LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

よくある質問にお答えします (第三回)

Li-Fiの現状と見通しに関する質問への回答

記事更新日 2021年12月21日


はじめに

Li-Fiという単語は、光無線通信の「代名詞」的な存在ですが、実物を触ったことがあるという人は殆どいないでしょう。私もこのブログで何回も取り上げましたが、どちらかというと「理論的」な説明が中心で、「現実的にLi-Fiはどうなのか?」というものにはあまり触れていませんでした。今年最後となります今回の記事では、Li-Fiに関するよくある質問に答えつつ、今現在そしてこれから期待されるLi-Fiの立ち位置的なものにふれていきたいと思います。


Q. Li-Fiの定義は?なにがLi-FiでなにがLi-Fiではないの?

A. 実は何の定義もありません。

電波のWi-FiはWi-Fiアライアンスという業界団体があり、その団体の認定を受け、相互接続の確認が取れた装置だけが「Wi-Fi対応」を謳えることになっています。しかし、Li-Fiにはそういった団体はありません。Li-Fiの名前を提唱した英国エジンバラ大学のハース教授が作ったpureLiFiという会社があり、その会社がLi-Fi業界をリードはしていますがLi-Fiという言葉の定義まではしていませんし、それをする団体もありません。

我々の会社では、天井など高いところに親機を設置し、複数の子機と通信するタイプの光無線通信機をLi-Fiと(勝手に)定義しています。下の図のような感じです。しかし、Li-Fiの定義を言葉通り厳密にとると「照明光(=白色光)で通信する通信機」であるはずで、実際Li-Fiの祖師であるpureLi-Fiさんはそういった製品を出されています。しかし、天井に付けるけど、白色ではなく見えない赤外線で通信するタイプの機器もあり、じゃあそれをLi-Fiと呼ばないのかと言われるとそれも違う・・・ ということで我々は天井タイプを全てLi-Fiと呼んでいます。

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図1: Li-Fiのイメージ

しかし、もっと広義でLi-Fiを使う方も、実は少なくありません。例えば、我々の製品であるLEDバックホールは通常水平方向に1対1(ポイントtoポイント)で通信する光無線通信機なので、先ほどの社内基準によりLi-Fiとは呼んでいません。しかし、高速で通信する光無線通信機器すべてをLi-Fiと呼ぶ人達もいて、そういった方々からは我々の製品もLi-Fiと呼ばれています。

つまり、結局のところ、Li-Fiの定義は全く無い状態で、Li-Fiという名称は光通信である事しか約束されない、ということになります。(「牛の肉ならどの部位でもカルビ」と近いか?)


Q. Li-Fiの標準規格化は?

A. 標準規格化作業はしていますが、リリースされるのはずっと後のことになるでしょう

光無線通信自体はかなり昔から存在していて、標準規格も存在しなかったわけではありません。日本で言うと電波関連業界団体であるARIB(電波産業会)においてSTD-T50という番号で光無線LANシステムが標準化されていますが、その初版が出たのは1997年2月です。今のWi-Fi(802.11b/g)がARIBに載っかるのが1999年12月でしたから、光はWi-Fiよりも前から存在したことになります。我々の会社がARIB正会員になったのも、光無線通信に携わるようになったのも、それよりもずっと後の事なので、その当時なぜ光無線がARIBで議論されたのかは存じていないのですが、少なくとも何らかのニーズがあって標準化されたというのは間違いありません。しかし、その標準規格は、今となっては光無線通信としてかなり原始的で、通信速度も遅いため、誰も使っていない"死に体"規格になってしまっています(もしかしたら最初から死んでいたのかも・・・)。

さて、本題に入ります。「今時の」高速の光無線通信の標準規格化は、IEEE802.15.13およびITU-G.9991(G.vlc)で行われていて、一部は完了しています。しかし、この規格は光無線通信の中でもどちらかというと我々の製品であるようなバックホールタイプに適した規格です。例えばマルチアクセスとか、高度なアクセシビリティやモビリティとか、そういった機能が必要なLi-Fiまで網羅できる規格ではありません。ですから、これら機能を実現するには従来の光通信の枠ではなくWi-Fiの機能を盛り込んだ方が意味があろうということで、Li-FiはWi-Fi系の規格であるIEEE802.11の配下で規格化が進んでいます。LIGHT COMMUNICATION TASK GROUP(リンク)と呼ばれ"bb"という枝番が付けられています。つまり、Li-FiはいかにもWi-Fiの一種っぽい"IEEE802.11bb"という規格名になる予定です。

で、ここからは私見です。11bbが早期に標準規格化できれば素晴らしいですが、私はこの規格化が完了するには相当の時間がかかると予想しています。まず、Li-Fiの規格化にはバックホールのそれとは比較にならないほど、広い範囲の技術をカバーし、しかもそれを厳密に定義する必要があります。同じメーカーの器機同士が1対1で通信するのと、様々なメーカーのユーザー端末が通信するのとでは難しさが異なります。更に言うならば、現在のモバイル無線通信技術はあまりに複雑になりすぎています。例えば、5GNRもWi-Fi 6も様々な技術の塊となっており、その関連規格書の多さ、大きさ、技術範囲の広さは個人で理解できる範囲を超えていると言ってもいいでしょう。当然、規格書の書き手も沢山の人数からなっていて、エリクソン、ノキア、華為、クアルコム、Ciscoをはじめとする様々な(そしてそうそうたる)会社の方が書いています。言ってみれば、近年の通信の標準規格は全世界の知の結集なのです。

その一方で、11bbに参加している会社は、Li-Fiの旗振り役であるpureLiFiと、我々に光無線技術を提供しているドイツFraunhofer HHI研究所の二団体しかいません。どちらも、大きな団体ではなく規格化に携わる人数も多くはないでしょう。そんな小さな体制であっても20年前の、それこそWi-Fiが初登場したときの技術ならなんとかなったかも知れませんが、今時の通信の標準規格化となるといささかリソースが足りないと思われます。ですから、仲間(しかも巨大メーカー)が増える等の動きが無い限り、Li-Fiの標準規格化が終わるにはまだ相当な時間がかかると予想しています。


Q. Li-Fiはいつ使えるようになるの?実用化はいつ?

A. 実はもう売っています

標準規格化にはまだまだ時間がかかると言うことであれば、実用化や販売にもまだまだ時間がかかるのでは?と思われると思いますが、実は標準規格化を待たずして製品は販売されています。ただし、「標準」化されてないわけですから製品の互換性などは全く考慮されておりませんので、親機と子機のセット購入が基本となります。

2021年末現在、恐らく一番入手しやすくて、製品として完成度が高く、値段もお手頃で、それなりの性能が出るのはフランスのOLEDCOMM(オレドコム)の製品だと思われます。我々の会社が代理店として取り扱っていますので、手前味噌というか単なる宣伝と思われるかも知れませんが、比較していただければ分かると思います。もちろんエンジニアとして正直に言えば、Wi-Fi 6と比べればまだまだ最高速度も遅いですし、通信できる範囲も狭いし、エンドユーザーに使って貰う製品として完成度が高いわけではありませんが、それでも電波ではないLi-Fiとしてのメリットは体感できると思います。もし「現実的な価格で購入でき使用できるLi-Fi機器」にご興味あれば、こちらからご連絡ください。下の図は、主要製品の一つ「LiFiMax」の製品紹介イメージ(パンフレットからの抜粋)です。

fig.1
図2: OLEDCOMM LiFiMax

Q. 「Li-Fiは今後○○Gbps以上で通信できるようになる」とか書いてあるけど、そんな製品はいつ出てくるの?

A. 何の根拠もありませんが、個人的には5年以内と予想しています

このブログを読んでくださっている方なら、Li-Fi各メーカーが、「実験レベルでは10Gbps以上でました」とか「将来的にはxxGbps以上になる予定」と謳っているのを見たことがあるかも知れません。また、(機会は少ないですが)Li-Fiがマスコミに取り上げられるときなども、同じようなことが書かれていたりします。現在、例えば前述のOLEDCOMMのLiFiMAXが最大100Mbpsとか言っているレベルの速度なのに、近い将来に10Gbpsとかそんな速度は現実的なのか?と思われるかも知れません。ですが、10Gbpsはともかく数Gbps程度であれば、技術的にはさほど難しくはありません。このブログで何度も書いているように、Li-Fiの使用に耐えうるレーザーダイオード(LD)が出てくればという条件付きですが。

このLi-FiでWi-Fiよりも確実に速い通信速度を実現するには、1にも2にもLDというデバイスの進化が必要です。光源がLEDのままでは精々1Gbps強程度が精一杯ですが、LDであれば性能的には10Gbpsも十分に可能になります。何しろ、レーザーは点滅も速ければ、増幅の特性も非常にリニアで、通信デバイスとして理想的な性能を持ちます。しかし、出力、耐久性、寿命、扱いやすさ、そして価格・・・ 通信速度以外の殆どの面でLEDに負けています。今の性能では、さすがにエンドユーザーに出すわけにはいきません。しかし、価格は市場規模次第だとして、他の技術的要素は今後の研究開発が進めば条件をクリアできるかも知れません。5年以内という数字には何の根拠もありませんが、そう遠くないうちにそういったLDが出てくるのは間違いないと思います。いや、出てきてください、ほんと。LDメーカーさん、開発よろしくお願いいたします!


Q. 6G(Beyond5G)でLi-Fi(光無線通信)が使われるのか?

A. 期待はしていますし、可能性はあるかも知れない

6G、Beyond5G(B5G)の講演なんかを聞いていると、通信手段としてVLC、すなわち光無線通信が候補としてあげられる事があります。実際、Google(Alphabet)がレーザー伝送の実験をしていたり、ソフトバンクさんがニコンさんと組んで6Gに向けて光無線通信を共同研究していることもあって、6Gの一部に光無線通信が使われるのではないか?という機運は高まっています。前述の通り、高出力LDが出てくれば、通信速度的には使えるものとなる可能性があります。

光無線通信が期待される背景には、現在の5GNRで使用しているミリ波(28GHz帯)が非常に使いにくいにもかかわらず、6GやB5Gで検討されている(つまり空いている)のは更に高い周波数のテラヘルツ波だからだ、という事もあるでしょう。ここでいうテラヘルツ波は、業界的にテラヘルツという名前は付いていますが、実際は100GHz台のテラヘルツより一桁前を指しています。周波数帯域幅を広くとるためにここのような高い周波数を選ばざるを得ないわけですが、周波数がここまで高くなると何をするにも減衰が大きくなります。ただ、光無線通信が一部の方に期待されているのは、テラヘルツ波そのものの理由というよりも、今のミリ波があまりに難しい存在になっているからだと考えています。

10年以上前のまだLTEがロールアウトされたばかりの頃、すでに5Gにミリ波が使われる事は既成事実と化していましたが、当然ミリ波に懐疑的な人も少なくなかったと記憶していて、実際私もその一人でした。しかし、様々な研究者やベンダーから「ビームフォーミングを使えば1kmは飛ばせる」「反射波を使えるから、想像より遮蔽に弱くない」「ミリ波の基地局はコンパクトになり、基地局は業務用Wi-Fi AP程度の価格にまで下がる」といった実験結果や予測がでており、みんながそう言うならミリ波も使えるようになるのかな?と思っていました。しかし、実際はどうなったでしょうか?1kmどころか2~300mしか飛ばないし、遮蔽すればすぐ切れるし、ビームフォーミングの分むしろ普通の無線機より値段が高いという有様。通信速度が速い分高くなってしまうバックホール回線費用含めて「トータルコストが高い」のに、エリアは狭いために数は沢山打たないといけないという状況にあるため、ミリ波でまともにエリアを作ると携帯電話事業者の負担は”半端ない”訳です。そのため、ミリ波を真面目にやっているのは、何故か世界的な無線機ベンダーが存在しない(消滅した)米国と日本ぐらいなもの。エリクソン、華為など主要無線機ベンダーを擁する国々、つまりヨーロッパ、中国、韓国はミリ波など全くやる気がない・・・ おいおい、「君らが使えると言ったんじゃないか!」と文句の一つも言いたくなりますよね。

今はテラヘルツ波の研究をされている人やベンダーがテラヘルツ波の良さ、そして使えるということをアピールしていますが、ミリ波すら失敗している、又は手を出さない国が多い中、本当にテラヘルツ波が使い物になるのか?10年前よりさらに懐疑的な人は増えています。しかし、物理法則として通信速度を上げるには広く空いている帯域がどうしても必要なので、電波を使う限り高い周波数になるのは不可避。今から10年後、テラヘルツ波が期待通りに動く可能性は十分にありますが、それでも、それ一本だけというのは危険すぎる。ですから、誰にでも扱いやすく、現状ある程度の通信速度を達成できることは確実で、電波伝搬的にもできること、できないことが明確な光無線通信に期待する人が出るというのは理解ができるところです。

ただし、光無線通信の立場で考えれば、光が携帯電話技術と統合されるのがそう簡単なことではないのは自明です。例えば今の5GNRで考えると、従来の800MHzも新たな28GHzも使われるテクノロジーは全く同じです。厳密に言えばFDD・TDDや帯域幅、アンテナの違いなどありますが、どちらも同じ変調、同じ符号化、同じチャンネル構成ですから、周波数の違いが使われる技術の違いにはなりません。一方、光無線はそもそも変調方式からして違い、電波の技術をそのまま使うことはできません。MAC層まで電波と同じにして物理層だけ異なるような形態もできなくはないですが、5GNRを見ていると仕組みが複雑すぎてMACとPHYを切り離すのは不可能にも見えます。ですから、実現可能性があるとすれば、光無線通信は全く別のテクノロジー(3GPP用語でRAT)として存在し、例えばリレーとかサイドリンクとか技術的には存在しているけど、周波数的に使いづらかった機能の代用として採用される、といった使い方ではないかと思います。

長くなりましたので回答をまとめますと、

  • ミリ波が使えないのにテラヘルツ波が使えるわけがないと思う人が光に期待している
  • ただし、そのまま光を3GPPに取り込むのは難しいので、別のRATとして、ニッチな、しかし通信速度が必要な部分に採用されるということは有り得る

ということになります。


おわりに

今年最後のエンジニアブログ、いかがでしたでしょうか?Li-Fiの現状となんとなくの先行きが感じていただけたと思います。私の予想が当たるかどうか分かりませんが、光無線通信に携わる人間として、少しでも良い方向に当たる(もしくは良い方向に外れる)ことを祈っています。 さて、次回は来年1/11に更新する予定です。2022年も何卒よろしくお願いいたします。