LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

どうしてLi-FiはOFDMを使っているのか?

記事更新日 2022年6月21日


はじめに

何度かこのブログにも書いていますが、我々が扱っていますLEDバックホールにしろ、OLEDCOMMのLi-Fi製品にしろ、光の変調にはOFDMを光の強さ(振幅)に変換するのDC-OFDMという方式を使っています。しかし、赤外線リモコンのイメージが強いのか、光ファイバーのイメージが強いのか、何度も何度も、時には大学の先生からも「光って点滅で通信しているんじゃないんですか?」というような質問を受けます。確かに、10Gbpsとか25Gbpsとかの高速な光ファイバーにおいても、未だ「点滅」で通信しているのは事実です。一方で、世の中の電波による高速無線通信はほぼOFDMに移行しています。光であり無線であるLi-Fi含む光無線通信で、なぜOFDMを利用しているのか?これまでも一部の記事でいくつかその理由を書きましたが、今回の記事で改めて説明しようと思います。

「あまり無線通信に詳しくない」とか「新入社員ですが、専門外の無線通信の部署に配属された!」みたいな人向けに説明したつもりなので、無線に詳しい人にとっては釈迦に説法となってしまいますが、お付き合い頂けると有り難いです。

有線によるデジタル通信と無線によるデジタル通信

デジタルデータを送信する有線の通信、例えばコンピューター内のCPUとメモリ、ストレージ間の通信、外部機器と通信をするUSBやHDMI、それらは全て0と1の通信、つまり電圧ONとOFFを識別することで通信しています。

0と1がONとOFFどちらになっているかは通信方式によって異なりますが、どちらにしてもONかOFFか、すなわち電圧が閾値よりも上か下かだけで信号を判断します。このことは、そもそものデジタルな電子回路の大前提といえる動作であり、皆さんが今使っているICもCPUもそのルールで動作しています。そして、それが電子回路における有線の通信にも使われている、ということだけです。

fig.1
図1:ON-OFFイメージ

一方の無線も、元々はON/OFF、すなわち電波の有無によって通信していました。無線のモールス信号がまさにそれです。打鍵する、つまりスイッチを押すとON、離すとOFF。上記の電子回路と同じONとOFFを切り替えての通信です。(良い写真がなかったので、”いらすとや”さんの図です)

fig.2
図2:モールス通信用の電鍵(by いらすとやさん)

モールス信号と電子回路が違うのは、電波で送る・受ける、ということ。残念ながらアンテナにそのままONとOFFの電圧をかけてもまともに電波は飛びません。電波として飛ばすためにはその言葉通り「波」である必要があります。そのため通信したい場合は、まず「ベースとなるある周波数の電波」を作って、それをON/OFFをすることで信号とします。ちなみに、この「ベースとなるある周波数の電波」の事を搬送波と呼びますが、モールス信号による電波通信はその搬送波をON/OFFすることで通信する通信と言えるでしょう。このような電波のON/OFFで通信する方式を、一般にOOK(On-Off Keying)又はASK(Amplitude-Shift keying)と呼んでいます。

fig.3
図3:OOKイメージ

ただし、モールス信号以降、電波による無線デジタル通信は様々作られましたがOOKは殆ど採用されていません。その最大の理由はOOKは周波数の無駄だから。実は、あのON/OFFでできる四角い波形(方形波)を作ると、周波数としてかなり広い帯域を使うことになります※1。速度の割りに広い帯域を使ってしまうOOK通信は、少しでも周波数を無駄にしたくない電波無線通信には使いにくいのです。

デジタル無線通信は今も様々進化していますが、現代ではOFDMが使われることが多いです。携帯電話の4G(LTE)も5GもWi-Fiも、そしてテレビの地デジなんかもOFDMです。OFDMの技術的な細かい説明まですると長くなってしまうのでここでは割愛しますが、簡単に言うとOFDMには以下の様なメリット・デメリットがあります。

メリット

  • 帯域を広げやすい(高速にしやすい)
  • 周波数利用効率が高い (効率が良い)
  • 反射波の干渉に強い(ISIに強い)

デメリット

  • 高い演算能力が必要
  • 増幅器の性能が必要

一言で言えばOFDMは無線通信としては非常に高性能だけど、装置側の性能も必要となるということになります。

電子機器の内部配線で使うようなON/OFFの信号をわざわざOFDMにする必要はありませんが、周波数の効率的な利用が何より求められる無線通信においては、性能を求めて機器が高価になったとしてもOFDMにする必要があるのです。

光によるデジタル通信

しかし、電波による無線通信と光による無線通信は、同じ無線であっても意味、内容が異なります。

光による通信と電波による通信の最大の違いは「周波数や位相を変調できないこと」。電波の通信では、搬送波に対して、周波数や位相を変化させて通信することができます。しかし、光は、現代の技術では振幅、つまり強さしか変えることができません。よく考えれば、それは当然のことです。なぜなら、電波は発振器※2によって「波形を作って」それを放出しているのに対し、現在作られている光は蛍光体であったり半導体であったり何らかのデバイスを「発光させているだけ」であり、波形から作っているわけではないからです。つまり、光は波形を変えることができないため電波のような変調はできない、ということです。OFDMは位相と振幅を変調した信号(の合成)ですから、当然のことながら、光で電波と同じようなOFDMは使えません。

一方、光はその広大な帯域から周波数利用効率を考える必要がありません。光の周波数帯域幅を無線に置き換えて考えたならば、光の周波数帯域幅は現代技術では「使い切れない」ほどに広いです。無線のように免許や申請があるわけではありませんので、どんな周波数のどんな帯域を使っても構いません。ですから、効率の悪い変調で周波数を無駄にしたとしても光無線通信では全く問題ないのです。

もう一つ、光はISIの影響が小さいということも挙げられます。ISIは、日本語では「シンボル間干渉」と呼ばれ、直接届く波と反射して届く波の時間差によって自分自身で干渉をしてしまうことを言います。OFDMはISIに強いという特長があります。反射波が到来することが前提の携帯電話やWi-FiではISI対策必須で、それ故OFDMが重宝されています。しかし、光では反射波はさほど意味を持ちません。多分、皆さんのイメージでは「光は反射しやすい」と思われているかも知れませんが、光が反射しやすいのは鏡や鏡面仕上げの平らな金属、静かな水面など「とっても表面がつるつるな」限られた面だけで、多くの物質において、電波に比べて大きく減衰(=散乱)してしまいます。ですから、ISIは電波ほど問題にならないのです。

そう考えると、電波では使いにくかったON/OFF方式、つまりはOOKも、光無線通信であれば俄然メリットが出てきます。OOKのメリットはなんと言っても簡単・単純なこと。しかも光は「発光」するので、電波のようにわざわざ発振器を使って搬送波を作る必要が無く、回路はより簡単になります。更にもう一つ、OOKはノイズに強い。ONかOFFの二者択一で、ONだけ検出できればいいわけで、雑音が非常に大きいところでも通信がし易いのです。光無線通信の環境というのは、(光なので当たり前ですが)電波と異なり常にいろいろな他の光が存在していて、電波環境よりもノイズが大きい(太陽光下ならとてつもなく大きい)のですが、OOKはその環境でも他の方式より通信が維持しやすいのです。

つまり、光無線通信とOOKはとっても相性が良いのです。実際、赤外線リモコンを始めとして、これまでの光無線通信の殆どにOOKが使われてきました。最初に書いたように、多くの人が「光無線通信といえば、Li-Fiといえば点滅(OOK)」と思うのは、歴史的に見ても、技術的に見ても当然のことなのです。

光無線通信におけるOOKの問題点

しかし、冒頭で書いたとおり、弊社LEDバックホールにも弊社が扱う仏OLEDCOMMのLi-Fiにも、OOKではなくOFDMが使われています。これは、高速化と光源、すなわちLEDの問題に由来します。

LEDは人間の眼で見ている限り非常に高速に点滅することができますが、高速な通信をするための光源として見た場合はさほど高速ではありません。点灯、消灯するには結構な時間がかかります。LEDの点滅性能は10%点灯から90%点灯まで、及びその逆の90%点灯から10%点灯までの時間で表されますが、要するにこの時間が結構長いのです。ONとOFFだけで通信をするOOKでは、この点滅速度がそのまま通信速度の上限に関わってきます。最大通信速度が100Mbps程度で済んでいた時代であればそれでよかったのですが、それを超える速度になってくるとOOKでは高速化が難しくなっていきます。

fig.4
図4:LEDの点滅の性能

有線のイーサネットなどは、OOKを高速化するためOOKの一種であるPAM(パルス振幅変調)という通信を使っています。単純なON/OFFだけでなく振幅にも情報を持たせるという変調です。振幅の段階をON/OFFだけの2段階から3段4段と増やすことで、一つの信号(シンボル)で複数ビットの情報が送れるようになります。ですから、ON/OFFの点滅速度は変えずに、通信の速度を上げることができるようになります。

fig.5
図5:PAM

ですが、PAMの段数を増やせば増やすほど、つまり通信速度を速くすればするほど、OOKの特長である「ノイズに強い」という特性は失われます。有線の通信であれば変動の少ない低ノイズ環境での通信ですからPAMの威力も活かせますが、無線環境ですと信号の変動も大きく、ノイズも大きいためPAMで高速化といっても限度があります。正直、PAMは物理法則的※3にも効率が良いとは言えません。

つまり、OOKでの光無線通信は、LEDが光源であるかぎり点滅速度をこれ以上速くすることは難しく、無線である限りPAMの段数を上げることも難しい、という物理的限界に達してしまっているのです。

光のOFDM

それだったら光でも電波では広く使われているOFDMだ!という事になる訳なのですが、前述の通り現在の技術では光の周波数・位相変調ができず電波のようなOFDMはできません。もし、電波のように光を波形から作ることができるようになれば、今日では考えられないようなことができる(例えばペタbpsクラスの通信可能になる)ようになると思いますが、それは相当先の話となるでしょう・・・

”仕方がないので”、今現在は振幅、すなわち光の強さにOFDM信号を載せるといううことをやっています。

fig.6
図6:DC-OFDM

この方式をDirect Current biased-OFDMでDC-OFDMと呼んでいます。光にOFDMを載せる技術はいくつかありますが、その中で最も簡単なものがこのDC-OFDMです。OFDM信号をそのまま振幅で表すだけです。ただし、電波は電界ですからプラスマイナス両方存在しますが、光は光の「明るさ」だけですのでプラスの値しか取れません。したがって、プラスからマイナスまで全部の波形を振幅に載せるため、必要な光の振幅は大きくなります。しかも、OFDMそのものは、(理論上は)多数の搬送波の合計であるため、頻度は高くないものの振幅的にピークがすごく大きくなる瞬間があります。これをピークピーク値(P-P値)やピーク対平均値比(PAPR)が大きいという言い方をします。その大きいP-P値を全て光の振幅に収めることができればいいのですが、LEDの光の振幅、つまりは光の明るさの幅はそこまで大きくないため、無理矢理全て波形を押し込もうとすると、平均的な波形部分が小さくなって通信全体を見たときのS/Nは低下してしまいます。多くのDC-OFDMでは、ピークの一部を捨てる行為が必要となります。

fig.7
図7:ピークとエラー

また、OFDMがP-P値やPAPRが大きいと言うことは、値の変動が大きいということでもあります。LEDは(繰り返し述べているとおり)光の変化速度が速くないデバイスです。また、LEDはかけた電圧(電流)に比例して光の明るさが変化するのですが、かけた電圧の大きさに対し「完全にリニアに」光の明るさが変化するわけではありません。P-P値を再現できない、波形も完全ではない、そのようなLEDの性能により、振幅のみで波形を表現するDCーOFDMではOFDMの理想的な波形を完全に再現することができず、元の波形と比べ歪んでしまいます。つまりは、LEDの性能によって速度の上限があるという点において、OOKとDC-OFDMは同じ問題を抱えています。ただし、同じようにLEDの性能の問題が存在するOOKとDC-OFDMですが、じつはそれに対応するための「できること」が異なります。

無線通信一般の話ですが、例えば距離が近い等で高いS/Nが維持されているのであれば、通信速度は速くできるでしょう。一方、その逆で距離が離れていてS/Nが維持できない場合は、低い速度で通信する必要があるでしょう。20世紀の無線通信は通信速度固定の場合が多かったのですが、今時の通信ではS/Nに合わせて通信速度を変えることで効率的に通信ができるようになっています。携帯電話もWi-Fiも使用しているこの方式を「適応変調」と呼びます。基本的にこの適応変調は通信環境の変化に対応するために使われていますが、これでLEDによる波形の歪みに”も”対応する事も可能です。

説明は省きますが、通信において1信号あたりの時間(チップレート)を通信中に変更することは極めて難しいことなので、OOKで適応変調に使えるのは振幅のみ。そうです、いわゆるPAMです。しかも、LED程度の振幅と光のノイズ環境ですと、精々4段が精一杯。それ以上は、相当に環境が良くないと苦しい。つまり、OOKの適応変調は実質2段階しかなく、LEDの波形の歪みに対応どころか、環境の変化に対応することすら十分ではありません。

DC-OFDMは、元がOFDMですので振幅と位相を変化させることで、通信速度を変えることができます。皆さんも聞いたことがあるであろうQAMです。16QAMや256QAMなど2のn乗の数値をとり、それは1シンボルn(bit)送信できることを意味します。16QAMは2の4乗、つまり4bit、256QAMは同様に8bit。つまり256QAMは16QAMの倍の速度で通信できると言うことです。段数は刻めるため、速度はPAMよりも細かく変化させることができます。しかもOFDMでQAMを使えば、適応変調をサブキャリア毎に使うということもできます。その場合、適応変調の階調は、QAMの段数 x サブキャリア数となるため、全体としての速度の変化は何百、何千段階にも変化できます。

fig.8
図8:サブキャリア毎の適応変調

しかも、LEDの歪みの特性は、全帯域フラットに発生するわけではなく、サブキャリア毎に変わりますし、当然のことながら高い周波数のサブキャリアほど歪みやすくなります。つまり、サブキャリア毎に適応変調かけるというのは、じつはLEDの能力を効率的に使用するのに向いているのです。

LEDバックホールやOLEDCOMM Li-FiがOFDM(DC-OFDM)を使っているのは、LEDの性能を最大限使うためなのです。

さいごに

弊社LEDバックホールやOLEDCOMMのLi-FiでOFDMが使われているのは、LEDの性能を最大限活かすためです。しかし、それをしたとしても恐らくは1Gbpsを超えるぐらいが限界なのではないかと考えられています。光無線通信でこれ以上の速度を出そうとする場合、レーザーダイオード(LD)の使用は不可避です。すでに光ファイバーの光源はほぼすべてLDに変わっています。光ファイバーのLDは(1芯であっても)数十Gbpsの速度を出すことが可能です。光ファイバーと光無線通信は技術的に大きく変わるものではありません。ですから、将来的には光無線通信でも今の光ファイバーに近い速度が実現するであろうと考えられています。


※1; フーリエ変換という計算を行うことで、方形波を複数の正弦波の合成として表すことができ、それによると方形波はかなり広い範囲の周波数を持つ正弦波の合成になるということが分かっている。フーリエ変換のWikipediaのアニメーション図がわかりやすい。

※2; オシレーターとも呼ぶ。電波通信では精密な発振器により、正確な周波数の正弦波による搬送波を作らなければいけない。特に高周波であればあるほど正確さが求められ、装置は高価になる。

※3; シャノン・ハートレイの定理によれば、通信容量Cは C = W x log(1 + S/N) :Wは帯域幅、S/NはSN比 で表される。SN比のマージンを利用しての速度向上は効率的ではなく、帯域幅を広げることが最も通信容量向上に寄与する。OOK・PAMにとって帯域幅を広げることは、すなわち1パルスあたりの時間を短くすることである。