LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #4

AMラジオをやめるってなに?

記事更新日 2024年2月13日


社内の人間に、「今までのブログは難しすぎて専門家しか読まないよ」と指摘されて始めた「高校生でもわかる通信用語」シリーズの第4回です。できるだけ難しい言葉を使わずに、できるだけわかりやすく通信用語を説明していきたいと思います。

はじめに

皆様は普段ラジオを聞いていますか?というか、ラジオのチューナーって家にありますか?私はおっさんで、かつ野球好きだったので、ラジオで育ってきたと自負しています。もちろん野球だけじゃ無く、オールナイトニッポンとかも聞きいていました。私が若い頃は、ラジカセであったりミニコンポなんかに当たり前のようにラジオチューナーが付いていましたし、携帯型ラジオを電車内で聞いている人も多かったです。ラジオ機能付きののウォークマン※1もありましたよね?しかし、令和となった今では、家の中ににあるラジオのチューナーとして思いつくのは、防災セットの中にある手回しラジオしかありません。

しかし、ラジオが聴けなくなったわけではありません。家の中でラジオを聞きたいならradikoがあります。「OK google、radikoでFM Nack5をかけて!」と言えば、周波数を合わさずとも勝手にかかりますから、むしろ以前より聞きやすい状況になっていると言えるかも知れません。一昔前は、FMラジオが聞ける携帯電話(今はラジスマと呼ぶらしい)も多くありましたが、あれって結局地下鉄だと使えないですし、都心部へ通勤・通学する人にとっては圧倒的にradikoの方が便利なんですよね。

もちろん、ラジオもテレビと同様に、インターネットの波に飲まれて若者の「ラジオ離れ」という厳しい状況にはあるでしょう。そうなれば、聴取者が減っている、そして残る聴取者もradikoで聞く、となると「ラジオを「電波」で聞いている人がおそろしく減っているのでは?」というのは誰でも想像が付くことです。ほんと、(車以外で)ラジオを電波で聞いている人ってどれだけいるんでしょうか?(ファンフラでミッキーやカンカンクイズに出たい人か?)

そんな状況なのからか、実はすでにほとんどのラジオ局でAMラジオは廃止される方向となっているのをご存じでしょうか?放送がなくなるという一大事なのにあまり報道されることもないので、知らない方もいるかもしれません。すでに、この2月1日からAMラジオ13社を放送休止とする実証実験が開始されています。もう、すでに電波が止まっているラジオ局が複数あるんです。

それらの局がAMラジオをやめる最も大きい理由は「ラジオが聞かれなくなり経営が厳しくなった」なのですが、それでいてラジオ局自体をやめるという話にはなっていません。AMラジオ局各社は、FMラジオ局に転換したり、radiko専門で生き残っていく方針だそうです。なんで、放送はやめないのにAMラジオはやめたがっているのか? それは「AMラジオを維持するのはお金がかかる」からです。

前振りが長くなりましたが、なぜ、AMラジオはお金がかかるのか?その理由を説明していきたいと思います。

波長とは?

AMラジオがお金がかかる理由、これは全て電波の波長に由来します。ですから、最初に波長の説明をします。波長という名前は聞いたことあるけどよく分からない、という人も多いでしょう。波長は、具体的には下図の長さを表すんです。

fig.3
波長

波長は、波の一周期(1パターン)の長さです。波、とくにラジオやテレビ、携帯電話などの電波では、波長が厳密に決まっていて、常に一定です。

次に、波長は、以下の式で求められます。

(波長) = (波の速さ) / (周波数)

電波の速さは光の速度と同じなので、一般的には次の式で求められます。

(波長[m]) = 3.0 * 10^8 / (周波数[Hz])

つまり、電波は周波数がわかれば波長がわかることになります。テレビは1chならNHK総合、4chなら日テレというように「チャンネル」で表示されますが、ラジオは昔の名残からか「周波数」で識別されています。”ダイヤル1242ニッポン放送”とかジングルで連呼していたりします。いや、知っているから放送聞いてるんだよ※2、と思わずにはいられませんが・・・ ということで、ラジオであれば当然周波数はわかります。だから、波長もすぐに計算できます。試しに関東のいくつかのラジオ局の波長を計算してみましょう。

AM/FM ラジオ局名 周波数[Hz] 波長[m]
AM TBSラジオ 954k 314
AM 文化放送 1134k 265
AM ニッポン放送 1242k 242
FM Bay FM 78.0M 3.8
FM FM Nack5 79.5M 3.8
FM Tokyo FM 80.0M 3.8
FM TBSラジオ 90.5M 3.3
FM 文化放送 91.6M 3.3
FM ニッポン放送 93.0M 3.2

民放大手三社のAMラジオの波長は、200~300m程度なのに対して、FMは既存FM局は約3.8m、ワイドFMと呼ばれるAM局のFM補完局で、約3.3mです。つまり、AMとFMでは波長に100倍近い差があるのです。

アンテナの長さ

アンテナとは何でしょう?アンテナは電波を送る、受ける装置のことです。ほとんどのアンテナは特定方向に集めることで、受信電力を増やすことができます。光で言えば「レンズ」みたいなものです。レンズなしでも光を受けることができますが、レンズが合った方が光は強くなりますよね?また、強力なレンズ(望遠レンズ等)を使えば、遠くのものが見えたりします。アンテナも全く同じです。強力なアンテナを使えば、電波を寄り遠くに飛ばすことができますし、また弱い電波も受信出来るようになります。

一方、アンテナの原理を説明するのはちょっと難しいです。電界やら磁界やら面倒な単語が沢山出てきてわかりにくいです。ただ、やっていることは単純で、アンテナは楽器とかと同じで電波を「共振」させているのです。もう少し細かく言うと、「送る波と、反射して帰ってくる波の位相を合わせることで、波形が増幅させる」ということになるでしょうか。楽器の場合は、弦楽器やピアノであれば弦の長さを、管楽器やオルガンだったらパイプの長さ、音の波長と合わせ、音を共振させることで音を強くしますよね?アンテナも同じです。アンテナの長さと波長を上手く合わせて、電波を強くするのです。信号波と反射波が全く同じ位相になったとき、合成波形は最大となり、その時、アンテナから放射される電力が最大となります。

fig.2
アンテナの反射と波形

もっとも簡単なアンテナは半波長ダイポールアンテナと呼ばれるアンテナです。名前の通り波長の半分の長さの棒状アンテナで、アンテナなし※3と比べて強さを1.64倍にすることができます。アンテナを地面に垂直に立てたときに、地面に垂直方向に電波を強くしますので、一般的な用途においてとても使いやすいアンテナです。もっともシンプルでもっとも使われていると言ってよいと思います。

fig.5
半波長ダイポールアンテナのイメージ

AMラジオ局の送信アンテナ

さて、先ほどの半波長ダイポールアンテナをラジオで使おうとした場合どうなるでしょうか?例えばTBSラジオの場合、AMの波長は約314mですから、半分にすると157m・・・ 高さ157mのアンテナ? ビル1階を4mとすればおよそ40階建て相当。鉄塔の高さじゃ無いですからね。アンテナ本体が157mですよ。そんなアンテナあると思います?

fig.3
AMラジオの送信アンテナ(TBSラジオ)

あるんですよ!! この写真は、戸田公園にあるTBSラジオ戸田送信所のアンテナです。アンテナの高さは正確にはちょっと短くて147mらしいんですが、ほぼ波長314mの半分といっていいでしょう。写真の通りアンテナ本体(支柱)はかなり細いため自立できる感じではありません。そのため、それを支えるワイヤー(地支線)が大量に張られており、送信局の敷地面積がかなり広いです。

関東以外の人には戸田公園という場所がイメージできないかも知れませんので説明しておきますと、戸田市は23区に隣接する埼玉の市で、戸田公園には戸田ボート(競艇場)とか戸田漕艇場(競技ボート場)がありボートの街として知られています。昔は、それこそアンテナ(送信所)が立てられた頃は、戸田市も田舎で、送信所もただの川沿いで田んぼばかりの広い土地だったはずです。今でも送信所のまわりは倉庫や工場なんかが多いのですが、40年ほど前にJR埼京線ができ戸田市に駅ができた頃から一気に住宅街化しました。今や工場に交じって大型マンションも沢山建っています。そりゃそうです。戸田公園駅から池袋までは15分程度で行けて、かなり通勤通学しやすいエリアですので。

いきなり戸田の話をしましたが、ここで何が言いたかったかというと、「土地がただみたいなど田舎では無く、まあまあ地価が高いところに、どでかいアンテナが建っている」ってことです。文化放送もお隣の川口市に送信所がありますし、東京のちょっと北寄りというのがAMアンテナとして望ましいロケーションということなんでしょう。TBSはこの送信所の一部を駐車場にしていたり、色々工夫はなさっているみたいですけど、今の時代だと正直もったいない使い方です。

尚、このアンテナの送信出力は100kW。10万ワット。馬鹿でかいアンテナなので、そのために必要な出力も半端ないです。これだけの巨大アンテナと巨大出力なので、この1局で関東全域をカバーできる訳ですが、それにしても大きい。送信出力が10万ワットということは、送信装置全体ではもっともっと電力が必要です。ちなみに、携帯電話基地局ですと送信出力60Wとかそんなもんですから、どれだけ巨大な出力かわかっていただけるかと思います。そして、この巨大出力であっても、停電がありました=放送止まりました、なんてことは許されないわけですから、大きな非常電源用発電設備も必要で、それはそれは大変な施設だろうと想像できます。

FMラジオ局の送信アンテナ

さて、FMラジオだとどうでしょう。FMラジオは3mちょっとの波長なので、アンテナの長さはその半分のおよそ1.5m程度。この程度の長さならビルでも何でもどこでも付けられます。実際、FMラジオのアンテナはどこに付いているかというと、TBSラジオであれば東京スカイツリーについています。しかも、高さ約550mについているため、これ1局で関東全体をカバーすることができます。

fig.4

東京スカイツリーは、もともと高層ビルが増えてきて東京タワーでは不十分となった在京テレビ局※4の要望で、東武鉄道によって建てられたTV用の電波塔でした。ですが、スカイツリーとしてもTVだけではもったいない(場所も余っていた)ので、FM放送用にもアンテナの場所を貸しているわけです。

さて、実はスカイツリーについているアンテナは半波長ダイポールアンテナではなく、ループアンテナという別のアンテナなのですが、どちらにしてもAMラジオよりずっとずっと小型にできるため、こうやって東京スカイツリーや東京タワーなどに既存の建物に取り付けることができます。

また、アンテナが小型で済むため、携帯電話の鉄塔のような比較的小さな鉄塔にアンテナを付けることもできます。FM Nack5(FM埼玉)は、旧都幾川村の峠に建てた自社鉄塔から放送しています。ここは山の上なので50m程度の鉄塔であっても、十分なエリアが確保できます。関西の方なら、生駒山をイメージしてください。実は、そういった山の上の鉄塔局は、複数のTV局やFM局が共用している、つまり一つの鉄塔に複数局のアンテナがついている場合が多いです。アンテナが小型で済むからそういうことができるわけですが、そういったこともFM局の費用がかからない一因となっています。

尚、FM放送の出力は5~10kW。こちらも大きいですが、AMの1/10です。もちろん、携帯電話に比べればかなり大きな出力ですが、AMラジオに比べれば全てが1/10以下で済みます。

AMはつらいよ

FMであれば、スカイツリー等のTV用電波塔と共用ができますし、また自社で鉄塔を建てたとしても携帯電話基地局程度の小型鉄塔で済み、しかも共用できるため、そこまで大きな費用にはなりません。一方AMは、とにかくアンテナが大きいです。100m以上あるアンテナなのでTV用や他のFM局の鉄塔と共用することができません。となると、必ず自前で設備を持たなければいけないし、左記の通り結構広い敷地も必要です。100kWの出力となると、設備もそれなりになります。そして、無線設備は定期的な点検が必須。あの巨大アンテナの維持管理にどれだけ費用がかかるのでしょうか・・・

もちろんAMにも強みがあります。周波数が低いためとにかく電波が遠くまで飛びますし、回折にも強いので山間部でも電波は安定しています。カバーすべき面積が馬鹿でかい北海道だとAMの強みがでます。受信機だってAMの方が簡単で安く作れます。ただ、今の時代、AMだけ聞けてFMが聞けないというチューナーはカーラジオ含めてほとんど無いでしょうし、なにより都市部ビル群ではFMの方が安定するという声もチラホラ。そして、音質は断然FMの方がいいわけですしね。

ということで、AMとFMではアンテナの大きさが全く違うためかかる費用が全く違う、その割にAMのメリットが微妙。無線技術面から見たら、ワイドFMで済むならその方が運用費用が安上がりなのは間違いないところ。

我々には放送局としてのビジネス的なことはわかりませんが、何より、恐らく最も聴取者が多く会社規模が大きい関東キー局三社が、一番積極的にAM廃止を叫んでいるという点で、もはやAMにメリットが無いというのは間違いの無いことなのでしょう。

補足

これまでAMラジオとFMラジオの比較ということで、AMラジオにはお金がかかるということを説明してきました。ここで、ちょっと詳しい人の中には「AMとFMの違いは変調方式だろ?AMという方式が金がかかるわけでは無い」と突っ込まれる方もいるでしょう。確かに「AMの周波数でFMを使ったとしても、問題は解決しない」と言われると仰るとおりです。しかし、すでに普及しきった受信機を考えた場合、もはやAMの周波数でFMを、またはその逆をサービスすることは不可能です。前者に至っては、周波数幅的にも足りません。そう考えると、やはりAMとFMという言葉が表すのは、変調方式だけで無く、周波数も表していると言えるのです。

まとめ

関東大手AM三局含むほとんどのAM局は、2028年までのAM停波を目指しているようです。もちろん、世間には反対意見もあったりします。それは各局もわかっています。しかし、わかっているからこその今回の放送休止の実証実験です。もはや、AM廃止の流れは止められないでしょう。おそらく、AMで残るのは、収益が無視できるNHKラジオ第一と、受信エリアの問題でAMが必須となる北海道などの極一部の地方局のみという状況になるはずです。

ただ、それでラジオ局自体が無くなるわけではありません。ラジオというコンテンツが再評価されつつあります。これからも末永く続いてほしいと願っています。


※1; 実は今もある。 =>リンク

※2; 電波法(無線局運用規則)では、一定間隔で局名や周波数を放送しなければいけないとなっている。

※3; 厳密には利得0の等方性アンテナ(理論上の基準アンテナ)と比較するとされている。

※4; NHK、日本テレビ、TBSテレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京の6団体。

※5; NHKラジオ第二(AM)は2025年末に廃止・停波予定。ラジオ第一は存続。