LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #18

ビームフォーミングってなに?

記事更新日 2024年11月12日


はじめに

理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第18回です。

最近の記事で、ミリ波に関することを書くことが多くなっています。改めてミリ波の定義を書きますと、ミリ波というのは波長がミリメートル単位、すなわち1~10mmになる電波のことを指します。波長は、光速(約3億m/s)÷周波数で求めるため、厳密な定義でミリ波の範囲を周波数で表すと30GHz~300GHzとなります。しかし、通信業界では、もう少し緩い定義で20GHz以上300GHz以下の周波数をミリ波という事が多いようです。5G用に割り当てられている28GHz帯もミリ波と呼ばれますし、高周波Wi-FiであるWiGigが使う60GHzもミリ波です。その他、最近の自動車に積まれている衝突防止や接触警告用のレーダーにも24GHzや79GHzのミリ波が使われています。

で、そのミリ波なんですが、例えばこの記事なんかでも周波数が高いために、減衰が大きく電波が飛ばない、ということを書いてきました。そして、飛ばない電波を飛ばすための技術のひとつが、今回紹介するビームフォーミングです。私も、過去のブログの中で、ミリ波の話をするのに合わせて何度もビームフォーミングという単語を出しておきながら、きっちりと説明したことは一度も無かったので、改めて最初から説明しようと思い、この記事を書きました。ビームフォーミングという単語はバズワードのひとつなので、ググると結構出てくるものの、原理や動作も含めて説明しているサイトは少ないようです。ですから、今回はできるだけわかりやすく、しかし他のサイトには書いていない内容にしてみました。なぜ光無線通信のブログなのに5Gの技術を紹介しているのか、自分でもよく分からない状態になっておりますが、興味のある方はお読み下さい。

ビームフォーミングとは?

周波数は、高くなればなるほど、遠くまで届かなくなります。だから、非常に高い周波数であるミリ波の電波は、全くといっていいほど遠くへ飛びません。そのため、アンテナの指向性を高めて、無理矢理遠くまで飛ぶようにしなければなりません。

fig.1
アンテナの指向性

しかし、指向性を上げすぎると、電波の届く範囲(幅)が狭くなりすぎて、電波が届かない場所が多くなります。これは、携帯電話やWi-Fiの様な移動体通信としては使いづらいです。折角、指向性を上げて遠くまで飛ばしても、カバレッジエリア(カバーするエリア)としては広くないのであれば、意味がありません。しかし、物理法則として、アンテナの電波の出る角度と指向性はトレードオフになってしまうので、電波の飛ぶ距離を伸ばしつつ、電波の飛ぶ角度を広げることはできません。

fig.2
高い指向性とエリア

ただ、指向性を上げることと、電波の飛ぶ角度を広げられないことは、同時には達成できないだけで、時間をずらせば達成できるというのがビームフォーミングの考え方です。ちょっと、わかりにくい言い方になっちゃいましたけど、要するに、指向性はそのままに、時間によって指向性の向きを変えれば良いのでは?ということです。もちろん、アンテナの指向性が向いている時にしか通信できませんが、データ通信なら常時通信している必要は無いし、自分の順番の時だけアンテナの指向性が自分へ向いていればよいのですから。

fig.3
ビームフォーミング

この指向性の向きを変えるというのは、アンテナの向きを物理的に変えることで実現できます。例えば、アンテナにモーターを付けて、扇風機のように首振りさせればいいわけです。レーダーなんかだと、その考え方で動作しているものも多いのですが、さすがにそれだと、データ通信だとしても首を振るのが遅すぎて、ユーザーが通信できるまでの待ち時間が長くなりすぎます。だから、実際のビームフォーミングでは、アンテナの向きを、物理的ではなく電気的に変化させています。電気的にであれば、指向性の方向を瞬時に変えることができるので、ユーザーの体感としては「常に自分の方に指向性が向いている」状態を作り出すことが出来るのです。

ビームフォーミングのやり方

高度なビームフォーミング

高度な方法というと大げさですが、5G等の携帯電話で行われているビームフォーミングの方法を解説します。

実はちょっと前のアンテナの指向性の回に、ビームフォーミングの原理である「指向性の方向の変え方」については、ほぼ書いてしまっていますので、そちらを読んでいただくのが早いかもしれません。ここでは、そんな過去の記事を読むのは面倒という方に、ざっと短くして説明します。

アンテナの指向性の方向を変えるには、多素子アンテナという、小さいアンテナがいくつも集まったタイプのアンテナを使います。このタイプのアンテナは、一つ一つのアンテナの指向性は低いですが、いくつも並べることで指向性を上げることができます。原理的には、一列に並んだ小さなアンテナからでる電波の位相を揃えることで、電波を真っ直ぐ進むようにしているってことになります。これは、電波の位相面が揃っている方向に強く進むことを意味しています。

fig.4
多素子アンテナの基礎

これ、本当かと思う方がいると思いますが、水面の例で例えれば、簡単に納得頂けると思います。例えば、水面。1点を叩いて波を起こした場合、波は360°均等に放射されます。しかし、木の棒の様な長いものでで波を起こした場合、棒に垂直な方向へ強い波が進みますよね?理論的に言えば、打ち消しあったり強めあったり、どうのこうのあるんですが、もう皆さん、感覚としてこの辺をご理解頂けると思います。このように、ある程度の長さをもって位相面を揃えて波を出すと、位相面の方向に指向性がつくのです。

fig.4
位相面=指向性

で、この多素子アンテナで、ちょっと位相をいじる、つまり遅延を入れて電波を遅れさせると、位相の面を斜めにすることができます。下の図で言うと、アンテナ素子が下になればなるほど遅延が大きくするようにすると、上の素子ほど電波が速く放出され、下の素子ほど電波が遅く放出されるため、位相面が下向きになります。その結果、下向きに強い波が出ていきます。このように、多素子アンテナでは、この波源の方向、すなわち位相面の角度を、遅延を制御することで変えているというわけです。

fig.5
多素子アンテナによる指向方向の変化

ここまで説明したとおり、多素子の位相をコントロールすることで、電波の強い方向、すなわち指向性の方向を変えることができます。尚、上の例は、アンテナ素子が縦一列に並んでいるため、アンテナが並んでいる方向(縦方向)に指向性を変化させることができたわけですが、これを縦横の二次元に配列してみたらどうでしょう。アンテナ面の前方であれば、縦にも横にも指向性を変えることができる、ということになると思いませんか?そう、なるんですよ。多素子アンテナを二次元に配置すれば、上下左右好きな方向に、指向性の向きを変えることができるんです。

fig.4
二次元の素子アンテナ

という感じで、簡単に説明しましたが、ビームフォーミングの理論自体は比較的理解しやすいかと思います。尚、このアンテナの指向性の高さは「どれだけアンテナ素子を並べられるか」にかかってきます。そして、アンテナの大きさは、波長に比例します。すなわち、周波数が低いほどアンテナは大きくなり、周波数が高いほどアンテナは小さくなります。だから、指向性の高い多素子のアンテナを作ろうと思うと、周波数が高い方が圧倒的に小さくできます。というか、周波数がある程度高くないと、二次元配列の多素子アンテナは現実的に作れません。つまり、ミリ波のような高い周波数とビームフォーミングは、とても相性が良いのです。

簡易的なビームフォーミング

沢山の素子を持ったアンテナと遅延回路を使ってビームフォーミングするのは、理論的に素晴らしいですし、多機能です。しかし、回路は複雑となり、アンテナ価格はめちゃくちゃ高くなります。高機能は素晴らしいけど、もう少し簡単なビームフォーミングはないのでしょうか?もちろん、あるんです。

その方法は、至って簡単。単純に、遅延回路など持たない、やや指向性の高い普通のアンテナをいくつか並べます。全体をカバーできるようにアンテナは配置します。そして、通信時はもっとも条件の良い(電波の強い)アンテナを選んで通信すれば良いんです。どうです?簡単でしょ?前述の高度なビームフォーミングほど、指向性も上げられない(アンテナの数が多くなりすぎる)し、やや装置も大型化しちゃいますし、まあ技術的には劣ります。でも、単純で安い。

fig.6
アンテナ切替式ビームフォーミング

上の図は、単純なアンテナ切替式のビームフォーミングですが、これを2つ以上のアンテナを同時に使用するとか、もう少し複雑にアンテナを制御・変更する機器もあります。この方式は、前述の2次元素子アンテナよりもかなり安価にできるため、Wi-Fiのアクセスポイントでも使われています。

親機は、どうやって子機を探すのか?

ビームフォーミングアンテナは確かに効果的ではあるものの、多素子型でも簡易型でもアンテナは沢山必要だし、物理的にある程度のサイズが絶対に必要となります。となると、子機側、携帯電話で言えばスマホでビームフォーミングを行うのは、サイズ的にもコスト的にも現実的ではありません。だから、ビームフォーミングとは、基本的に「親機」側の機能の事を指すんですよね。携帯電話なら基地局、Wi-Fiならアクセスポイントの機能、ということです。

でも、ビームフォーミングが親機の機能だとして、一つ疑問に思うことありません?どうやって、親機は子機を探すのか?ここで、親機から子機へ向かう電波(ダウンリンク)はビームフォーミングされて、指向性が高い状態である、としましょう。電波が通常より遠くまで届いている状態です。でも、その時、子機から親機へ向かう電波(アップリンク)は、別にビームフォーミングされていません。携帯電話にしろ、Wi-Fiにしろ、双方向通信ですから、ダウンリンクの電波だけ届いても、アップリンクの電波が親機へ届かないと通信ができません。しかし、子機の電波はビームフォーミングされていないので、何も考えず電波を出しただけでは、親機には信号が届きません。

ビームフォーミングというと送信のことばかり思い浮かべますが、アンテナには「(アンテナの)指向性は送受信で同一になる」という性質があるため、ビームフォーミングしている時のアンテナは、受信の指向性(利得)も高くなっています。だから、親機が子機の位置を把握していて、親機のビームを子機に向けることができれば、子機からアップリンクの電波が受信出来て、通信は可能になると思います。例えば、子機がずっと電波を出していて、その電波を常時親機が探していて・・・ というような動作ができれば、親機は子機を探せると思います。しかし、子機は親機のように常時電波を出しているわけじゃありません。いや、むしろ電池の関係上、必要最低限しか電波を出さないので、通信中以外で親機が子機を探すことは困難です。

fig.7
親機は、子機をどうやって探すの?

それでは、一体、ビームフォーミングの親機は、子機をどのように探しているのでしょうか?と、もったいぶりましたが、結構単純な仕組みで、子機の位置を把握しています。例として、携帯電話の5Gにおける子機の方向の把握方法をご紹介したいと思います。

  1. ビームフォーミングの基地局は、電波を色々な方向に出せるわけですが、実はリニアに、つまり無段階に電波を出している訳ではなく、15°ごととか、30°ごととか、ある程度電波を出せる方向というのが決まっています。そして、基地局は、その決まった電波の方向毎に、電波にIDを振っています※1。そして、電波の方向毎に、IDを載せたパイロット信号を送信します。
  2. 端末は、基地局からのダウンリンクの電波を受信しながら、最も強く受信出来た電波のパイロット信号を受信しIDを把握します。そして、パイロット以外の信号も受信し、基地局からの情報を取得します。
  3. 電波の方向(パイロット信号の方向)は、規則的に変わるようになっていますので、目的のIDの電波が来るタイミングは一定周期です。基地局情報を受信した端末は、その周期を把握します。
  4. 端末は、目的のIDの時にタイミングを合わせてアップリンクで信号を送ります※2
  5. そのタイミングであれば、基地局の指向性は端末の方を向いており、基地局は端末からの電波を受信出来ますので、基地局は端末の位置(電波の方向)を把握でき、双方向通信が開始できるようになります。
fig.8
親機が子機を探す方法

と、まあこんな感じです。電波の方向にIDが振られているのがミソですね。これによって、ビームフォーミングがかかった状態でも、子機(端末)は通信を開始できるのです。

まとめ

ミリ波には欠かせないビームフォーミングについて説明しました。ビームフォーミングで検索しても、この記事でいう「高度なビームフォーミング」しか紹介していないサイトも多いですが、今回は、ビームフォーミング時の子機の探し方まで説明させて頂きました。理解して貰えたかな??

ビームフォーミングは、飛ばない、曲がらない、透過しない高い周波数の電波を活用するのに、必要不可欠な技術です。ただし、技術的にはシンプルなビームフォーミングではありますが、二次元配列の遅延回路付き多素子アンテナとなると、どうしても価格が高くなります。結局ところ、ビームフォーミングの課題は、技術的なことではなく、価格が高いことなんです。もちろん、アンテナの価格を下げることも、それはそれで技術ではあるのですが・・・ とにかく、価格を何とかしないといけない、これがミリ波とビームフォーミングの現状なのです。

(担当M)

※1; 正確には、電波の方向のSSB(パイロット信号)毎にIDが振られている。

※2; UE始動で、ランダムアクセスを実施。