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光のカスケード接続とは? (後編)
記事更新日 2022年11月1日
はじめに
光無線通信のメリットの一つはカスケード接続がし易いことです。これは光が直進性が高く、電波のように後ろに回り込むということがないからです。光無線通信では、実際のところ光が電波のように回り込まないから仕方なくカスケード接続しているというケースも多いのですが、とはいえカスケード接続にはいろいろな効用もあり、光無線通信以外でも使われます。カスケード接続とはなんなのか、どのように使われるのか、何故光無線通信なのか、説明させて頂こうとと思います。
前編では、無線カスケード接続の原点でもあるリピーターについて書きました。後編の今回は、新しい技術から光無線通信のカスケード接続について書きたいと思います。
リレー
FDDのリピーターは、電波を単純に増幅するだけなので簡単な構造で(アナログ部品だけで)構成することができ、安価でした。しかし、TDDのリピーターだと、無線部分はFDDより単純になるものの基地局から出る電波と完全に同期しなければいけないため、一種の「コンピューター」である必要があり、高価になる(しかも、故障しやすくなる)という問題がありました。
じゃあ、どうせ高価になるなら、もう少し機能を追加すればいいじゃないの?というのがリレーという機能です。LTE-Advanced(Release.10)で追加されたものです。リレーは、リピーターのように単に増幅する訳ではなく、受信したデータを再構築して吹き直すというものです。ちょっと言葉じゃ分かりにくいので、図にしてみます。
一旦受信したデータは復号処理が行われ、データだけが抽出されます。そして、再び暗号化、分割や結合などが行われ、CQIやセルID(PCI)などは元の基地局と別のものが付与され、端末に送られます。つまり、リレー局はほぼ基地局と同じような動作をするリピーターと考えることもできます。
わざわざ、信号を処理し直しているのは理由があります。FDD、TDDに限らずリピーターの基本は、電波の増幅です。この増幅という行為は、もちろん信号を増幅するのが目的ではありますが、一方で同時に雑音も一緒に増幅することも意味します。雑音ごと増幅してしまうため、通信品質の指標となる信号対雑音比(SN比)を向上させることはできません。言い換えれば、リピーターの受信時のSN比よりSN比が良くなることはない、ということになります。一方で、一旦信号を復号し、符号化し直せば再び基地局が電波を吹くのと同等のSN比に戻せるので、リレーは通常のリピーターより高速に通信ができる可能性があります。
このリレーの使い道はリピーターと一緒で、屋内、トンネルなどの閉空間や、山間部などのエリアの拡張などです。しかし、リレーに関しての説明を聞けば、おおよそ皆さん同じ疑問を抱くでしょう。「ここまでするなら、普通に基地局を置けばいいのでは?」と。実際、運用する側の人達も多くがそう思ったらしく、このリレー技術は携帯電話においてはほぼ使われていない技術となってしまっています・・・
Wi-Fi メッシュ
ですが、実はリレーと似たような考え方がWi-Fiで使われています。Wi-Fi中継器やWi-Fiメッシュと呼ばれるものがそれにあたります。両者は非常に似た技術なので、ここではWi-Fiメッシュだけを取り上げます。
普通Wi-Fiアクセスポイント(AP)は、有線のイーサケーブルに繋がっていて、そこの通信を無線化しているものですが、Wi-Fiメッシュでは、有線に繋がっているのは親機となるAPだけで、子供のAPは親APからのWi-Fiの電波、または他の子APからのWi-Fiの電波を受けて、さらに別のWi-Fi電波を吹くというものです。これによって、イーサネット、つまりはインターネットに繋がっているのは親AP1台であっても、子APによってWi-Fiのエリアを広げることができるのです。
子APが次の電波を吹くときは、親AP(又はリンク元の子AP)との通信に使用しているのと同じ周波数は使えないために、別の周波数を使います。例えば、子APが親APとの通信に2.4GHz帯を使っていたとしたら、その子APが吹き直すWi-Fiの電波は2.4GHz以外、例えば5.2GHz帯(W52/53)でなくてはいけません。Wi-Fiメッシュで使える周波数は、日本においては2.4GHz帯、5.2GHz帯(W52/53)、5.6GHz帯(W56)の3つバンドとなります。W56帯は、レーダーを回避する機能が必要でちょっと特殊なため、安価なWi-Fiメッシュだと2バンドまで対応が一般的で、高級機だと3バンド使えるものが出てきます。それはさておき、Wi-FiメッシュAPはこの2 or 3つの周波数を上手く(自動的に)切り替えながら、Wi-Fiのエリアを広げています。
され、簡単にWi-Fiメッシュを説明しましたが、よく考えるとこれって携帯電話のリレーと同じことやってますよね?有線で繋がった局(親AP/基地局)からの電波を受けて子機(子AP/リレー局)が受信し元データに戻した後、もう一度そのシステム(Wi-Fi/携帯電話)の電波で出し直す。リレーはリピーターの発展であるために同じ周波数でも再送できるという機能があって、やっていることはWi-Fiメッシュよりも少し高度です。ただ、いずれにしてもリピーターの進化形はメッシュとか、リレーとかそういった形である、そう言えるのは間違いないと思います。
リピーターとMIMO
リピーターが進化しなければいけない理由がもう一つあります。それは、MIMOです。MIMOは電波の経路の数だけ多重化が図れるという技術です。MIMOは数学(ベクトル)が絡むとても面倒な概念なので詳細な説明はここでしません(できません)。原理はともかく、実装の際は「電波が伝搬する経路が複数あればいい」ので、基地局やAPにおいては複数のアンテナを距離的に離して※1配置することでMIMOを実現します。それにより、一本のアンテナで通信するのに比べてx倍の速度で通信ができるようになります。MIMOは2x2とか4x4とか表現します。Wi-Fi APの表記で見たことがある人も多いと思います。これは「送信アンテナ数」x「受信アンテナ数」を意味して、最大速度は(1アンテナの場合と比べて)少ない方のアンテナ数倍となります。例えば2x2や4x2なら2倍、4x4なら4倍です。MIMOはLTEや802.11nから採用された比較的新しい技術ですが、最大通信速度を劇的に上げることができるため、ほぼ全ての、基地局、AP、端末が対応していますし、携帯電話やWi-Fi以外でも様々な技術で使われるようになりました。
さて、ここでリピーターです。MIMO前のリピーターは上り、下りそれぞれ1系統増幅すれば十分でした。しかし、MIMOの理論から考えると、アンテナ1本で通信する、つまり1系統しかないリピーターを使用した場合、その瞬間にMIMOは一切機能しなくなります。ですから、リピーターでMIMOを使用しようとするならば、複数アンテナ用意して複数系統増幅する必要が出てきます。
図の通り、MIMOを活かすために、これまで1台で済んでいたリピーターをMIMOのアンテナ本数分準備しなければいけなくなったのです。2x2MIMOだとしても、リピーターのハードウエアが倍になるのに加えて、アンテナもRFケーブルも倍になる・・・ アンテナは屋外2本、屋内2本(個)の計4個になるので、さらに面倒です。だからといって、MIMOの効果が十分に活かせるかというと結構微妙※2。
Wi-Fiメッシュなり、リレーなりの場合は、そのそもがAPだったりほぼ基地局だったりするわけで、MIMOで受けて、改めてMIMOで出し直すことは難しくありません。しかも、MIMOの効果もMIMOに対応したリピーターより高くなることが予想できます。そう考えると、通信速度にかなり影響するMIMOを捨ててまでリピーターを設置することがはたして正しいことなのか・・・
というわけで残念ながら、MIMOの時代になり単純なリピーターは通用しなくなってしまいました※3。現在の無線システムでは新しい基地局を置くとか、リレーやWi-Fiメッシュを行うとか、より高機能な装置でしかエリアを広げることができなくなってしまったのです。(もちろん、速度を無視してもエリアを広げたいというニーズもありますので、完全に不要になったというわけではないのですが・・・)
アイソレーション
Wi-Fiメッシュを別の見方をすると、Wi-Fiの電波をバックホールとしたシステムであるという言い方ができると思います。Wi-Fiの電波をバックホールとしてWi-Fiを吹いているのです。リレーも同じです。LTEの電波をバックホールとして、LTEを吹いているという言い方ができます。これらは、同じ無線システムで次々と繋げていく無線カスケード接続とも呼べるでしょう。
ただし、Wi-Fiメッシュの場合、子のAPは親APと接続するのに使っている周波数(バンド)と同じものは使えません。これは、言い方を変えると一つのパケットを送るのに2つの周波数を使ってしまっているのと同じです。Wi-Fiメッシュは確かにエリアを広げる簡単な方法ではありますが、自分で使えるはずの周波数をバックホールのために使ってしまっているため、決して周波数利用効率の良い方法ではありません。
リレーの場合は、別の周波数バンドを利用することもできますし、同じ周波数を使うことをできます。ただし、その場合は、子機が送信する時間と親機が送信する時間を分けることで機能を維持します。ですから、周波数を変えるときと同じで、やっぱり(携帯電話として使えるはずだった)自分自身の電波を浪費してしまいます。特に、携帯電話の周波数というのは各事業者が大変な思いをして勝ち取った(海外の場合は「購入」した)周波数なのでとても貴重です。できる限り、自分の周波数は収益に繋がる「ユーザーとの移動体通信」に使いたいものです。リレーが使われない理由も、そんなところにもあるかも知れません。
Wi-Fiメッシュやリレーのように電波でカスケードをしようとすると、受信側と送信側を異なる周波数にするか、時間で区切るか、いずれかの方法が必要となりますが、その理由は前回説明したようにアイソレーションが必要だからです。電波はどうしても広がります。送信しながら、一方で受信しようとするならば、送信と受信との間にアイソレーションが必要となります。通常のリピーターはそれを「物理的な距離」で取っていました。Wi-Fiメッシュのように送受信一体型が必要な場合は、アイソレーションがとれません。もし送受で別の周波数が使えるのであれば、違う周波数を使うのがアイソレーションを取る最も簡単な方法です。
リレーやメッシュのような方式だけではありません。1対1で通信する無線機でもカスケード接続する際にアイソレーションが必要なのは変わりません。指向性が高いアンテナであっても、横や後ろに電波が発射されるのを完全に防ぐことはできません。また、電波は反射も回折もあります。ですから、近くに設置された二つのアンテナで通信に全く影響ないほどのアイソレーションを取ることは相当に難しいことです(電波は距離の二乗で減衰するため、遠近の問題は思いのほか大きい)。ですから、カスケード接続する場合は、チャンネル(つまり周波数)を変えるケースが多くなります。これは、使える周波数の一部しか使えていないということになり、やはり周波数の無駄遣いと言えるでしょう。
光のカスケード
というわけで、やっと結論まで来ました。光通信の話です。
残念ながら光無線通信には明確な弱点があります。それは伝搬しにくいくいこと。光は「もの凄く高い周波数の電波」ですので、とにかく拡散しにくいです。電波のようには広げることができません※4。広げようとすると通信距離が極端に短くなります。透過も回折も弱いです。厚紙一枚で遮蔽されてしまいます。また、反射も電波に比べればしません。いや「反射しない」はちょっと語弊がありますね。正確には「光は反射で拡散しやすい」ですね。拡散するとその結果散らばって減衰します。皆さん、鏡のイメージで「光は真っ直ぐ反射しやすい」と思っているでしょうが、それは真っ平らに作った人工物だから反射しやすいだけです。一方電波は、ざらざらな金属面であってもきれいに反射します。光は拡散しやすいのです・・・
つまり光は、電波に比べ「広げにくい」、「透過、回折、反射が弱い」という性質を持つため伝搬しにくく、その結果見通し通信(LOS)しかできません。しかし、それはカスケード接続する際にはメリットとなります。光無線通信は前しか飛ばないため、近くの無線機を置いても全く影響を受けません。これは、無線機同士が近くともアイソレーションが非常に大きくできると言い換えることができます。そして、その性質により光無線通信では、カスケード接続を何も意識しなくても出来るのです。
写真は実際のカスケード設置した時の中継点です。こんな感じで2台並べてもアイソレーションは完璧なので全く通信速度に影響はありません。光無線通信はカスケードにとっても向いている通信だと言えるでしょう。
まとめ
電波のカスケードではアイソレーションが取りづらく、周波数を変えるなり、時間で分割するなりの対策が必要となります。しかし、光のカスケードであれば、アイソレーションを気にする必要も無く、好きなだけカスケードできます。
携帯電話の基地局はどんどん周波数が高くなっていきます。そうなると、1基地局辺りのエリアは狭くなり、エリアをカバーするために必要となる基地局の数は増えていきます。バックホールとして全ての基地局に高速光ファイバーが敷設できること、性能的なことを考えればそれが最高です。その代わりにコストは高くなります。TDD、高周波数、MIMOを考えると、今の時代リピーターは良いアイデアとは言えません。そこで、無線バックホールです。しかも、カスケード接続して繋げていければコストはさらに安くできる。そこで、カスケードしても速度の落ちない光無線通信が役に立ちます。
今回は、このたった数行の結論を言うためだけに、2回に分けて長々といろいろな説明をしてきました。光無線通信の説明と言うよりも、殆どが電波無線の説明になってしまいましたが、逆に電波無線の性質を説明することにより、光無線通信のメリットというものがご理解頂けたのではないかと思います。
※1; 携帯電話の場合は偏波アンテナを使い、偏波の違いでMIMOを実現することが多い。 ※2; MIMOの効果はシミュレーション等でもなかなか想定しにくく、置いてみないと分からない。 ※3; 無線リピータを指す。光ファイバーなどで繋ぐ有線リピーターはその限りでは無い。 ※4; 多くのLED照明のように光源(LED等)を多数実装すれば、通信光を広角に広げることはできるが、ここでの「広がらない」はある光源に対して光が広がるか広がらないかを指している。