LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

特別企画:なんで5Gは世界を変えないの?(前編)

記事更新日 2023年1月17日


はじめに

昨年末に5Gの超高信頼・低遅延通信であるURLLCの記事を書きました。5Gがスタートする2020年前後には「5Gが世界を変える」と言われていたりしましたが、その「変える」可能性があると紹介されていた機能の殆どはURLLCの「超高信頼」または「低遅延」の機能でした。URLLC(っぽい)ものは、日本でもおそらく今年2023年にスタートされるのではないかと思われますが、じゃあURLLCが始まったら世界が変わるか?といわれると、なんだかピンとこない。

URLLCの回にも書いたとおり、5Gが世界を変えてくれると、我々光無線通信も大いに活躍する場が広がるんです。しかし、実際は世界を変えるのにはほど遠いようにしか感じません。なんで、こんなことになっているのか? なんで停滞しているのか? その理由を、我々光無線通信屋の立場から考えてみました。タイトルはズバリ「なんで5Gは世界を変えないの?」。凄く偉そうなタイトルでお前らに何が分かるんだ!(怒)と言いたくなるかもしれません。でも、研究開発をしている5Gの無線機ベンダーや、ある程度名前で売れる携帯電話事業者より、現場で地を這って無線機の営業している我々の方が見えている部分ってあると思うんです。我々光無線通信機は決して名前では売れませんので、お客様のニーズを掘り起こし、お客様のそばで、お客様の立場に合わせてやっていくしかないですから(涙)。

というわけで、5Gの世界が今ひとつ広がらない理由をユーザーにより近い光無線通信メーカーとしての立場から分析していきたいと思います。分析はインフラ・技術サイドの話と、コンテンツサイドの話の2つに分けて、二回にわたって書いていきます。1回目の今回はインフラや技術の話です。

尚、以降度々具体的な法人名が出てきますが、敬称は省略させて頂きます。ご了承ください。

インフラ・技術サイドの問題点

エリアが狭い

インフラ側・技術サイドの問題点なんですが、これはわかりやすい大きな問題があります。とにかくエリアが狭すぎる、これに尽きます。このエリアが狭いことによって、5Gと表記されるエリアも狭ければ、利用者が5Gを実感できるエリアも狭い。そのために、そもそも5Gの効果というものを感じた人がどれほどいるのか?凄ーく早いと思ったら5Gだったとか、凄く反応が早いので見てみたら5Gだった、なんて言う声が(少なくとも私の周りからは)殆ど聞こえてきません。それも当然、試しにNTTドコモのサービスエリアを見てください。2023年年初段階で5Gのサービスエリアとして表示されているのは、3.7/4.5GHz(通称sub6)のエリアで23区内の半分程度。明らかに5Gと感じられる28GHzのミリ波はエリア表示すらなく「スポット」という表示。23区でこれですから、地方の5Gとなるとミリ波は絶望的で、精々市町村中心部の1局のみsub6の5G局が立てられていればましという状況。sub6のエリアの端だと体感はLTEの高速な地域と変わらないと思われるので、「あ、確実に5Gだ」と感じられる場所が一体どれだけあるのか・・・

あのNTTドコモをもってしても3年でこの程度のエリアしか無いのです。こんなペースでいったら5Gのエリアができる頃には6Gのサービスが開始してしまう! なんで5Gがそれほどまでにエリアが広がらないのか?それをちょっと考えていきたいと思います。

電波が飛ばない

当初から懸念されていた最大の理由から書きます。電波が空間を伝搬する場合、電波の減衰量は周波数二乗に比例します。例えば、プラチナバンドの800MHzとミリ波の28GHzを比較すると、同じ距離だと28GHzは800MHzの約1000倍減衰量が大きくなります。これで使える距離が1/1000になるかというとそういうわけではなくて、800MHzが数kmのエリアをカバーできるのに対して、ミリ波は数百mしかカバーできないと言われていますので、おおよそ使える距離(半径)が1/10以下になると思ってください。半径1/10ということは、面積比では1/100。つまりは基地局が100倍必要?実際にそうなるかどうかは別として、現実問題としてかなり厳しいですね。

しかし、携帯電話の用途だとそういった半径の狭さよりもさらに深刻になるが壁とかガラスを透過するときの減衰です。携帯電話トラフィックの大半は「(電車内等含む)屋内」からの通信であると言われています。残念ながらミリ波は壁やコンクリートを殆ど透過しません。800MHzならほぼ素通しの断熱ガラスであっても、ミリ波だと電波の強さが一万分の一まで減衰するなんて話もあって、屋内にアンテナを立てない限り、屋内でのミリ波の使用は絶望的です。

そのため、日本の4事業者は使いづらい(そして対応端末も少ない)ミリ波を「スポット」という扱いにして、まずはsub6(先ほど出た3.7~4.5GHz)の基地局を中心に建てています。しかし、sub6の周波数幅はミリ波の1/4しかないため、速度という面でLTEとの差を出しにくいのが現状です。そして、そのsub6ですらこれまでLTEで使ってきた周波数に比べればかなり高い周波数で、ミリ波ほどではないといえ、電波がこれまでより飛ばないというのは変わりません。

電波が飛ばないのであれば、頑張って基地局を大量に打つしか無いとなるわけですが、5Gではそこにも問題が存在するのです。

無線機が高い

基地局をこれまでより多く設置しなければいけないとなったときに、日本は建物オーナが基地局設置を嫌がる性質があるため、基地局の設置コストが高くなりがちになるという問題があります。地震という問題もあるし、電波に神経質な人もいるし、マンションの管理組合の合意が得られにくいとかもあるでしょう。海外では携帯電話の基地局が屋上に建ててある方が(電波が強いということで)家賃が高くなる国まであるぐらいですから、そういう国と比べて日本は基地局設置が難しい国、つまり設置コストが高い国であることは間違いありません。それなのに5Gではこれまで以上に基地局が必要となるというと、それはなかなか設置が進まないというのは致し方ないところ。しかし、そんな設置場所の問題を別としても、そもそも5Gには基地局無線機そのものの価格が高いという問題があります。ただし、この「高い」という意味は、価格の絶対値が高い、という意味ではありません。

5Gがスタートする前、周波数を考えれば基地局の数、つまり無線機の数がこれまで以上に必要である事は自明だったため、「無線機の価格をできるだけ安くする必要がある」ということは皆の認識にありました。周波数は高いと電波が飛ばないというのは前章で書きましたが、周波数が高いことは悪いことばかりではありません。高い周波数であればあるほど波長は短くなり、その分無線機が小型化できるようになります。そして小型化できれば無線機の価格を安くできます。そんなこともあり5Gのスタート前には「5Gの基地局の価格は、業務用のWi-Fiのアクセスポイント(AP)と同程度の価格まで落ちる(だから数は問題にならない)」という声もありました。仮に携帯電話基地局がWi-Fi APと同程度の扱いで良いのであれば、基地局を小規模なお店の軒先や店内において貰うとかいった、言うならば「無駄打ち」も許されるわけで、そうすれば結果基地局の設置コストも大幅に下がるはず・・・

しかし、2023年の年始時点では、Wi-Fi APに近いどころか、既存のLTE無線機と比べても明確に安いと言えない状況です。今のところWi-Fi APとは価格が一桁、下手すれば二桁違う。5Gになって1局あたりのエリアは狭くなっていますから、5Gの無線機は過去のものと比べて「相対的に高い」という状況といえるでしょう。そうなると無線機は従来と同程度の「ちゃんとした場所」に置かなければならず、その結果エリアもすぐには広がらない、という悪循環。低価格が売りのベンチャー無線機ベンダーも出てきてはいますが、それでもまだまだWi-Fi APの価格とはほど遠いのが現状です。

複雑すぎる仕組み

なんで無線機が安くならないのか? その理由の一つに5Gのシステムが複雑すぎるということがあります。もちろん、携帯電話は世代が上がる毎に通信速度も上がっているためシステムは複雑になっていく傾向にありますが、それにしても5Gは複雑すぎる。その理由は、変調方式にあると考えます。

携帯電話の歴史を見てみます。携帯電話の一世代はおおよそ10年。5GのGはGenerationのGで第5世代携帯電話の意味ですので、5G登場の2020年の時点で携帯電話が登場しておおよそ40年※1。この40年間、第4世代(LTE)までは必ず行われたのに、5Gになって行われなかったことがあります。それは変調方式の変更です。変調方式、正確に言えば多重化方式ですが、この方式は世代が変わる毎に必ず変更されてきました。しかし、第四世代から第五世代に変わった今回のみ、変調方式が変わりませんでした。

  • 第一世代 アナログ(Hi-Cap等) -> FDMA
  • 第二世代 GSM -> TDMA (デジタル化)
  • 第三世代 CDMA -> CDMA
  • 第四世代 LTE -> OFDM
  • 第五世代 5GNR -> OFDM

携帯電話システムは一世代10年ですが、実はその世代中の10年の間にも、システムに様々な機能が追加されていきます。基本システムは変えずに様々な機能を付加していくために、ある種強引な機能追加も存在します。「後付け」というやつは大概複雑さを増加させますから、どの世代でもサービス開始前に最初にリリースされたバージョンよりも、10年後のバージョンは相当に複雑になっています。例えば、デジタル化以降の2~4世代で途中に追加された代表的な機能には次のようなものがあります。機能だけ見ても、世代途中でかなり大きな追加がされたことは分かって頂けると思います。

  • 第二世代 GSM -> パケット通信(GPRS)
  • 第三世代 CDMA -> データ専用チャネル、スケジューラー(HSPA/EVDO)
  • 第四世代 LTE -> 複数周波数同時使用(キャリアアグリゲーション)、IoT向け機能(NB-IoT)

第三世代の追加機能は多重化する方法すら「符号」から「時間」に変化して※2いて、無線的には全くの別物と呼べるような代物になったという例もあります。この様に、携帯電話のシステムは「世代の途中でも機能は様々追加され、その仕組みは時が経つにつれ複雑になっていく」のが常です。しかし、世代が変わって変調方式が変わると、一種の「リセット」がかかります。認証などの上位レイヤーは前世代からの使い回し部分が多いですが、無線部分が関わる下位レイヤーは、変調方式が変わるとシステムがほとんど作り直しになるため、そのタイミングで無駄だったり使われなかったりしたものが廃止され、システムは結構シンプルな構造に戻ります。CDMAもLTEも最初のバージョンはとてもすっきりきれいでわかりやすい構造でした。それはまるで定期的に互換性を切り捨て、すっきりきれいになるMac OSのようなもの

そんな携帯電話の歴史だったのですが、第四世代から第五世代、つまりLTEから5Gに変わるとき、LTEで使っていたOFDMという変調方式は5Gでも使われることになりました。それは積極的理由というよりは、技術的にOFDMに勝る変調方式が発明されなかったという消極的な理由なのですが、そうなるとどうなったでしょうか?LTE末期の非常に複雑な構造をほとんど受け継いだまま5Gへ移行することになりました。従来であれば世代交代のタイミングで切り捨てられるような「使わない・使えない」仕様の多くも残ったまま。そのため、5Gは出だしから恐ろしく複雑なシステムで立ち上がることになりました。

fig.1
図1:複雑さの図(主観)

上の図1は「複雑さ」を縦軸、世代を横軸にとったグラフです。何の定量的なデータの無い、まるっきり主観で作ったモノですが趣旨は伝わると思います。もう、とにかく5Gは出だしから複雑怪奇です。LTEまでは、前世代システムの勉強から始めなくてもなんとかなりましたが、おそらく5GはLTEから勉強しないとどうにもなりません。それも当然のことで、基本的な部分はほとんどLTEの流用ですから、5Gを勉強するということはLTE+5Gの2世代分勉強するのと同じことです。5Gの無線機がLTEも使える(送受信できる)というような面での互換性はありませんが、LTEと5Gを同時に使えるように設計されていますし、それもあって5GはLTEにあった殆どの機能が使えるようになっています(例えば、キャリアアグリゲーション)。前世代の機能をそのまま丸々飲み込んだ次世代システム。これはまるで後方互換を重視するあまり世代が上がる毎に巨大化するWindowsのようなもの

ちょっと説明が長く(そして一部恣意的に)なりましたが、とにかく5Gは最初から多機能で複雑です。あまりに複雑なため、「周波数が高いから小型化できる」というハードウエア的な低価格化要素はあっても、複雑な機能の実装、そしてその機能の検証に多大な時間とお金がかかる、といったソフト的な(開発費的な)高価格化要素がそれを打ち消してしまっています。特に、機器の価格を下げる効果があるベンチャーや新規参入者にとって、この複雑さというのが結構なハードルになっているようで、予定より開発が遅れていたり、接続検証に時間がかかったりして、市場に出るのが遅れてしまっています。そうなると、当面は比較的高価なグローバルベンダーの無線機を買うしか無くて、ここも低価格化を妨げる原因になっていたりします。

アンテナが高い

そして無線機高価格化要素にさらに追い打ちをかけるのが「アンテナ」です。「ミリ波は飛ばない」と繰り返し書きましたが、そんなこと開発者は百も承知ですので、当然それを補うための技術も合わせて開発されました。それが「ビームフォーミングアンテナ」という特殊なアンテナです。これは好きな方向(と言ってもある程度決まった方向ですが)に電波を集中できるため、必要な方向であれば遠くまで電波を飛ばせるというアンテナです。原理的には昔からあるもので、沢山の小さなアンテナがそれぞれ位相を制御して電波を特定の方向に向けることで利得を向上させるというものです。この原理はイージス艦に搭載されているフェーズドアレイレーダーで古くから使われていましたので、ご存じの方も多いかと思います。ちょっと高いWi-Fi APでもその機能を持つものがあったりします。

しかし、このビームフォーミングアンテナはエリア拡大には効果的ではあるものの、アンテナの性能的な高さと比例して、価格も高くなります。当然です。性能を高くしようとすればするほど、アンテナの構造は複雑になり、沢山の部品も必要となりますので。最近は、高周波のメリットを活かしてチップ化など進んではいますが、やっぱりアンテナはアナログの塊。アナログ部品は大量に作っても、デジタルものほどは安くはなりませんので、思い切った低価格化は難しいのです。

ちなみに、ビームフォーミングと似たような技術に高速化技術の「マッシブMIMO」というものもありますが、こちらとビームフォーミングは理論的には兄弟みたいなもので、複数のアンテナの位相を制御するという面では同じです。そして、ビームフォーミングもマッシブMIMOも機能自体はLTE時代から存在していました。しかし、LTEで使われた周波数は3.5GHzまででしたので、価格とエリアを考えればそこまでして採用すべき基地局は多くありませんでした。しかし、ミリ波を屋外で使ってエリアを作ろうとした場合、ビームフォーミングがないと面をカバーするという面でかなり厳しいので多少高くとも使うしかありません。ミリ波の減衰に耐えうる普通の高利得アンテナでは、指向性が高すぎて道に沿った真っ直ぐのエリアぐらいしか作れませんので。

固定回線費用が高い

5Gになって通信速度が上がると、当然バックホール等の後ろ側の回線速度は従来より早くなければなりません。さらに、バックホールの回でも説明したとおり、フロントホールとしてC-RANやO-RANを使っている事があり、それだと3~4GHz帯(sub-6)で最低10Gbps、ミリ波で最低25Gbpsの回線をベストエフォートでは無く帯域保証(ギャランティ)型で準備する必要があります。これもなかなかにハードルが高い。安定した10Gや25Gの回線となると無線化は難しく、どうしても光ファイバーが必要となります。それも専用線で。

NTTドコモのように「親会社、グループ会社の光ファイバーを使えばいいや」という会社であればある程度の負担も自グループのためと割り切れますが、自前回線を殆ど持たない無い、例えば楽天モバイルとかだと、この回線が費用的にとっても重い負担なるはずです。しかも、回線費用はランニングコストです。この高くなった回線費用を稼ぐのに無線機配下に何人のユーザーが必要なのか? 1局あたりのエリアの狭い5Gは、エリア内に存在するユーザー数が従来より少なくなります。つまり、どう考えても回線費用は高くなり、どう考えても配下のユーザーは少なくなる。きっと損益分岐点を超える難しさは、これまでの比ではないはずです。それなのに世の中が「5Gだから大きく値上げ」というのは許してくれませんから、お値段ほぼそのまま・・・ まあ理不尽ですよね。

おまけに半導体不足と円安

で、更に追い打ちをかけたのが半導体不足というやつ。無線機も今や半導体の塊。各携帯電話事業者とも、(ベンダーにもよるのでしょうが)半導体不足により基地局の納入が遅れているという話を聞きます。無線機がスケジュール通り入ってこないために、各社基地局設置スケジュールにも遅れが出ています。KDDIは昨年半導体不足により5Gの基地局整備が遅れているという理由で行政指導まで受けました。

さらには、最近少し落ち着きましたが、極端な円安傾向。それによって、ほぼ輸入に頼る無線機は否が応でも値上げ。半導体不足と円安のダブルパンチ。まさに踏んだり蹴ったり。

苦肉の策 ~ なんちゃって5G

基地局が作りやすい世の中にならない、つまり基地局開拓費用は高いままなのに、無線機の値段は下がらない、回線費用は上がる、周波数が高くなり基地局辺りのエリアが狭まってユーザー数が減るのに値上げはできない、そして基地局は手に入らない、とまあ携帯電話事業者にとって5Gはあまり良いことが無いのです。もちろん技術的にも無線機の寿命的にも、営業的にも、そして政治的にも5Gをやらなきゃいけないので頑張ってはいますが、残念ながら**「5Gで世界を変える」という勢いのエリアにはほど遠い**。5G対応の端末を買ったのに5Gというピクト表示を殆ど見ることが無い、というのはユーザーへの印象が最悪です。これはなんとかしなければいけない、ということで行われているのがなんちゃって5Gという奴です。

先ほどから、5Gはsub6かミリ波だと書いてきました。その理由は、その帯域しか「周波数幅」が足りなくてLTEと比較して明らかに速いと言える速度が出ないからです。ただ、技術的にはその帯域でしか5Gが使えないと言うことはありません。700MHzだって、1.7GHzだって5Gにすることができます。ただ、LTEと性能の差がないというだけで。つまり、5G専用周波数帯域以外に5Gを割り当てて、LTEと通信速度が変わらないものの見た目は5Gエリアになっているような状況を「なんちゃって5G」と呼んでいます。

周波数 700M 800M 1.5G 1.7G 2.1G 3.4G 3.5G 3.7G 4.5G 28G
帯域幅[Hz] 20M 30M 30M 40M 40M 40M 40M 100M 100M 400M
システム FDD FDD FDD FDD FDD TDD TDD TDD TDD TDD

表1: NTTドコモの周波数割り当て(周波数青字が5G用の周波数)

実はLTEでも最初(今もですが)周波数的はに全く同じような状況でした。それをNTTドコモを例にとって説明します。

LTEがスタートする前の2000年台後半、総務省からLTEとして割り当てられたのは3.4/3.5GHz帯の周波数でした。しかし、これまで説明したとおり3GHzあたりで全国エリアを構築するというのは周波数が高すぎて難しいので、3G(WCDMA)用に使われていた800MHzだったり、1.7GHzだったりをLTE用に転換しました。それによって、多くのエリアで携帯電話のピクト「4G」の文字が表示されるようになりました・・・ いわゆる「なんちゃって」状態ですが、その時は誰も「なんちゃってLTE」なんて呼びませんでした。何故でしょう?それは、LTEというのが標準(必須)機能だと最大20MHzしか使わないシステムだったからです。

LTE用に割り当てられた3.4G/3.5GHzはLTEの上限より広い40MHz幅でした。LTEで必須なのは20MHz幅までですから、この周波数を全て使うにはキャリアアグリゲーションといって、複数のチャンネルを同時に使う機能が必要でした。キャリアアグリゲーションはLTEの必須機能ではありません。ですから、全ての端末がサポートする「必須機能だけ使う」という事を前提とすれば、本来LTE用ではない1.7GHzでも周波数幅的には十分LTEの性能は出せる、と言うことができるわけです※3。実際には未だ残る3G(WCDMA)と共用している周波数もありますので、20MHzすら空いてない場合もありますが、それでも10MHzでも使えればLTEの半分はありますから、「なんちゃって」と呼ばれるほどではありませんでした。

一方、5Gはどうでしょう?帯域幅の5Gの標準※4はなんと最大200MHzです。ですから、5G用の3.7GHzですら不十分で、28GHzのミリ波でしか5Gの真の実力は出せません。とはいえ、3.7GHzの100MHz幅だってこれまでと比較すれば十分に広い帯域ですから5Gの能力の一端ぐらいは感じられるでしょう。しかし、これをもし1.7GHzや、800Mの帯域幅で5Gだといわれたらどうですか?200MHz幅が5Gの実力なのに、30Mとか40MHz幅でいいんですか?(しかもそれら周波数はFDDなので実際はさらに半分)そんな狭い帯域幅の通信を5Gと呼んでいいんですか?1/10の速度のものを5Gと呼んでいいのですか?

そもそも5GはLTEから変調方式も変わっていないし、周波数利用効率も変わっていない。だから同じ帯域幅なら5GとLTEで殆ど変わらない速度しか出ません。実際には「空いている分」だけ5Gの方が体感速度は速いでしょうが、それって5Gの技術となんら関係ないですし。ということで、5Gの本来の性能とはほど遠い性能しか出せないこの既存周波数をつかった5Gは「なんちゃって5G」と呼ばれるようになってしまいました

このことをNTTドコモはとても気にしていたらしく、KDDI、ソフトバンクが早々と「なんちゃって5G」を始める中、NTTドコモだけはかたくなに3.7GHz以上だけを5Gとしてきました。しかし、ついに昨年3月に折れてしまいましてNTTドコモも「なんちゃって5G」をスタートさせる事になりました。そうなるとどうなるか?今後5Gと表示されるエリアは格段に増えるでしょう。しかし、携帯電話に比較的明るい人間であれば、通信速度が多少遅くても「どうせなんちゃって5Gだしね」と思うだけですが、他の多くの一般ユーザーはそんなこと知りませんので「あれ?5Gって対して速くもないし、4Gと変わらなくない?世界変わらなくない?」と思うことでしょう。おそらくNTTドコモは、この事態を避けたいと突っ張っていたのでしょうが、エリアが広がらないという圧倒的事実にはあらがえなかったと推測します。

ローカル5Gでも・・・

ここまでは主に携帯電話事業者視点の話でしたが、これまで説明したような「高い」という問題は、むしろ事業者以外が自前で5Gの基地局を整備できるローカル5G(詳しくはNECのサイトをご覧下さい)にこそ大ダメージを与えています。半導体不足や円安による値上げも、購入台数が少なく価格交渉力の低いローカル5Gにこそ効いてきます。

現状は、仮にローカル5Gの需要があったとしても、システム全体の価格が高いため導入する検討すらできない人が多いはず。2~3局基地局を建てるだけで数千万円かかりますといわれてペイできる用途がどれだけあるのか? ローカル5Gを取り扱っている弊社にも様々相談が寄せられますが、多くは価格を聞いて「ドン引き」になるパターン。ローカル5Gを口にするだけで嫌がられるお客様も少なくない。

しかも、ローカル5Gは周波数がないので「なんちゃって5G」ができません。飛ばないsub6やミリ波だけでネットワークを組まないといけない※5ため、ちゃんとしたエリアを作ろうとすると携帯電話事業者よりお金がかかるという有様。地域BWAの2.5GHzですら「飛ばない、穴ができる」と文句を言われたのはそう遠い昔ではないのですが・・・

インフラ・技術サイドの問題点まとめ

5Gのエリアが広がらず、結果的に「なんちゃって5G」になって世界が変わらなかったという話をしました。ちょっと、文章だけでシリアルに説明してしまったので、因果関係のパワポ図も張っておきます。

fig.2
図2:因果関係の図

エリアが広がらない理由は技術的要因だけで無く、他にもコロナとか人手不足とか中国問題とか菅総理による電話料金強制値下げとか、まあ色々あります。いずれにしても結論は同じで「安定して5Gを実力を体感できる場所がなければ、世界なんか変わるわけない」のです。

しかし、仮に5Gが十分に広がっていたとして、それならばはたして世界が変わったのか?この答えは難しいです。それは皆さんも感じているように「5Gのネットワークを有効利用するニーズがない」ということ。次回はニーズがない、つまり5Gを必要とするコンテンツがないという現状を、普段通信機器を売り歩いているものとしてどのように考えているのかを書きたいと思います。コンテンツがない話はURLLCの回でもちらっと触れていますが、もう少し具体的な内容になる予定です。


※1; 日本においては1979年に自動車電話が発売されたのが最初とされているため、正確に言うと2020年時点で41年となる。

※2; HSPAやEVDOはCDMA(符号多重)でありながら時間でユーザーを多重化する方式に変化している。従来ユーザー(チャネル)多重化用として使われていた符号はセル識別用途と1シンボル辺りの時間を長くすることに使われている。

※3; 1.7GHzは40MHz割り当てられているが、FDD帯域なので上り下りそれぞれ20MHzである。そして、この幅がLTEの1キャリアで使える最大帯域幅でもある。

※4; LTEは全ての端末が20MHz幅対応必須だったが、5Gでは200MHz幅対応は必須条件ではなく、端末(例えばIoT端末)によってはそれより狭い帯域しか対応しない事も許される。

※5; 2.5Hzの地域BWAを使って4G+5GのNSA 5Gを組む事はできるが、さらに費用がかかる。