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光のカスケード接続とは? (前編)

記事更新日 2022年10月18日


はじめに

光無線通信のメリットの一つはカスケード接続がし易いことです。これは光が直進性が高く、電波のように後ろに回り込むということがないからです。光無線通信では、実際のところ光が電波のように回り込まないから仕方なくカスケード接続しているというケースも多いのですが、とはいえカスケード接続にはいろいろな効用もあり、光無線通信以外でも使われます。カスケード接続とはなんなのか、どのように使われるのか、何故光無線通信なのか、等々、2回に分けて説明させて頂こうとと思います。

カスケードって何?

カスケードって何?という方のためにカスケードについて説明します。カスケード(cascade)を英語の辞書で調べると、”小滝, (大滝や段々滝の一部の)分かれ滝”となっています。それが転じて電子機器などの直列接続となったようです。デイジーチェーン(数珠つなぎ)はカスケード接続の一種ですね。カスケード接続でよく例に挙げられるのが、LANのハブとUSBです。

fig.1
図1:LANのカスケード接続

多段の滝が小さい滝に分かれて広がっていくようになっている、これがカスケードであるということです。USBでハブの下にハブを繋いで使っている人はあまり見たことが無いですが・・・ カスケード接続ではハブみたいなものを使って順に枝分かれしていきます。ただし、根元の回線をぶら下がっている機器で共有していくわけですから、全体の速度が上がるというわけではありません(LAN内通信があるだろというのはここでは除外)。カスケード接続のメリットとして

  1. 繋がる台数が増える
  2. 繋がる場所が増える
  3. 繋がるエリアが増える

というもの挙げられます。もともと複数台と接続できることが多い無線通信においてカスケードを行うメリットは、だいたい2,3を狙ったものになります。

電波でカスケード

例えば1対1で通信するような装置を利用してカスケードを行う事を考えてみましょう。図は1対1なので、カスケードの内のデイジーチェーンと呼ばれる接続です。こうやって行くことで、途中で機器を繋げることもできますし、通信範囲を広げていくこともできるわけです。

fig.2
図2:無線カスケード

それでは、この接続で何か問題があるでしょうか・・・

結論から先に書いちゃいます。ここは光無線通信のブログなので想像が付くとは思いますが、言いたいことは電波は広がってしまうために隣の無線機に影響を与えてしまうが、光は直進性が高くて隣の無線機にほぼ影響を与えません(だから光無線はイケてる)ということなんです。でも単純にそんな事を、そのまま書いても何も面白くありません。ですから、皆様にいちばん近い存在である、携帯電話とWi-Fiに関する「電波のカスケード接続」を説明しつつ、何故光でカスケードなのか、という流れで説明していきます。

リピーター

電波のカスケード接続といえば、リピーター(レピータとも表記されます)を抜きでは語れません。知っている方だとリピーターをカスケード接続と呼ぶのか?という疑問が湧いてくると思いますが、いったんその疑問は無視して、リピーターを知らない方のためにリピーターとはなんなのかを簡単に説明したいと思います。

fig.3
図3:リピーター

リピーターは、携帯電話で使用されます。携帯電波の電波の届いている場所で電波を受信し、その電波を大きな建物内や地下、トンネルなど通常だと電波の届かない場所に引き込む、そういった装置です。リピーターはただ引き込むだけではなく、地上で受信した携帯電話基地局からの電波、及び携帯電話から基地局へ送られる電波はリピーターによって増幅されますので、リピーターのエリア内では安定した通信が可能となります。

しかし、無線だと(LANのカスケードのように)単純に通信速度をシェアするだけになるわけではなく、無線ならではのメリットがあります。リピーターは基地局の電波を受けて増幅しているだけなので、基地局の通信容量の上限が上がるというわけではありません※1。しかし、基地局を建てずとも比較的簡単にエリアが広げられるため、このリピーターは3G(CDMA)の時代まではよく使われていましたが、4G(LTE)の時代になると、使われる頻度が下がっていきました。これは主にFDDとTDDの違いに起因します。この意味を理解するために、リピーターの仕組みと問題点(というか、ルールと言った方がいいと思いますが)を見ていきたいと思います。

リピーターのルール

リピーターの役割を一言で言えば「音声をマイクで拾って、別の場所にあるスピーカーで出す」です。単純に電波を引き込んでいるのではなく、拾った電波を増幅して出します※2。携帯電話は双方向通信なので、基地局からの電波を増幅するだけでなく端末側からの電波も増幅して基地局に送っています。増幅するのでブースターと呼ばれたりもしていました。

fig.4
図4:リピーターの上り、下り

さて、ここでリピーターのルールの話になります。リピーターの役割は電波の届かないところに届かせる事です。多くの場合、基地局から電波を受け取るアンテナを屋外に立てて、そこから地下とか室内(業界用語で閉空間)に電波を出し直します。例えばトンネル用リピーターであれば、トンネルの出入り口にアンテナを置いて、そこからトンネル内に電波を引き込んでいます。ここでポイントというか、当たり前のことなんですが、リピーターは「引き込み用のアンテナは電波の強いところ、閉空間側のアンテナは電波の弱いところ」に設置されますので、引き込みアンテナと閉空間アンテナは離れた場所にあるという事になります。

この離れた場所にあるというのが重要なリピーターの重要なルールの一つです。この章の最初に書いたマイクを思い出して下さい。マイクとスピーカーを近くに置くとどうなりますか?皆さんも経験があると思いますが、キーンと不快な高い音を発生しますよね?ハウリングと呼ばれる現象です。

  1. スピーカーから出た音をマイクで拾い
  2. それを増幅させて
  3. 同じスピーカーから出す
  4. 再びマイクで拾う 以下繰り返し・・・

これがハウリングの原理です。これがぐるぐると繰り返しループするために、特定の音が増幅されて不愉快な音が出たり、最悪スピーカーが壊れる、なんて事象が発生します。このハウリング、処理の繰り返しで発生する現象のため、英語では「feedback」と呼ばれるようです(ハウリングは和製英語らしい)。

fig.5
図5:ハウリングの仕組み

電波でも同じことが起こります。引き込みアンテナ基地局から受けた電波を増幅して、閉空間側のアンテナのアンテナが出すわけですが、これを引き込みアンテナが(十分な強さで)受信出来てしまうと電波のハウリングが発生します。ハウリングにより巨大なノイズが発生し、通信のS/Nは大きく低下します。これを発生させないために、両アンテナは十分に離れていなければなりません。この、どれだけ離れているかを表す尺度をアイソレーションと呼んでいます。リピーターではアンテナの設置場所だったりアンテナの方向だったりを工夫して、十分なアイソレーションを取る必要があります。

最近のリピーターだと、自分の増幅した成分を再度増幅しないようなキャンセル(フィルター)機能を持ち合わせているものも存在し、物理的にアイソレーションが取れていないと必ずしも成立しないというものではありません。最近のノートPCでマイクとスピーカーが近くてもハウリングが発生しないのと同じ原理です。そんな技術の進歩により送受一体型リピーターというものも出始めてきました。しかし、キャンセル機能をもってしても、一体型ではあまり大きな増幅をできないとか、周波数や指向性がある程度制限されるなど、決して万能ではありません。やはり、リピーターはアイソレーションがとれることがとても重要なルールだと言えます。

FDDとTDD

さて、FDDとTDDの話に戻ります。3Gまでの時代の周波数、具体的数値で言うと2.1GHz以下ではFDD(Frequency Division Duplex)が使われています。これは下り(基地局から端末)と上り(端末から基地局)の周波数が、ちょっと離れた別の周波数であるシステムのことを指します。上下で別の周波数で2回線使って電話のような双方向通信していると思えば、わかりやすいですね。例えば、NTTドコモが使用している2.1GHz帯の周波数は

  • 上り 1940~1960 MHz
  • 下り 2130~2150 MHz

となっています。この周波数帯においてはお互いが干渉しないように上りと下りで200MHz近く離れていますが、ペアでちょっと離れていて上手く空いている周波数というのはなかなか無いもので、これは周波数割り当て的にはとっても面倒なことです。また、上りと下りが全く同じ20MHz幅割り当てられています。上下で同じ量通信することを想定していたためこうなっていますが、これはかつて携帯電話の主な役割が音声通話だったころの名残です。音声通話は当然上りと下り同じ量のトラフィックがありますが、今や音声通話など携帯電話の通信の内のほんの一部でしかありません。通信の殆どはインターネットへの接続。そして、インターネット通信は通信の殆どが下りです。iCloudやGoogle Driveへのクラウド同期だったり、youtubeの配信、TickTokなど以前に比べればアップロードが増えましたが、それでも上りの通信量は下りに比べれば遥かに少ないです。ですから、上りと下り同じ周波数幅を割り当てるというのは、今となってはとても無駄なことになってしまいました。

そんなこともあって、4G(LTE)以降の周波数※3、数値で言うと2.5GHz以上ではTDD(Time Division Dulplex)が用いられています。TDDは、時間で上りと下りを分けます。ある一定時間上りで、ある一定時間は下り。まあ、一定時間と言っても1ms以下の時間で上下は切り替わりますから、人間には分からない短い時間ですし、例えば電話とか通信する上で困ることはありません。

TDDのメリットはいくつもあります。周波数割り当てが簡単だというのは大きな要素です。しかし、TDDの最大のメリットは上りと下りの割合を設計者(= 携帯電話事業者)の裁量で変えられる事と言えるでしょう。下りのデータが多ければ下りを増やしてもいいですし、上りが多ければ上りを増やしてもいい。その部分が「フレキシブル」なために、周波数利用効率がFDDに比べて格段に良くなります

fig.6
図6:UL/DLストット配置(例)

TDD方式は、実はPHSから使われていました・・・ といっても今の若い人だとPHSを知らないかも知れません・・・ 知らない方はググって下さい。フルデジタル通信であったPHSはデータ通信でもよく使われていました。インターネットをモデムで繋いでいた時代、PHSは32kbpsとか64kbpsとか当時としてはかなり高速な部類だったので、PCに繋ぐデータ通信ドングルとしてよく使われていました(PCカードのやつです)。しかし、それでもPHSのメインのコンテンツは「電話」でしたので、TDDであっても上りと下りの割合が完全に5:5になっていました。同じくTDDのLTEや5Gはデータ専用で、音声通話には対応しておらず※4、上り下りの割合はよくて7:3、場合によっては9:1で下りが多い設定になっています。いずれにせよ、ポイントはその割合は携帯電話事業者が決定して良く、(頻繁に変更するものではありませんが)変更が可能であり、そのことが電波利用効率向上に大きく寄与しています。

TDDのリピーター

で、またまたリピーターの話に戻ります。ここまで説明してきたリピーターというのは、実のところFDDのリピーターのことを説明していました。FDDのリピーターの構造はシンプルです。上りと下りの周波数が異なるため、異なる周波数の増幅器がそれぞれ付いているだけです。

FDDであれば、上り下りとも決まった周波数を増幅すればいいだけですから、周波数の幅やらアンプの性能やら色々前提条件はありますが、FDDリピータは技術的にはCDMAでもLTEでも5Gでも、同じ様に機能します。だから、例えば2.1GHzt帯の20MHz幅のうち5MHzが3GのCDMAで残り15MHzがLTEだったとしても、一台のリピーターで両方のシステムのリピーターとして機能します。増幅さえできればいい、リピーターは言わば「アナログ」な機器だったのです。

しかし、TDDでは単に増幅すればいい、というわけにはいきません。なにせ、上りと下りが時間で変わるわけですから、単純に増幅すれば良いわけではありません。上りと下りの入れ替わりは超高速ですから、基地局からの電波を把握して、基地局と完全に同期する必要があります。またFDDのリピーターはある程度遅延に猶予がありますが、TDDのリピーターは遅延にも厳しいです。ですので、機種にもよりますが、TDDのリピーターは基地局の電波をある程度読めたり(デコードできたり)、同期用GPSが必要だったり、設定項目が多岐にわたったりと、かなり「インテリジェンス」な機器である事が必要となります。

fig.7
図6:上りと下りの切り替え(例)

TDDのリピーターがFDDほど広がらない理由の一つはここにあります。FDDのリピーターは増幅器さえなんとかなっていれば良く、基地局よりも圧倒的にシンプルな機器でしたが、TDDのリピーターは基地局ほどではないにせよある程度高度な機器となるわけで、そのため故障のリスクも大きい。そして、何より装置価格が高くなる。それなのに、あくまでリピーターですから通信容量が劇的に増えるわけでもない。そして、TDDで使われている周波数は高いから、そもそもエリアが広くはならない。

というわけで、どうしても圏外を作らないための、低い周波数用FDDリピーターというのは、未だ健在なのですが周波数の高いTDDのリピーターというのはあまり増えませんでした。

まとめ

今回は次回のカスケード接続の説明をするために、アイソレーションの話や、FDDとTDDのリピーターの違いなど、敢えてリピーターの現状的な話をしました。TDD時代のリピーターにはもう一つ致命的な欠点があるのですが、次回はその欠点とともに、リレー、Wi-Fiの話、そして「今だからこを光無線通信のカスケード接続が必要である」ということを説明していきたいと思います。


※1; 携帯電話は弱い電波を使って通信するよりも強い電波を使って高速通信した方が電波の「利用効率」が上がるため、結果的に電波の弱い場所にリピーターを置くと基地局全体のスループットは上がる。そういった意味での容量アップは見込める。

※2; 無線値直結タイプのリピーターの中には、一部増幅しない機器もある。

※3; 正確に言うとWiMAX、XGP世代以降。

※4; LTE世代から電話用の回線交換(CS)方式が廃止されたという意味。VoLTEなどのIP系の電話はLTE、5Gでも可能である。