LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
FSOって何?
記事更新日 2023年8月29日
はじめに
以前のブログでも書いたかも知れませんが、弊社(三技協)では光無線通信を以下の4つのタイプに分類しています。
- バックホール型
- LiFi型
- 光ID型
- FSO型
1のバックホール型は、弊社製品でもあるLEDバックホールのように、主に1対1で地面に対して水平方向に通信するものです。一部で話題の水中光無線通信なんかも、バックホール型に分類される通信です。一方、2のLiFi型は、天井に取り付けた親機とPCやスマホのような子機とが通信するタイプ。Wi-Fiの光版ということでLiFiという名前が付いていることからもわかるとおり、通常1台の親機に対して複数の子機がぶら下がって通信を行います。そして、これまでこのブログで書いてきたとおり、この二つは見た目は違いますが、親戚のようなもので使っている技術そのものはほぼ同じになります。3の光ID型というのは、もともと通信を主としない発光デバイス、例えば液晶や有機ELディスプレー、LEDインジケーター、信号機などを、人間の目には見えない程度に点滅させて、その点滅を情報としてスマホのカメラで読み取るというもの。カメラでの受信ですので通信速度はもの凄く遅いですが、誰もが持っているスマホのようなデバイスで情報を読み取ることができる点にメリットがあります。
さて、今回取り上げようと思っているのは4番目のFree Space Optics、略してFSOと呼ばれるタイプです。FSOという言葉は広義では光無線通信全体を指すため、上記1~3もFSOに含まれる場合があります。ただし、FSOをそういった意味で使う人は少なく、現在FSOと言えばほとんどの場合で「高出力なレーザーで長距離通信をするもの」を指します。しかし、残念ながら地上でのレーザー通信はほとんど使われていない※1ため、事実上FSOは「”地上(地球局)-人工衛星間”又は”人工衛星-人工衛星間”をレーザーによる光無線通信をするもの」を指すようになっています。
実際のところ、FSOはLiFiよりも参入メーカーが多く、市場としては今一番盛り上がっている光無線通信と言えるかもしれないのですが、これまでこのブログではほとんど触れてきませんでした。というのも、我々が製造販売しているバックホール型やLiFi型とFSO型では、同じ光無線通信でありながら、技術的な共通点が少なかったからです。しかし、それでも今回取り上げようと思ったのは、このブログが光無線通信全体を網羅するブログでありたいという思いあるためです… もちろん、それだけじゃ無く「単純にFSOでアクセスが増えればいいな」って思ってるんですけどね(むしろそっちが主か?)。
実は、弊社には宇宙関連事業の部署もあるのですが、我々光無線通信部門は宇宙に全く縁が無く、地上局やら衛星やらに関しては正直なところ全くの素人で無知。なので、FSOの「宇宙」観点からの内容は残念ながら書けません。仕方が無いので、今回は「FSOは光無線通信としてどうなのか?」というところをメインに、FSOについて書いていきたいと思います。
FSOとはなんなのか?
先にも書いたとおり、今日「FSOって何?」と聞かれたら、私だったら「地上-人工衛星間、又は衛星-衛星間でレーザーによって通信すること」って答えます。で、この回答をFSOについて全く知らない人が聞いたら、恐らく次の2つの疑問点が湧くと思います。
- レーザーで通信って何?
- なぜ電波でなくレーザー(FSO)なの?
そりゃそうです。通常無線通信と言えば電波です。なんでレーザー?っていうか、そもそもレーザーで通信できるの?と思いますよね?ですから、最初にこの基本的な2点の疑問点について説明したいと思います。
レーザーで通信って何?
レーザーによる光無線通信、今後は”レーザー通信”と略させていただきますが、これは文字通り、レーザー光で光無線通信を行う事です。レーザー通信の中身は点滅なり何なりで通信を行う普通の光無線通信ですが、とにかく特徴は「レーザー」を光源にしていること。このブログでも散々書いてきましたが、レーザーは光無線通信を行う上で、他の光源よりも優れた特性を沢山持っています。点滅(発光・消光)が高速にできる、ダイナミックレンジが広い、増幅の線形性が高い等々、LEDには真似のできないメリットがあるのですが、FSOでレーザーが使われる理由はこれらではありません。FSOがレーザー通信である理由は、レーザーがコヒーレント光であることと、レーザーの光源の小ささの2つです。
コヒーレント光
一般に言われるレーザー光の最大の特長は、「コヒーレンスであること」と言われます。コヒーレンスな光がコヒーレント光。が、普通はまずコヒーレンスやらコヒーレントやらの単語の意味が分からないですよね。コヒーレンスは技術用語だと「可干渉性」と訳されることがあります。ですが、これでは正直何言っているのかわかりませんよね。ですから、ここではコヒーレンス(coherence)の英語的訳である「一貫性」を使って説明します。レーザーは、他の全ての発光物質とは異なる方法で光を放出します。この原理を説明すると長くなりますし、説明されているサイトはいくらでもあるので、詳しく知りたい方は「誘導放出」でググってください。それで、レーザーによる光はその発光方法により、ある特徴を持っています。それは発光される光がすべて「同一波長」「同一位相」になるということです。寸分違わず全く同じ波長、色。それだけでなく、タイミングも全く同じ光の集まり、それがレーザー。コヒーレンス、つまりは一貫性というのは、「レーザーにより作られた光はすべて全く同じ光である」ということを指しているのです。
それでは、全く同じ光って何でしょう?普通の光は、ある特定の波長だけ出ているわけでもありません。結構広い範囲の波長の光を出します。例えば、蛍光灯ですと可視光から紫外線まで幅広い波長の光が出ています※2。LEDは(それまでの光源と比べれば)非常に狭い範囲の光しか出さないと言われていますが、それでもスペクトルを見ると数十ナノm程度の幅があり、とても同じ波長、つまりは単一波長と言えるものではありません。しかし、レーザーは全ての波長が完全に同一です。つまり、スペクトル上の幅がなく、単一の波長しか存在しない光です。この単一波長しか存在しないことに何がメリットがあるのかというと、それはレンズによる「色収差」が発生しないという事です。
色収差とは、光の波長で屈折率が変わることにより、レンズによる像が滲む現象を言います。例えば、プリズムは波長、つまり色によって屈折率が違うことを利用して分光する道具です。
当然、この現象はレンズにおいても発生します。例えば、カメラレンズで色収差が発生すると、画像が滲んだようになります。滲んでいるというか、色によって画像がずれるんですけどね。まあ、カメラではそうならないように何枚ものレンズを使うのですが。で、光無線通信において色収差が発生するとどうなるかというと・・・ 光が真っ直ぐ進まずに拡散してしまうのです。
まあ、図は極端な例で色も異なっていますが、例えばLEDの様な単色の光源であっても、微妙な波長の違いによる色収差のせいで完全に真っ直ぐな光とはならず拡散してしまします。そうなるとどうなるかと言えば、通信可能な距離が短くなってしまうのです。我々の製品(LEDバックホール)のような数百メートルなら問題ありませんが、数百キロ、数千キロ飛ばさないといけないFSOで色収差は致命的。色収差を発生させずレンズの設計通りに光を真っ直ぐにできる、これが単一波長のメリットです。
ちなみに、色収差がないことが最も活かされているのが「集光」です。例えば、CDやBDなどの情報を読み取るためのレーザー、いわゆる光ピックアップと呼ばれるもの。目に見えないディスク上の小さい突起の情報を読み取るために、光のスポットを小さく小さく絞ってディスクに当ててその反射を読み取ります。BDではスポットサイズを0.32μm以下にしなければなりません。それよりスポットが大きいと隣のレーンの突起を読んでしまいます。LED光源とかだとスポットはどうしてもぼやけます。1ミクロン以下まで小さくスポットが絞れるのは色収差による「にじみ」がないおかげであり、CDからBDに至るまで、光ディスクのピックアップは一貫してレーザーなのはそのためです。
さて次は位相の話。普通の光、例えば太陽光や蛍光灯、LEDの光というのは、まず位相がバラバラです。それらの光は、なんかの化学反応だったり、熱だったりという物質の反応、正確に言えばエネルギー状態の遷移により発光しています。で、その時に全ての原子が同時に発光するわけではないので、位相はバラバラで、ランダムです。一方、レーザーの誘導放出という発光方式では、同じ位相の光しか発生しません。それでは、同じ位相のメリットはなんでしょうか?それは、「エネルギーを集中できる」ということです。光の位相、周波数が同一ですから、それが重なり合い高い振幅の光が生成されます。また、別々のレーザーから出た光を重ね合わせることでもの凄く高いエネルギーの光を作ることもできます。一方、通常の光はランダムな位相の集合体となるため、振幅は平均値になってしまいます。ですから、同じような光に見えても、実はレーザーの方がエネルギーは大きいんです。レーザーを目に当てちゃいけない、というのもそこから来ており、もっと出力の高い照明光を見ても何も言われないのに、レーザーが目に入ると問題になるっていうのは、レーザーが他の光よりも高いエネルギーを持つからなのです。
もう、おわかり頂けましたよね?同一波長、同一位相の光、つまりコヒーレント光を生み出すレーザーは、高いエネルギーを持つ光を真っ直ぐに飛ばすことができるため、LEDなどと比べものにならないほど長距離での通信が可能になるのです。
光源の小ささ
先ほどコヒーレント光は光を遠くまで飛ばせるということを書きました。ですが、レーザーにはもう一つ光を遠くまで飛ばせる要素があります。それは、光源が小さいこと。
ここでは、とりあえずレーザーのコヒーレンスの話は忘れてください。一般の光の場合、どうやると遠くまで飛ばせると思いますか?懐中電灯とかスポットライトを思い浮かべてください。ほとんどの方は「大きいレンズ(望遠)を使う」か「光を強くすれば良い」と答えると思います。前者は条件にかかわらず絶対的に正しいのですが、後者は必ずしも正しくありません。確かに、光を強くすれば遠くまで飛ぶようになりますが、それは光源の面積が同じだった場合です。光を強くしても光源が大きくなったりしたら、さほど意味ないんです。それがわかる図が次の図です。
この図を見て貰えばわかるんですが、もし光源の面積が限りなく小さければレンズによって真っ直ぐな光(平行光)になるんですが、光源の面積が広くなるほど実は拡散してしまいます。そりゃそうです。光源に面積があれば、中心から外れた光はレンズにとっての焦点じゃないところからの光となるわけで、とうぜんレンズによって真っ直ぐ飛ばせません。電球やLEDなどの通常の光源は発光物質を光らせている構造なので、どうしても面積(体積)あたりの光量には限度があります。ですから、明るくするためには光源の面積を広くするしかないです。しかし、レーザーはある物質を光らせているわけではありません。そのため、小さな発光点から高い出力の光を出すことができます。もちろん、レーザーと言え面積が完全な"0"な訳ではありませんから多少の拡散はありますが、LEDと比べても桁違いに面積が小さいですので、より平行光に近い光を作ることができるのです。レーザーポインターとかで真っ直ぐに飛ぶ光を見たことがあると思います。というか、普通の人がイメージするレーザーはこれですよね。これって、上記のコヒーレンスも重要ですが、そもそも光源が小さいから事できる技なんですよね。
レーザー通信まとめ
このようにレーザー通信は、レーザーの特性を活かして長距離での光無線通信が可能になっています。また、レーザーの特性により他の光無線通信より高速に通信ができるため、長距離でギガbpsクラスの通信が可能となります。そういった性能はなかなか電波で得にくいものです。もちろん、いいことばかりでは無く当然デメリットもあるわけですが、その辺は追々説明します。
なんで電波ではなくFSOなの?
この質問の答えは極めて簡単です。衛星は「電波を割り当てるのが難しい」ってことです。衛星が使う電波の周波数割り当ては、その性質上、その殆どが自分の国だけで完結できません。自国の上だけを飛んでいられる衛星なんてありませんからね、そりゃそうだ。だから、携帯電話のように国の政策で特別に割り当てるとかできません。通常は世界共通の周波数を使いますが、それは常に取り合いです。昔からそんな状況だった訳ですが、時間の経過と共に衛星の数は増える一方。現在は小型衛星を大量に打ち上げる「衛星コンステレーション」というものが流行ってて、イーロン・マスクでおなじみのSpace X社のスターリンクなんかもその一つです。
で、沢山衛星を打ち上げるとどうなるか?それは、単純に通信するための周波数に困る、ということです。前述のスターリンクは、3000個以上もの衛星を運用しているそうです。そりゃ、3000個もあると、周波数も大変です。地上-衛星間もそうですが、最近の衛星は衛星-衛星間でも通信しなければいけませんからね。周波数不足は如何ともし難い… そこで、周波数を使わないレーザー通信が出てくる訳です。レーザーなら世界でも宇宙でもどこでも自由に使えます。で、レーザーですので距離があってもGbps以上の通信が期待できますし、それでいて免許も申請も調整も不要です。衛星でレーザー通信を使おうと考えるのは当然ですよ。
もちろん、レーザー通信にも課題はあります。まず、地上-衛星間においては、最大の課題は天気。もっと言えば、雲。レーザーも光ですので雲で遮られると通信が難しくなります。雲でも通信できるレーザーとか、雲がない場所を優先して通信するとか、解決策は考えられているそうですが、まだ単純完全な解決とはいきません。
もう一つの課題は、光軸を合わせるのが難しいこと。Pointing Acquisition and TrackingでPATと呼ぶらしいですが、これが難しい。数千キロ離れた通信相手に対してほぼ直線の光を当てるわけですから精度が必要です。例えば、電波の衛星ですとビーム角が最大0.1度※3となっていますけど、レーザー通信だとレーザーのビーム角は15μラジアン、度に直すと約0.9ミリ度程度にすることが求められています。ですから、求められる精度が電波とレーザーは3桁違うわけです。だから、当然難しい。それでも衛星-衛星間の通信、つまりは宇宙空間であればまだましです。途中に障害物が何もないですから。もちろん難しいことですが、正確に合わせてしまうことができれば、それで終わります。しかし、これが地上-衛星間となると障害物が沢山ある。さっきの雲だけじゃなく水蒸気なんかでも微妙に拡散しますし、温度の違う空気の層とかがあると屈折してしまいますし、何よりそれらの環境は常時変化します。衛星間よりも通信距離は短いかも知れませんが、難しさは比較になりません。
そんな課題がありつつも、今のところは衛星コンステレーションの衛星-衛星間としてレーザー通信(つまりはFSO)が一番期待されています。どんなに衛星数が増えようとも周波数を考えなくていいですし、通信速度も出ますし、PATの難しさを上回るメリットがある、と判断されているようです。スターリンクでもFSOが採用され始めているようですし、米宇宙軍が計画している次世代ミサイル防衛用の衛星コンステレーションでは衛星-衛星間の通信としてFSOが標準になる事が決まっています。
FSOを地上では使わないの?
そんな長距離、高速で通信できるなら、地上(地球上)でFSO使わないのか?という疑問が出てくると思います。地上-衛星間と違って地上なら雲はないですし。実際、いくつか地上でもFSOは使われています。最近まで装置が市販されていましたし、数年前にはGoogleがアフリカで実験しているというニュースもありました。(関係無いですが、引用記事内にコンゴ共和国のブラザビルとキンシャサ
ってありますけど、キンシャサはコンゴ”民主”共和国の首都ですよね…)このように、地上でのFSOは細々と存在しているのはしているんですが、次に挙げるような問題点があって、なかなか普及していないのです。
光軸あわせが厳しい
先ほども説明した光軸合わせが難しいんです。先ほどのGoogleの記事を呼んでいただけれると書いてありますが、ビーム角が1ミリ度とかの光を数キロ先の5cmのレンズに当てなければいけないわけです。そりゃシビアですよ。かつて話を聞いたことがありますが、FSOは光軸あわせだけで1日がかりだったそう。しかも、地震や風で絶対にぶれないように相当に強固に設置しなければいけないし、それでも風とかでぶれるから、手ぶれ補正的な機能も必要なわけです。我々の商品LEDバックホールも同じような問題を抱えますが、ビーム角は1度とかなんで、もっとアバウトに繋がりますし、手ぶれ補正も必要ないので装置も軽い。慣れている人がやれば光軸あわせなんて10分で終わるんですが、それでも尚施工が面倒とか言われることもあります。それなのに、FSOでは1日がかりでの取付が必要となると… まあ、嫌がられますよね。
価格が高い
レーザーって性能は高いんですが、とっても繊細なんです。特に、温度に敏感。温度が高くてもダメだし、低くてもダメ。ちょっと温度が高いだけで寿命が劇的に下がりますし、温度変化で波長が変わってしまう、つまり速度が落ちることもあります。通信用レーザーは、短時間しか使わないレーザーポインターとかとは異なり常時発光状態です。ですから、冷却するためにファンレベルだけではなく、ペルチェ素子のような冷却装置を付ける場合もあります。また、屋外に設置するなら、逆の加熱装置も必要でしょう。
上で書いたように、光軸が厳密が故の「手ぶれ補正機能」というのも地上で動かす限り必須な装備ですから、そんな機能が色々と付いて、とにかく装置価格が高くなっちゃうんです。ライバルとなるマイクロとかミリ波とかの電波の通信装置は、FSOよりは速度は劣っていて、場合によっては免許や申請が必要かも知れませんが、装置価格は恐らく一桁安い。それに、FSOには光軸あわせというさらに初期費用を高くする要因もあります。となると、どうしても電波が使えないという状況じゃないと、FSOはなかなか選択肢にならないですよね。そういえば、さっきのプラザビル、キンシャサは両国の首都同士であり、国を跨いだ無線通信ということになるため、両国の電波行政に許可を取らなくて良いという点において光無線通信には向いています。けど、そもそも首都が隣り合わせになっているのって世界でそこだけですから、そんな需要が沢山あるかと言えばね…
天候に弱い
そんな高い装置を使っても、レーザーは天候に弱いんです。同じ光無線通信であるLEDバックホールも天候の影響を受けますが、所詮は通信距離300mです。たかが知れてます。レーザーの場合、地上だと数キロという通信距離となるため、天候の影響を受ける確率はその通信距離比で増えるわけです。雨や霧に対する減衰も距離が増えるほど大きくなります。相当リンクバジェットに余裕を持たせないと、ちょっとした天候変化で切断してしまいます。また、通信距離が長いとLEDレベルでは無視できた、空気のゆらぎ(陽炎)とか水蒸気の量とかでの減衰も効いてくるでしょう。
通信距離が短めな弊社LEDバックホールだと、適切な距離で通信すれば稼働率100%なんですが、長距離のレーザーとなるとどんな天気の良い地域であろうと100%は難しいでしょう。FSOの高い装置を使って回線を張っても、結局稼働率が高くはないとなるとちょっと採用しにくいですよね。
結局宇宙が向いている…
ただし、これら3つの問題点は衛星-衛星間だと、問題がないか、あっても小さなものになります。天候の問題はないですし、PATは難しいですが、そこさえクリアできればなんとかなる。価格が高いというのはどんな状況においても問題ですが、代替手段がなければ許容されます。無理に地上で使うぐらいなら宇宙で使えばいい。そういえば以前、FSOを開発しているエンジニアに話を聞いたことがあるのですが、彼もはっきりと「地上通信での使用はお勧めしない」と言っていましたしね。やはり、誰が考えてもFSOは宇宙、そういう結論になるわけです。
FSOとバックホール、LiFiの違い
最後に、バックホール、及びLiFi(ここでは2つ合わせて「地上型」とします)とFSOを比較した場合の、”レーザーである事”以外の違いというのを書いておきます。地上型はG.vlcやIEEE 802.11bbでもわかるとおり、OFDMベースの拡散(多重化)方式を採用しています。これは、光源であるLEDの性能の低さを補うという理由もありますし、OFDM自体に他にも沢山のメリットがあるために近代の様々な通信に使われています。まあ、この辺はこの記事等で沢山書きましたので詳細は省略します。
一方、FSOには統一規格的なものはなくて変調拡散は統一されていないんですが、通常はOOKのようなONとOFFで単純通信するパルス変調が使われます。パルス変調はノイズに強いので低SN比(ロバスト)な環境に強いものの、速度的な事を考えるとどうしてもOFDMよりも劣ります。まあ、元がレーザーなんで原始的な変調でもそこそこの速度は出ますが、OFDMにすれば少なくとも数倍の速度は稼げるだろう事を思えば、FSOが速度よりも通信距離や安定性を重視していることがわかります。
こうやって見ると、普通に考えれば「FSOと地上型では変調、拡散方式が違う」ってことで終わっちゃうんですが、それじゃつまらないのでもう少しひねります。現在のFSOの開発ポイントって、「レーザー光源というデバイス」、「PAT」、「(小型軽量化含む)宇宙環境への対応」の3つと考えられるんですよね。通信そのものはレーザーというデバイスに丸投げ。むしろ、光無線通信以外の部分の課題が多い。一方、同じ光無線通信であっても地上型は「高速化」や「通信範囲」、「通信安定性」、そして何より「低価格化」が求められています。より高速に安定して、様々な環境で使えるようにという要望です。レーザーというデバイスは今後地上型にも採用されるかもしれませんが、PATや宇宙環境なんて、現状地上型には全く関係無いです。FSOと地上型は同じ光無線通信ではあるものの、「課題とされる要素」には共通点があまりないんです。ということで改めて書きますが、我々がこれまでFSOについて触れてこなかったというのは、FSOと地上型では求められることが全く違う、そんな理由からなのです。
まとめ
今回は光無線通信としてのFSOという感じで書きました。地上でFSOを使うのは非常に難しいのですが、人工衛星で使うのであれば、とても有効な手段になり得ます。かつては静止軌道衛星ぐらいしかなかったのに、現在は衛星コンステレーション含めた小型衛星の数が莫大に増えています。周波数が有限である事は変わりないのに、求められる通信速度はどんどん上がります。そうなるとFSO、光無線通信の時代です。
今後宇宙用FSOはますます発展していくと思っています。これは間違いないでしょう。しかし、地上FSOはどうでしょうか?散々否定しておいてあれですが、もしレーザーダイオードなりPAT技術なりが熟れてくれば、つまり安く、小型になれば、もしかしたら地上で使うFSOが息を吹き返す可能性も否定はできません。我々、地上型光無線通信の技術者としては、そういう未来を期待しつつ、引き続きFSOをウォッチしていきたいと思います。
※1; かつてキヤノン株式会社より「CANOBEAM」というレーザーによる光無線通信装置が販売されていたが、現在は販売終了しており入手できない。
※2; 蛍光灯の放電で発生する光は紫外線であるが、蛍光灯の内側に塗られた蛍光体が放電により放出された紫外線を浴びることで白色光を放出する仕組みである。
※3; 電波法で定められた静止衛星の最大許容ビーム角のこと。