LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ
論文紹介 「固定無線アクセス(FWA)のためのオールインドア光顧客構内設備」
記事更新日 2021年7月27日
はじめに
三技協に光無線通信の技術を提供しているのは、Fraunhofer HHI研究所というドイツの公的研究機関です。Fraunhoferについて、もう少し詳しく説明しますと、Fraunhoferというのはドイツの公的研究所のグループの名前です。HHIはその研究所の中の一つで、通信技術の研究をしています。Fraunhoferには他にも、生物医学を研究する「IBMT」や海洋バイオテクノロジーを研究する「EMB」など75を超える研究所が存在しています。ちなみに、HHIはHeinrich Hertz Instituteの略で、あの周波数の単位でおなじみのヘルツ博士の名を冠しています。
今回は、そのHHIの中で光無線通信を研究しているグループから発表された論文を紹介します。タイトルはAll-Indoor Optical Customer Premises Equipment for Fixed Wireless Access 訳すと「固定無線アクセス(FWA)のためのオールインドア光顧客構内設備」と言ったところですが、この論文の趣旨を一言で言えば、"断熱ガラスを透過した場合は無線より損失が少ない"ということです。ガラスを透過して室内-室内間で通信が可能というのも、光無線通信のメリットの一つです。以下に、この論文の一部を抜粋して紹介させて頂きます。
論文のイントロダクション
次世代ネットワークを実現するためには、モバイルネットワークにおける無線セルの⾼密度化と、FTTH(Fiber To The Home)の導⼊が考えられます。FTTHの導⼊は、⾼いデータレートと堅牢性を可能にしますが、設置、特に最後の数百メートルで個々の家庭を接続するためにファイバーを掘ることは、顧客ごとに異なり、コストと時間がかかります。特に都市部では、コストと時間の⾯でファイバーの敷設が難しい場合があります。また、権利関係などの法的枠組みや、線路や河川などの建設的な障害により、ファイバーの敷設ができない地域もあります。これに代わるものとして、固定無線アクセス(FWA)があります。これは、お客様までのラストホップを無線リンクで実現するものです。各家庭にファイバーを敷設する代わりに、ファイバーは住宅地の街灯などの縁⽯までしか敷設せず、建物までの最後のホップは、いわゆるワイヤレス・ツー・ザ・ホーム(WTTH)のコンセプトを⽤いてコストを抑えます。低コストの無線技術により、WTTHは経済的なブロードバンドの拡⼤を可能にし、現在および将来のネットワーク需要に対応しています。
FWAアプリケーション には、ミリ波領域(例︓60GHz)の指向性無線リンクを使⽤することができます。しかし、すでに過密な周波数帯であるため、モバイルアクセスには希少な無線帯域も必要となります。FWAアプリケーションとモバイルアクセスアプリケーションの間の複雑な調整を避けるために、LEDベースの光ワイヤレス通信(OWC)を使⽤してミリ波スペクトルを緩和し、トラフィックを光スペクトルにオフロードすることを提案します。LEDベースのOWCは、LiFiとも呼ばれ 、近年頻繁に議論されています。モバイルアクセスではモビリティやマルチユーザーサポートなどの機能が提供されていますが、WTTHアプリケーションではLiFiを60GHzの代替として使⽤することもできます。都市部では、⾃由な視線(LOS)が得られる確率がかなり⾼くなっています。ポイント・ツー・ポイント(P2P)トポロジーのLiFiに必要なプロトコルは簡素化されています。OWCのフロントエンドには、指向性の⾼いLOSリンクを実現し、光学的な損失を低減するために、追加のレンズが装備されています。LiFiは、200m超の⻑距離P2P屋外通信で実証されています。OWCリンクは,⼤気中の減衰や散乱によるSNR(信号対雑⾳⽐)の変動にもかかわらず、クローズドループのレート適応により,99.9%以上の稼働率を達成しています.
低コストのFWAソリューションとして使⽤するために必要なのは、CPE(顧客構内設備)をすべて屋内に設置することでした。無線リンクは断熱ガラスで完全に遮断されているため、システムを屋内と屋外に分け、ケーブルで接続して家の持ち主が配置する必要がありますが、これは望ましくありません。通信事業者は、オールインドアのCPEに興味を持っています。本論⽂では、FWAアプリケーションのための先進的なOWCプロトタイプのデモを⾏い、意図した展開シナリオでの初期測定結果を報告します。いくつかの伝送距離におけるデータートを報告し,低カーボンフットプリント住宅で使⽤されることが多くなっている⾦属コーティングされた断熱ガラスが,商⽤の60GHz無線リンクとの伝送性能に及ぼす影響を⽐較しました。
使用するOWCリンク (光無線通信機)の性能
- G.9991(G.hn)に準拠した市販のDSPチップセットを用いて、200MHz帯域幅DC-OFDM(Direct-Current Biased Orthogonal Frequency Division Multiplexing)の変調を行うことで、最大2Gbit/sを達成
- 光源には中心波長820nmの近赤外線、ダイサイズ0.75x0.75mmのLEDを使用
- 受光装置は、大面積のSi-PINフォトダイオードを使用
- レンズは焦点距離208mm、送信レンズのサイズは50平方cm、受信レンズのサイズは150平方cm
- その場合のスポットサイズ(通信出来る光のサイズ)は、100mで直径1.4mであるため、アクティブトラッキングをせずとも振動に強い
- FWAのシナリオでは、距離が短いため大気中の損失は少ない
測定結果
OWC初期状態での測定
測定条件
- 2台のOWC端末を⾃由なLOS(見通し内通信)で互いに整列
- 各距離において、データレートを最⼤化するために可能な限り高いSNRを得られるようにアライメントを調整
- 比較のため従来タイプ(筆者注:弊社LEDバックホールの事)も同様に測定した
測定結果
- 25mで1500Mbps、50mで1400Mbps、100mで1100Mbpsを記録
- 従来タイプとの違いは帯域幅が100MHzから200Mzに拡張されたことと、LEDが大きく明るくなったことと考えられる
断熱ガラスを介した状態で、60GHz無線リンクと比較測定
測定条件
- リンクのLOSに金属コートされた二重断熱ガラスを挿入し、ガラスの有無での減衰量を比較(図2)
- 比較用の60GHz無線リンクとしてSiklu社の60GHz商用無線機(EtherHaul™)を使用
- OWCのSNRはキャリア毎に測定するが、60GHz無線機はCINR(Channel to Interference and Noise Ratio)の平均値を表す
測定結果
- OWCの場合、断熱ガラスを入れた場合では入れない場合と比べて約13dBのSNR低下が見られる
- これは絶縁ガラスが光を部分的に反射した結果であると考えられる
- SNRは低下したが、それでも600Mbpsでの通信が可能であった
- 60GHz無線機の場合、断熱ガラスを入れた場合CINRが0dBまで低下した
- リンクは完全に切断されており、CINR0dBというのは「測定不能」を表している
- 約27dBの低下というのは見た目の話であり、実際のCINR低下量はもっと大きい可能性がある
- 断熱ガラスは薄い金属層でコーティングされており、電波を大きく減衰させ通信を切断する
終わりに
固定無線アクセス(FWA)のための⼀般的な距離でGbpsのデータレートを実現する光無線リンクを紹介します。また、振動に強い設計となっており、モジュールは、トラッキングを必要とせずに、例えば、街灯に設置することができます。屋外にアンテナを設置する必要がある60GHz帯のリンクとは対照的に、この光リンクはオールインドアのCPE(顧客構内設備)を可能にし、家の所有者に影響を与えることなく、顧客が展開することができます。
ブログ筆者のコメント
Fraunhofer HHIはドイツベルリンにある研究所です。意外かも知れませんが、ドイツはFTTHの普及率が5%程度と低く、2021年においても固定回線はDSLが主流を占めています(ちなみに日本でのFTTH普及率は50%を超えていて、殆どのDSLサービスは2024年までに終了する見込みです)。ドイツは、高速固定回線においては(先進国の中では)普及が遅れている国の一つです。また、古い木造や石積の建物が多く、構内配線のハードルが高いことも普及を妨げる要因の一つとなっています。本論文のようなガラス越しの固定無線アクセスというのは、そういったドイツの事情から提案されているものであり、今後ニーズが予想されているものです。
日本においては、FTTHを屋内に引き込むというような用途はあまり見込まれておりませんが、ガラス越しの通信が光無線通信に期待されているものの一つである事は間違いありません。例えば、道や川を挟んだビル間の通信を行うとか、屋外から屋内に引き込むのではなく、逆に屋内から屋外に向かって通信する(屋内に引き込まれたインターネット回線を屋外にも展開する)といった用途が想定されています。