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【社内雑談】さよなら?民放BS4K その2

記事更新日 2025年9月30日


はじめに

民放キー局5社が撤退というニュースが流れてきました。報道によると、4K放送開始以来、5社で300億円ほどの赤字だったそうでやはり4Kビジネスは成立していなかったことが明らかになりました。民放各局はこの報道を否定しているものの、撤退そのものを否定しているわけでは無く、4K放送の未来が明るくないことは間違いありません。もし、報道が事実になった場合、BS4Kで残るのはNHKとショップチャンネル、QVCという通販2社だけになってしまいます。

なぜ、BS4Kがビジネスとして成立しなかったのかは、今後様々な専門的な方が分析し、何らかの回答を出していくと思います。技術者である我々がビジネス的な話をしても単なる素人談義になってしまうため、ここでは技術的な話を中心に、BS4Kを含めた高画質放送ビジネスについて語っていきたいと思います。

前編であるその1では、BS放送の歴史から4K設置の面倒さなんかを話し合いました。今回は後編となる「その2」で、技術的な話も含めた4Kの未来について話し合います。前編未読の方は、是非前編その1からお読みください。

いつものことですが、このブログは個人の見解で、会社としての方針では決してありません。個人が勝手に書いているものだとしてお読みください。尚、各企業・団体の敬称は省略させていただきます。

BS4Kの技術的な問題

社員B(以下B): さて、ショップチャンネルのHDRの話が出たので、4Kの技術的な問題を取り上げておこう。今も完全に解消されているとは言い難いが、4K放送には当初画面が「暗い」という問題があったんだ。

社員A(以下A): 画面が暗いんですか?4Kテレビの性能が悪かったんですか?

B: いや、違う。放送の問題。当時テレビのパネルの性能がどんどん上がって、暗い箇所と明るい箇所の差が大きくなった。一番暗い箇所と明るい箇所の差を、専門用語でダイナミックレンジと呼ぶんだけど、ダイナミックレンジが広いほど、現実に見えている画に近づいてリアリティが増す。液晶テレビのパネルって2010年前の地上波デジタル移行期のものはあまりダイナミックレンジが広いとは言えなかったんだけど、バックライト技術の向上や有機EL(OLED)の登場によって、昔に比べるとダイナミックレンジはかなり広くなった。そんな広がったダイナミックレンジのことを、High Dynamic Rangeの略でHDRと呼ぶ。ゲームやスマホなんかでもよく使われる単語だから聞いたことがある人も多いはず。

それで、当然BS4Kもダイナミックレンジが広いHDR対応映像ソースも流せる様にした。これはこれで素晴らしいことだったんだけど・・・

A: だけど・・・ 何ですか?

B: 実際の放送はなんだか暗い画面ばっかりだったんだよね。特に民放の各局。詳しい原因はその当時に出されたこちらのページを読んで貰うとして、簡単に言えば、民放各社はHDRに対応していないソースを、4KHDRのダイナミックレンジ向きに調整すること無く、HDR番組として放送していたようだ。実際にHDRの広いダイナミックレンジの明るい方のデータを全く使わずに放送していたんだから、そりゃ画面は暗くなるよね。テレビやチューナーの調整で多少マシになるが、SDR/HDR10/HLG等の専門用語が分からないと調整できない項目も多い上に、頑張って調整してもどうにもならないことも多かったようだ。とにかく4Kとなってダイナミックレンジが広くなって、従来より明るく表示できるはずなのに、BS4KはBSデジタルより暗いくて見づらいという印象をユーザーに与えてしまった。

また、運が悪いことにBS4Kはサイマル放送がほとんどだから、BSデジタルとBS4Kは同じ番組をリアルタイムで比較できるわけ。で、比較するとBSデジタルよりも明らかに画面が暗い。そうなると、解像度なんて目に付かず「あれ?4Kって、なんかとても画面が暗いし写りが悪いよね?」となる。事実、うちの妻からも「(設備に金を払った割に)4Kといっても、あまり綺麗じゃ無いね」と嫌みを言われたよ。やっぱり、普通は鮮やかな画の方が綺麗に見えるものだからね。

A: 4Kになったのに鮮やかじゃ無い、というのはかなり印象が悪いですね。

B: 音声だって4KだとCD音質ということだったけど、そこまで音の違いが分かる環境で視聴している人は少ないでしょう。今のテレビは”画”はどんどん良くなっているんだけど、同時に薄型になっているから、スピーカーの配置は厳しくなっていて”音”が良くなっているわけではない。液晶テレビの出始めは、画面の左右や下にでっかくスピーカーが付いている機種もあったが、今はそういう機種もほとんど見ない。だから、音はむしろ昔より悪くなっている機種の方が多いんじゃ無いかな。メーカーとしては、音を楽しみたいなら別売りのサウンドバーを買えってことなんでしょうけど。まあ、そもそも4Kでの音に期待するようなマニアは、サウンドバーどころかAVアンプと繋げているだろうしね。

だけどさ、そのマニアが環境を整えたとしても、そもそも音質を活かしたような音楽番組が少ないという問題もある。これはBS4Kに少ないと言うより、そもそものBSデジタルに音楽番組が少ない。音質関係無い(人が多い)演歌とか懐メロ系であれば多少はあるんだけどね。地上波でやっているミュージックステーションやCDTVなんかは4Kでは絶対に放送されない。FNS歌謡祭やレコ大などの特番も放送されない。おそらく、それをやったらローカル局に怒られるからやれないんでしょうけど、せめてレギュラー放送の再放送ぐらいやってくれたらいいのに。というわけなので、我が家にも今は亡きONKYO※10のAVアンプが設置されているが、4Kの高音質は年末の紅白以外で役に立ったことが無い。

A: BS4Kはそんな番組構成なんですね。というか、失礼ですが年齢の割に若い音楽番組を見るんですね。

B: 本当に失礼な。おっさんだが今どきの歌にも詳しいぞ。娘もいるからね。ヒゲダンもミセスもわかるし、Adoもmiletも読めるぞ。

A: おかしいと思ったら、娘さんの影響ですか。まあ、そうですよね。

B: 話を元に戻そう。4Kになって高画質になり、高音質になったのは良いものの、結局どちらも活かされているとは言い難い放送内容。少なくとも、民放キー局では活かされていない。だから、この番組を見るために4Kとか、そういう話には開局以来一度もなったこと無いんじゃないかな?

A: BS4Kテレビをコンテンツを流す装置としてかんがえれば、それは痛いですよね。ゲーム機で言えば「本体買ってまでやりたい面白いゲームが無い」ということですから。

B: その例えは言い得て妙だね。BSデジタルまでなら、大谷翔平とかいくつかコンテンツはあると思うんだけど、4Kはね・・・

コンテンツの内容はともかくとして、もう一つ私が感じていることで、一般的にはあまり語られない話。私は4Kの立ちあげを妨げた原因としては4Kの世界が統一されていないという問題もあったと考えているんだ。

A: 統一されていない?どういうことですか?

B: これは動画のやり取りの話だ。例えば、地上波デジタル放送やBSデジタルなどのHD放送は、録画した後ブルーレイディスク(BD)へ焼くことができる。コピー10がかかるためいろいろと制限はあるが、とりあえずやれる。

A: だから、BDレコーダーは沢山売られていますよね。

B: ここで重要なのは、焼いたBDは他社のBDレコーダーやパソコンなどでも見ることができるという点だ。規格が統一されているので、パナソニックのレコーダーでとった番組を、ソニーのレコーダーで見る、ということもできる。いわゆる、互換性がある状況だ。だから、みんな安心してレコーダーを買えていた。

A: 確かに互換性ありますね。もしかして、4Kってそれがないんですか?4KのBDといえばUHD BD※11っていうのを聞いたことがあるから、あの規格準拠で録画したBDが4Kで見られると理解していたんですが、違うんですか?

B: あれはセルBD用の規格であって、録画規格では無い。だから、4K放送をBDに焼いてもUHD BD規格にはならない。言い換えれば、4K映像の書き出しの標準規格は存在していないってことになる。つまり、各社バラバラな方法で4K録画をBDに書き出している。

だから、4K録画をBDに焼いた場合、原則同じ機種でしか再生は保証されないんだ。一部には機種どころかメーカーが異なっていても見られるというケースはあるみたいなんだけど、基本はそういうことはできないと思ったほうが無難。つまり、4K録画には互換性がないという状況だ。

A: それは不便ですね・・・ と、言いたいところですが、別に今更テレビ番組をBDに焼いてやり取りするって、ほとんど無くないですか?普通は録画と言えばHDDでしょうし、今は見逃してもTVerで見るって方が多いですよ。

B: いや、そもそも4KのTVerやっていないし・・・ と、それはいったん置いておくとして、テレビ放送に関しては確かにそうでしょう。けど、BDへの書き出し規格が統一されていないというのは、家庭用ビデオカメラにも影響してくる。現状では4Kの家庭用カメラで撮影した4Kの動画をBDに焼いてBDプレイヤーを使って見られるようにする、ってことができないんだ。

A: え?それできないんですか?

B: そう。例えば、HDでカメラ撮影するとAVC HDという規格で保存される。AVC HDは通常のHD BD規格、いわゆる通常のBDに準拠しているので、AVC HDで撮った動画をBDに焼けば、セルBDと同じようにBDプレイヤーやプレイステーションで再生可能なディスクが作成できる。けど、4Kにはそのような規格が存在しない。だから、4Kの再生用ディスクメディアを自分で作る、ということができないんだ。例えば、孫の映像を4Kビデオで撮って、ディスクに焼いてじいさん・ばあさんへ配るということができない。

A: 自分で撮影した映像なら著作権も何もないんだし、HDの時と同じような方法はとれなかったんでしょうか?

A: 大きな声では言えないが、個人撮影の動画を再生用の規格であるUHD BDに書き出してくれるアプリがあることはある。だけど、ちょっとグレーなのでとても万人にお勧めできる代物では無い。そもそも、今現在はUHD BDは著作権管理の問題で事実上PCでは再生できなくなっている状況。つまり、PCだとUHD BDは書き出すどころか再生すらできないんだよ。

そういったところも、何か4Kの世界というのはグダグダで、ユーザーは置いてけぼりなんだ。4Kの世界を楽しむのには障壁がやたら多いから、結果として4Kは難しいものだと理解されていて、それ故BS4Kにも食指が動かないという人も少なくないだろう、と私は思っている。

A: UHD BDがPCで再生できないとか、そんなことになっていたんですね。4Kになって、むしろ不便になったということだと、確かに普及の障壁になりますね。

全く儲からないBS4K

B: 紹介したような4Kのダメな部分を並べていくと、すべてがデジタル化、つまりHD化の時と比べて考えられていないように感じるんだよね。暗いのもそう、録画で焼けないのもそう。どれも、別に技術的にできないわけでも何でも無い事なんだけど、準備ができていないというか、本腰を入れていないというか、そういう感じを受ける。

A: そういったことは、ユーザーも気付きますよね?

B: アーリーアダプター層こそ、そういうことに敏感だから。私だって、今回の(民放キー局撤退報道)件がなかったとしても、これを読んでいる皆様に4K放送をわざわざ環境を構築してまで見るようには勧められないよね。ショップチャンネルとQVCと紅白を見るために4K導入しろとは決して言えないでしょ?

A: 今までの話を聞く限り、「BSデジタルで十分」という声に反論できる材料があまり、いや全くありません。

B: 多くのテレビは4Kパネルだし、であれば4Kチューナーも付いてくるだろうから、視聴者可能な人はテレビの買い換えと共に勝手に増えていく。衛星放送協会によれば、4K視聴環境はBSデジタルの半分ぐらいまでは来ているらしい。でも、BS4Kを積極的に見ているという人は聞いたこともない。

A: 実際私も見ていませんし・・・

B: 今回のテーマとなっている「民放キー局撤退報道」は、おそらく先日9月8日に行われた総務省の衛星放送ワーキンググループに提出されたTBSの資料が出所になっていると思う。なんせ、経費が8.6億円なのに事業収入1200万円という衝撃の内容だったからね。6年やってこの数値、普通の会社の普通の事業なら、速攻クローズさせられるレベルよ。

fig.6
BS4Kの収支(TBS HD)
出典:総務省"デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会/衛星放送WG"(株)TBSホールディングス提出資料

A: うわー、この数字を見ると「撤退するな」とはとても言えないですね。

B: 伸びている分野で将来を見越した投資ならまだ分かるけど、テレビ放送という申し訳ないが今後の伸びが予想されない業界でこの数字は誰が見ても異常だよね。比べるのはどうかなと思うけど、Abema TVの赤字ってもっと額が大きいし、もっと大きな問題ではある。だけど、将来性とかを考えればBS4Kの赤字よりAbemaの赤字の方が株主には理解されると思う。

A: そうですね。Abema TVは先進的、実験的な配信放送ですし、実際認知度や視聴者も伸びているようですから。特に、若い層に浸透していますよね。正直、私もBS4KよりもAbemaを見ていることの方が多いです。麻雀のルールは分かりませんが(笑)。それどころか、緊急会見の時間無制限中継なんかを見るにつけ、真に社会公器なのは、国民の共有財産たる周波数を使っている民放各局では無くAbema TVの方では?とすら思います。

B: 電波業界の人間としてはちょっと同意に困る大胆な発言だが、そう思う人がいてもおかしくは無いのは事実だ。とにかく、最初の報道にもあるし、先ほどのTBSの資料にもあるんだけど、流石にこのままではBS4Kは苦しいということで、BS4K事業は結局配信に向かうんじゃないかと思われているようだ。

A: それは、当然ですね。

B: 配信のライバルとなるNetflixやAmazon Primeは、すでに4K配信ものが沢山ある。TVerでやるのか、Huluのような自社のプラットフォームで流すのかは知らないけど、決まったらさっさとスタートするんじゃ無いかな。別に、技術的な障壁はなさそうだしね。

A: なんか、ありきたりのオチでつまらなくはありますが、BS4Kがここまで広まらなかったことを思えば、仕方ないですよね。

謎の地上波4K計画

B: 私個人の考えだけど、そもそもの問題として、現時点では「4K」そのものにニーズがあるかどうかは微妙だと考えている。でも、テレビやモニターのパネルはすでに4Kが進んでいるし、配信も4K、ゲームも4Kとなれば、いずれ、全ての映像ソースが4Kになってもおかしくない。だって、この2025年に、SD画質で十分という内容であってもわざわざSDでコンテンツを作る人はいないでしょ?それと同じで、ニーズがあるかどうかは別問題にして、4Kで手軽に製作できるのにわざわざ画質の劣るHDでコンテンツを作らない、という時代はいずれ来るんだと思う。

A: 確かに、そうなるでしょうね。今はまだ4K動画を扱うには、ファイルサイズ的にもエンデコ的にもコンピュータ側のパワーが不足していると思うので、もう少し時間はかかりそうな気もしますが。

B: 4Kが標準になる時代はいつになるか分からないけど、必ず4Kが標準になるということを見越して、実は地上波で4Kを放送するための標準規格はすでにできていたりするんだよ。ARIB STD-B80という今年の三月に制定された規格なんだけど。

映像圧縮のコーデックにはH.266/VVCを採用、誤り訂正には携帯電話の5Gと同じLDPC符号を使うなど、最新技術を盛り込んだ規格になっているよ。

A: え?地上波が4Kになるんですか?うそでしょ?そんな話聞いたこともないですが。

B: 放送的にはISDB-T3と呼ばれる方式だ。規格の正式名は「ISDB-T3による高度地上デジタルテレビ情報法の伝送方式」だ。本当だよ。規格の中身を載せるわけにはいかないから、表紙だけ貼っておくよ。

尚、ISDB-Tというのが現行の地上波デジタルを指し、T3は地上波の3代目という意味らしい。ちなみに、BS4KはISDB-S3という名前だ。なんでTからいきなりT3なんだという議論もあったみたいで、オフィシャルには理由付けが色々あるようだが、実状は4Kで世代を合わせると綺麗だから、S3にちなんでT3にしたのだと思う。

fig.7
ARIB STD-B80(表紙の一部)
地上波4K放送用標準規格は実在しています

A: いや、T2でもT3でも、規格の名前なんてどうでもいいんですよ。地上波デジタルへの完全移行からまだ15年ぐらいしか経っていないのに、また別の放送方式に代わっちゃうんですか?もしくは、追加で別の方式が始まるとかですか?それで、またテレビを買い換えないといけないんですか?

B: いやいや、地上波デジタル放送は何も代わらないし、何も始まらないよ。とりあえず、技術的な標準規格が制定されただけ。地上波4K放送が始まる予定は全く無いよ。

A: いやいやいや、じゃあ、なんでそんないつ始まるかすら分からないものを標準規格化したんですか!

B: さあ?NHKの技術者がやりたかったからじゃない?

という、冗談はさておき、技術的な規格って必要になってからじゃ間に合わないから、ギャンブル的に先行しておく必要もあるんだよ。そして、何も闇雲に規格化しているわけでは無い。

先ほど地上波4Kの映像圧縮コーデックはVVCで行うと書いたけど、STD-B80内には「コーデックはVVCを使う」との記述はないんだ。一方で、誤り訂正用符号のLDPCはがっちり規定に組み込まれていて、他のものは使えない。というのも、訂正符号はもうこれ以上進化する余地がなくてLDPCから代える必要が考えられないけど、映像圧縮符号はまだまだ進化の真っ最中で、もっと効率的で革新的な符号が出てくる可能性は十分にあるから。そのため、将来商用化まで時間がかかった場合には、VVCではない圧縮方式を使う余地も残してある。だから、この規格自体は先を見越した規格なんだな、ってことがわかる。

A: じゃあ、規格で定まっていないのなら、逆にVVCって話はどこから来たんですか?

B: それは、STD-B80という規格を議論する際に、VVCを使うことを前提として議論されていたから。VVCを使う前提で議論されているけど、VVCを使うとは書いていないって、技術規格慣れしていない人から見ると変に感じるかもしれないけど、まあ放送に限らず、技術規格ってこんなもんだよ、どれも。移り変わりやすい上のレイヤーまでは規定しないか、しても最後にする。

A: そんなもんですか。でも、やっぱり4K地上波が始まるの予定すら立っていないのに、4K地上波の標準規格を作るって、ちょっと無駄なような気がします。

B: そう考えるのはよく分かるよ。でもさ、規格を作っている当初はもうちょっと地上波4Kの可能性があったんだよ。私もBS4Kが始まるか始まらないかの頃、テレビ局の人から地上波4Kをどうするか議論しているって聞いていた。つまり、BS4Kがどうなるか分からない時点で、すでにこの議論は始まっていたんだからね。

現在この地上波4K規格の実用化の話が微塵も無いのは、間違いなくBS4Kの失敗が原因だと思う。もし、総務省のロードマップ通り、2020年にBS4K普及率50%、みんな4Kでオリンピックを見る、なんて話になっていたら地上波4Kも真剣に検討されていたでしょう。しかし現実は悲惨なもので、4K放送のニーズなどほとんど無いことが分かってしまった。

ただし、仮に4Kのニーズがあったところで、最大の4KコンテンツのはずのサッカーワールドカップやWBCの放映権をネット配信にとられてしまう各テレビ局の現状を鑑みると、地上波4Kが可能になったとは思えないのよね。BS4Kはキー局だけが設備を4K用に更新すれば良かったけど、地上波となると各地のローカル局まで設備を更新する必要がある。撮影機材も、スタジオも、編集機器も、そして送信装置も全部更新だ。しかも、4Kにしたから視聴率が爆上げするという見込みも、スポンサー料が激増する見込みもない。なのに、コストだけが爆上げだ。残念ながら、今のテレビ局にそんな体力はないだろう、というのが専門家の見立てだ。

A: なるほど、確かに。2022年のサッカーワールドカップの放映権を撮ったのはAbema TVでしたし、2026年のアジア予選はDAZNにとられてました。また、次回WBCの放映権をNetfixが独占したというのも、最近話題になったばかりです。となると、やっぱり今のテレビ局は資金的に余裕はないんでしょうね。

B: だろうね。資金的に厳しいからこそ、儲からないものに投資はできない。将来的に4Kが必要なのは分かっているが、4Kにしたからといって儲からないから、なかなか投資できない。

A: 規模は違いますが、これって通信速度を速くするために従来より基地局を増やさなきゃいけないのに、電話料金は値上げできず据え置きになる携帯電話業界と、構造的には似ていますよね。携帯電話の方は、真の5Gのために増やさざるを得ない基地局数と携帯電話料金がマッチしておらず、5Gという仕組みそのものが苦しい状況に追い込まれているように見えます。

B: 5Gと4Kは、実は状況が似ているんだと思う。どちらもユーザーにとっては過剰な品質ということで。携帯電話は5Gをやらざるを得ないから、無理矢理やっているけどね。それは、やっぱり携帯電話は最終的には儲かるからさ。5Gに投資価値が低いという状況でも、投資ができる。

でも、テレビはそうでは無い。だから、民放キー局がBS4Kを撤退するということは、地上波4Kの可能性が遠のくということも意味するんだと思う。だって、4Kに値するコンテンツは見つけられず、4K放送設備に投資しても回収できる見込みは無い、という判断でBS4Kの免許を返上するのだからね。「BS4Kはやらないが地上波4Kの免許はください」といっても、株主も誰も説得できない。

そして、今でもテレビ局は一部に嫌われまくっているのに、道理が通らないことをやろうとすれば、パブコメ※12でもめちゃくちゃ反対意見が来るかもしれない。それこそ、新たな無線免許は要らない、配信で良いだろう、周波数は携帯に渡せとかね。そして、今やテレビが選挙に与える力も低下しているから、国民の反対意見が多ければテレビを真っ向から否定してくる与党議員も出てくるかもしれない。そうすると、総務省も推進できなくなる。

BS4K撤退語数年で地上波4Kが始まると言っている人もいるが、それは放送局側の都合だけの話。各テレビ局の懐具合を無視したとしても、BS4Kを撤退してしまうと地上波4Kは順調な展開にはならないのではと私は予想している。

A: まさかBS4K撤退が別のところにも影響を与えるとは。儲からないからBS4K撤退、とは簡単には言えないんですね。

4K配信の敵

B: もしBS4K撤退に伴い地上波4Kが頓挫した場合、将来的にコンテンツ側で4Kが主流になったとしても、民放はいつまでたっても2KのHDのままとなる。一方、AbemaやNetflix、アマプラの配信勢は、いつでも4Kに変更することができる。もちろん、スマホ向けなんかは低解像度のままでいい。コンテンツやデバイスによって、自由に替えれられる。

A: この自由というのはは大きいですね。配信なら時代に合わせて自由にできます。

B: 配信のフォーマットが自由という以前に、テレビ局が不自由すぎるという現状も、4K化という面では足かせになるよね。その不自由さのせいで、仮に民放キー局がBS4Kを捨てて配信を行ったとしても、Netflixやアマプラと対抗できるとはとても思えないんだよね。だって、コンテンツが無いもん。

A: そうですか?民放テレビ局ですからコンテンツは沢山あるでしょう。ドラマ、アニメ、音楽番組を4K撮影すればいいのですから。コンテンツという面では、まだまだテレビ局は偉大ですよ。

B: 確かにテレビ局のコンテンツ制作能力は偉大だけど、おそらく配信では流せないと思うよ。少なくとも、リアルタイムでは流せない。

A: なんでですか?

B: さっき、音楽番組の話でちょっと説明したけど、単純な配信はローカル局の存在が障壁になる。仮にテレビ朝日の生放送番組であるMステ(ミュージックステーション)を4Kで地上波と同時配信したとする。そうした場合、旧ジャニーズファン達がMステを地上波で見ると思う?4K配信見るよね?

A: 同じ内容なら4K見ますね。それどころか、見逃し配信ぐらいの遅れなら、4Kで見ちゃうと思います。

B: テレビ朝日としては配信で広告料とればよいので、どこで見ようと全く問題ないけど、系列のローカル各局は単純に視聴率を落とすよね?そうすると、ローカル局は広告収入という民放テレビ局の利益の源泉を失う可能性がある。そんなことを、ローカル各局が許すわけが無い。

これはBSデジタルやBS4Kで、地上波と同じものを放送できないのも同じ理由だ。おそらくだけど、民放キー局が地上波デジタルのサイマル放送をBS4Kでやったとしたら、仮に番組のほとんどがアップコンバートであろうとも、あっという間にBS4Kは普及するし、4K加入者も増やせると思うよ。でも、そんなことはローカル局が絶対に許さない。

実は、地上波デジタル放送移行時の難視聴対策として、BSデジタルで民放キー局地上波のサイマル放送をやっていた時期があるんだよね。私はこれを実際に見られていた人に会ったことはないんだけど、BSでの地上波サイマルはローカル局にとっては禁断の技だから、難視聴対策地域以外の人には絶対に見られないように、厳しく視聴世帯は管理していたという話だよ。

A: 難視聴対策でBSって非常に低コストで良い方法に思えたんですが、そうするとローカル局へのダメージが大きいんですね。そして、同じ理由から、リアルタイム配信も忌諱されているんですね。

B: そうそう。リアルタイム配信とBSによるサイマルって、全く同じものなんだよね、ローカル局にとっては。

A: そう言えば、希にあるTVerのリアルタイム配信も、スマホ、PCだけで、Android TVからは見られないですしね。スマホ、PCという非テレビデバイスであれば配信を許可できても、同じテレビという土俵でのリアルタイム配信は許さない訳ですね。

B: そういった状況を踏まえると、BS4Kを配信放送へ代えたからって、地上波のコンテンツが使えるわけでは無いから、視聴者が劇的に増える可能性はないと思う。地上波の4K配信は、やりたくてもやれない。

A: 厳しいことを言うようですが、配信の最大の敵は、Netflixのような他の配信サービス事業者ではなく、実はローカル局ということなんですね。つまり、自分で自分の足を引っ張っていると・・・

B: あんまり大っぴらにいうと睨まれるからこれ以上は話を広げないけど、まあそんなところだね。尚、そういった面で配信に関してNHKは圧倒的に有利だ。配信のNHKプラスも、10月1日からNHK ONEに名前を変えて拡大するらしいけど、NHKならNHK ONEで番組をリアルタイム配信しても、何の問題はない。電波法も変わってNHKも配信へ大っぴらに投資できるようになったこともあって、放送の配信は暫くはNHKが先行しそうではあるよ。

まとめ

A: さて、いろいろと話はあちこちに飛びましたが、結局BS4Kはどうなるんでしょうかね?

B: 撤退するか、継続するかは、当のテレビ局しか分からない。でも、確実なのは民法BS4Kの未来は明るくない、という点だけだ。ただでさえニーズが薄かったところに、出だしから様々な失敗を重ねてしまったため、ここからBS4Kが挽回するのは非常に困難だ。地上波ですら視聴者離れで四苦八苦しているところに、BSデジタルもあり、さらにBS4Kまでってなると、手が回らないでしょうしね。サブチャンネルのサブチャンネルなんて、どんな高画質であろうとも視聴率が上がるわけ無い。

A: 実は、ローカル局との兼ね合いで、BSには地上波の人気番組が使えない、というのも地味にダメージが大きいですね。

B: そういった面で、さっきも言ったけどローカル局のことを気にする必要が無く、かつ4Kで撮った、今後撮れるコンテンツが沢山あるNHKが、4K配信の面ではかなり有利になる。

そこでNHKへ一言言いたい。私はBS料金まできっちり払っているけど、最近BSで見るべき番組が少なくて、恩恵がなさ過ぎる。さしあたり、NHK ONEではBS払っている人には大相撲の配信を4Kでしてほしい。相撲なんて社会人が生放送を見られるわけも無く、今はNHKプラスで見ることが多いけど、NHKプラスでの大相撲見逃し配信はHDだった。でも、相撲は中継を4Kでしているんだから配信も4Kでできるでしょ?

A: けど、大相撲って4Kで見たいですか?相撲は引きの画が必要ないから、もっとも4Kで見る必要の無いスポーツコンテンツのように見えますが。

B: わかってないな。大相撲はお客さんに有名人が来てることが多くて、それをチェックする時、HDと4Kではお客さんの見え方が全然違うんだよ。今日はデヴィ夫人が来ているとか、みさ錦がいるとか、お客さんの表情まで見えるのが4Kだから。

A: あの・・・ それって4K必要でしょうか・・・

(担当M)

※10; 現在のオンキヨー株式会社はアンプやヘッドフォンなどのAV機器を製造していない別会社となっているが、オンキヨーのブランドは管理している。AVアンプを製造していた音響機器メーカーとしてのオンキヨーは、最終的にはオンキヨーホームエンターテイメント株式会社という社名で、2022年に経営破綻した。現在は、管財人により破産処理が行われている模様。(尚、同社はパイオニアブランドのAV機器部門も買収していたため、AV機器メーカーとしてのパイオニアもここで消滅した。)

※11; Ultra HD Blu-ray Discの略。ブルーレイディスクで4K映画などを収録するための規格。Playstation 5は標準で再生できるが、それ以外の再生機器が普及しているとは言いがたい状況である。

※12; パブリックコメントの略。パブリックコメントとは、規制の設定又は改廃等にあたり、政省令等の案を公表し、この案に対して国民から提出されたご意見・情報を考慮して意思決定を行う手続のことを指す。電波は公共の資産とされているため、新たな周波数割り当てや用途変更などは法律、規則の変更を伴うため、パブリックコメントを募集しなければならない。