LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
高校生でもわかる通信用語 #12
有線通信と無線通信の違いってなに? 中編
記事更新日 2024年7月30日
はじめに
理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第10回です。これまで9回の連載をしてきました。なかなか普通のサイトでは取り上げられないような内容をピックアップしてきたつもりで、そのおかげかアクセス数が多く、Google検索で上位に来るようなページもできました。
しかし、会社の上の人から「光無線通信のブログのくせに、最近は光無線通信の事に全く触れないね?」と言われてしまいました。確かに、WCDMAとか、ドローンとか光無線通信と何の関係もない・・・というわけで、今回は、通信用語のなかでも、ちょっと光無線通信にも関係した内容にさせて頂きます。タイトルは、「有線通信と無線通信の違いってなに?」。光無線通信でいえば、光ファイバーと光無線通信はどう違うのか?という内容です。もちろん、一般的な電波無線も含めて、全般的な話をします。
今回は全3回の真ん中、中編となります。前編を読んでいないと理解できないと思いますので、まずは前編を読んでから、後編を読んでいただくことを、お勧めします。
変動するSN比の対策
前回、無線通信では、SN比が変動するという話をしました。一方、有線通信ではSN比がほとんど変動しません。そして、SN比が変化しないという前提の有線通信では、無線環境のSN比の変動には対応できないため、通信速度は速くならないって話でした。前編でも出した下の図ですね。うん、端折られすぎていてよく分からないという方は前編からどうぞ。
じゃあ、無線通信のSN比の変動、特にSN比の低下の対策ってどうしているの?という話をします。SN比に対して通信速度が速すぎると通信できる時間が短くなる、しかし、通信速度を下げすぎるとそもそもの通信が遅くなる。じゃあ、どうすればいいのか?速くも遅くもない通信速度にすれば、通信速度はあがるのでしょうか?違いますよね?おそらく、もう上の図から予想が着いている人も多いでしょうが、SN比が変動する場合の対策は「変動するSN比に併せて通信速度(=SN比閾値)も変動させる」ってことです。うん、シンプル。SN比が高い時は通信速度を速く、SN比が低い時は通信速度を低くすれば良い。すなわち柔軟にすれば良いんです。仮に、通信速度が変更できるとした場合の図が、下の右の図です。
これまでの速度固定のグラフより、圧倒的にピンク色の面積が大きいことがおわかり頂けるでしょうか?通信速度を細かく変動させることにより、SN比の変動に合わせた通信速度を選ぶことができ、その結果無駄なく効率的に通信ができるようになります。
この方法は、SN比の変動が大きい無線通信に実装されていて、日本語では適応変調と呼ばれています。特に、高速通信で使われることが多く、皆さんがよく使っている携帯電話、Wi-Fiでも使われていますし、弊社の光無線通信であるLEDバックホールでも使われています。近年の高速無線通信では必須とも言える技術であり、これ無しで高速無線通信を実現するのは不可能と言って良いぐらいの技術です。
しかし、適応変調は無線通信に使われることが多くとも、有線通信ではほとんど使われていません。例えばLANケーブルや、一般的な光ファイバー※1には実装されていません。それは、何度も繰り返しますが、有線通信ではSN比があまり変動しないから適応変調する必要が無いという理由です。皆様にも身近なLANケーブルを例に取ると、現在は1000Base-Tという最大通信速度1000Mbpsのケーブルが主流です。1000Base-T対応であれば、いつであろうとも、どんなLANケーブルであろうとも1000Mbps、実際には最大980Mbpsぐらの通信速度がでます。もちろん以前書いたとおり、LANケーブルは時間でユーザー共有しますので、皆様のパソコンに繋がっているLANケーブルで常に980Mbpsの速度が出ているわけではありません。でも、誰も通信していない状態でLANケーブルを繋げて通信すれば、必ず980Mbps程度の速度が出ます。いや、その速度が出ない場合はケーブルやコネクタの破損を疑った方が良い、そういうものです。
けど、無線通信であるWi-Fiを考えてください。Wi-Fiのアクセスポイント(親機)を買ったとき、その箱には「最大6Gbps」やら「最大9Gbps」やら書いてあるのに、実際に通信してそんな速度が出たことは無いですよね?いや、もはやそんな速度は出ないことは当たり前なので、誰もそんな最大速度を気にしていないかも知れません。これは、もう間違いなく適応変調の仕業です。「最大9Gbps」の9Gbpsとは、適応変調でSN比が最大で条件最高なときに9Gbpsが出る、という意味です。何度も書いたとおり、SN比は常に変動しますから、9Gbpsが出る無線的な好条件が常に続く事なんてあり得ません。ほんの一瞬9Gbpsが出ることはあっても、測定平均として9Gbpsが出るなんて言うことは物理的に無理なんです。でもね、それでいいんですよ、無線ですから。最大速度そのものには意味が無いとしても、最大通信速度が速いってことは、SN比の変動をならした時の平均速度も速いだろうってことですから。Wi-Fiや携帯電話における「最大通信速度」というものは、そういう意味なんです。
速度の変え方
無線通信が通信速度を変えるというのはわかりました。それでは、どのように通信速度を変更するのでしょうか?それは、適応変調の語源である英語の方を見ると分かります。
適応変調の英語訳は、Adaptive Modulation and Coding (AMC)です。あれ?適応変調を直訳するとAdaptive Modulationのはずなのに、後ろの"and Coding"が付いていますよね?そうなんです、恐らく最初は「Adaptive Modulation」という英語を、誰かが日本語訳して「適応変調」と名付けたんだと思います。しかし、英語の方は後に"and Coding"がくっついてAMCと略されるようになったのに対し、日本語訳に"and Coding"を付けると「適応変調符号化」となってしまい、なんか不自然に長くてかっこ悪くなってしまう・・・ 結局、より簡単で言いやすく、何となく響きが良い「適応変調」という単語が、英語がAMCになった後もそのまま生き残ってしまったんだと思います。
ということで戻りますが、適応変調とは、英語のAMCという略語を直訳の通りで、「Modulation=変調と、Coding=符号化を(SN比に)適応させること」を指します。つまり、変調と符号化を変化させることで、通信速度を変化させることが適応変調なんです。
変調を変化させる
変調を変化させるって何でしょう?これは、「デジタル変調において、一回のデータ送信で送ることのできるデータ量を変化させること」を意味します。いや、こんなことを書いても分からないですよね。
携帯電話や光無線通信を含めた、ほとんどの無線通信ではQAMという変調方式を使っています。16QAMとか64QAMとか、数字+QAMで呼ばれることも多く、ニュースとかよく読んでいる方だと聞いたことがあるかも知れません。そして、このQAMこそが「変調を変化させる」機能を受け持っているため、本来であればQAMの説明が必要となります。しかし、QAMを説明するには三角関数の理解が必須となるためちょっと難しいですし、概念もわかりにくいです。もちろん、通信を学ぶ上では必須の知識なので、いずれここでもQAMの説明はするつもりです。でも、ここでQAMの仕組みを説明したいわけではないので、今回は、かなり簡単でわかりやすいデジタルPAMという方式を例にとって説明したいと思います。PAMとQAMは、今日説明する内容に関しては原理が同じですので、より理解しやすい方で説明するってことです。
PAMはPulse Amplitude Modulationの略で、日本語ではそのまま直訳で「パルス変調」と呼ばれます。デジタルPAMは、単純に電圧のON/OFFや、プラスマイナスだけで通信するため、仕組みも回路も単純にできるた、多くのデジタル(有線)通信で使われています。例えばLANケーブルなんかも、(適応変調はしませんが)この方式を使っています。ただし、周波数の利用効率が良くないので、無線で使われることは多くありません。でも、先ほど書いたとおり、変調を変化させるってことを理解するのには最適なので、こちらを使用して説明していきます。
まず、最初にこのデジタルPAMの仕組みから。デジタルPAMの波形を書くと、こんな感じになります。
この図は、プラスかマイナスで値を判断するタイプのPAMです。プラスなら1、マイナスなら0というデータを表します。うん、簡単ですね。「デジタル」というものを説明するのに必ず使われる図と言っていいほどです。さて、ここで見て貰いたいのは1クロック、つまり電圧が変化する時間単位で、どれだけのデータを送っているか?ということです。このPAMでは1クロック(周期)に0または1を送っています。つまり、1クロックに1ビットを送っている事になります。
さて、ここから1クロックにおけるデータ量を変えていきます。データ量をどのように変えるかというと、プラスとマイナスだけしか判断していなかったのを、電圧の違いまで判別させます。例えば、0と1の2段階しかなかったものを、0、1、2、3の4段階に変えます。4段階のPAMなのでPAM-4という呼ばれ方をします(下図左)。このPAM-4ですが、4段階、0~3まで区別するようにしたため、ビットでいうと2ビットで表現されます。ということは、PAM-4は1クロックで2ビット分送ることができることになります。ですから、普通のPAMとPAM-4で、同じクロックで動いていたとすれば、通信速度はPAM-4が普通のPAMの2倍になります。次に、電圧の区切りをさらに細かくして8段階にします(下図右)。8段階なのでPAM-8ですが、0~7までの数値が表現できるので、ビットで言えば3ビットです。ですから、PAM-8は通常のPAMの3倍の速度でデータを送ることができるということになります。このように、電圧の閾値をさらに細かくしていけば、理論上、通信速度は無限に早くできるはずです・・・
しかし、そんなうまい話はありません、ということは皆さん図を見れば、薄々感づいているかと思います。図の縦軸は電圧です。電圧の区切りを小さくしていくということは、判別しなければいけない電圧の差がどんどん小さくなっていくことを意味します。
下の図は、何らかの理由でPAMとPAM-8で、本来の電圧より、受信機器の測定電圧が下がった時の図です。通常のPAMでは、ちょっと電圧が下がったぐらいではデータは変わりませんが、PAM-8で過ごし電圧が下がると、データが別のものになってしまうということが分かります。PAMではプラスとマイナスを区別するだけで良かったものが、PAM-8ぐらいだと、有線通信の場合0.5Vぐらいの差を判別しなければいけません。0.5Vの差って、ノイズもあるし、送信、受信側の機器の誤差もあるので、たとえ有線通信であっても、判別するのが結構きつい差です。このように、高い速度の変調では、かなり高いSN比、特に低いノイズを要求されるってことです。一方、プラスとマイナスの判別だけなら、通信は遅くなりますが、かなりSN比が低くとも判別できるってことは、容易に想像できますよね?
このように、SN比によって変調を変えることで、通信速度を変えることができます。残念ながら、無線通信においてPAMってあまり使われませんが※2、変調によって通信速度が変えられる、というイメージは掴めたんじゃないかな?と思います。
まとめ
今日は、通信中のSN比の変化を、変調方式の変化によって吸収する方法を説明しました。前述の通り、無線通信の適応変調においては、QAMという方式の変調を使うのですが、説明が面倒なので、今回はPAMを例にして説明させていただきました。シリーズ最後の後編では、適応変調の英語訳「AMC」の"C"である、符号化による速度変化について説明します。
告知 ちなみに、夏休みの関係で、次回更新は8/13になります。お盆休み真っ最中に更新される次回は、なにやら夏休みっぽいネタになるようです。皆様、お楽しみに。
※1; 超長距離伝送を求められる海底ケーブルなどでは、適応変調が使われることもある。
※2; 高出力レーザーによる光無線通信で使われることがある。