができる、というものです。

fig.1
図1:ネットワークスライシング

例えば、最初に上げた、高速のeMbb、URLLC、IoT用のeMTCという3つのサービスがネットワークスライシングによって、それぞれのネットワークに提供され、使われるとイメージするとわかりやすいですし、実際にそれでネットワークスライシングなり、URLLCなりを解説しているサイトは少なくありません。そして、それは決して間違っているわけではないのですが、この様な説明だとURLLCという特別な通信方式があるかのように聞こえてしまいます。

しかし、実際のURLLC(とよばれるもの)は、5Gの遅延低減や信頼性向上に繋がる細かいパラメータやら機能を一つ一つONにし(時にはOFFにし)、総合的に遅延を少なくし、通信信頼性を向上させ、その結果超高信頼低遅延と呼んでも良いかな?と思う状態に仕上がったネットワークのことなのです。もちろん、URLLCというものを実現するために準備されている機能はありますが、ある一つの機能を有効にしたからそのネットワークがURLLCになる、というものではありません。今後日本の携帯電話事業者が「URLLCをスタートしますよ!」となった場合でも、事業者によってどのパラメータをONにしてOFFにしているのかは事業者毎にバラバラになるはずで、その結果どれぐらい低遅延で、どれぐらい信頼性があるのか、というのも事業者、もしくは各無線機メーカー毎に異なる値となるはずです※2

実は、このことは「URLLCの仕組み」なんかでググったことのある人には分かると思います。URLLCの技術を検索しても何ひとつ明確なものは出てきません。何が核心的な技術かさっぱり分からない。そりゃそうです。URLLCには、例えばキャリアアグリゲーションやPolar符号のような特別でシンボル的な技術は存在しません。むしろ「工夫」レベルとも呼べる一つ一つの細かい技術の集まりが、いわゆる「URLLCの技術」なのです。実際、弊社にもローカル5Gの実験施設がありますが、つるしの状態(つまり初期状態)ですと5Gの遅延はさほど小さいとは言えません。しかし、ここにいくつもの低遅延・高信頼のための機能・機能を導入していけばURLLCまで持っていけるわけです。ですから、URLLCとは「今現在も使われている5Gの通信(eMBB)の”魔改造版”」と呼んでいいかもしれません。

低遅延・高信頼の基本

低遅延や高信頼技術の原理は情報理論の祖であるクロード・シャノンがほぼ完全に完成させていますので、それをどのように実現していくかが基本となります。その理論からすると、ノイズが非常に小さい有線回線、例えばイーサケーブルや光ファイバーであれば、低遅延・高信頼はさほど難しいことではありません。しかし、高ノイズ環境である無線通信、特にマルチユーザーの移動体通信、すなわち携帯電話においてはとても「面倒」なことになります。

高信頼、つまりエラーの極力少ない通信回線を作るためには、回線の帯域が送りたい通信速度よりもある程度広ければ良いというシャノンの通信路符号化定理が、全ての考え方の基本となります。逆に言うと、速度を犠牲にすれば容易に信頼性が上げられます。したがって、信頼性と効率はトレードオフの関係となります。5Gでは耐熱雑音においては、エラー訂正符号としてもはやこれ以上効率化の難しいと言われるLDPCを使用しており十分な冗長性を持っているとも言えますが、一方で5Gは移動通信環境のため「耐フェージング」も必要となります。フェージングは時には20dBから40dBの減衰を発生させますので、フェージングにエラー訂正だけで対抗するにはどんなに冗長性を取っても不十分な場合があります。ですから、フェージングに対してどのような策をとるかはモバイル通信における高信頼性のポイントとなります。

一方で、低遅延の通信を作るためには、待ち時間を少なくすることが必要となります。例えば、パケットのサイズは大きければ大きいほど、ヘッダーやフッター等のオーバーヘッドの割合が小さくなり高速通信が可能となります。しかし、パケットサイズを大きくするとその分処理遅延は大きくなります。また、他の通信と衝突しないための待ち時間、エラー訂正の処理時間など、全て無駄な待ち時間発生の原因となります。この様なものを、いかに削っていくかが低遅延の鍵を握ります。さらには、エラーが発生し再送しなければいけなくなると、これも大きな遅延に繋がるため、ある程度の通信の高信頼性というのも遅延を小さくするポイントの一つです。

高信頼・低遅延を実現するための仕組み5Gにはいろいろと存在しますが、基本的には上記のポイントを押さえるための仕組みです。このような基本を踏まえて、主な高信頼・低遅延技術を説明していきます。できる限り、わかりやすく、専門用語も少なくして書くつもりですが、おそらくそれでも分かりにくいと思います。ですから、各技術の紹介に「ポイント」欄をつけました。また、我々は光無線通信の(自称)専門家ではありますが5Gの専門家ではないので、大きくは間違っていないとはずですが小さな勘違いなんかはあるかも知れません。その辺は何卒ご容赦ください。

低遅延技術

5Gではエラー検出の単位を比較的大きかった「トランスポートブロック」からもっと小さなものにしたり、ハイブリッドARQのシーケンス処理を変えたりして、もともとLTEよりも遅延が小さくなるように作られています(これらは標準仕様)。それに加えて次のような仕組みによって、特定の通信(つまりURLLCを目的とする通信)の遅延をさらに小さくすることができるようになっています。

ミニスロット送信

LTEでは(というかこれまでの通信は)、必ずスロットと呼ばれる時間単位で割り当てをしていました。LTEは、1スロットは1msでした。5Gではいろいろなスロット長のオプションがありますが、今のところ1ストット0.5msで運用していることが多いようです。で、0.5ms単位で割り当てが決まると言うことは、あるスロットが送信開始されたら次の順番まで最低でも0.5msは待たなければいけない、という事でもあります。その場合、待ち時間の期待値は0.25msになりますから、平均で0.25msの待ち時間が発生する、ということです。(この時点でもLTEの半分になっていますが・・・)一方、0.1msしか使わない様な量のデータを送る場合であっても無線リソースを0.5ms占有すると言うことであり、例えば0.1msしか使わない小さなデータを0.3ms毎に送るとかそんな送信だと無駄に遅延が大きくなる訳です。

5Gでは、この問題点を解決するためにスロット単位での割り当てを回避し、シンボル単位、すなわちデータの最小単位ごとに割り当てられるようなオプションが追加されました。1スロットは14シンボルと決まっていますので、これで待ち時間は従来の1/14になり、平均約0.018msになるわけです。シンボルは変調の最小単位で、物理的にこれ以上細かく(短く)できないので、この機能によって送信待ち時間は理論上最小になるわけです。しかしこれ、簡単に書いていますが結構面倒なことです。データを受ける側は、自分のデータがいつ割り当てられるか分かっている必要がある訳で、その制御はデータ単位が短くなればなるほど複雑に、そして無駄が多くなります。

fig.2
図2:ミニスロット

ここのポイント データを可能な限り細かくして送ることで、送信待ち時間を削減

フロントロード参照信号

LTEの時は参照信号(Reference Signal)として、常時送信されているセル固有信号が主に使われていましたが、5Gには様々な参照信号が存在し、必要に応じて使い分けされます。これが5Gを複雑にしている原因だ・・・ ということはさておき、参照信号うちのDM-RS(Demodulation Reference Signals)とよばれる信号は、ユーザーのトラフィックを復調するのに使用されます。参照信号を実際のデータの周波数的、時間的な近くに置くことで、効率良くにデコードできるようにする目的があります。その他、省電力化やマルチアンテナにも有効です。

一般的にDM-RSはスロット全体のデコードを助けるために、スロット中の固定位置(複数箇所)に配置されていますが、前述のミニスロット送信が使われていたりした場合には、データ開始の直前にDM-RSを挿入することもできます。ミニスロット送信で使うのは特定シンボルだけですから、通常通信時のようにスロット全体に参照信号を散らす必要はありません。そして、データ開始直前にDM-RSを配置することで、スロット全体を読み込むまでデコードを待つ必要は無く、受信シンボルをその場でデコードすることができるようになります。

デコードタイミングが早くなれば、読み込み遅延を小さくすることができます。このような、データの前に挿入され早いデコードを助けるDM-RSのことをフロントロード参照信号と呼ぶことがあります。

ここのポイント 参照信号をデータの直前に置くことで、デコードの待ち時間を削減

ダウンリンク プリエンプション

無線区間において「誰にいつどこにデータを割り当てるか?」、このことが遅延に大きな影響を与えることは皆様も容易に想像が付くと思います。この「割り当てを決定する機能」のことをスケジューラーと呼んでいます。スケジューラーはcdma2000 EVDO(KDDIが採用していた3Gの高速データ通信)から使われている機能ですが、LTEでも5Gでも大きな役割を果たしています。

LTEまでのスケジューラーは「いかにしてデータを効率良くユーザーに分配するか」すなわち「セル全体の通信速度を上げること」を目的とし作られていました。しかも、それが通信速度だけでなくフェージング対策の面でも非常に有効であるため、携帯電話システムの周波数利用効率を非常に押し上げることができます※3。5Gでも殆どの場合スケジューラーはそのように振る舞いますが、5Gのスケジューラーには「効率を無視してでも、ある通信を割り込ませ遅延をできる限り少なくする」というURLLC向けの機能も追加されています。

スケジューラーは通常1スロットに1回、すなわちLTEなら1msに一回、一般的な5Gなら0.5msに一回、データの割り当てを計算します。そして、ユーザーに対してスロット毎に「このスロットのここの周波数はAさんが、ここはBさんが使ってください」のような指示を出します。しかし、低遅延が求められるデータが来た場合、前述のミニスロット送信を使用して急遽データを送らなければいけないことも出てきます。その際、周波数リソース的に空いていれば、その低遅延データを空いているところに割り振るだけですから問題はありません。しかし、リソースが空いていない場合はどうしたらいいでしょうか?

5Gでは、他のユーザーへデータ割り当てをした後であっても、優先度の高い(つまり低遅延が求められる)データをミニスロット送信で割り込ませることができるようになっています。例えば、通常のスケジューリングでAさんに割り当て済みの場所(スロット、周波数)であっても、優先度の高いBさんのデータをあるシンボル分だけ割り当てることができます。いわゆる割り込みです。これをプリエンプションと呼んでいます。プリエンプションはコンピューター用語としてもよく使われていますが、通信においてもほぼ同じ意味で使われています。

fig.3
図3:プリエンプション

プリエンプションで割り込んだBさんは、そのシンボルが自分のものであることを知っていますが、割り込まれたAさんはBさんに割り込まれたことを受信時点では知りません。このとき、5Gでは2種類の処理が規定されていて、一つは割り込まれたシンボルは単純なエラーとして処理してしまうこと。エラーなのでハイブリッドARQ(FEC)で処理されます。もう一つは、スロット送信後に「プリエンプションがありました」というインジケーターをAさんへ送ることです。それにより、割り込まれたシンボルを除外して復調することができます。

ここのポイント 送信待ち時間を無くすために、優先度の低いデータを後回しにして強引に割り込む

アップリンク プリエンプション

アップリンクのプリエンプションも基本的にはダウンリンクの考え方と同じですが、ダウンリンク側は基地局側からの送信のため、基地局が全てをコントロールでき、割込も基地局で判断できるのに対して、アップリンクは個々のデバイス側が送信しているため基地局が割込を判断したとしても、そのままデバイス側が割込に対応できるかどうか分かりません。したがって、5Gのアップリンクのプリエンプションはダウンリンクと少し処理が異なります。5Gのアップリンクのプリエンプションとして次の二つの方法が用意されています。

一つ目は、スケジューラーが優先度の低い端末に対してキャンセルインジケーターを送って、優先度の高いデータを割り込ませる方法。キャンセルインジケーターを受けたデバイスは、それ以前にスケジューラーによって自分に割り当てられた(時間的、周波数的)場所であっても、送信を停止しなければなりません。この方法はプリエンプションとして理想的ではあるものの、そのためにデバイスはキャンセルインジケーターを有無を常にモニターしておかなければなりません。アップリンクの送信枠割り当ては基地局が行っていますが、割り当ては通常スロット単位であり、1スロットまたは複数スロットに一回割り当て命令を見に行けば十分です。しかし、このプリエンプションによるキャンセルを発見するためには、少なくとも1スロットに数回は命令を見に行く必要があります。これは電池消費等の面で非常に不利になります。

二つ目は、パワーブーストと呼ばれる方法です。プリエンプションの際に、他のデバイスが通信を行っている状態であっても、その上から無理矢理優先度の高いデータを送ってしまうと言う方法です。その際、優先度の高い方のデバイス、つまり割り込む側のデバイスは送信出力を通常よりも高くすることで、相手を上回り自分の通信が基地局へ届く様にしてしまいます。無理矢理な割り込みというか、上書きというかそんな力業です。当然、何も知らない割り込まれた側のデバイスはの通信の一部がエラーになってしまいますが、そこはハイブリッドARQで再送すれば良いと考えます。この方法は仕組みもシンプルで副作用も少ないですが、セルエッジでの通信など割り込む側の送信出力がすでに最大に近い場合には有効ではありません。

ここのポイント アップリンクのプリエンプションには、スケジューリング割り込みの他に送信出力を上げた強制上書きがある

アップリンク定期送信

デバイスがアップリンクのデータを送信したい場合、デバイスは基地局にリクエストを送って送信許可を貰わなくてはなりません。しかし、そのやり取りというのは遅延の原因になります。特に、小さいデータを周期的に送信したい場合、例えば数十バイトのパケットデータが定期的に送られている場合などは、そのプロセスが遅延の原因になり、かつネットワークに対する大きなオーバーヘッドとなります。5Gでは、そのような場合ある一定数の連続したパケットの送信許可を与えることができます。簡単に言えば通販の定期便みたいなもので、定期的に送られることが分かっているパケットなら、最初から定期的に割り当ててしまえば遅滞も無駄な処理もなくなると言うわけです。これをセミパーシステントスケジューリング(Semi Persistent Scheduling:SPS)と呼んでいます。

ここのポイント 定期的な要請に逐一許可を出すのは面倒なので、一括割り当てによって遅延とオーバーヘッドを削減

高信頼性技術

通信の高信頼性を維持するためには、そもそもの無線カバレッジが十分なものではなくてはいけないというのが大前提です。ただ、この点は技術と言うよりも携帯電話事業者の努力の部分なので、今回無視して説明します。

先ほどのシャノンの定理から考えると、通信の信頼性を上げるためには冗長度をあげるしかありません。例えばアップリンクの冗長度を上げるために、5Gには「繰り返し送信(Repeatition)」という機能があります。もともとは、セルエッジなどアップリンクの状態が良くない場所での通信に使われていた機能ですが、これはURLLCでも使うことができます。それ以外にも、いくつかの冗長度を上げる機能が追加されていますので、それを紹介します。

ロバストなMCSテーブル

現在の携帯電話は、適応変調といって通信(無線)の状態によって通信速度を変えて効率良く通信できるようにしています。これも携帯電話では3GのEVDOやHSPAから採用された技術で、LTEも5Gも当然使用しています。で、無線の状況によってどのような変調(例えばQPSKなのか256QAMなのかとか)を使うか、どのように符号化(LDPCの冗長度とか)するかは「テーブル」になっていて3GPPによって事前に決められています。LTE時代よりあるこのテーブルのことをMCSテーブルと呼んでいます。で、ここから実際の通信速度を求めるのは(LTEと異なり)ちょっと面倒なのですが、変調と符号化は決まっているので「周波数利用効率」は計算できますし、MCSテーブルにも記載があります。

一般の5Gで使うMSCテーブルは、0.2344から7.4063bit/s/Hzの効率で通信するようなテーブルになっています。当然、電波が悪いときは効率の低い変調・符号化で、電波が良いときは高効率なそれで通信します。そして、URLLC用(に使うと良いとされている)テーブルというのも用意されています。URLLC用MCSテーブル※6の効率は0.0586-4.5234bit/s/Hzであり、通常のテーブルよりもかなり低い効率になっていますが、これは通信速度よりも高信頼性を維持するためです。例えば、一番低いの効率の通信は、通常のMCSテーブルと比較し効率が1/4です。変調は通常のものもURLLCのものもQPSKのため、効率の違いは符号化による冗長度の違いです。URLLCの通信速度は1/4になりますが冗長度は4倍で、信頼性が上がるということです。

ここのポイント URLLC用に冗長度が高い(しかし非効率的な)通信速度のテーブルが用意されている

デュアルコネクティビティ

5Gにはデュアルコネクティビティという機能があります。その名の通り2つのセル(基地局)で同時に通信できるようにするための機能です。今現在もノンスタンドアローン(NSA)というLTEと5Gを同時に使うときに使われています。デュアルコネクティビティが機能している際は、内部にあるPDCP※4というプロトコルが、2つのセルで同時に通信できるようにLTE側で通信するパケットと5G側で通信するパケットを分配(受信側では集約)しています。

このデュアルコネクティビティという機能を、信頼性向上のために使う事もできます。デュアルコネクティビティを使って5Gの2つのセルと同時に通信する場合、例えばsub-6帯のセルと、ミリ波のセルと同時に通信する場合、通常PDCPはsub-6帯とミリ波のセルにパケットを「分配」して通信します。分配と言っても、極力圧倒的に速いミリ波の方へパケットを流し、ミリ波が使えないときにはsub-6にもデータを振り分けると感じで、LTEと5Gのデュアルコネクティビティと同じように接続性の向上に使われます。これは、LTEでもあったキャリアアグリゲーションに似てますが、デュアルコネクティビティは異なる基地局でも可能という面で若干異なります※5

長々説明しましたが、ここからが本題です。デュアルコネクティビティは2つのセルに全く同じパケットを送るということもできます。パケットの「分配」ではなく「複製」をします。つまり、sub-6とミリ波で全く同じ通信をする、ということです。当然、通信速度は速くなりませんし、基地局の通信帯域を無駄にします。しかし、冗長性が増して通信の信頼性は向上します。アップリンクも同じで、デバイス側も各セルへ同じデータを送ることで冗長度を向上させます。複数のセルと同時に送受信することができると、ダイバーシティ効果によりフェージングを回避できるため、単なる繰り返しよりも効果的に信頼性を上げられます。

fig.4
図4:デュアルコネクティビティ

ここまで異なる周波数帯のデュアルコネクティビティを例に説明しましたが、このデュアルコネクティビティは同じ周波数の異なるセル(基地局)で使うこともできます。また、キャリアアグリゲーションとデュアルコネクティビティを同時に使うことも可能です。どのようなパターンであっても最大4つの異なるセルと同時に通信することができます。そして、上り下りとも4つのセルで全て同じデータに複製することができます。

ここのポイント 複製された同じデータを使って複数のセルと送受信することで冗長度を上げる

今回紹介した以外にも、低遅延、高信頼を実現するための機能や技術がいくつもありますし、今後も機能が追加されることになっています。

まとめ:URLLCの意義

繰り返しになりますが、ここに挙げた機能は、URLLCを実装するための機能の一部です。どこかの事業者がURLLCと銘打ったサービスを開始するときに、これらの機能を全て使うかも知れませんし、一部しか使わないかも知れません。最初に書いたとおり、どの機能を使っているからURLLCである、なんてものはありません。結果として、高信頼(低エラー)で、低遅延になっていればそれがURLLCなのです。

ただし、やはりそのままの5GではURLLCと呼べるネットワークにはなりません。ここに挙げた全ての機能が、劇的に低遅延にできるものではなく、劇的に信頼性を上げられるものでもない、ということは説明を読んで頂いて分かったと思います。以前では考えられなかったようなもの凄く複雑な仕組みを入れ込んでやっと0.1ms稼ぐ、そんな世界です。しかし、それらによって初めてURLLCは成り立ちますし、今後も、0.1ms、0.01ms稼ぐためにいろいろな機能が追加されることになっています。

こんな努力の結晶のURLLCですが、光無線通信のエンジニアとして一つ心配なことがあります。それはこのサービスを誰がいくらで使うのか?ということ。シャノンが証明した通り、物理法則として信頼性を上げるためには、そして遅延を小さくするためには、結局のところ通信の効率を捨てなければなりません。実際にURLLCは、普通の5G通信(つまりeMBB)の何倍もの回線リソースを使って実現されるものです。それでもIoT等の機械制御向けの通信であれば、通信量が大したことありませんので大きな影響は出ません。しかも使うのは屋内のみとか限定範囲ですから。しかし、当初5Gのキラーコンテンツとされていた遠隔医療や遠隔操縦のようにURLLCを広域で動画伝送に使うとなったら、一体どれだけの回線リソースを消費するのか、そしてどんな料金になるのか・・・

光無線通信が低遅延なのは、干渉が少ない、フェージングが少ないからですが、もう一つ周波数をいくら無駄にしても良いからという理由もあります。電波のように国から割り当てられた貴重な周波数という訳ではありませんし、そもそもみんな好き勝手に照明だのなんだのに使っていますから、現状いくらでも無駄にしてなんの問題もありません。ですから、使える帯域を速度に振ろうが、遅延に振ろうが、信頼に振ろうが、はたまた遊びに振ろうが、それは全く自由。そこが光無線通信の素晴らしさの一つです。

URLLCのコンテンツが難しいと思うのははこの点にあります。これまで無線技術の歴史は「どうやって周波数利用効率を上げるか」の歴史だったと言っても過言ではありません。そこまでしてきたのに、99%を99.999%に上げるために周波数を無駄にしてもいいのか?それだけの価値があるコンテンツなのか?しかも、無駄に使うということはそれが料金にも跳ね返ってくるわけで。

このブログを最後まで読んでいただいた方には是非考えて欲しいです。URLLCにふさわしいコンテンツとは一体何なのか?利用者も、携帯電話事業者も、そして周波数を共有している国民も、みんなハッピーになるコンテンツとはなんだろうか?残念ながら未だ私には思いつきませんが、この駄文をここまで読むことができるような賢明な読者の方ならきっと何か思いつくはず。

もし、何か思いついてそれを形にして頂けたらとてもうれしいです。我々光無線通信業界はそのおこぼれを頂戴できればと思います。もし、思いつくものはあっても形にするのは難しいという方があれば、是非このブログのContact欄から我々に連絡を下さい。我々は光無線通信部門なので難しいですが、弊社の5G担当部門ならきっとアイデアを形にするお手伝いができると思います。


※1; 海外ではウルトラリーン(Ultra lean:超省電力)が4つ目の特長としてあげられることがある。

※2; 一応3GPPとしてのURLLC目標値は設定してあり「32バイトのパケット送信時に1msec以下の無線区間遅延かつ99.999%以上のパケット受信成功率」となっている。

※3; スケジューラーが「フェージングにより一時的にS/Nが低くなっているデバイスには通信を割り当てない」ということにより、リンク全体の「通信中の」平均S/Nが向上し、結果として全体の通信速度が上がる。この効果はマルチユーザーダイバシティとも呼ばれる。

※4; Packet-Data Convergence Protocolの略。3GやLTEでも存在している標準的な技術で、IPヘッダー圧縮、重複処理、インシーケンス処理、暗号化等々、携帯電話のパケット処理全般を行うためのプロトコル。

※5; デュアルコネクティビティはPDCP層で処理、キャリアアグリゲーションはMAC層で処理される。PDCPはより上位のレイヤーのため、異なる基地局での運用も可能となるが、キャリアアグリゲーションのように「キャリアを効率的に組み合わせた通信速度の最大化」はできない。

※6; 3GPP TS38.214 Table 5.1.3.1-3 参照