LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #17

ダイバーシティってなに? 後編

記事更新日 2024年11月5日


はじめに

理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第17回です。

私、結構長いこと無線業界にいますが、最近モヤッとするんですよ。近頃、なにやら世の中にダイバーシティという言葉が、氾濫しているじゃないですか。いや、分かっていますよ。通信とも無線とも"全く"関係ない意味で使われているという事は。でもね、ちょっと前までダイバーシティなんて言葉を日常会話で使う人なんて、無線業界人かお台場関係者ぐらいだったじゃないですか?それが、なんか、猫も杓子もさも当たり前のように「ダイバーシティとインクルージョンだ」とか「ダイバーシティでサステナブルだ」とか、いやお前さんダイバーシティの意味分かっているのか? 正しくは「ダイバーシチ」だろが! とか、ちょっと小言を言いたくなってしまいます。

ダイバーシティの意味をよく理解していないであろう、若い皆様のために、ダイバーシティとはなにか?ということを説明したいと思います。何故、今ダイバーシティなのか、ダイバーシティにはどんな種類があるのか?これを読めば、あなたも学校で「ダイバーシティ経営」について語れるようになるかも知れません(いや、なれません)。

今回は、最終回の後編。私一押しのユーザーダイバーシティを紹介します。言うまでも無く、前編中編を読んでから、この中編以降をお読みいただくことをお勧めします。

※ 無線用語の話ですので、くれぐれも今世の中で使われている”ダイバーシティ”と勘違いしないでね

前回までをちょっとおさらい

電波業界におけるダイバーシティ、多様性とは、フェージングに対処するための技術の事を指します。ただし、フェージングによる減衰そのものに対して対処するということではなく、「フェージング量(減衰量)が変化する」ことに対処するためにダイバーシティというものが必要という話でした。

フェージングの変化を構成する要素は3つあり、それぞれの要素の変化によってフェージング量は変化します。

  1. 場所・位置
  2. 周波数
  3. 時間

前々回に紹介した空間ダイバーシティは、複数のアンテナに間隔(スペース)を与えることにより、アンテナに「1.場所・位置」の多様性を持たせて、フェージングを軽減する技術でした。前回紹介した周波数ダイバーシティは、周波数選択性フェージングの影響を減らすために、広帯域にすることでした。タイムダイバーシティは、ブロックインターリービングを使用し、時間的に分散させることで連続エラー(バーストエラー)を防ぎ、ターボ符号やLDPCといったエラー訂正の力を活かす方法でした。

最後である今回は、ユーザーダイバーシティという、私が思う究極のダイバーシティを紹介します。

ユーザーダイバーシティ

スケジューラー

ユーザーダイバーシティを説明する前に、沢山いるユーザーに対して、通信機器(特に親機)がどういった順番でデータを割り当てるかという話をしたいと思います。このデータの割り当ての順番を決定する機能はスケジューラーと呼ばれています。なぜ、いきなりこんな話をするのかというと、ユーザーダイバーシティを実現するのが、何を隠そう、このスケジューラーだからです。

携帯電話やWi-Fiといった親機と子機の通信、つまり1対Nの通信の場合、子機側であるユーザーに対してどのような順番でデータを割り振るかという問題が発生します。どのような順番で割り振るかを決めるのが、親機側のスケジューラーです。有線通信、例えばルーターとかハブにも、順番を決める機会は存在しますから、無線機器と同じようにスケジューラーが存在します。でも、無線通信のスケジューラーはより重要な役割を果たします。それは、無線通信にはフェージングが発生し、無線状態が安定しないからであり、その問題を回避するためにスケジューラーは重要となります。しかし、スケジューラーといきなり言われても、何のことかピンとこない方も多いと思うので、まずは2つの基本的なスケジューラーを紹介します。

スケジューラーとして、最も簡単でわかりやすいのはFIFO(First In, First Out)です。日本語で言えば、「早いもの順」ですね。(人間が並ぶ)お店などでの待ち行列が、まさにFIFOです。図にすると、こんな感じです。Aさん、Bさん、Cさんがいて、それぞれがデータ送信をリクエストしていきますが、先にリクエストした順に、そのまま出力されます。

fig.1
FIFO

FIFOですが、ユーザーの通信機会の数は全く無視して、単純にリクエストの順番に処理していくため、公平ではありますが、平等ではありません。人間の行列で言えば、最初に並んだAさんが商品を買い占めが可能となる状況です。ラーメン屋の行列なら、一人が食べられる量なんてたかが知れていますからFIFOで問題はありません。しかし、人気商品での買い物行列だと、一部の人による買い占めが行われるような状況が発生しかねませんし、それが発生した場合はユーザーの不満が途端に増えてしいます。これがFIFOのデメリットです。

fig.7
FIFOのデメリット

次に使われるスケジューラーが、ラウンドロビンです。こちらは、ユーザーを完全に平等に振り分けます。Aさん、Bさん、Cさんがいたら、機械的に通信機会を振り分けていきます。人間の行列で言えば、「事前に整理券が渡され、1人1個のみ購入可能」という状況です。どんな人であろうと、順番に機会が与えられます。

fig.2
ラウンドロビン

誰が先にデータをリクエストしたとか、誰が多くのデータを送りたいとか、そういったことは一切関係ありません。機械的に機会を均等にします。これは、平等ではありますが、公平ではありません。人間で言えば、全員に商品を買う機会が与えられるので、全員その商品を買うことはできますが、一方で、その商品を大量に買いたい人がいて、しかも店側も商品が余っているという状態であっても、その人は大量には買えません。これだと店側は商機を逃してしまう訳で、ラウンドロビンは効率が良いとは言えないのです。

fig.7
ラウンドロビンのデメリット

どちらのスケジューラーにも、善し悪しがあり、どちらが優れているとかはありません。だから、双方とも多くの機器で使われています。でも、無線通信には、無線通信に適したスケジューラーがあります。それは、無線通信にはフェージングが存在するからです。

スケジューラーによるユーザーダイバーシティ

無線通信は、特に携帯電話やWi-Fiのような移動体の通信は、フェージングによって、電波の強さ(≒SN比)が激しく強弱します。電波の強いときは通信速度も速くできて効率的ですが、電波の弱いときに通信するのは、通信速度が低くなって無駄です。ですから、通信を効率的に行うという観点から、無線通信のスケジューラーには「現在の無線品質」という視点が必要になります。

例えば、電波の強さが一番高いユーザーに対してデータを割り当てるというスケジューラー(ベストRx方式)はどうでしょう。親局は、子局が受信する電波の強さを把握していて、常に最も電波の強いユーザーに対してデータを割り当てるとします。まさに、無線利用効率を最重視した方式です。

fig.3
ベストRx方式

すると、どうでしょう。各ユーサーの電波の強いときだけ通信するので、各ユーザーの通信はとても安定します。無線通信は、電波の強さに比例して通信速度を変える「適応変調」を使用して行われますので、電波の強さが上がれば、全体的に通信速度も上がるでしょう。ここで、実際に子機が通信をするときの、親機から見た電波の強さを見てみます。下の図のオレンジの線が、実際に通信が行われている時の電波の強さということになります(手書きですいません)。

fig.4
ユーザーダイバーシティ

親機から見て、常に電波が強い状況で通信されているのが分かると思います。「電波の強さが最大の時のみで通信する」このことのメリットは、もちろん効率が良いというのもあるのですが、違った視点で見ると、電波の弱い人は通信できない、すなわちフェージングで電波強度が下がった時は通信しないと言うこともできると思います。これまで散々説明したとおりフェージングという現象は物理的に避けれませんが、電波の強さにより通信する子機を選択することによって、親機から見た場合のフェージングは回避できるんです。「フェージングで下がった奴とは通信しない。だから、理論上フェージングは発生していないのと等しい。」という訳です。これって、複数のユーザーと同時に通信することによって、フェージングを回避しているって事を意味しません? そうです、これはダイバーシティと呼べるんです。ユーザーの数、すなわちユーザーの多様性によってダイバーシティを機能させることから、このスケジューラーによるダイバーシティのことをユーザーダイバーシティと呼んでいます。そして、このユーザーダイバーシティは、通信しているユーザーが多ければ多いほど機能します。それは、ユーザーが多いほど、通信に使う電波の強さが強くなり、フェージングの影響を回避できる可能性が高くなるからです。ユーザーダイバーシティが機能すればするほど、親機の通信効率も上がります※1

現在の携帯電話やWi-FiはOFDMA方式※2を使っているため、マルチチャンネルで通信しています。OFDMA方式のスケジューラーは、チャンネル毎に電波の強さを判断することができます。例えば、OFDMAのチャンネルの中には周波数選択性フェージングで電波が弱くなるチャンネルが出てきます。その時、スケジューラーはそのチャンネルを使わない判断をし、そのチャンネルを他のユーザーへ割り当てるようにします(下図)。これにより、周波数選択性フェージングを回避できます。

fig.9
周波数選択性フェージングの回避

このように、ユーザーダイバーシティは、時間、場所・位置のフェージングに加えて、周波数選択性フェージングも回避してくれるため、私の中では「究極のダイバーシティ技術」と勝手に呼んでいます。いや、実際凄いと思いません?これを勉強して初めて知ったとき、世の中には上手いこと考える人がいるんだな~と、感動しましたもの。そして、多分、ダイバーシティの「多様性」という単語の意味を、最も的確に表現できている無線のダイバーシティが、このユーザーダイバーシティだと思うんですよね。

ちなみに、このユーザーダイバーシティは、ほとんどのフェージングの影響が回避できる画期的な技術ではありますが、親機に対して一定以上の子機数がいないと効果を発揮しない技術でもあります。だから、ユーザーダイバーシティは、親機(基地局)に対して子機(スマホ)の台数が多い携帯電話にもっとも適したダイバーシティと言えます。実際、ユーザーダイバーシティの考え方は、第3.5世代携帯電話と呼ばれるCDMA2000 EVDO(EVDO)というシステムにて初めて導入されたと考えられます。EVDOでは、これに限らず様々な新しいデータ通信技術が導入されました※3が、電波の利用効率向上に最も寄与した技術が、このユーザーダイバーシティ(=スケジューラー)であったと言われています。

効率的だけど平等なスケジューラー

さてさて、ここまで読んでくれた賢明な読者の方であれば、もの凄い違和感を感じていると思います。先ほどのベストRx方式はとても効率的ではあるけれど、よく考えると電波の弱いユーザーはほとんど通信できないのではないか?と。気付いちゃいました?そうなんです、通信できないんです。上のベストRx方式の図だと、実はユーザーCが一切通信できないことになります。ベストRxは、公平性も平等性も全く無視した方式です。これだと、「世の中、金持ち優先なんだよ。おまえのような貧乏人に売るもんはねぇ!」と言われているようなもの。現実社会は厳しいもので、普段の生活でもよく発生する事象ではあるし、貧乏な私は仕方ないと割り切ってはいます。でも、通信を考えた場合には、おそらくさっきのFIFOよりも、ラウンドロビンよりも、ユーザーの不満はずっと高まるでしょう。

fig.5
ベストRxの現実?

これじゃ困るということで、ベストRx方式にちょっと工夫を加えたものを考えます。例えば、電波の強さ、すなわち受信電力を分子として、過去一定時間に通信した量を分母に取ります。これを評価値として、この評価値の最も高い人にデータを割り当てる事とします。つまり、単純な電波の強さではなく、電波の利用率?的な指標で判断することにするわけです。

fig.5

この評価値を利用すると、基本的には電波が強い方へ優先してデータの順番が割り当てられるものの、割り当てが多く過去一定時間の通信量が増えると、受信電力の高さによるアドバンテージが減り評価値は低くなります。一方、通信量が少ないと、電力が低くとも評価値が上がるようになり、さらに一定時間の通信量が"0"になると、評価値は無限大となり、受信電力に関わらず必ずデータの順番が来るようになります。これによって、どんなに電波が弱い人でも、一定時間に1回は必ず通信できますし、一方で電波の強いひとは、さっさと通信できます。このような、効率優先でありながら、平等さもある程度兼ね備えたスケジューラーをProportional-Fair Schedulerと呼んでいます。実際の機器は、このようなスケジューラーにより、ユーザーの不満をためずにユーザーダイバーシティを実現しています。

尚、上の評価式はかなり原始的な方法であり、現在の携帯電話基地局のスケジューラーはずっとすっと複雑な評価方法でスケジューリングしています※4。ただ、この「電波の強い人を優先しつつ、平等さも保つ」という考え方は変わっていません。

Wi-FiもWi-Fi 6(ax)以降は、OFDMAを採用したため、スケジューリングの考え方を取り入れています。携帯電話と同じく、スケジューラーの中身はアクセスポイントのベンダーにより異なりますが、このスケジューラーの善し悪しが、ネットワークのパフォーマンスを左右するため、各社かなり工夫を凝らしたスケジューラーになっています。

まとめ

3回にわたって、ダイバーシティというものを説明してきました。無線業界では、古くからダイバーシティという単語を多用していました。それは、フェージングに対抗するためにダイバーシティが存在するからです。逆に言えば、フェージングが発生しないなら、本来ダイバーシティなんて要らないんです。次善策みたいなものです。だからなのか、どうか分かりませんが、昨今の「ダイバーシティは絶対善」みないな使われ方をすると、なんかモヤッとするんですよね、そんなに良いものかと? いや、言葉の使われ方の話ですからね。昨今のダイバーシティそのものに文句を言っているわけでは無いですよ。

さて、これが掲載されるのは、アメリカの大統領選挙の投票日です。この記事を読んでいる人の多くは、すでに結果が出た後に読まれていることと思います。しかし、この記事を書いている時点では、民主党ハリス副大統領、共和党トランプ元大統領、どちらが勝つかは全く予想が付いていません。(無線ではない)ダイバーシティの意味合いが強い候補はハリス副大統領になるんだと思いますが、ダイバーシティが勝つのか、そうではないのか、どちらが勝つにしても、ダイバーシティという単語は、バズワードとして暫くは広く使われることになると思います。

(担当M)

※1; ラウンドロビンの場合、通信の平均速度は、各ユーザーの受信強度の平均と比例するが、ベストRxの場合、通信の平均速度は、各ユーザーの受信強度のピーク値と比例する。そのため、親機の通信速度が上がる。

※2; OFDMA方式は、1つ1つは広帯域ではないチャンネル(サブキャリア)を同時に多数使って、高速に通信する方式。ひとつのサブキャリアの帯域幅は、LTEで15kHz、5GNRでは30kHz(sub6)程度であるが、多数のサブキャリアを同時に使用するため、システム全体としてはLTEで20MHz、5GNRで100MHzの帯域幅を持つ。

※3; EVDOは、携帯電話として初めてのデータ通信(パケット通信)専用のシステムであり、スケジューラーの他、ターボ符号、H-ARQといった現在でも使われる技術が導入された。

※4; スケジューラーは、3GPPにより規格化されていない項目であり、無線機ベンダーによる独自実装となるため、具体的な中身は公開されていない。