LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #11

有線通信と無線通信の違いってなに? 前編

記事更新日 2024年7月16日


はじめに

理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第10回です。これまで9回の連載をしてきました。なかなか普通のサイトでは取り上げられないような内容をピックアップしてきたつもりで、そのおかげかアクセス数が多く、Google検索で上位に来るようなページもできました。

しかし、会社の上の人から「光無線通信のブログのくせに、最近は光無線通信の事に全く触れないね?」と言われてしまいました。確かに、WCDMAとか、ドローンとか光無線通信と何の関係もない・・・というわけで、今回は、通信用語のなかでも、ちょっと光無線通信にも関係した内容にさせて頂きます。タイトルは、「有線通信と無線通信の違いってなに?」。光無線通信でいえば、光ファイバーと光無線通信はどう違うのか?という内容です。もちろん、一般的な電波無線も含めて、全般的な話をしますが、内容がやや光無線通信寄りとなるのはご容赦ください。

なぜ無線通信は難しいのか?

光無線通信をやっているとよく言われるんです。「光ファイバーって光で通信しているけど、ファイバーをぶち切ってレンズを付けたものが光無線通信ですか?(下図のイメージ)」って。いや、確かにそれでも通信できないことはないです。でも、恐らく、とても短い距離でしか通信できない。しかも、通信速度も全く速くない、そんな状況になると思います。その理由の一つは、光ファイバーは、無線に比べると光の強さが圧倒的に弱いということ。光ファイバーによる通信では、光がファイバーの中だけを通れば良いので、(ファイバーの長さにもよりますが)さほど光を強くする必要がありません。一方で、光無線通信は無線通信故に空間中で光が拡散しまうため、光の強さをある程度強くする必要があります。でも、もしも光ファイバーの光の強さを無線と同じように強くしたとしても、レンズを付けて無線化しただけでは、期待されるような速度にはならないと思います。そこには、有線通信と無線通信の全く異なる事情があるからです。

fig.3
光無線通信のイメージ??

SN比について

光ファイバーにレンズをつけても通信速度は速くならない。その最大の理由は一言で言えます。それは「光ファイバーを含め有線の通信にはSN比低下の対策がない」から・・・ いや、一言だけど、なんのこっちゃ?って感じですよね?このSN比低下の対策って、まさに無線通信の基本中の基本なんですが、専門じゃない人にはなんのことか分からないはず。なので、「SN比は何なの?」ってことから、順番に説明していきます。

SN比の変化で、通信速度がどう変化するかは、一つのシンプルな式で表現されます。高校生でも分かる通信用語と謳っていて、数式を出すのはとても気が引けるのですが、この式だけは出させてください。通信を勉強する上で、最も重要であり、絶対的な定理。三角形で言えば三平方の定理、電気で言えばオームの法則、通信でそれにあたるのが「シャノン・ハートレーの定理」です。

fig.1

これは、通信速度Cは、BとS/N、つまりSN比の関数となる、ということを表す式です。言い換えると、最大通信速度を決めるのは「帯域幅」と、「SN比」であるということを表している訳です。帯域幅は、使う周波数の広さの事を指します。水道で例えれば「土管の太さ」です。太ければ太いほど水の量は多く通すことができるっていうのは、イメージできると思います。

SN比とは、信号の強さと、ノイズの強さの比です。このSN比は、ちょっと土管で説明するのが難しいです。でも、光で説明すると簡単に理解ができます。皆さん、スマホの画面を見てください。みなさん、寝る前に暗くした部屋のベッドの中でスマホを見るとき、おそらく画面をやや暗くしていますよね?まわりが暗いから、多少画面が暗くても、問題なく画面は見えます。しかし、次の日の朝、その画面の明るさを元に戻さないまま出かけて、晴れた屋外でスマホの画面を見てみると、スマホの画面はほとんど見えなくて困った、そんな経験ありませんか? 前の晩、スマホ画面を一番暗くする設定にしていようものなら、晴れた屋外だと画面が点灯しているかどうかすら判断できないぐらい画面が暗く、画面を明るくする操作すら困難になってしまいます。そして、これがSN比を最もわかりやすく表す現象です。

え?理解できませんでしたか?SN比のS、信号の強さは、この例でいうとスマホ画面の明るさです。そして、N、ノイズの強さはまわりの明るさです。上の例では、画面の明るさは変わっていないのに、まわりの明るさによって、画面が読み取れるかどうかが変わってしまうってことを伝えています。例え画面が暗くても、まわりが暗ければ画面は読み取れるし、逆にまわりが明るければ画面の方を明るくすれば良い。これ、皆さん、特に深く考えずに感覚的に、自然にやっていますよね?画面の明るさ自動設定でも同じ。センサーがまわりの明るさを見て、画面の明るさを決めています。そうです、画面が見える、読めるかどうかは、画面の明るさだけじゃ決まらなくて、「画面の明るさとまわりの明るさの比」によって決まるんです。そして、これがSN比の意味となるのです。

さて、ここでシャノン・ハートレーの定理に戻るわけですが、最大通信速度は帯域幅とSN比で決まります。しかし、上の式をもう一度見て貰うと、帯域幅Bは、通信容量Cと正比例の関係にあるのに対し、SN比(S/N)はLOGの中に入っていますよね?B一定の場合の、SN比と通信容量Cの関係は下のグラフのようになります。ここでLOGの数学的意味を説明するのは面倒なので、この式がもたらす結果だけを説明しますと、「SN比が高くなっても通信速度はあまり上がらないが、SN比が低いと通信速度はきっちり落ちる」ということになります。Bの方は正比例だから、帯域幅を広くすればするほど、通信容量、つまりは速度は速くなるんですが、SN比を限界まで高くしたところで、あまり速度には影響ないんです。一方で、SN比が下がれば速度が容赦なく落ちる。ちょっとやっかい。

fig.4
シャノン・ハートレーの定理によるSN比の変化と速度の関係

さっきのスマホ画面の話です。画面の明るさ(=SN比)は一定以上明るくても、決して画面から得られる情報量が増えるわけじゃないですよね?明るいから、見えないモノまで見えるようになるって、そんな事はありません。一方で、まわりが明るいところで画面が暗いと全く何も見えない、つまり得られる情報は0になってしまいます。それって、文章にすると矛盾しているような感じになりますけど、SN比の「高くしても通信速度はさほど上がらないけど、しかし通信速度を下げないためには高くする必要がある」という性質そのものなんですよね。。

SN比と無線

ここで、有線通信と無線通信の比較に戻ります。有線通信と無線通信で一番差が出るのは、ずばりSN比です。光で考えましょう。光ファイバーは外から一切光は入ってきません。そして、中は非常に透明度の高い均一なガラス線。ノイズが極めて低い環境です。一方、無線環境は、言うまでも無くノイズだらけ。無線通信は、一般的には人間が生活できる明るさの中で光無線通信は行われます。いろいろな光が存在しますが、これらは全て通信にとってはノイズです。その中でも、特に太陽光はぶっちぎりで最大のノイズ源ですし、太陽と言わないまでも照明の光だって十分ノイズになり得ます。ものすごーーく真っ暗なトンネルの中で通信することも時にはあるでしょうけど、そんなのは極々一部の例外であり、通常は、光ファイバーの中と生活空間の中だと比較にならないくらいノイズの量が異なります。したがって、どんなに頑張っても光無線通信が光ファイバーよりも最大速度が速くなる事はありません。

さて、最初の方で、光ファイバーの光出力は光無線通信に比べて弱いと書きました。それは、そもそもノイズが少ないから、信号を強くする必要が無いからです※1。じゃあ、光ファイバーの光出力を光無線通信と同程度かやや強いぐらいまで強くしたら、光ファイバーの光で無線通信ができるのか?といえば、そんな事はありません。それは、何故でしょう?

無線空間での通信が難しくて面倒なところは、ノイズの絶対値が大きいこともありますが、それと同じぐらい「ノイズの大きさが一定ではない」ということにあります。無線を使う場合って、その伝達経路が「自分の通信だけのもの」では無い場合がほとんどです。有線通信を思い出してください。メタル回線であっても光ファイバーであっても、通信経路である線の中は通信専用です。ですが、無線通信を行うのは、それが光であっても電波であっても、人間が生活している「生活空間」であることがほとんどです。どんな環境なのかを選べませんし、つまりはノイズの環境も選べません。光で言えば、屋外の場合も屋外の場合もあるし、晴れの日もあれば、雨の日もある。昼もあれば、夜もある。周りの環境は一定ではないんです。場所で変わるし、時間でも変わる。短い時間で周期的に変動する場合もあります。

有線通信における伝達経路は、同軸ケーブルであったり、LANケーブルであったり、ケーブルは様々でしょうけど、線の中は品質が保証されていますし、また線の太さや抵抗なんかもほぼ一定ですから、ノイズの環境という面では概ね一定です。もちろん、有線通信であればノイズの変動が全くないか、といわれるとそうでは無いんですが、無線環境のノイズ量変動と比べると、有線環境の変動は無視できるほど小さいです。

SN比の変動と通信速度

なんで、ノイズ量の変動の事を長々と書いたのか、それは、ノイズ量変動が通信速度に大きく影響するからです。

先ほどの、シャノン・ハートレーの定理でも説明したとおり、帯域幅とSN比によって速度の上限というモノが決まります。そのなかで、帯域幅っていうのは通信装置の性能やら仕様で決まっていて、通信中に容易に変えることができるものではありません。とすれば、その時々の通信速度の上限を決めるのはSN比ということになります。そして、先ほどの通りノイズ量は変動します。しかも、携帯電話のような移動体通信なら、信号の強さですら変動します。つまり、無線通信においてSN比は常に大きく変動しているんです。

そこで、通信機が予定していた通信速度に対して、信号が弱い、もしくはノイズが多くてSN比が足りなかったらどうなるでしょう。その時は、通信データは「エラー」となり、送受信に失敗します。通信ができなかったってことですね。もし、ある程度高い通信速度を想定していた場合、「SN比が変動する」ということを考慮すると、通信はできたりできなかったりの状態になる可能性が高いです。これを防ぐためには、想定される最低SN比以下でも通信できるように、通信速度を下げなくてはいけません。

そんな状況を説明を表したのが下の図です。左は通信速度がSN比に対して高めに設定されていて、通信の失敗が多い例で、右が通信速度を下げて通信の失敗を無くした例です。通信量は「速度×時間」で表されます。むかし算数でやったであろう、縦軸(移動)速度で横軸時間だと面積は移動距離になるってやつと全く同じです。このグラフにおける面積は「通信量」です。赤い線よりSN比が上だったときだけ通信できるとすれば、これら図における通信量は「ピンク色の四角形の面積」となります。

fig.2
SN比の変動と通信量

左の図においては、設定した通信速度、言い換えるとSN比の閾値が高くて、通信できた時間は余り長くありません。しかし、通信できている時間は速度が速い。一方で、右の図は、SN比の閾値を低くしているので、通信はずっとできていますが、そもそもの速度が遅い。ところで、これらの図は通信速度の図ではあるものの、伝えたいのはどちらが結果的に早く通信できるか?という事ではありません。どちらも、「なんかSN比を無駄にしているよね?」ということを伝えたいのです。

例えば、有線通信だったら、SN比はおおよそ想定通りで、SN比の閾値もその想定のちょっとしたにすれば良いだけですから、常にSN比と近い通信速度にすることができます。しかし、上の図でもわかるとおり、SN比が変動する無線通信だと、どこに閾値を設定しても、なんかSN比通りの通信ができていないような、そんな感じを受けます。言い方を変えると「変動するSN比を平均した場合、その平均値から期待される通信速度に全く達しておらずSN比を無駄にしている」そのように見えますよね?そして、この無駄こそが、有線通信をそのまま無線通信にしても、通信速度がでない理由なのです。

まとめ

今日は、有線通信と無線通信の違いがSN比の変動にある、ということまで説明しました。次回は、無線通信が、このSN比の変動をどのように吸収して高速な通信を実現しているのか、ということを説明したいと思います。


※1; ただし、デバイスの性能、製品寿命の維持、発熱等、ノイズの問題以外の理由も多い。