LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

特別企画:なんで5Gは世界を変えないの?(後編)

記事更新日 2023年1月31日


はじめに

昨年末に5Gの超高信頼・低遅延通信であるURLLCの記事を書きました。5Gがスタートする2020年前後には「5Gが世界を変える」と言われていたりしましたが、その「変える」可能性があると紹介されていた機能の殆どはURLLCの「超高信頼」または「低遅延」の機能でした。URLLC(っぽい)ものは、日本でもおそらく今年2023年にスタートされるのではないかと思われますが、じゃあURLLCが始まったら世界が変わるか?といわれると、なんだかピンとこない。

URLLCの回にも書いたとおり、5Gが世界を変えてくれると、我々光無線通信も大いに活躍する場が広がるんです。しかし、実際は世界を変えるのにはほど遠いようにしか感じません。なんで、こんなことになっているのか? なんで停滞しているのか? その理由を、我々光無線通信屋の立場から考えてみました。タイトルはズバリ「なんで5Gは世界を変えないの?」。凄く偉そうなタイトルでお前らに何が分かるんだ!(怒)と言いたくなるかもしれません。でも、研究開発をしている5Gの無線機ベンダーや、ある程度名前で売れる携帯電話事業者より、現場で地を這って無線機の営業している我々の方が見えている部分ってあると思うんです。我々光無線通信機は決して名前では売れませんので、お客様のニーズを掘り起こし、お客様のそばで、お客様の立場に合わせてやっていくしかないですから(涙)。

というわけで、5Gの世界が今ひとつ広がらない理由をユーザーにより近い光無線通信メーカーとしての立場から分析していきたいと思います。分析はインフラ・技術サイドの話と、コンテンツサイドの話の2つに分けて、二回にわたって書いていきます。2回目の今回はコンテンツの話です。

尚、以降度々具体的な法人名が出てきますが、敬称は省略させて頂きます。ご了承ください。

コンテンツの問題点

ここには明確な答えはありません。しかしながら、我々は光無線通信ですが、無線通信機の営業をやってきた中で、「なぜ5Gが盛り上がらないのか?」について感じたこと、もしくはお客様に言われたことが沢山あります。その辺と、これまでの携帯電話の歴史などを踏まえて3つの視点から問題点を挙げたいと思います。

携帯電話の歴史の視点

前回も書きましたとおり、携帯電話の世代は約10年。これまで10年経てば必ず次世代になりました。そして、第四世代(LTE)までの世代交代は、時代に恵まれた運もありましたが、各世代必ず「その時代のニーズ」に対応したものでありました。

世代 システム 変化内容 通信のニーズ
第2世代 GSM/PDC デジタル化し周波数利用効率向上 急増した加入者の収容
第3世代 CDMA 高音質通話とデータ通信の多重化 パケット通信(メール,Web)
第4世代 LTE データ専用化 スマートフォン、動画
第5世代 5G(NR) 高速化、低遅延化 ??

第二世代はのGSM(日本ではPDC)は、携帯電話が全世界で爆発的に加入者を増やした時期に登場したシステムで、とにかく「周波数の利用効率」を優先して作られました。効率の悪かったアナログを捨て一人でも多くのユーザーを収容すること注力されました。そのため、若干通話の音質が悪いという問題がありましたが、そんな事はお構いなしに全世界であっという間に普及しました。しかし、第二世代後半になると、「携帯電話によるメール」だったり「ホームページ閲覧」であったりといったパケット通信が求められるようになってきました。日本で言えば「i-Mode」の時代です。システム更新により第二世代でもパケット通信は可能でしたが、必ずしもデータ通信に最適化されたシステムではありませんでしたので、通信速度も遅い「最低限の通信」しかできませんでした。

そのため続く第三世代CDMAは、最初からデータ通信も視野に入れて、かつ第二世代不評だった音声通話の品質も向上させたものになりました。最大通信速度はMbpsクラスとなり携帯電話上で動くコンテンツとしては十分な速度でした。ただし日本含む先進国ではそれなりに普及したCDMAではありますが、実は世界的に見ると採用しなかった国、事業者も多かったようです。第二世代のGSMでもパケット通信はできるし、メールや簡単なWebだったらGSMで十分だ、と考えたようです。

しかし第三世代後半、正確に言えば2008年にi-Phoneという世の中を変える製品が登場し、状況は一変します。携帯電話上でもリッチなコンテンツが楽しめる「スマートフォン」は、モバイルデータ通信量を爆発的に増やしました。そして、それと同時に携帯電話の通信内容が通話中心からデータ中心となった変換点でもありました。もちろんi-Phone以前からデータ中心になることは予想されていましたが、i-Phoneの登場によりそれが一気に進んだと言えるでしょう。IP電話アプリの登場により、携帯電話の「通話」部分はIP電話アプリ(例えばLINE通話)で代用されることも多くなりました。

スマートフォンの登場はたまたまでしたが通信がデータ中心になることは十分に予想されていましたので、第四世代LTEは、データ専用のシステムになりました。LTEにはCDMA以前にあった「電話回線※1」は存在しません。しかし、それにより非常に周波数利用効率が高くなり、通信速度は上がりました。スマートフォンにより、みんな動画やリッチなゲームなど、PCと変わらないような使い道となり、必要とされる通信速度は上がりました。第三世代をキャンセルした国、事業者でもLTEは殆ど導入しており、LTEはスマートフォン時代に実にマッチしたシステムと言えると思います。

さて、ここまで携帯電話の歴史的なものを書いてきました。ここで5Gなのですが、皆様おおよそ結末が予想ができていること思います。そうなんです。LTEから5Gに変わるタイミングで、5Gには明確な通信ニーズが無かった!のです。5Gには高速、低遅延、高信頼という技術主導の方針はあっても、そして自動運転や遠隔医療が流行るかも知れないといったぼんやりとしたニーズまではあっても、「世の中では、今これが求められている」というような明確なニーズは残念ながら生まれなかったのです。かつての第三世代の時も似たような状況でしたが、その時は日本と韓国は早急に第三世代へ移行しなければいけなかったり※2、携帯電話加入者増加故に各国で新設された事業者(日本で言えばe-Mobile)が当時最新の第三世代世代で事業をスタートさせていたため、それなりに第三世代携帯電話を導入するモチベーションがありました。また、まだまだ高速通信、特にブロードバンドという単語に価値があった時代だったというのもあります。i-Phoneの二代目、つまり日本で販売された最初のi-Phoneは「i-Phone 3G」という名前だったのを覚えているでしょうか?当時、Appleが名前に採用する程度には第三世代にブランド力はあったのです。今や通信が高速だ!ブロードバンドだ!5Gだ!なんてCMを打っても誰にも刺さりません。

5Gの時代、つまり現在はそもそも高速化のニーズそのものが高くない。そして5Gのブランドも構築できなかった。厳しいですが、今のところ5Gはユーザーの目に留まっていないという言い方もできるでしょう。

イノベーションの視点

有名な本に「イノベーションのジレンマ」という奴があります。あれは、「従来製品の改良の持続的イノベーションは、破壊的イノベーションによって打ち負かされる」という話です。必ず例に出るのがコダックとデジタルカメラの話。フィルムの雄だったイーストマン・コダックが誰よりも早くデジタルカメラを開発しておきながら、そのデジタルカメラを軽視したために倒産(Chapter11適用)に至るというやつです。同じような話に、携帯端末の雄だったフィンランドNokiaと前述のApple i-Phoneの関係なんかも挙げられることが多いのですよね。従来高いシェアを得ている製品があって、それを持っている企業はそれに固執するあまり破壊的イノベーションを軽視し、その結果、他社による破壊的イノベーションにより新しい製品に置き換えられてしまう。件の本によれば破壊的イノベーションにあたるのが「デジタルカメラ」であったり、「i-Phone含むスマートフォン」だったりするわけです。

ここからは私見です。「イノベーションのジレンマ」に出てくる破壊的イノベーションは「古い何かに置き換わる」という話です。ただ、もう少し「イノベーションを起こしたもの」だけに絞って考えると、何かに置き換わっても換わらなくても、近年イノベーションを起こしたものを超簡単に分類すると「A:できなかったことができるようになる」か「B:価格が(定額含む)無料、又は圧倒的低価格になる」のどちらか、又は両方を満たしていることが見えてきます。

試しに近年イノベーションを起こしたものを分類してみます。

パターンA: できなかったことができるようになる
パターンB: 価格が(定額含む)無料、又は圧倒的低価格になる

製品 パターン 内容
インターネット AB 世界の誰とでも通信ができる  通話料が無料(定額)になる
携帯電話 A どこでも電話できる、コミュニケーションがとれる
デジタルカメラ AB 現像が不要になる コピー・配布が簡単になる
青色LED A LEDで全ての色が表現可能になる
3Dプリンタ A 金型無しですぐに、1つから部品が作れる
i-Phone A PCでしか扱えなかったリッチコンテンツがどこでも使える
YouTube B 誰でも無料で動画が見られる/配信できる
音楽サブスク B 全世界あらゆる曲が定額で聴ける
(空中)ドローン A 空中が(手軽に・安全に)使えるようになる
AI(ディープラーニング) B 人間が判断していた部分を肩代わりできる

例えば、デジタルカメラは、現像不要になるばかりか、今までできなかった写真の複製や送付が簡単にできるようになり、インターネットやスマートフォンの普及と相まって既存フィルムカメラを駆逐してしまいました。またYouTubeは、もともとは普通の動画配信サイトの一つでしたが、他のサービスが有料だったり、良くて有料優先だったりするなか、無料で誰でも見放題・上げ放題ということをやり続けたために人が集まり、それを売りにして広告を集め、それを元手にクリエーターに還元するという、言わばテレビ地上波と同じエコシステムができたため、ここまで広がりました。AIなんかは、AIができることは人間なら簡単にできることばかりですが、人間を使わないで済むという最大のコストダウンが可能となるため、今や産業の中心になりつつあります。最近話題のChatGPTなんかも、別に人間がやればできることですが、それを無人でできることが素晴らしいわけです。一方、3Dプリンタやドローンは今までやりたかったけどできなかったことが技術の進歩により実現できるようになったため、世の中を変える存在となっています。この両者は今のところ「(具体的な)何かに置き換わった」ものというより、できなくて我慢していたことができるようになったものと言えるでしょう。

というように、イノベーションを起こしたものはAかBのどちらかに当てはまるものです。逆に、このパターンのどちらかに当てはまらないと世の中を変えるイノベーションとまでは行かないとも言えます。特に「期待されたのに流行っていない」ものは、大概どちらにも当てはまりません。例えば、IoT関連の920MHzのLPWA。一時期業界を席巻したRoLaとかSigfoxとかです。もともと携帯電話で代用できるものだった(日本だとPHSとかで実現していた)ことに加え、殆どの運営は機械売り切りでは無く、携帯と同じように月額料金を取ったため「携帯※3と何が違うの?」となり期待されたほど流行りませんでした。もちろん、ビジネスとして考えればお金を取るしか無いんですが、もう少し良い方法は無かったのかと今でも考えることがあります。そして、ここ最近流行らせようとしているメタバースも、すでに前任者であるSecond Lifeや幾多のオンラインゲーム上で実現できていることですから、ここからイノベーションと呼べるものを起こすのはかなり難しい状況です。

さて、5Gはどうでしょうか?携帯電話だから無料というわけではないですし、無料にするための技術でもありません。では、今までできなかったことができるようになったかと言えば・・・ 私には何も思いつきません。高速、そして今後の低遅延、超高信頼も含めて、5Gでしかできない、LTEやWi-Fiではできないことってあるでしょうか?5Gのキラーコンテンツって何でしょう?

通信速度の視点

ここで通信するコンテンツを考えてみたいと思います。5Gがスタートする前、5Gでできることの中の一つで、「2時間の映画のダウンロードが10秒でできる」というやつがあったと思います。まあ、他のミリ波無線(例えば60GHzのWi-Fiとか)も同じ事を言っていたと思いますが、皆さんこれに突っ込みましたよね?映画を10秒でダウンロードする必要が無いと。2時間の映画を見るのには2時間かかる。今時の若い人のように倍速で見ても1時間かかる。別にダウンロードはその間に終わればいいのですから、10秒である必要がどこにも無いと。技術屋の観点から見れば、無線技術としてはどこまでも最高速度を上げることに意義を見出したくなりますが、はたして個人単位でそれほどまでの通信速度が必要となるコンテンツはあるでしょうか?

現在、1ユーザー単位で最も高速且つ大容量を使う用途というと、おそらくはアプリのダウンロードです。その中でも最も大容量なコンテンツはゲームであり、最新CGバリバリのものだと50GBを超えるゲームも当たり前のように存在します。ゲーム以外でも本ブログの他の連載で使っているVisual Studioも10GBを超えることもあるし、さらには「アップデートに必要なサイズが1.2GB」とか平気でぬかしてきます(怒)。だから、確かに高速でダウンロードできればゲーム・アプリを早く開始できる・・・ が!そんな巨大なものは、今のところPCやコンソールゲーム機じゃないと動きません。スマホで動かすアプリ、つまりはAppleやGoogleのストアアプリは、携帯電話ネットワーク経由によるダウンロードの場合最大150MB※4とされています。ダウンロードするのが速ければ確かにユーザー体験が向上しますが、それが1秒かかるのと10秒かかるのとでどれだ変わるかと言われると微妙ですよね。しかも、どんな速い回線を用意してもそもそもの各ストアからのダウンロードが大して速くないですし、更に言えば内部ストレージの書き込み速度がその通信速度より速くない場合も多いです。つまり、携帯電話による高速ダウンロード能力というのは、アプリレベルでは活かせないし、求められてもいないのです。

じゃあ、ダウンロードでは無くリアルタイムで大容量の通信が必要なものとは何でしょう?思いつくのは動画しかありません。通信で送られる動画には2つのタイプがあります。一つは低遅延が求められる動画。テレビ生中継用映像(地方からのリポートなど)や遠隔操作用(遠隔医療、遠隔操縦など)として使われる映像などはそれにあたるでしょう。もう一つはYouTubeやPrime Video、TVerを代表とするストリーミング動画サービスです。

さて、低遅延動画について考えていきます。動画は圧縮アルゴリズムの関係上、圧縮率に従って遅延が大きくなる傾向にあります。圧縮率が高いほどサイズは小さくなりますが遅延が大きくなり、圧縮率が低いほどサイズは大きいですが遅延は小さくなります。そして、非圧縮の動画がもっとも遅延が小さいのですが、普通のHD動画(1920x1080p/30fps)ですら常時1Gbps以上の通信速度を必要とするため、さすがに5Gでも荷が重い。しかも、非圧縮動画は馬鹿でかいがために通信以外の機器の性能も要求します。ですから通信する場合は殆どの動画がなんらかの圧縮をされますが、とは言え、低遅延が求められる動画ではかなり低い圧縮率にしなければならず、一般的な動画よりサイズが大きくなります。ほぼ遅延なしでHD動画を送ろうとすると50~100Mbps近い通信速度が必要です。それだとLTEでは少々厳しく、しかし5Gなら問題なく対応できる速度ですから、5Gのウリにはできそうです。が・・・ テレビ中継用動画なんいうてテレビ局しか使わないもので、それ目当てで5Gのネットワークを作るわけにはいきません。遠隔操作用の映像は、遠隔医療とか重機やドローンの遠隔操縦とかいくつかの用途が考えられますが、これも携帯電話事業者の規模からすれば「微々たるもの」でしかありません。これらのニッチな需要で「世界を変える」とはちょっと言い難い。

では、リアルタイムではない動画、つまりはキャッシュなどがある普通のストリーミング動画は動画はどうでしょうか?ストリーミング動画のニーズはもはや説明の必要は無いでしょう。すでにYouTubeの視聴時間は地上波テレビに並んできているとの記事もありますし、先日のサッカーW杯のAbema完全中継はTVを超えたという印象すら受けます。ストリーミング動画サービス自体は、新しいメディアとして今現在世界を変えつつあるとも言えるでしょう。

では、そこで5Gがどういう役割を果たせるでしょうか? ストリーミング動画なら遅延は全く無視できるので必要な通信速度だけで判断できます。現在、普通に流通している動画で最高画質のものはおそらくBS8Kと考えられます。一部VR用で12K等のより高解像度の映像が存在しますが、市販のVR用上位機種でも8Kが最大ですから、「8K」が今後数年の最高品質の動画と呼んでいいと思います。そして、BS8Kはおおよそ90Mbps前後ですから、つまり100Mbps準備できれば現在存在する最高画質の動画が楽しめる訳です。8KストリーミングならLTEは無理で5Gが必要だって言える・・・

が、残念ながらBS8Kは「廃止」が噂される※5ほど加入者が少ないことで分かるとおり、ニーズも表示デバイスも少ないので、8Kのストリーミングサービスが世界を変えるとは考えにくいです。そうすると頼みの綱はVRだとなりますが、こちらも思ったほどには流行っていません。もちろん、VRやARが10年後、20年後に流行っている可能性は十分にありますが、残念ながら5Gの寿命はどんなに長くて2030年まで。それまでにVR/ARがなんとかなりそうな気配は、コンテンツ的にもデバイス的にもありません。マイクロソフトも先日VR/AR部門の大規模リストラを発表したばかり。近いうちになにか革命的なVRコンテンツが出ないと、明るい未来が見えない

それでは、今行われているYouTube等、普通のストリーミングサービスはどうでしょうか?YouTube公式の映画・音楽※6に必要な通信速度は以下とされています。

動画の解像度 推奨される持続的な速度
4K 20 Mbps
HD 1080p 5 Mbps
HD 720p 2.5 Mbps
SD 480p 1.1 Mbps
SD 360p 0.7 Mbps

これは公式動画の速度の話なので、ユーザーが上げている全ての動画がこの速度というわけではないですが、目安にはなると思います。YouTubeだと4Kで20Mbps。YouTubeなのである程度キャッシュが効きますから、最低20Mbpsではなく平均20Mbpsです。この数字、5Gなら余裕ですが、LTEでも場所によっては通信できる微妙な数字。そして、4K自体のニーズも微妙。たしかに、スマートフォンで4Kを見ることは少ないかも知れませんが、一方で多くのスマートフォンで4K撮影ができますし、今後4Kが標準になる可能性もゼロではない。ですが・・・

BS4K放送が始まって4年ちょっと。テレビデバイスの方は(ある程度のサイズ以上なら)殆どが4K対応になりました。が、未だ視聴率的には4K放送はあって無きがごとくの存在で、ストリーミングサービスであるNHKプラスとTVerも4Kに対応する気は全く無し。デバイスが出そろい4年経っても全く刺さらないものが、もう4年経てば5Gのキラーコンテンツになるかといわれると、これは可能性が高いとは言えない。そして、4K未満の解像度なら今のLTEでも十分に見ることができる。

以上のように考えると、低遅延、ストリーミングに限らず動画はおそらく5Gのキラーコンテンツにはなり得ないのではないでしょうか?きっと、非動画で、かつ超高速または低遅延を必要とするコンテンツがでてこないと5Gが世界を変えるとはなりません。それがAIになるのか、メタバースになるのか、はたまた全く別のものになるのか、私には分かりません。ただ間違いなく言えるのは「動画自体は世の中を変えていく可能性が高いが、ユーザーにしてみればそれが5Gである必要はない」という事だけです。

結局どうなのか?

それでは5Gは必要ないじゃないか?と思われるかも知れません。ユーザー側から見るとその通りなのですが、事業者側から見れば必要な理由があるため、5Gの導入は否が応でも進むでしょう。そして、コンテンツ側の理由は、よく考えれば5Gに限らない話です。結局、「世界を変える」のは誰なのか、ちょっと考えてみたいと思います。

事業者側の都合

総務省「我が国の移動通信トラヒックの現状(令和4年9月)」をみると、引き続き携帯電話の総トラフィック量は約1年間で1.2倍程度という右肩上がりで増加していることが分かります。通信内容に言及はありませんが、増加分の多くが「動画トラフィック」であることは間違いの無いところでしょう。そして、今のところそのトラフィックをほぼLTEで賄えていますが、このまま行けば10年後は約6倍近い総トラフィックになるはずで、これを捌くために5Gの周波数(sub6とミリ波)が必要になるというのはほぼ間違いありません。

LTEと5Gのユーザーにとっての違いは、通信の最高速度だったり低遅延だったりするのですが、携帯電話事業者にとってそこの部分は営業的に意味はあっても、技術的な意味はさほど持ちません。携帯電話事業者にとっての5G最大のメリットは広い周波数が使えるというところです。LTEの1チャンネル辺りの周波数幅は最大20MHzでしたが、5Gは1チャンネルで最大200MHz使えます。LTEもキャリアアグリゲーションという技術によって複数のチャンネルを同時に使うことができますが、LTEを10チャンネル同時に使うようにするよりも、5Gの1チャンネルの方がずっと効率的です。世の中に空いている周波数は高い周波数しか無く、それ故広い周波数「幅」が使えるようになるわけですが、新しいシステムでないとその広い幅は使いこなせません。そして、十年後6倍にもなろうかというトラフィックを捌くには、やはりこの広い幅を使いこなす必要があります。前章の通りユーザーは動画を求めていますが、ユーザー単位だと5Mbps、精々10Mbpsが出れば十分。5GとかLTEは関係無く、いつでもどこでも使えればそれでいい。しかし、携帯電話事業者側は、その状態を維持するために5Gを使わなくては、使いこなさなくてはいけません。

前回も書いたとおり、飛ばない電波とユーザー数の割りに高い無線機を使って(真の)5Gを普及させるのはとても困難です。ユーザーからの直接的な需要はないのに、インフラ側の都合でこの困難を乗り越えなければいけないという結構辛い状況なのです。

5Gに限らない事情

コンテンツの話に戻ります。ここまで5Gに合うコンテンツがないと書きましたが、このことはよく考えれば5Gに限らないのですよね? 例えば、これまでのWi-Fiの弱点を劇的に改善したと言われるWi-Fi 6。これも、当初考えられていたより広まっていません。それは、Wi-Fi 6も5Gと同じように「それでないといけない」という用途が見つからないからです。殆どの方は今のWi-Fi(Wi-Fi 5)で速度的に十分。もちろん、APの買い換え時には皆さんWi-Fi 6対応APを買うのでしょうが、そもそも買い替え需要がさほどありません(それほど壊れるものでもないですし)。よく考えれば、有線のイーサネット1000Base-Tも民生用としては15年以上主力のままで、LANケーブルもCat5eで10年以上困ったことはないです。2.5GBaseとかCat6とか7とかの上位規格は業務用では使われていても民生用、家庭用としての大きな需要がありません。

このことは、我々の光無線通信機器とて例外ではありません。我々の製品であるLEDバックホールは最大750Mbpsを謳っていて、今時の通信機としてそれほど高速というわけではありません。しかし、営業して分かったのは「そこまで速度は必要ない」「100Mbpsあれば十分」という声の方が、もっと速度が必要という声よりずっと多い事。遅延が少ないことは速度よりは重視されることが多いですが、じゃあ1msec、2msec以下の遅延が必須かと言われるとそうでは無い。つまり、コンテンツ側の高速通信需要のなさは別に5Gに限ったことでは無く通信業界全体に言えることなのだと、我々は考えています。

結論

結局、ユーザーは「安定した通信を、そこそこの速度、そこそこの遅延で、安く」を求めています。それが意味するところは、今の通信インフラは、すでにユーザーが必要とする上限の品質に到達してしまっているということでしょう。もう携帯電話含めた通信インフラというのは、電気や水道と同じステージにたどり着いたと言っていいのかも知れません。電気水道の各インフラの中では、効率向上であったり、安定供給の仕組みだったり、水質改善技術だったりといろいろなことが進化していますが、各家庭においては、(使用量は増えたかも知れませんが)別に20年前と変わらない電気であり、変わらない水で、進化は見えませんし、必要ともされていません。ついに、その位置に通信もたどり着いたかと。

そういえば、固定電話という通信インフラもかつてはそうでした。1980年台には殆どの家庭で電話線がひかれており、当時安くして欲しいという要望はあっても、もっと高品質の回線が欲しいとか、高速の回線が欲しいといった需要はありませんでした。つまり、1980年台の固定電話は、インフラとして完成していて水道や電気と同じ扱いと言って良いものだったのでしょう。しかし、ご存じの通りインターネットの登場と携帯電話の普及により固定電話回線は減少し続け、2000年台には必須インフラの座から転落します。

現在、携帯電話やFTTHなど各家庭向けインターネット回線の通信インフラは、1980年台の固定電話のように電気水道と同等のインフラとして、世界を変えるわけではありませんが、生活に不可欠なものとして世の中を支えています。もし、今「世界を変える」ことができる電話技術があるとしたら、それはかつて必須インフラだった電話回線を全く異なる思想のインターネットが駆逐したように、今の携帯電話とは「全く別の思想」を持つ技術しかないと思うのです。こうやって、たかだか40年程度の過去をふり返ってみてもそれは分かります。だとしたら「世界を変える」可能性があるのは、5Gのような「今までの延長線上にあるような技術」ではなく、イーロン・マスクのスターリンクのような新しい技術なのかも知れません。

以上


※1; 電話回線=回線交換による回線のこと。LTEでの音声通話はVoLTE(Voice over LTE)というIP方式の電話に置き換えられている。

※2; 日本はPDCという日本独自のシステムを入れてしまったため、早急に世界標準のシステムへ入れ替える必要があった。韓国は次世代(当時はCDMA技術のこと)に全力を傾け携帯電話産業を興隆させるという国策によりCDMAをいち早く導入した。(その国策の成功により今のSamsungのポジションがある)

※3; 日本ではNTTドコモ、ソフトバンク、KDDIがIoT向けLTE(NB-IoT等)を導入しており、Sub1GHz LPWAより高速・高機能・広エリアなサービスを展開している。

※4; 携帯電話ネットワーク経由でのストアアプリの最大サイズはAndroidは150MB、i-Phoneは100MBとされている(2022年末現在)。それ以上のサイズの場合、Wi-Fiによるアクセスが必要となる。

※5; BS再編でBS8K廃止も噂されたが、2022年10月18日にNHKがBS8Kの当面継続を発表。

※6; YouTubeプレミアムコンテンツと呼ばれる、YouTubeが提供する一部有料のコンテンツのこと。