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高校生でもわかる通信用語 #8

キャリアセンスってなに? 前編

記事更新日 2024年5月28日


はじめに

今日は、キャリアセンスという言葉について説明したいと思います。もしかしたら、その名前を聞いたことがない人の方が多いかも知れません。しかし、皆さんの多くが、このキャリアセンスを行っている無線機器を使っているはずです。最も有名なのがWi-Fiです。実は、以前の801.11axに関する記事の中にもキャリアセンスという単語が出てきていますが、さほど説明していません。通信用語として、それぐらい一般的な機能なんです。

キャリアセンスとは何なのか?何故、キャリアセンスというものが存在しているのか?このキャリアセンスが分かると、電波利用の原則も分かります。今回は、通信の基本用語であるキャリアセンスについて説明していきたいと思います。

ISMバンド

ご存じだとは思いますが、電波って自由に出して良いものではありません。使って良い周波数は決まっていて、それも国から許可(免許)を取得して使います。ラジオ局やテレビ局は、国から許可を得て電波を吹いているんです。携帯電話もそうです。私たちが持っているスマートフォンも、実は国からの免許を得て電波を受けています。NTTドコモ等の携帯電話事業者が免許を受けているのです。ユーザーは、その事業者の免許を(お金を払って)使わせて貰っている、そういった立て付けです。電波の周波数は、「土地」と例えられることが多いです。周波数も土地も「広さ」が決まっていて有限です。その決められた範囲の中で、土地ならば購入して「私有地」にする、無線ならば(お金を払って)免許で周波数を独占的使っている、そういうことになります。

一方で、誰か特定の人に免許が割りあてられるわけではなく、ルールを守れば自由に使って良い周波数というのも存在します。土地で例えれば「公園」みたいなものですかね。自由ではありますが、しかし人に迷惑をかけないように、みんながルールを守って利用する必要があります。

そんな自由な周波数で、最も有名なものが2.4GHz帯と呼ばれる周波数帯域です。厳密に言うと2.4GHzから2.5GHzの100MHz幅の事を指します。この周波数は、Wi-FiやBluetoothといった国際標準規格の装置を始め、ドングルタイプの無線マウスとか、ドローンの操縦とか、ありとあらゆる用途に使われています。なぜ、この周波数帯域が、特定の人に割りあてられておらず、自由に開放されているのかというと、それは「電子レンジ」のせいなのです。

電子レンジは、おおよそ2.45GHzの電波を食品に当てることで食品を加熱します。この2.45GHzというのが水の分子を振動させ、加熱させられる丁度良い周波数なのです。そのため、電子レンジは2.45GHzの電波を、ものすごく大きな出力で出すのです。電子レンジの500Wとか1500Wとかって、もはやラジオとかテレビの放送局のレベルですよ。だって、スマートフォンとかだと最大200mWですからね。ミリですよ。電子レンジは金属で密封されていて、電波が外には漏れないようになっていますが、それでも、完全に漏れないというわけにはいかないです。そして、電子レンジはいつどこで使ってもいい。正直、通信よりも電子レンジの方がずっと大事ですから。というわけで、この周波数帯は、通信用としては「世界中で」誰にも割りあてることができません。一方で逆にを考えてみると、通信が電子レンジに影響を与えることはない(あったら怖い)。だったら、この周波数は通信用としてはみんなに開放してしまえば良い。そんな感じで、世界中で2.45GHzを中心とした100MHzの範囲は誰にも割りあてず、自由に使って良い事になりました。

こういった特性を持つ周波数帯域は他にもいくつかあり、それらはISMバンド(Industrial, Scientific and Medical Band)と呼んでいます。日本語に直すと「産業科学医療用バンド」と呼ぶそうです。でも、これ字面は難しいですが、意味は簡単です。産業、科学、医療という通信以外の用途で電波を使うために、その周波数を通信用としては誰にも割りあてない、というバンドを意味します。先ほどの例は電子レンジでしたが、他にも無線エネルギー伝送とか、宇宙関係とかそういったものがISMバンドに該当します。

誰でも使えるから、誰もが譲り合う

さて、誰もが自由に使えるIMSバンドではありますが、誰もが好き勝手に使っていいわけではありません。みんなで共用するために、実は免許で使える周波数帯域よりも厳しいルールが課されていることが多いです。私有地では自由に振る舞って良いですが、公共の場所では節度が求められる、それと同じです。

ただし、1点土地と大きく違うことがあります。それは、「ルールは機器に課せられる」という点です。そりゃ、普通の人は無線通信のルールなんだから、機器側にルールがあるのは当然でしょう?と思うでしょう。けど、免許が必要な周波数の機器は、機器だけではなく、扱う「人」にもルールが課されています。例えば、放送局も、携帯電話の基地局も、その操作は「無線従事者免許」という国家資格を取得した人でないと行えません。無線従事者免許を取るためには、電波法だけでなく無線技術、なんなら電気回路の知識まで必要で、一応それなりの国家資格です。もし、免許を持たない人が勝手に触ったら電波法違反で捕まります※1

一方、IMSバンドで使用するような機器、例えばWi-FiとかBluetoothとかは、使用する人に対しては、何ら制限がかかっていませんよね?誰でも使えます。そうなんです。みんなが使えるけど、みんなが電波法を理解しているわけじゃないです。だから、機器側にがっちり規制をかけて、いつ何時もルールを守れる機器でないと販売してはいけない、ってなっています。結構厳しいんですよね。

さて、ここで出てくるのが、表題でもあるキャリアセンス。キャリアセンスは、機器側に課されるルールの一つであり、周波数共用のためにとても重要なルールです。難しいルールではないのですが、普通に説明してしまうと「へー、そんなものか」で終わってしまいかねません。なので、キャリアセンスの意味をより理解して貰うために、キャリアセンス以外の2つの共用ルールを先に紹介したいと思います。

微弱無線局

最初に紹介するルールが「微弱無線局」です。これは、電波が「もの凄い低い出力=微弱」であれば、自由に使って良いというルールです。微弱ってどれぐらい弱いかと言えば、数メートルしか飛ばない程度の出力です。数メートルということであれば、みんなが使っても、物理的に混雑するって事もないでしょう。そうなんです。電波を共用するための最も簡単な方法は、電波を弱くすることです。ほんの微弱な電波しか出ていないのなら、ほとんど飛ばない電波しか出ていないのなら、みんなで共用しても誰も困りませんよね?しかも、特別な機能も仕組みも必要ありません。

この微弱無線局は、ISMバンド以外でも使えるのですが、この微弱無線局こそが電波が「誰でも使える」という考え方の基本となりますので、敢えて紹介しました。微弱無線局は、無線マイクとか、子供用のラジコン、FMトランスミッター※2などで使われています。微弱なんで、高速では通信できませんが、操作情報や音声を飛ばすぐらいなら十分なので、結構いろいろなところで見かけると思います。

本題と外れますが、かつての微弱無線局は、無法地帯とまでは言いませんが、メーカーが微弱だと言えばそれで通ってたんです。微弱かどうかはメーカーに任せっきりだったんですよね。でも、それら製品を実際に買って調べると全然微弱じゃない無線機も混ざっていたため、結局問題となりました。微弱じゃないから、当然干渉も発生して問題が発生していたんですよね。現在は、微弱無線設備登録制度という制度が出来て、この登録をしないと製品として認められなくなっています。

適応周波数ホッピング(AFH)

これを読んでいる皆さんなら、Bluetoothの機器を一つはお持ちだと思います。私も沢山持っています。PCや家庭用ゲーム機、スマートフォン、自動車のカーオーディオなんかと接続することが多いですよね?Bluetoothは、マウス、キーボード、電話(のインカム)から始まりましたが、最近は音楽を聴く「ヘッドフォン」で使われることも多いです。Bluetoothは(他の通信よりも)省電力となるよう設計されています。その代わり、高速に通信はできませんし、通信エリアも広くありません。同じ、2.4GHzを使うWi-Fiと比べても、特性の違いは顕著です。

Bluetoothは周波数ホッピングという方式を使います。周波数ホッピングは、CDMAやOFDMと同じく電波の帯域幅を広げる、電波の「拡散」方式の一つです。ただ、CDMAやOFDMが1ユーザーが高速に通信するという目的で拡散しているのに対し、周波数ホッピングはユーザーの通信速度を上げるのではなく、電波を広い範囲になるべく薄く広げることを目的としています。1ユーザーあたりの電波が薄くなれば、結果的に沢山のユーザーが共用でき、ユーザー合計の通信速度が速くなる、という戦略を採っています。

周波数ホッピングの具体的な内容を見てみます。ある瞬間における周波数ホッピングの電波は、狭い帯域のチャンネルでしかありません。しかし、そのチャンネルの周波数を高速に(高頻度で)変化させます。一定の周波数を使い続けるということはありません。例えば、Bluetoothの場合、1チャンネルの幅は1MHzですが、そのチャンネルを1秒間に1600回変化させます。それもランダムにです。もちろん、厳密には「擬似」ランダムで、送る方も受ける方も次の周波数は分かって変化させていますが、端から見れば、高速に、かつランダムに周波数を変化させている、としか見えません。その結果、使用している周波数はあたかも広帯域に、かつ均等に広がっているのと同じ意味となります。Bluetoothの場合、1MHz幅のチャンネルを79個使うため、帯域幅として「79MHz幅の電波を出しているのと同じ」と言えます。5Gとかがスタートしている今でこそ79MHz幅って当たり前のように聞こえますが、Bluetoothがスタートした頃の携帯電話なんて5MHz幅で広帯域って謳っていましたし、その10年後のLTEでも最大20MHz幅ですから、Bluetoothの周波数ホッピングというのが、(発表当時にしては)どれだけ広帯域を使える方式だったのか、というのがご理解頂けると思います。

fig.1
周波数ホッピング

さて、ここからが本題。Bluetoothが1秒間に1600回も周波数を変えると言ったって、別の通信、例えばWi-Fiの周波数と被って、干渉になる場合はあるでしょう。その場合、Bluetoothの信号はエラーになる可能性が高いでしょう。Wi-Fiの方は、周波数ホッピングするわけじゃないので、おおよそずっとその周波数に留まります。一方で、2.4GHz帯の周波数って混んではいますが、その時その場所ですべて干渉にまみれているかと言われたらそうでは無い可能性の方が高いはずです。そうであれば、Wi-Fiが使っていて、干渉でエラーになる可能性が高いチャンネルを、わざわざ使う必要はありません。干渉する周波数は使わないことにして、残りのチャンネルで周波数ホッピングすれば良いのです。

この考え方を、適応周波数ホッピング、英語ではApaptive Frequency HoppingでAFHと呼んでいます。干渉が発生する(した)周波数は、ホッピング先の候補から外して、干渉の少ない周波数だけでチャンネルをホッピングさせていきます。それにより、Bluetoothの通信も安定しますし、干渉源(主にWi-Fi)にとっても干渉が減って、良いことずくめです。Bluetoothは、このAFHによって「他の通信と譲り合う」通信が可能になっているのです。

fig.2
適応周波数ホッピング(AFH)

まとめ

さて、ここからキャリアセンスの話をしようと思ったのですが、長くなったので次回にさせて頂きます。

いやー、キャリアセンスとタイトルを付けながら、キャリアセンスの話を全くせずに申し訳ございません。けど、とりあえず電力を下げるってことを説明したかったし、同じ2.4GHzなのに、なんでキャリアセンスしないのかってことを、キャリアセンスの説明の後にするのも、ちょっと違う。というわけで、この2つを書いていたら長くなってしまいました。キャリアセンスを知りたいと思っていた方、申し訳ございませんが。

さて、次回は、ちゃんとキャリアセンスの話をします。ISMにおけるキャリアセンスの仕組み、そして無線以外でも使われるキャリアセンスなど、紹介したいと思います。次回もお楽しみに。


※1; 「主任無線技術者」という制度があり、その監督の指示の下であれば、無線従事者免許を持っていない人でも機器を操作して良い、というルールもある。

※2; ヘッドフォン入力や、最近だとBluetoothによる音を微弱なFM放送波に載せて再送信する機器。特に、古い自動車において、音楽プレーヤーやスマートフォンの音楽をFMラジオの電波に乗せることで、FMチューナーを通じてカースピーカーで音楽が聞けるようにするという用途が多い。現在は、このような高機能製品も存在する。