LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
高校生でもわかる通信用語 #10
CDMAやめるってなに?
記事更新日 2024年7月10日
はじめに
理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第10回です。今回は、「CDMAやめるってなに?」をお送りします。
ソフトバンクが提供しているWCDMAという第3世代の携帯電話システムは、能登半島地震によりサービス終了が延期されていましたが、その石川県においても今月7月31日もって終了することとなり、それにて全国のソフトバンクWCDMAが完全に終了します。NTTドコモは2026年の3月末でFOMA(WCDMA)のサービスを終了すると発表しています。すでに、第3世代CDMAの2世代先の5Gがサービス開始されて久しいですので、CDMAのサービスが終了すること自体は何も不思議なことはありません。
しかし、端末側を見てみると、最新のApple iPhone15もGoogle Pixel8も、未だWCDMAにフル対応しています。グローバル端末なので日本の事情は関係無いと言えばそれまでですが、それにしても端末側は対応しているのに、携帯電話事業者側はそそくさとサービスを終了させてしまいます。いや、それどころか、携帯電話事業者各社にとってCDMAサービス終了は悲願みたいなところがあるようにすら見えます。なぜ、CDMAを終了させたいのか、LTEや5Gとは何が違うのか、今回はそのポイントをわかりやすく説明していきたいと思います。
CDMA2000とWCDMA
その前にau(KDDI)は、他の2社(ドコモ、ソフトバンク)は事情が異なるので、auを先に説明します。
第3世代は、WCDMAとcdma2000という2つのシステム(規格)が採用されていました。ドコモとソフトバンクはWCDMAを、auはcdma2000を採用しました。と、さらっと書きましたが、このWCDMAとcdma2000は、サービス導入決定当時は全世界で泥沼の覇権争いをしてたんですよね。その影響で、日本でも事業者によって採用するシステムが変わってしまったんです。日本の事業者間で採用システムが異なったのは、黎明期の第1世代アナログ携帯電話を除けば、この第3世代が唯一なんですよね。
WCDMAは、NTTドコモと欧州無線機メーカー(スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキア)が中心、cdma2000は北米、特にQualcomm中心で作られた規格でした。その細かい経緯を書くと長くなるので割愛しますが、結局、早々とWCDMA勝利で決着がつきました。その理由は、やはりWCDMAが第2世代の覇者であるGSMからの流れを汲んでいること、当時も今も最強無線機メーカーであるエリクソン、ノキアの力にはアメリカの力をもってしても敵わなかったことなどが挙げられます。
第3世代で雌雄は決したため、第4世代のLTEはWCDMA互換のシステムで全世界統一されました。LTEはWCDMAの後継となるため、WCDMAとLTEはユーザーから見ればシームレスに動くようになっていました。しかし、cdma2000とLTEは、正直全く別のシステムのため、両者の共存はちょっと無理矢理になってしまって、使い勝手が悪くなってしまったのです。例えば、スマホでやりがちな、”電話しながら別のサービス(WebやらSNSやら)を使う”って動作が、WCDMAではできるのにcdma2000ではできませんでした。さらには、負け組の悲しいところで、メーカーの撤退も相次ぎ、cdma2000対応の無線機・端末の確保が難しくなりました。そんな状態なので、auはできる限り早くcdma2000を終わらせたかったんですよね。だから、他社に先駆けていち早く2022年の3月末で第3世代サービスを終了させてしまいました。
さて、当時をふり返ってみて、負け規格のcdma2000に乗っかったauですが、ユーザーはそこまで負け規格を意識することは無かったんじゃないかなと思います。おそらく、それは他の2社と同じようにiPhoneが発売されたから。auがラッキーだったのは、iPhoneがアメリカのApple社製だったこと。そのため、他メーカーの多くの端末がcdma2000に対応していないのにも関わらず、iPhoneはcdma2000版も発売されたんですよね。さっきも書いたとおり、cdma2000はアメリカの規格なので、アメリカではある程度サービスされていましたから、Appleも対応したのだと思います。もし、iPhoneの発明がヨーロッパのメーカーによってなされていたら、もしかしたらcdma2000対応iPhoneが発売されずに、auはかなり窮地に追い込まれていたかも知れませんね。
WCDMAとLTEの違い
じゃあ、ドコモとソフトバンクがCDMAをさっさとやめたい理由って何でしょう?第一に、WCDMAで使っている周波数をLTEや5Gに転用したいってことがあります。それは間違いなく大きいです。でも、それに加えてもう一つ理由があります。そして、それはWCDMAとLTEの違いに由来します。
WCDMAとLTEの違いといえば、「CDMAとOFDMAという無線方式(拡散方式)の違い」という方がほとんどでしょう。確かに、無線方式の変更は技術的には大きな違いで、無線設計上に気を付けるポイントが異なったりはしますが、実は携帯電話事業者にとってはそこまで重要な変更ではありません。WCDMAからLTEに変わって、携帯電話として一番大きく変わったこと、それは「LTEはデータ通信専用になった」ということです。5Gも同じくデータ通信専用です。ということは、LTE以降のシステムは、携帯電話と謳っていても、電話じゃないんですよね。家のインターネット回線(FTTH)とかWi-Fiとかと同じなんですよ。それに対して、WCDMAまでは、電話線で繋がっているのと同じような「本当の電話」だったんです。
本当の電話って何?ってことを説明します。まず、家にある固定電話を思い浮かべてください。これを呼んでいる年代の方なら、さすがに固定電話を使ったことが無い、という人はいないと思っています。この昔ながらの固定電話は電話線、通称メタル回線で繋がっています。今はかなり少なくなりましたが、Yahoo! BBとかでおなじみのADSLはこの線を使って通信をしていましたし、マンション、アパートではVDSLといって、建物内のメタル回線を使って通信している場合もあると思います。今や、固定電話が無い家も多いですし、FTTHになって電話線を使っていないという家も多いでしょう。でも、かつては、「法律で決められていたため」山の上だろうが離島だろうが、どんな家にも電話線が引かれていいたんですよね。で、この電話線、メタル回線の特徴は「電話の数だけ線が引かれている」ってことです。言い換えると、NTTの交換局などにある「電話交換機」から皆様の自宅まで、一家に一本、メタル回線が引かれていたんです。
インターネット育ちの皆様だと「え?何言っているの?」って思いますよね。でも、そうなんですよ。例えば、ある人が電話をかけるとします。すると、電話から交換機(通常NTTの建物にある)まで、自分専用の電話線が使われて、その先の交換機と交換機の間も自分専用の電話線が使われ・・・という具合に、電話をするということは「自分の電話線を”物理的に”確保する」ってことと同じ意味でした。物理的な線を割り当てるんです。一本の線を複数の人がシェアする、なんて考えはありません。
この方式は、回線交換(Circuit Switched:CS)方式と呼ばれていて、インターネットによる通信が広まるまでは、「当たり前」の方法でした。回線交換の特徴は、「電話が繋がる = 回線が確保される」となるため、確実に帯域が確保されますし、他の人に邪魔されることもありません。電気的に銅線が直接繋がっているとイメージしても良いです。この回線交換は、回線の品質(通信速度)が保証されるというメリットがあります。そりゃ、回線を占有しますからね。でも、もちろん良いことばかりではありません。電話中は一人(相手を考えると二人)が回線を占有するため、例えば沖縄から北海道に電話した場合、もの凄い長い距離の回線を占有することになります。だから、電話料金はとても高くなります・・・ って、今の人には、電話料金が距離によって異なるなんて信じられないでしょうが、昔はどこの場所にかけるかということがとても重要だったんです。例えば、北海道のおじいちゃん家に電話かけるなんていったら、(料金が高いから)とても覚悟のいることだったんですよ。今や、海外だろうが実質無料に話ができますから、良い時代ではあります。
それに対して、インターネットはパケット交換(Packet Switched:PS)方式というのが「常識」になっています。パケット交換とは、データの単位をパケットと呼ばれるブロックに分けて、データを送る方式です。これの何が良いのかというと、ブロック単位に分けることで、一本の回線を共有できるんです。具体的に言えば、「時間で分けて」共有できる。
先ほどの回線交換は、一度電話が始まると、ある回線をある利用者が時間的にも占有します。だから、共有できないんです。でも、パケット交換は、時間的に共有できる。回線を太くすれば、複数の人が同時に通信することもできる。通話数の数だけ、物理的線を揃える必要も無い。どう考えても効率的ですよね?ただし、使いたいときに即時、使えるわけじゃない。速度も保証されません。順番待ちの時もあるし、回線が混んでいてほとんど使えないと言うこともあるでしょう。このことを、専門用語で「ベストエフォート型」と呼んでいます。
パケット交換方式は、インターネット(IP通信)にとても向いています。だって、ホームページを見るのだって、SNSをやるのだって、ずっと通信しているわけじゃない。いや、むしろほとんどの時間は通信していません。だったら、シェアした方が良い。回線交換でずっと回線を占有していても、ほとんどの時間は何も通信していなくて、無駄になってしまいます。その代わり、状況によっては、通信が遅いときもある。なんかなかなかページが表示されない、そういうことはユーザーが許容する。これはベストエフォート型なので、仕方ないのです。
さて、携帯電話の話に戻るのですが、WCDMAとLTEの違いを回線交換方式とパケット交換方式という単語を使って説明しますと、WCDMAは回線交換方式とパケット交換方式の両方を持っていたのだが、LTEはパケット交換方式のみとなったと言えるのです。
携帯電話と回線交換方式
今のスマートフォンしか知らないであろう高校生、大学生にしてみると、パケット交換的な考え方が当たり前で、むしろ携帯電話で回線交換ってどういうことよ?と思うでしょう。実際、同じ電波で、似たような用途で使うWi-Fiは、最初っからパケット交換しかできませんし、むしろ回線交換方式が特殊でしょうから。
というわけで、WCDMAにおける回線交換方式というやつをごくごく簡単に説明します。WCDMAの携帯電話が、PTSNと呼ばれる有線の一般電話回線網まで繋がるまでの回線は、2つの区間に分けることができます。一つは、携帯電話から携帯電話基地局までの無線区間、もう一つは、携帯電話基地局からPTSNと繋がる交換機までの有線区間です。この、それぞれ、どのように回線交換が行われているか見てみます。
無線区間は、通話中、無線チャンネルが常に割り当てられます。回線交換ですから当然です。WCDMAでは12.2kbpsのチャンネルが割り当てられます。そして、常時繋がって通信しています。ただし、無線チャンネルは常時割り当てられているのですが、実は回線交換式であっても、無線区間の通信速度は一定ではありません。「喋っている量」が少ないと通信速度が落とされる様になっています。通話定額じゃなくて従量課金の場合、じゃべっていても、無口であっても、時間で料金を取られますので、喋っている人の方がお得です。話がそれましたが、とにかく、WCDMAの無線区間では常にチャンネルが割り当てられ、常に繋がっていて、最大12.2kbpsは確保されています。
それに対して、パケット交換の場合、つまりデータ通信の場合は、通信したいときしかチャンネルは繋がっていません。また、通信速度は何も保証されません。通常は通信していないと即チャンネルが開放される設定にされていますから、実はSNSとかWebページとかを見ているとき、あなたのスマートフォンは「ほとんどの時間で無線通信していない」はずです※1。ただし、繋がったときはメガbpsレベルの太い通信が可能です。必要なときしかチャンネルは繋がらないし、いつ繋がるかも保証しないが、繋がっているときは太い、これがパケット交換方式の基本であり、WCDMAだけでなく、LTEや5Gでも同じ原則で動きます。
次に、基地局から交換機までの有線区間における回線交換です。WCDMAの後期においては、この区間はほとんどIP化されていました。(尚、当然、今のLTE、5GもIP化されています。)IP通信はベストエフォート型です。したがって、論理的なチャンネルは常時割り当てられるものの、通信そのものはベストエフォート型のまま行われます※2。あれ?回線交換なのにベストエフォート型のままなのか?と思いますよね?その理由はシンプルです。QoSという仕組みで音声通話をデータ通信より優先しているというのも理由の一つですが、最大の理由は無線区間の通信速度に対して、有線区間は十分に広い帯域を確保しているからなのです。データ通信の速度は、(最も古いパケット交換方式でも)最大3.6Mbpsだったのに対し、音声通話は12.2kbpsですからね、約300倍ですよ。音声回線が10本あろうが、20本あろうが、通信速度的にはもはや誤差の範囲なんです。だから、音声通話だってベストエフォート型でも問題ないんです。もしも、万が一、音声通信の12.2kbpsが維持できないほど、ここの回線が輻輳した場合、基地局は通信を停止し、電波は止まってしまいます。いや、そんな事あったらいけないのですけどね。だって、基地局がそんな事で停止したら、バックホール回線をケチって電波を止めるとは何事だ!!と総務省に怒られてしまいますからね。というわけで、有線区間は「ベストエフォートだけど、音声通話で困ることはない」ってことです。
それでは、パケット交換しかないLTEがどうやって音声電話をしているかというと、それはIP電話です。VoLTE(Voice over LTE)という名前が付いていますが、中身はおおよそLINE通話とか、Teamsの通話とかと同じです。データ通信で音声通話をするんです。今や現在の通信レベルでは、音声通話の帯域程度ならどうにでも融通できるので、ベストエフォートであっても(優先度さえ上げておけば)困ることは無いんです。そう、現在では、無線通信においても音声通話で回線交換のような自分専用の帯域を確保する必要は無くなったんです。
お荷物の回線交換方式
さて、今や回線交換を使わずに音声通話ができるようになったとはいえ、別に回線交換があっても問題が無いように見えるかも知れません。うん、確かに技術的には問題ないです。でも、この回線交換を維持するのはとんでもなく面倒なのです。
そもそも、回線交換方式とパケット交換方式は、ユーザーからは同じように扱えているように見えていますが、中で動かしている装置は全く違います。WCDMAの上位ネットワーク、つまりデータセンター内のネットワークは、回線交換用とパケット交換用で全く別の機器が準備されていて、言わば「二重構造」になっています。下の図をご覧下さい。これは、WCDMAとLTEのネットワーク図をかなり簡略化して書いた図です。言うまでも無く、図に表した以外にも様々な機器が存在する(例えば加入者DBとか)のですが、それはどちらにも存在しますので、比較のためこの図ではデータの流れだけをシンプルに表現しました。どうです?全然違うでしょ?LTEはオールIPネットワークが基本で、凄くシンプルなんです。こうやって比べてみますと、WCDMAスタート当時は当たり前と思っていましたが、回線交換とパケット交換の二重化がどれだけ面倒で不毛なシステムなのかということが分かります。
そして、回線交換に必要なのが特殊な装置である事というのも面倒な点です。IP系の機器であれば、ルーター、スイッチ等々それこそ何でもあり自由に手に入ります。しかし、いまさら回線交換方式の交換機なんてほとんど作っていませんから、その機器を確保するのが困難で、お金もかかります。いわゆる「レガシーシステム」って奴ですね。交換機に限らず、こういったレガシーシステムを維持管理するのって、とても大変なんですよ。
このことを如実に表している「事実」があります。なんと、回線交換式の電話の総本山であるNTT東西が昨年(2023年)末をもって回線交換方式の電話をやめてしまっているのです!このページだと分かりにくいですが、要するに「家庭から交換機までのメタル回線はそのまま使えるが、交換機から上のネットワークはIP化してしまった」ということです。なんてことだ!日本においてはこれで回線交換方式の電話、つまりは今日のテーマで言うところの「本当の電話」というものは、実はWCDMAの停止を待つことなく、すでに無くなっていたのです。そして、このページにもNTTが回線交換方式を廃止した理由として、需要減少とともに「設備の維持管理が経済的にも技術的にも困難」と書いてあります。WCDMAと事情は同じです。
これ以上言うことは無いですよね。固定電話のNTTですら維持できず捨てたものを、携帯電話会社がわざわざ使っている理由はないわけで、回線交換方式の残るWCDMAは一刻も早く切り捨てたい存在になってしまったということでした。
世界を見てみると、WCDMAどころか、未だGSMという第2世代携帯電話がサービスされている国がある一方で、ヨーロッパやアジアの一部では、日本よりも早くCDMAを終了させている国も少なくなく、世界的に対応は二分されているようです。しかし、GSMを維持している国の中には、GSMよりも先にWCDMAを終了させる国もあるようです。各国の状況は様々ですが、現状確実に言えることはWCDMAの終焉は近いということです。
まとめ
タイトルこそ「CDMAやめるってなに?」としておりましたが、中身は、WCDMAと回線交換方式の終焉ということで書かせていただきました。「固定電話」で育った我々おっさんからすると、回線交換のイメージは付きやすいんですが、スマートフォン世代の人には「回線交換」という概念そのものが理解できないかも知れません。ですが、電話の基本は「回線交換」。これを機に、昔の固定電話がどのような方法で動いていたのかとかを調べてみると面白いかも知れません。
※1; 通信方式が完全なベストエフォート型となったのは、WCDMAが始まって暫くしてからスタートした、HSDPAという通信方式からである。
※2; UDPプロトコルにて通信される。