LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
高校生でもわかる通信用語 #9
キャリアセンスってなに? 後編
記事更新日 2024年6月11日
はじめに
このブログは、「キャリアセンスってなに? 後編」です。前編からお読みいただくことをお勧めします。
今回はは、キャリアセンスという言葉について説明したいと思います。もしかしたら、その名前を聞いたことがない人の方が多いかも知れません。しかし、皆さんの多くが、このキャリアセンスを行っている無線機器を使っているはずです。最も有名なのがWi-Fiです。実は、以前の801.11axに関する記事の中にもキャリアセンスという単語が出てきていますが、さほど説明していません。通信用語として、それぐらい一般的な機能なんです。
キャリアセンスとは何なのか?何故、キャリアセンスというものが存在しているのか?このキャリアセンスが分かると、電波利用の原則も分かります。今回の後編は、キャリアセンスについて説明していきたいと思います。前編を読んでいない方は、まずこちらから。
キャリアセンス
キャリアセンス、英語でCarrier Sense。Carrierは「搬送波」のこと、言わば電波全般を意味します。Senseは「探知する」こと。つまり、直訳すると「電波を探知すること」となるかも知れません。しかし、無線通信用語におけるキャリアセンスは、もう少し「具体的な動作」まで含んだ意味となります。無線通信用語におけるキャリアセンスは、
- 電波を出したい周波数の電波の強さを測定する
- 1の結果、一定レベル以下であれば、電波を送信する
- 1の結果、一定レベル以上であれば、電波を送信せず1に戻る
という動作になります。この動作を一言で言えば、電波を送信する前に、他に使っている人がいないか確認するということになります。そして、これがキャリアセンスです。多分、これじゃ分からないですよね?ですので、次章でキャリアセンスの具体例を挙げて説明したいと思います。
コードレス電話(DECT方式)のキャリアセンス
DECT方式と呼ばれるコードレス電話※1があります。これは、家にある(今やない人も多いかも知れませんが)固定電話のコードレス子機の通信の一つですね。このコードレス子機用周波数は、正式にはISMバンドではないですが、日本では「電話子機に使用するための帯域」として割り当てられていて、コードレス電話用であれば、かなり自由に使えます。もともとは、オフィスなどで使われていた「PHS方式の電話子機」が使われていた帯域といえば、ピンと来る人も多いかも知れません。この電話機は、特に「病院」の内線用無線電話としては100%近い普及率を誇っていたのではないでしょうか?今現在は、DECT方式やsXGP方式など、いくつかの電話方式でも使用して良いことになっています。そのため、この周波数帯は、異なるシステムをユーザーが自由に使えるという、ISMバンドと似たような特性を持つ周波数帯となっています。
そういった周波数帯においては、前回も話したとおり「譲り合う」ことが必要とされます。全体の干渉を最小限にすることが必要で、その方法(の一つ)がキャリアセンスという訳です。それでは、コードレス電話におけるキャリアセンスというのを見ていきましょう。
基本パターン
コードレス電話のキャリアセンスは次のような手順となります。
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まず、送信したいチャンネルの1フレーム分、時間にして10msの間、電波の強さを測定します。ここで測定するのは復調後の信号の強さとかそういったものではなく、単純に電波の強さ、つまり電力です。ノイズでも希望信号でも、他の機器の電波でも全て関係無く測定した電波の電力のことです。
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もし、1フレーム間の電力測定で、-62dBm以上が測定されなければ、次のフレーム(以降)で送信することができます。コードレス電話はフレーム単位で送信するわけではなく、より小さなスロットという単位で送信されます。ですから、次のフレーム間のどこかのスロットで送信することができます。
- もし、1フレームの間の電力測定で-62dBmを超えた場合、再度1に戻って、測定を再開する必要があります。尚、この電力測定は平均値ではなく最大値です。測定期間中、一瞬でも-62dBmを超えた場合は、送信することはできません。
コードレス電話のキャリアセンスは、このような動作になっています。極めてシンプルですよね。電波の強さを一定時間監視して、閾値を超えてい無い場合は送信可能。超えている場合は送信不可。そういうことになります。
このキャリアセンスが何をしているかというと、第一義的には通信の衝突を防いでいると言えます。自分が送信する前に、他の人が通信(送信)中でないかを確認することにより、他の人の通信との衝突を防いでいます。みんなが事前に「他の人が通信中かどうか」を確認して、みんなが「空いているとき」だけ通信すれば、みんなで「電波が共用できる」これがキャリアセンスの概念です。
多チャンネルの場合
コードレス電話のキャリアセンスは、もう一つ仕組みがあります。それは、チャンネルを選択する仕組みです。2チャンネル別々のチャンネルのキャリアセンスを行います。その時、通常はCH.1を優先するのですが、CH.2のキャリアセンスの電力測定結果が二番目の閾値-82dBmを下回る場合、CH.2に移動し、CH.2で送信するという動作をしますまず、下の図を見てください。
CH.1、CH.2どちらも、送信して良い「第一閾値(-62dBm)」を下回っていますが、CH.2は、さらに「第二閾値(-82dBm)」を下回っています。この場合、CH.2の方が、より空いているチャンネルであると判断できます。そのため、コードレス電話は、CH.2を使うようにします。
上で「キャリアセンスは衝突を防ぐ」と書きました。しかし、このキャリアセンスは、さらに一歩進んで「空いている周波数を使う」ということを行います。より空いている周波数を使うことによって、衝突を防ぐだけでなく、使用する周波数を分散させ全体の干渉を下げることができます。その結果、みんなが効率良く電波を使うことができ、より多くの人が電波を使うことができるようになるのです。
キャリアセンスが使われる例
このキャリアセンスを使っている通信で、最も有名なのはWi-Fiでしょう。Wi-Fiは、2.4GHzのISMバンドという、最も混雑する周波数を使っています。電子レンジや、Bluetoothだけでなく様々な機器が通信していますし、Wi-Fi同士でさえも、各機器が同期を取っているわけではありませんから、いつ誰がどこで通信するか全く分かりません。ですから、このキャリアセンスが必須なわけです。Wi-Fiのキャリアセンスの細かいルールまで説明すると長くなってしまうので割愛しますが、基本的な動作は上の例のコードレス電話と同じです。
加えて、Wi-Fiには通常のキャリアセンスとは違う、特別なキャリアセンスも搭載されています。それがDFS(Dynamic Frequency Selection)という機能です。これは、Wi-Fiが使う5GHz帯の一部が、気象レーダー等の広域レーダーと周波数を共用していることに由来します。もともと、Wi-Fiの使う5GHz帯は、レーダー用の周波数帯域でした。しかし、レーダーは全ての場所でずっと送信されているものでもないし、割り当てられている全ての周波数が同時に使われているわけでもありません。つまり、共用の余地が沢山ある周波数帯域でした。
IEEE802.11aから、Wi-Fiは2.4GHzだけでなく、5GHz帯の電波も使えるようになりました。5GHz帯は2.4GHzに比べ、混んでいないし、帯域も広い。でも、レーダーと周波数を共用するために、レーダーの邪魔にならない仕組みが必要でした。それがDFSという機能です。これは、レーダーを検知するためのキャリアセンス的なものですが、検知するのは「レーダー」の電波のみ。しかし、レーダーを検知したら即座にそのチャンネルの使用を停止し、他のチャンネルにうつらなくてはいけません。しかも、あるチャンネルを使う前に60秒、つまり1分ほどレーダーの有無を監視してからでないと使うことができないのです。
上の図は、実際のDFSの動作です。チャンネルを使う前に1分監視、さらに通信中は常に監視、そしてレーダーを感知したら、即チャンネル移動。しかし、移動先のチャンネルも1分の監視後でないと使用できない※2。ただのキャリアセンスと比べるとかなり厳しいルールですよね。しかも、これ以外に通常のキャリアセンスも必要です。ただ、これによって、レーダーというWi-Fiとは全く別のシステムと周波数を共有できるわけですから、DFSは周波数利用効率の向上に大きく寄与しています。
最後に、このキャリアセンスというのは、無線通信だけに存在するわけではありません。皆さんが使っているLANケーブルも、かつてはキャリアセンスをして通信していたのです。というのも、かつてのLANケーブルは1組(2本)の線のみをつかって送受信していたのです。ですから、LANケーブル自体は1対1の通信であっても、上りと下りの衝突の可能性があったため、キャリアセンスをする必要がありました。
尚、現在のLANケーブルは2組(4本)を使って上下で別々に通信しますので、キャリアセンスは不要となっています(そして、もちろん通信も高速となっています)。
けど、やっぱり最後は電力
キャリアセンスは、みんなが限られた周波数を共用するための仕組みでした。しかし、キャリアセンスにしても、前回に説明した適応周波数ホッピングにしても、共通する事柄があります。それは、「送信電力が大きく制限されていること」です。
ISMバンドのような、(免許を持っていない人が)みんなで共通して使うような周波数は、すべて小さな電力でしか通信してはいけない事になっています。例えば、携帯電話と比較してみましょう。携帯電話(端末)の最大電力は、200mW程度。それに対して、Wi-Fiは100mW、Bluetoothは10mWとなっています※3。干渉量を自分のシステム内でコントロールできる携帯電話と、他のシステム、他のユーザーとの兼ね合いで、干渉を抑えないといけないWi-FiやBluetoothとでは、最大出力は異なります。しかも、実は携帯電話がこの送信電力なのは「干渉するから出してはいけない」訳ではなく、通話するときは端末が「脳に近いから」電力を抑えているだけすからね(その証拠に基地局は60Wとか出しますから)。結局、キャリアセンスの仕組みを考えてみれば、いくらみんなで共用を目指そうとも、極端に大きい出力の無線機が一台でもあると、近隣全ての無線機を干渉の海に落としてしまいますからね。
というわけで、キャリアセンスや、同等の方式の説明を散々してきたのですが、周波数を共用する仕組みはいくつもあれど、最終的にものを言うのは送信「電力」である、という身も蓋もないというオチで、今回は終わらせていただきます。パワー!
※1; 「ARIB STD-T101 2.2版 "時分割多元接続方式広帯域デジタルコードレス電話の無線局の無線設備"」にて規定。同周波数を使用する「ARIB STD-T118 2.2版 "時分割・直交周波数分割多元接続方式 デジタルコードレス電話用無線設備(sXGP方式)"」とは、若干キャリアセンスの期間、閾値が異なる。
※2; ほとんどのWi-Fi APは、使用中以外のチャンネルでも常時レーダー波の監視をしており、DFSによってチャンネル変更となったとしても、(60秒待たずに)すぐに他のチャンネルが使えるように準備している。
※3; 周波数帯によって異なる。上記例は、日本における一般的な機器の最大電力を表している。尚、コードレス電話は携帯電話とほぼ同等で、最大240mW。