LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

バックホールって何のこと?(連載:第1回)

記事更新日 2022年7月19日


はじめに

我々の会社(株式会社三技協)では、LEDバックホールという光無線通信機器を製造・販売しております。だからこんなブログをやっているわけですが、このLEDバックホールという製品名のうち、今まで「LED」については何度も説明してきましたが、「バックホール」についてはほとんど取り上げてきませんでした。我々の会社の本業は、携帯電話やWi-Fi、衛星通信など「無線通信のエンジニアリングサービスの提供」でございまして、端っこではございますが一応通信業界に籍を置かせて頂いておりますので、社内では「バックホール」という単語は当たり前に使っております。しかし、多分その他の業界の方ですと、バックホールという単語は「聞いたことはあるが、実際のところ正確に何を指すのか分からない」という方が多いと思います。特に今時のIP化された携帯電話のネットワークはどこがバックホールでどこが違うのか、とても分かりにくくなっています。

というわけで、「携帯電話のIP化前後のバックホールの変遷と、最新5Gのシステムまで、携帯電話のバックホールとは何のことで、どのような意味を持つのか?」ということを今回から2回にわたりまして説明していきたいと思います。

基本的な携帯電話ネットワークの機器構成

携帯電話のシステムは、おおよそ3つの機器から成り立ちます。その3つとは、皆さんが持っている端末、そして携帯端末と無線的に繋がっている基地局、外部ネットワークとの接続、基地局の制御、加入者の認識と課金等々トータルで携帯電話ネットワークを制御するコアネットワークのことです。

端末は、携帯電話機の事です。今ではスマホが主流ですが、ガラケーも、データ通信用の子機も、PCや自動車に内蔵されたモジュールも、通話専用であってもデータ専用であっても全て端末です。 User EquipmentでUEと略されることもあります。

基地局は、皆さんの身近にあります。いろいろなビルの上や鉄塔などにアンテナが付いているのを見たことがあると思います。そのアンテナの他に、無線機、電源等々、一式全て合わせて基地局と呼んでいます。どの基地局に、どれだけの機器があるかはその基地局次第です。大きな基地局だと、様々な周波数の無線機・アンテナが存在し、停電でも24時間稼動できるように巨大なバッテリーや発電機、燃料電池が設置されているため、おおきな敷地に内に建家(キュービクル)が建てられて、その中に機器が収納されています。一方で、コンクリート柱(いわゆる電柱)に、無線機やアンテナなど全て取り付けられていて、それだけで完結している小さな基地局も存在します。

コアネットワーク(Core Netowork;以降CN)は、通常携帯電話事業者の建物内にあります。「ネットワークセンター」のような名前の付いていることが多いです。CNは、そこでなにかあったら携帯電話システム全体が止まってしまう、いわば携帯電話の「心臓部」です。先日某事業者さんにて大規模事故が発生したのは記憶に新しいところですが、その発端はCNの機器異常とされています。

CNは、以前は電話交換機、つまりNTTや他社と音声電話を繋げることが最大の役割でしたが、今や回線交換の通信は絶滅に近く※1、ユーザーをインターネットに繋げるためのパケット通信のゲートウエイ機能がメインとなっています。そして、もう一つCNの大事な仕事がユーザー情報の管理です。ユーザーがどんなサービスの契約しているのかを把握し、何分電話したとか、何バイト使ったとかの課金情報を管理し、ユーザーの現在位置を(大雑把に)記録したりしています。これは携帯電話事業者の商売の源泉となる機能ですから、ユーザーデータを処理するのと同じぐらい重要です。これだけの機能で、処理するデータ量も莫大ですから、CNという単一機器、ハードウエアが存在するわけではなく、交換機、ゲートウエイ、モビリティ制御、加入者サーバー、ルーター、スイッチ等々その役割毎に様々な機器があって、その集合体をCNと呼んでいます。

前述の通り、CNは何かあったらシステム全体が停止してしまう場所であり、また個人情報が大量に扱われている場所でもあるため、入出管理は厳重にされていて、携帯電話事業者の社員であっても関係者以外は入場できない「秘密の場所」でもあります。ですから、一般の方だとCNの写真すら見たことがないいかも知れません。とはいっても、CNが特別な外観を持っているというわけではなくて、見た目は普通の(しかし大きめな)サーバールームでしかありません。もし特殊な(ちょっとサイバーな)見た目を想像している方がいたら、思い浮かべているのはきっとCNそのものではなく、それを「人間が」監視している監視ルームの方だと思います・・・

バックホールの定義

バックホールという用語に厳密な定義はありませんが、携帯電話業界ではCNと基地局を結ぶ回線を一般にバックホールと呼んでいます。別にバックホールという単語は携帯電話だけのものではないので、もっと汎用的に言うならば「通信事業者のネットワークセンター」と「ユーザーにアクセスさせるための装置」を繋いでいるのがバックホールとなるでしょう。公衆Wi-Fiの事業者であればネットワークセンターとお店などに置いてあるWi-Fiアクセスポイントまでがバックホールとなります。

携帯電話においてバックホールはどのように繋がっているのかこの後見ていきます。携帯電話のネットワークがIP化される前とされた後で若干の違いがあるため、IP化前、IP化後と分かれたところから説明していきます。

携帯電話網がIP化される前

今やあらゆる回線がIP化していますが、かつては色々規格があり、携帯電話のバックホールにもいろいろな回線が使われていました。ISDNであったり、T1/E1であったり。そして、IP化される直前、つまり3GであるWCDMAが始まったころは、携帯電話のネットワークにATM(非同期伝送方式)という回線が使われていました。ATMは、現在のような光ファイバーではなく※2、既存の電話線(同軸線)を利用した、当時としては高速な通信方式でした。同軸線なのでBNCコネクタで接続されていたと記憶してます。ATMは完全に回線を占有して通信する回線交換方式ではないものの、いわゆる専用線サービスの一種で、ある程度帯域や遅延が保証され、ポイントtoポイントで通信をしていました。ATMは”当時としては”新しい”設計の回線でしたので、それ以前の専用線よりはかなりお安くなったのですが、それでも1回線あたりの価格がもの凄く高かったのです。

CDMA時代はCNの前に基地局を制御する、より正確に言えば基地局同士を連携させる装置であるRNC※3が必要でした。RNCは携帯電話のネットワーク的にはCNと基地局の中間に入ってくる機器ではありましたが、実際のところは携帯電話事業者のネットワークセンターにまとめておいてあります。CNとRNCが同じ建物にある事も多いです。そういった意味で、RNCは基地局よりもずっとCNに近い存在です。ですから、RNCとCN間の接続をバックホールとはいわず、基地局からRNCまでがバックホールという事になります。

fig.1
図1:IP化「前」の3G(CDMA)ネットワーク構成図

ATMが使われていた当時の携帯電話ネットワークというのは完全なツリー構造でした。CN(RNC)に対して、基地局がツリー状に繋がっています。各基地局からのATM回線はRNC(の手前にあるATMスイッチ)に集約され、さらに複数のRNCがコアネットワークに集約される、そのようなツリー構造になっていました※4

ちなみに、通信事業者の設備である「ユーザーにアクセスさせるための装置」から「ユーザーの機器」までをアクセス回線と呼びます。携帯電話で言えば基地局と端末までの間、すなわち無線の部分がこれにあたります。「バックホールはアクセス回線の手前までの回線であり、ユーザーとは直接繋がっていない」というのもバックホールの定義の一つと言えるでしょう。

携帯電話網がIP化された後

CDMAの頃、つまり2000年台には、すでに世の中の通信の多くはIP化されていて、個人でもADSLやFTTHなどによる高速インターネットが当たり前になっていました。携帯電話でもネットワークセンター内部の通信はすでに多くがIP化されていて、光ファイバーやLANケーブルが沢山繋がれていました。しかし、バックホールには、最後まで高くて遅いATMが使われていました。その理由は単純で、IPネットワークがベストエフォート型だったからです。

バックホールは前述の通り「安定した帯域」と「常時一定以下の遅延」を必要としていましたので、不確実なIP網を使うのではなく、帯域や遅延がある程度保証されるATMを使うことは合理的な選択でした。しかし、CDMA中期に高速データ通信専用機能であるHSDPA(とEVDO)がローンチされるとその状況は変わります。無線区間(=アクセス回線)がこれまでの回線交換式から新たにベストエフォート式に変わったため、バックホール回線で帯域/遅延保証をする意味が薄くなりました。加えて、HSDPAから無線通信がかなり高速化されたため、ATMやその他の従来のプロトコルでは通信速度的に厳しくなってきました。つまり、無線通信側の変化により、IP化は必然だったのでした。

バックホールIP化の細かい技術は後程説明いたします。まずは、構成だけ見てください。コアネットワークと基地局の間のIP化によって、従来のようなバックホール回線のポイントtoポイントの関係はなくなりました。しかし、それでもCDMAのIP化ではRNCの存在もあって、おおよそのツリー構造は残ったままでした。

fig.2
図2:IP化「後」の3G(CDMA)ネットワーク構成図

CDMA時代のIPバックホールは、ダークファイバなどのIP専用線だけでなく、普通のFTTHや、急ぎの場合はADSLを使った基地局なんかもありました。(ADSLは結局アップリンクが遅くて使えない、なんてことが多かったようですが・・・)FTTHでも良い訳ですから、ATMに比べるとかなり安く手軽にバックホールが調達できるようになりました。

第四世代LTEになると、設計時点で全てのネットワークIPベースになりました。オールIPですから、物理的接続構成は意味を持たなくなります。ツリー構造ではなくなり、IP網の基本であるスター構造になります。ですから、CNも基地局も、物理的には単にIPネットワークにぶら下がっているだけです。そのIPネットワークをどのような構成にするかはネットワークを作る人(つまりは携帯電話事業者)次第です。バックホールはインターネットを経由しても、LANのようなクローズドにしてもOK。物理的な接続がある程度自由になったため、物理構成と論理構成を表現として分けて考えるようになりました。図4を見てください。IP化によって物理的には全く繋がっていない基地局同士も、論理的には繋がっていることになりました。それにより、LTEではCDMA時代に必要だった基地局同士を連携させるためのRNCという装置が不要になりました。

fig.3
図3:4G(LTE)「物理的」ネットワーク構成図
fig.4
図4:4G(LTE)「論理的」ネットワーク構成図

バックホールの定義的な話をすれば、上の図にある論理的な構成でのS1部分がバックホールを指すでしょう。しかし物理的に考えると、途中インターネットを挟めばバックホールの信号がどこを通っているか、どこを指すのかなんてことが分からない(意味が無い)ことになります。そのことが理由かははっきりとしたことは分かりませんが、一般的に物理的なバックホールというと基地局から近くのネットワークセンターやNTT局といった場所で別のネットワークに繋がるまでを指すことが多いようです。

5GNRにおいても、基本的な構成はLTEと変わりません。ただし、5Gではインターネットにユーザーデータを流すためのゲートウエイ※5を、他のコアネットワークの手前に置くことになりました。このゲートウエイはCNの一部と定義されるものの、必ずしも他のCNと一緒に置かれないことが想定されています。例えば、ゲートウエイは無線機の一部機能と共にNTTの局舎に置かれることがあります。その目的は、莫大なユーザーのトラフィックをCNに集めるのではなく、早めに携帯電話ネットワークの外に出すことによりネットワーク全体の負担を軽減することにあります。

5Gのそのような構造によりネットワーク構造は携帯電話事業者や無線機メーカーによって様々で、特にゲートウエイを置く場所によって、どこからどこまでがバックホールなのか分かりにくくなっています。その辺りを説明するには、他に色々と説明する必要があるため、次回の内容とさせて頂きます。

fig.5
図5:5G(5GNR SA)「物理的」ネットワーク構成図

おわりに

今回は、バックホールの定義と、現在の携帯電話におけるバックホールの構成について説明しました。次回では、バックホールの中のデータとIP化の仕組み、そして5G以降のバックホールを理解するために必要な、フロントホールとCPRI/O-RANについても併せて説明していきます。(説明することが多すぎて、次回で終わるか心配ではあります・・・)


※1; 4G LTE以降はパケット通信線用のため、回線交換の通信、すなわち非IPの電話通信は、ドコモとソフトバンクの3G(WCDMA)通信の一部に残るのみ。KDDIは完全パケット化(VoLTE化)済みで、UQ、WCP、楽天は最初から完全パケット通信である。

※2; 末端が光ファイバーでは無いという意味。回線の途中(幹線)では光ファイバーが使われていた。

※3: CDMA2000ではBSCとも呼ばれる。

※4: RNC同士は物理的にも論理的にも複雑なメッシュ構造で繋がれていたが、ここでは省略。

※5; UPF(User Plane Function)と呼ばれる。