LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
高校生でもわかる通信用語 #7
指向性ってなに?後編
記事更新日 2024年5月7日
社内の人間に、「今までのブログは難しすぎて専門家しか読まないよ」と指摘されて始めた「高校生でもわかる通信用語」シリーズの第7回です。できるだけ難しい言葉を使わずに、できるだけわかりやすく通信用語を説明していきたいと思います。
はじめに
以前TBSラジオの話をしました。そのとき話に出てきたのが「AMラジオを送信するのには150m程のアンテナが必要である」ということでした。で、そのアンテナが何をするかというと、アンテナに垂直方向、つまりは地面に水平方向の電波の強さを通常の1.64倍にする。1.64倍は大したことない様に聞こえます。しかし、アンテナ自体は電気的に増幅するとか、そういう機能は持ちません。それなのに、何故強さを1.64倍にできるのか?実は、アンテナで電波が強くなるのは、電波自体を強く(大きく)しているのでは無く、単に指向性を上げているからに過ぎません。光を鏡で集めるがごとく、電波を一定方向に集めて、それにより1.64倍になるのです・・・
そんな話だったのですが「そういえば、指向性って単語は何となく聞いたことあるけど、具体的には何なのか?」という人は多いと思います。ですので、今回はそんな指向性の話をしたいと思います。指向性の持つ意味とは?そして、どのようにして指向性は与えられるのか?そういったことを説明していければと思います。
本記事は前後編に分かれており、今回はその後編です。前編を読んでない方は、まずこちらの前編からお読みください。
指向性の付け方
前編では、指向性の定義などを説明しました。次に、指向性をどうやって付けるのか、つまり、アンテナとしてどのように機能しているのか?ということをいくつか説明したいと思います。簡単に言えば、アンテナの種類と言ってもいいと思います。アンテナの種類は無限にあるので、全てを紹介することはできませんが、代表的な例をいくつか挙げて「指向性とはなにか?」を理解して貰いたいと思います。
電波の発生原理による指向性
指向性は電波を集めた結果とこれまで散々書いてきましたが、そもそも、現実では電波の放射原理的に「アンテナが全く指向性を持たない」ということはできません。あるアンテナの指向性は、全く指向性を持たないアンテナと比較した場合の割合で示されること多いですが、この「全く指向性を持たないアンテナ」というのは計算上の概念でしかありません。まあ、物理でよく出てくる「質量のない点」とか「摩擦が無い場合」とかと同じで、実在しない環境です。
そういうわけなので、アンテナは電波を出す段階である程度の指向性が付いているものです。例えば、全てのアンテナの基本である、棒状アンテナについて考えてみます。最も有名でもっとも使われているのが半波長ダイポールアンテナというアンテナです。波長の半分の長さを持つ棒状のアンテナですね。第4回のAMラジオの話でも出てきて、ちょっと説明しましたが、このアンテナは棒の中で共振させるため、棒と垂直の方向に電波が出ていくことになります。それと引き換えに、アンテナと平行な方向、つまり上下方向には電波がほとんど出ません。これはアンテナと垂直の方向に指向性があるということです。一方、この半波長ダイポールアンテナを真上から見ると、全方向均等に電波が出ます。これは水平方向には指向性を持たないということです。指向性がない、すなわち、どの方向にも均等に電波が出ます。イメージが付きにくいかも知れませんが、この放射特性は「棒形(直管型)の蛍光灯から出る光と似ている」考えるとわかりやすいかも知れません。
この半波長ダイポールアンテナは、垂直方向に緩い指向性を持ちますが、水平方向には全く指向性を持たないため、全体で見ると利得が低いアンテナと認識されています。そして、この半波長ダイポールアンテナは、理論上の利得が決まっています。周波数に限らず、半波長ダイポールアンテナの利得は1.64倍。前の方でも1.64とやけに細かい数字を連呼していたことに違和感を持った方もいると思いますが、この数字、無線に携わるものであれば全員覚えさせられるものなので、つい出したくなってしまう数値なんですよね。ちなみに、1.64倍はデシベルに直すと2.15dBi。これも覚えなきゃいけない数値です。
元に戻って、このポール型のアンテナは水平方向に指向性を持たないため、地面に垂直に立てて広いエリアをカバーする用途に向いています。例えば、ラジオ、アマチュア無線、一部の携帯電話基地局のアンテナに使われています※1。昔は、携帯電話の端末側もポール型のアンテナがついていたのですが、21世紀に入った頃にはほとんどが本体内蔵型に変わってしまいましたので、伸ばせるポール型のアンテナは絶滅してしまいました※2。下の写真は、自宅から発掘されたガラケー時代の携帯電話端末(第二世代)です。今は無き国際電気※3製の端末ですが、大切に保存していたわけじゃないので、黄ばんでボロボロなのはご容赦ください。いやー、改めて見ると伸ばしたアンテナの長さが本体ほどあったんですよね。私が若かれし頃は、通話中みんなこれを伸ばしていたっけ・・・ 尚、使っている周波数帯域は今と変わらない※4ので、20数年でのアンテナの進化もわかると思います。
ポールアンテナ以外にも、コイルのように線で輪を作って電波を放出する「ループアンテナ」や、薄い金属板から電波を放出させる方式で製造が簡単な「マイクロストリップアンテナ」等、いろいろな形状のアンテナがありますが、それぞれそのアンテナの特性に従った指向性を持ちます。正直、私では紹介しきれないほどありますので、詳しく知りたい方はご自身でいろいろと検索してみてください。
反射板型
さて、電波の発生原理から、ある程度指向性が付くことはわかりました。が、発生原理による指向性はさほど高くありません。そのため、指向性の高いアンテナを作るためには、更に指向性を上げる手段がとられます。
最も簡単なのは「反射板型」と呼ばれるものです。電波は基本的に金属板で反射できるので、反射板を付けることで電波を集めて指向性を上げることができます。光で言えば、後ろに鏡を置くようなものです。下の図はコーナーレフレクターアンテナと呼ばれるアンテナで、半波長ダイポールアンテナの後ろに反射板を付けて指向性を上げています。
半波長ダイポールアンテナそのものだと水平方向に指向性を付けることができませんが、このコーナーレフレクターアンテナだと、水平方向に大まかな指向性を付けることができます。携帯電話の基地局は、水平方向に30度とか60度とかそういったやや広めの範囲に電波を吹くことが多く、それ故このコーナーレフレクターアンテナを使ったものが多いです。
反射板型は、金属板さえあればとりあえず指向性を上げることができるため、様々な場所、用途で使われており、当然ですがコーナーレフレクターアンテナ以外にも、反射板を使ったアンテナは沢山あります。そして、反射板の形状を工夫して、さらに指向性を上げたのが、次に紹介するホーン型やパラボラ型のアンテナです。
ホーン型・パラボラ型
ホーンアンテナは、文字通りホーン(管楽器)の形をしたアンテナです。その役割もホーンやメガホンと同じです。四方八方に広がる電波を反射させながら、開口部に向かって飛ばします。電波の発信源の辺りの断面積は狭いですが、開口部に渡り広くなっていきます。四方に繰り返し反射しながら電波が出ていくことにより、開口面と垂直の方向に強い指向性を持つようになります。これも楽器やメガホンと同じです。
ラッパのように真っ直ぐな形のホーンアンテナもありますし、ホーンの語源である「角」のように曲がったホーンアンテナもあります。しかし、いずれのアンテナも電波のホーンの開口部は音と違って円形ではなく長方形です。長方形である理由はあるのですが、それを説明するのはちょっと難しいので、ここでは説明しません。ちなみに、ホーンの長さを長くすればするほど指向性は上がっていきます。
パラボラ型は、先ほども説明したとおり、パラボラアンテナです。反射板を放物線状に湾曲させ、それに電波を反射させることで、送信時は限りなく電波を真っ直ぐ飛ばし、受信時は電波を一点に集める事ができます。反射板は厳密に言えば放物線、すなわち二次曲線である必要があるのですが、そこまで厳密に二次曲線でなくても、ある程度指向性を上げられます。そのため、中華鍋や料理用のボールをつかった自作アンテナで携帯電話やWi-Fiの指向性を上げる人もいるようです(電波法的に推奨される方法ではありませんが)。
パラボラアンテナは、特に指向性が高いアンテナとしてよく知られていて、電波の強さを1000倍(30dBi)以上にしてくれるものもあります。宇宙との通信を行う巨大アンテナはパラボラアンテナの場合がほとんどです。先日も、太陽系外に出ているボイジャー1号が復活したというニュースがありました。光の速さでも1日かかるというボイジャーと通信するためには、それはそれはもの凄く高い指向性を持ったアンテナでないとダメで、なんと1000万倍(70dBi)以上の性能を誇る直径70mのアンテナで通信しているのだとか。
尚、ホーンアンテナ、パラボラアンテナいずれのアンテナも、ある程度短い波長(周波数が高い)の電波のアンテナに向いています。というのも、波長が長くなるほど、アンテナに必要な大きさが大きくなっていくからです。この辺も管楽器と同じです。音が低くなるほど楽器は大きくなりますよね?そして、その分高価になっていきますよね?あるいは、スピーカーと同じと言ってもいいかもしれません。低い音を出すために、大きな(そして高価な)スピーカーを揃える方がいますよね。
多素子型
最後に多素子型。多素子型は、「利得を劇的に上げる」ものではないのですが、じゃあ、この多素子型をなぜあえて紹介するのかと追えば、「指向性の方向を変えることができるから」です。
電波は、というか全ての波は、複数の波の合成のようなものです。この辺の原理はフレネルゾーンってなに?を読んでください。で、波は小さな波合成なので、その小さな波の位相が揃っている波が合成され強い波になります。つまり、小さな波の位相が揃っていると、大きな波になるということになります。
さて、ここで多素子アンテナを考えます。多素子アンテナとは、小さなアンテナが沢山並んだアンテナだと考えてください。この各素子が普通に電波を出せば、全素子の位相は同じになるため、電波は正面に強く飛びます。いうならば、位相が合っている面の方向が指向性の方向になるってことです。トータルでの指向性の強さは各素子の指向性の強さにもよりますが、原則として素子の並んでいる方向に対して垂直方向(図であれば横方向)に強くなります。
多素子アンテナの各素子には遅延回路が付いています。遅延させるための回路です。ちょっと電波が出るのを遅らせるんです。ほんのちょっとだけです。そして、この遅延回路によって、素子毎のタイミングを変えることができます。そして、これをどう使うかといえば、下の図のように使います。
一番上の素子の遅延回路は何もしません。つまり、遅延させません。しかし、下の素子に行くにつれ少しずつ遅延を追加していきます。そうするとどうなるでしょう?上の素子は進んでいて、下の素子は送れていますので、位相が合っている面がやや下側を向きますよね? そして、先ほども書いたとおり、「位相が合っている面の方向が指向性の方向になる」ため、電波はやや下向きに強く出る事になります。このことは、多素子アンテナで遅延を制御できると、指向性の方向を変えることができるということを表しています。
このようなアンテナは、携帯電話の基地局によく使われます。下の図を見てください。4つの図があります。上の段は、アンテナを横から見た図。下の段は、アンテナを上から見た図です。左の図は真横方向に電波を吹いた場合、右の図はちょっと下方向に指向性を変更した場合です。
下の段の赤い範囲は電波の飛ぶ範囲です。電波は真横に出したときは遠くまで飛びますが、斜め下に出したら、電波は飛ぶ範囲は小さくなります。電波を下に出したら、電波が飛ばなくなる、このことは誰でもイメージできると思います。
携帯電話の基地局のアンテナって、水平方向の角度を変えることは少ないのですが、垂直方向の角度を変えたくなることは多いんです。携帯電話の電波って、もちろん電波が十分に飛んでいないと強度が弱くて使えないのですが、その逆に電波が遠くまで飛びすぎると干渉になってしまい使えなくなる、そういう性質があります。携帯電話は、ラジオとかアマチュア無線とかと違って限界まで遠くに飛ばせば良いって訳じゃないんですよね。丁度良い具合になるように、精密な調整が重要なんです。そこで、基地局の電波の範囲を変えるのに、アンテナの垂直方向の向きを変えるってことを頻繁に行います。昔はアンテナに登って物理的にアンテナの角度を調整していたのですが、現在は「多素子アンテナを使って垂直方向の指向性を変える」っていう方法を採っています。これなら、アンテナに登る必要どころか、基地局に出向く必要も無くて、データセンターからコマンド一つで変更できますのでね。
ちなみに、コーナーレフレクターアンテナが携帯電話基地局のアンテナによく使われると書きましたが、多素子アンテナの各素子がコーナーレフレクターアンテナの場合が多いです。水平方向はコーナーレフレクターアンテナで利得を持たせて、垂直方向は多素子アンテナで利得を持たせる、そういった構造になっています。
5Gになって、この多素子アンテナを2次元に配置して、電波の向きを自由に変えられる、というアンテナも出てきました。ビームフォーミングアンテナと呼んでいます。ビームフォーミングアンテナ自体は、2000年代ぐらいのWi-Fiアクセスポイントから登場してきていましたが、5Gになって(ごく一部の)携帯電話基地局でも使われるようになりました。
二次元の多素子アンテナの原理自体は昔からありましたが、その効果を世に知らしめたのは、イージス艦に積まれたフェーズドアレイレーダー(FAR)だと思います。それまでのレーダーは、レーダーアンテナ自体が回転して、回転毎に対象物を走査していたのですが、FARは遅延回路の変化によりアンテナの指向性を変えられたため、これまでよりも圧倒的に高速に走査できるようになりました。そのため、大量の対象物を同時に追跡できるようになり、特に防御力が格段にアップしました。そんな性能な故、FAR搭載の艦船が万能の盾「イージス」の名前を冠するようになったのです。現在では、航空機搭載のレーダーもFARタイプのものに置き換わっており、軍事レーダーはもはやFARが標準と言える状況となっています。
まとめ
いかがでしたか?アンテナって、形状も理論も沢山あって紹介しきれないです。現在は、コンピューターによるアンテナシミュレーションが高度になり、様々な形状のアンテナがコンピューター上だけで設計できるようになりました。そのため、形状としては複雑ですが、しかし小型で高性能なアンテナが様々作られるようになりました。携帯電話が、初期のロッドアンテナからほぼ100%内蔵型になったというのも、そういった進化が背景にあります。
最後に一つ。電波は目に見えませんが、アンテナは目に見えます。その目に見えるアンテナから、目に見えない電波がどのような方向に強く出されているのか?いろいろと想像してみるのも面白いですよ。アンテナを意識して、電波を語れば、あなたもきっと電波通です。
※1; 近年の携帯電話のアンテナは、複数バンド一体型、MIMO対応等高度化しているため、単純なダイポールアンテナが使われることはほとんど無くなっている。
※2; 現在でもワンセグ対応スマートフォンの一部等で、伸縮するロッドアンテナが付いている機種がある。
※3; 合併・分割等を繰り返した後、現在は日清紡傘下となっている。
※4; 当時NTTドコモが使っていた周波数は800MHz帯と1.5GHz帯であったが、それら周波数帯は(軽微な周波数の変更はあったが)現在の携帯電話でも使われている。