LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #15

ダイバーシティってなに? 前編

記事更新日 2024年10月1日


はじめに

理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第15回です。

私、結構長いこと無線業界にいますが、最近モヤッとするんですよ。近頃、なにやら世の中にダイバーシティという言葉が、氾濫しているじゃないですか。いや、分かっていますよ。通信とも無線とも"全く"関係ない意味で使われているという事は。でもね、ちょっと前までダイバーシティなんて言葉を日常会話で使う人なんて、無線業界人かお台場関係者※1ぐらいだったじゃないですか?それが、なんか、猫も杓子もさも当たり前のように「ダイバーシティとインクルージョンだ」とか「ダイバーシティでサステナブルだ」とか、いやお前さんダイバーシティの意味分かっているのか? 正しくは「ダイバーシチ」だろが! とか、ちょっと小言を言いたくなってしまいます。

今回は、ダイバーシティの意味をよく理解していないであろう、若い皆様のために、ダイバーシティとはなにか?ということを説明したいと思います。何故、今ダイバーシティなのか、ダイバーシティにはどんな種類があるのか?これを読めば、あなたも学校で「ダイバーシティ経営」について語れるようになるかも知れません(いや、なれません)。

※ 無線用語の話ですので、くれぐれも今世の中で使われている”ダイバーシティ”と勘違いしないでね

無線でダイバーシティが使われる理由

ダイバーシティの英語的な本来の意味は、ご存じの通り多様性です。さて、この多様性という言葉は「いろいろな手段・方法がある」とも言い換えられます。これは今ちまたで使われている意味・考え方と同じでしょう。そして、電波無線通信においても「いろいろな手段がある」ということが、非常に大切なんです。それはなぜか?それは、電波にフェージングというものが存在するからです。そして、そのフェージングの影響を減らすために、いろいろな手段、すなわち「多様性」というものが必要になってくるのです。

と、いきなり今回のテーマの結論から入ってしまいましたが、ここからはフェージングとは何で、それを防ぐためになぜ「多様性」が必要なのかを見ていきます。

フェージング

フェージングについては、これまでも何回か説明して来ましたが、改めてもう一度説明します。電波は波です。波は一箇所から発射されたとしても、周辺にある様々なものによって反射や回折をするため、様々な方向から元の波が伝わってきて、その結果重なり合います。そして、波が重なり合うと、強くなったり、弱くなったりします。これは、海の波に例えることができます。海面には高いところがあれば低いところもある。それは波が重なり合っているから。電波も同じです。電波が様々なところで反射・回折し、それにより様々な方向からの波が重なることにより、元々の波よりも強くなったり弱くなったりすることをフェージングと呼んでいます。

ここで、ポイントは「様々なところで反射・回折」という部分です。例えば、地上の人工衛星との通信の場合。地上と人工衛星の間には電波を反射する物体はほぼありません。だから、送信から受信まで一直線で、反射するもの遮るものはありません。そうすると、電波が様々なところから飛んでくることはなく、それ故電波が重なることはありません。だから、フェージングもほとんど発生しません。その場合、電波の強さは変動せず一定で、安定した状態となります。

fig.1
フェージング無し(地上-人工衛星間)の無線通信

一方、地上での通信はどうでしょうか?例えば携帯電話。基地局が直接見える場所で通信しているってことは少なくて、反射したり、回折したり、透過したり。携帯電話基地局からの電波は、様々な経路と通ってユーザーが持つ電話機まで届きます。電話に届く電波は、それら複数の経路から到達した電波の合計になります。波の合計なので、結果としての電波は強まることもあれば弱まることもありますよね。これが、フェージングです。

fig.2
フェージング有り(地上)の無線通信

ただね、これだけだとダイバーシティは必要じゃないんですよ。ちょっと、数学的に考えてみます。上の図で、地上通信では様々経路が変わるということを描いていますが、経路によって変化するのは「強さ」と「位相」なんですよね。どの経路を辿ろうが周波数は変わらないんです。で、そんな波の合成は、ただの元の波から強さと位相が変わるだけ。下の図のように弱くなると、通信上困りはしますが「多様性」が必要な訳じゃないですよ。だって、電波の強さ自体は安定しているから。安定しているものに多様性は必要ありません。

fig.3
いろいろな波の合成(静止時)

じゃあ、どんなときに多様性が必要なのか?それは、周りの環境が変化するとき。周りの環境が変化すると、伝播の経路も変わるし、減衰も変わる。だから、電波の位相も強さも激しく変化します。つまり、安定してない環境です。

例えば、自分が動けば、もちろん電波伝搬の環境は変化します。それだけじゃなく、自分が止まっていても周りが動けば変化します。周りで車が走っていたりとか、周りの人が動いていたりとか、そんなことで。潮の満ち引きなんかは大きな変化要因ですし、なんなら草木が風に揺られるだけでも変化します。そう考えると、実際のところ、携帯電話が使えるような場所であれば周りの環境が変化しないなんて事はないんですよね。だから、携帯電話なりWi-Fiなり地上で通信する無線通信では、必ず「変動するフェージング」というものが発生すると考えて良いんです。

fig.4
変動するフェージングの波形

フェージングの周期性

フェージングを変動させる周囲の環境の変化、という要素はランダム(予測不可能)ではありますが、しかし、フェージングの大きさの変動(=フェージングの変動)そのものは完全にランダムに発生するわけではありません。フェージングを発生させる要素は決まっているため、フェージングの変動はある程度の周期性を持って発生します。フェージングが波の重なり合いによって発生する、ということは、波の重なり合いを変化させるいくつかの要素が考えられます。

fig.6
フェージングの周期・大きさ

と、要素を三つならべてみましたが、これって全部「波」の当たり前の性質なんですよね。皆さん、海、というか海面を思い出して、考えてみてください。まず、最初の「周波数」。海面にも大きなうねりのような波、そして小さな波もあり、それぞれ長さ(=周波数)は違いますし、波の高さもそれぞれに違いますよね。次に、「場所、位置」。これも当然ながら、海面の場所によって、波の大きさは常に違いますよね。そして、最後に「時間」。これも、ある地点の波の大きさは、時間によって大きく変わりますよね。だからといって、海面の波の大きさが完全にランダムかといえば、それも違います。凪の時、荒れたとき、波の周期や高さは日々異なりますが、その時々においてはある程度の一定のリズムを持って波は動いています。

というわけで、フェージングというのは、例えれば海面のようなものなので、ある程度の周期性を持ち、それ故、周波数、場所、位置によって、その大きさが変化するのです。

ダイバーシティの例

空間タイバーシティ

散々引っ張りましたが、いよいよフェージング対策に多様性が必要かという事を説明いたします。まず、最初に説明するのは空間ダイバーシティ、英語だとSpace Diversityと呼びます。名前は豪華ですが、原理は素晴らしく単純です。

fig.5
空間ダイバーシティ

上の図、赤い波線がフェージングがかかった結果の電波の強弱だと思ってください。そして、2本のアンテナがありますが、電波の受信強度は、2本のアンテナの合計になると考えてください。

それでは、まず図左の「2本のアンテナが近い場合」を見てください。2本のアンテナが近いので、2本のアンテナ間の電波の強弱の差はさほどありません。だから、電波の強度が強いとき、電波の強さも2本合計となりとても強くなりますが、逆に電波が弱いときは両方とも弱いため、合計しても弱い電波になってしまいます。一方、2本のアンテナをちょっと離すとどうでしょう。左のアンテナの電波が強いときには、右のアンテナの電波は弱く、左のアンテナしか効果が無いように見えます。しかし、左のアンテナの電波が弱いときには、逆に右のアンテナの電波が強くなっています。2本のアンテナを絶妙な間隔に置くことで、2本のアンテナの受信電力の合計値が大きくなることはないですが、逆に小さくなることもない、つまり、合計した電波は常に一定の強さを保つということができるわけです。

言い換えると「2本のアンテナを違う場所に置くことによってフェージングの影響を減らしている」ってことです。そして、これこそが「多様性」すなわちダイバーシティです。アンテナを少し離す、正確にはフェージング周期の波長の半分だけ離す。そのことが、アンテナの場所・位置に多様性を持たせる。これを無線用語で空間ダイバーシティと呼びます。空間というと堅苦しくて分かりにくいですが、おそらくそれは英語の"Space"を直訳したからです。もしかしたら、カタカナで「スペースダイバーシティ」と呼んだ方がわかりやすいかも知れません。「スペース」を空けることで「ダイバーシティ」と。

上の図は、携帯電話基地局をイメージして書いていますが、実際は、そこまで大きいものだけではなく、様々なものに「空間ダイバーシティ」が活用されています。例えば、携帯電話。携帯電話の中には、2つ以上のアンテナが、すこし離れた位置に内蔵されています。あんな小さな空間でも2つアンテナを入れてあります。まあ、近頃のスマートフォンは巨大化しているのであれですが、もっとスマホが小さかった時代でも、アンテナは沢山積まれていたんですよ。

また、最近のデジタル通信においてはMIMO※2という技術が一般的で、そのために複数のアンテナが付いている事が多いです。例えば、Wi-Fiの親機(アクセスポイント)にアンテナが沢山付いているのを見たことがあると思います。こういう奴です。MIMO技術は高速化技術ではあるものの、これも空間ダイバーシティの一種です。

このように、空間ダイバーシティは無線通信の至る所に使われています。構造がシンプルで、物理的にも実装しやすく、それでいて効果が高い。「スペースを利用した多様性」、それこそが空間ダイバーシティです。この空間ダイバーシティは、フェージング対策の基本中の基本となっています。

まとめ

多様性、つまりは複数の手段を使って受信することで、フェージングの影響を回避するですよね。それを無線用語でダイバーシティと呼んでいます。ダイバーシティという言葉の使い方は今どきじゃないかもしれませんが、突き詰めると同じ意味だということが分かって頂けたかと。そういえば、古くは「ダイバーシチ」と表記されていること多くて、初版が古い教科書には、今でもそう書いてあるはず・・・

次回は、空間ダイバーシティ以外のダイバーシティをいくつか紹介します。「ダイバーシティってこんなやり方もあるんだ!」というものも紹介するので、お楽しみに。

(担当M)

※1; お台場に「ダイバーシティ東京」という名前の巨大商業施設がある。

※2; Multi-Input Multi-Outputの略称。複数のアンテナを送受信に使うことで、通信を高速化する技術。単純に言えば、アンテナの数だけ速度が増えるという仕組みだが、その理論を理解するには大学数学レベルの知識が必要。