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【小ネタ】携帯電話の緊急地震速報
記事更新日 2025年5月13日
はじめに
恐らく、日本に住んでいる人であれば、一度は聞いたことがあるであろう、「ビービー」という音がなる携帯電話の緊急地震速報。あの音を聞いただけで緊張度マックスになるというのは、私だけじゃないはず。つい先日、静岡の東伊豆町で緊急地震速報を誤報したというニュースがありました。携帯電話にある緊急地震速報を誤って送信してしまったとのことですが、どうやら研修中だったようで、訓練モードで情報を入力するところ、謝って実際に発信してしまったようです。過去にも誤報的なものは何度かありました(例えば下図)。誰にでもそういうことは起こりうるし、私自身も正直ミスをしがちな方の人間ではあるので、別にミスを責めるつもりで今回ネタにするわけじゃない、ということは最初に宣言させてください。
緊急地震速報は、今回のように自治体から送られることもあるし、気象庁から自動的に送られてくることもあります。そういった発信機会、つまり「どういうときに送られるのか?」という事を知っている人は多いと思いますし、解説しているサイトも多いです。でも、アレが実際に「個々の携帯電話へどのように送られるのか?」を説明しているサイトって、興味のある人が少ないからかあまり多くはないと思いますし、あってもシステムの知識のある人向けばかりです。ですので、今回は、緊急地震速報が、携帯電話の電波として、どのように送られてくるのかを、周辺技術の説明も含めて、できるだけわかりやすく記事にしたいと思います。
ETWS
この緊急地震速報のような、携帯電話上の緊急呼び出しシステムの事を、Earthquake and Tsunami Waring SystemでETWSと呼んでいます。ETWSシステムは、LTE開始後に広まったため、LTEのためのシステムと思われがちですが、3G(WCDMA)時代からETWSは存在していたんです。それどころか、ETWSの技術は、3Gの頃にNTTドコモが始めた"エリアメール"という、地域情報配信システム(略名CBS:Cell Broadcast System)がベースなんです。つまり、ETWSは、もともと3G向けに開発されたものだったんです。でも、当時のエリアメールことCBSは、NTTドコモの専用システムだったことと、対応端末が限られていたこともあり、広く使われたとは言いがたい状況でした。その後、NTTドコモが中心となり、CBSはETWSと名前を変えて、世界標準規格となりました。特に、東日本大震災でその重要性が確認され、ETWSはほぼ全ての端末で対応するようになっています。
日本だけでなく世界でもETWSか、それに準じたシステムが各国で運用されています。ただ、日本のように地震発生数秒後に速報するようなシステムを組んでいる国は少なく(=そんな地震国が少なく)、結果として「ETWSほどは速報性を重視しない警報システム」を運用している国が多いようです。
さて、今日の記事についてです。ETWSは前述の通り3GにもLTEにも5Gにも対応しています。しかし、現在皆さんがお持ちのほとんどの端末(スマホ)はLTEのネットワーク上でETWS受信するはずです。ですから、今日はLTE向けのETWSの仕組みを中心に説明したいと思います。
ユニキャストとブロードキャスト
ETWSを含む緊急通報系のシステムが一般の通信と違うところは、複数の端末に対してブロードキャスト(マルチキャストとも呼ぶ)できるところです。ブロードキャストとは、複数の端末に同じ情報を送信することです。ブロードキャストと言えば、みんなに同じ映像・音声を送るテレビとラジオがその代表格です。ブロードキャストは、基地局から子機への一方通行ではありますが、同じ情報を無数の子機に対して伝送できる点が優れています。一方、携帯電話は1対1の通信が基本です。ユニキャストとも呼ばれます。特定の相手としか通信しませんが、その分双方向通信であり高度なやり取りが可能です。携帯電話にしろ、固定電話にしろ、インターネット通信にしろ「電話回線をベースとした通信」はユニキャストで行われます。
だけど、携帯電話でもテレビみたいなことができたら便利ではありますよね?例えば、スタジアムでライブ動画を配信するとか、カンファレンスで全員のスマホに同じ資料映像を送るとか。携帯電話でブロードキャストが出来れば効果的であるだろうな、というシーンというのは結構皆さんも思いつくんじゃないでしょうか? 当然、開発者側も同じように考えて、携帯電話でブロードキャストする方法が、これまでもいろいろと考えられてきましたし、規格化もされてきました。でも、思いのほか実用化が難しい※1ようで、過去実験は数々行われましたが、サービスが開始されたという話は聞いたことがありません。そんな中でも、緊急情報を全端末にブロードキャストするETWSは、携帯電話で実用化されている、現在ほぼ唯一のブロードキャストサービスと言えるものです。
では、ETWSのブロードキャストサービスはどのようにして実装されているのでしょうか?実は、ETWSは、それ専用の新たな技術を投入したわけじゃなくて、既存の技術の組み合わせで実現しているんです。というわけで、ここからはETWSがどんな既存の仕組みを使っているのか説明していきたいと思います。
端末の呼び出し
ETWSは、緊急地震速報を送ることが想定されて作られました。緊急地震速報は、各地に配置した地震計がP波を受信してから、揺れが大きいS波が到着するまでの時間を使って、被害を軽減させるための警報です・・・ と、私が敢えて説明しなくても、地震国に住む日本人の皆様(日本に長く住んでいる皆様)なら、もはや”有り難くない”常識だと思います。例えば、東日本大震災での例に取ると、P波を受信し緊急地震速報が発報されてから、揺れの大きなS波が各地へ到着するまでの時間は、仙台市で約16秒、東京で63秒だった※2そうです。この地震は、「規模は大きいが、震源は遠い」という緊急地震速報のベストケースに近いものであり、実際にここまで時間的猶予がある地震は少ないと思います。実際、直下型地震の場合、緊急地震速報が間に合わないときもあるそうです。
ですから、ETWSも出来るだけ早く配信する必要があります。ETWSは、緊急地震速報の発報後4秒以内に全端末に届くことが規定されています。本当は、4秒と言わずに瞬時に情報が送れればよいのですが、残念ながら携帯電話というシステムの仕組み上それは不可能なのです。なぜなら、携帯電話の端末は、常時電波を受信しているわけではないからです。端末には電波を受信している時間と、していない時間があります。仮に端末が電波を受信していない時間であれば、どんなに緊急であろうとも情報を送ることは出来ません。
なぜ常時受信していないのか?それは電池の消耗を防ぐためです。携帯電話端末のほとんどは電池で動作していますから、携帯電話というシステムは、電池の消耗を防ぐことを最優先に考えて設計されています。そのため、3GもLTEも5Gも、端末が通信していない時間は、極力「送信も受信もしない」ようにして電池の消耗を抑える仕組みになっています。これは、「極力送受信機ともOffにした寝ている状態が長くなるように設計されている」と言い換えることも出来ます。端末は極力寝ていて、その間反応はしないわけですから、いくら緊急であろうとも「いつ何時も情報が受信出来る」というわけにはいかないのです。
当たり前ですが、電池にとっての理想は、ユーザーが端末を触らない限りずっと寝ていることです。ですが、そういうわけにはいかないのも携帯電話の電話たる所以です。なぜなら、携帯電話基地局から、音声通話の着信連絡や、プッシュ通知を知らせる呼び出し(ページングとも言います)があるかもしれないからです。端末は、たまには自分で起きて、呼び出しの有無を確認する必要があります。そう、呼び出しに反応するからこそ、電話ですからね。
この呼び出しに対応するために、端末は一定時間に1回「起きて」受信機を起動し、自分に対する呼び出しの有無を確認するようにしています。そして、自分に対する呼び出しが来ていれば、完全に「起きて」色々な処理を始めますが、呼び出しが来ていなければ、再び「寝ている」状態に戻ります。呼び出しが来ることは希ですから、多くの場合は「起きて確認後、すぐに再び寝る」という動作を繰り返すことになるでしょう。その様子を表すと、おおよそ下の図のような感じになります。一定間隔で一瞬だけ起きて、呼び出しを確認して、何もなければ寝る。見ての通り、端末が起きているのは、全体の時間のうちのほんの僅かな時間でしかありません。
端末が起きる時間間隔はシステム側の設定によって決まるのですが、LTE、5GNRともに0.32秒~2.56秒の間いずれかと規定されています。通常は、1.28秒に設定することが多いようです。
さて、端末が起きる「間隔」は全端末同じですが、起きるタイミング(絶対時間)は、端末によってバラバラになるようになっています。しかし、そのタイミングは計算式によって厳密に決まるため、基地局はどの時間にどの端末が起きるのかを全て把握できています。だから、基地局はその時間に合わせて、その端末へ「呼び出し」を送ることができるようになっています。
ETWSも、この呼び出しを使用します。決められた端末が起きるタイミング以外の時間だと、基地局が何を送信しても端末は何も受信することはできない、ということであれば、、ETWSも電話やプッシュ通知と同じように、時間を合わせた「呼び出し」として通知するのが合理的です。
ただし、ETWSに呼び出しを使うとなると、送信時間を合わせる分、どうしても通知までには遅延が出ます。仮に、端末の起きる間隔を1.28秒に設定している場合、最大で1.28秒の遅延がでるということになるのです。ETWSは出来るだけ早く送るべきものではあるのですが、携帯電話の仕組み上、この遅延だけはどうしても避けることができないのです。もちろん、ETWSにはこれ以外の遅延もありますので、ETWSの4秒以内というのは、かなりギリギリの制限である、というのはご理解頂けると思います。
さて、ここまでETWSが他の呼び出しと同じという話をしましたが、今度はETWSが他の呼び出しと異なる部分を説明します。通常、呼び出しはある一つの端末に対して行われます。だから、端末は呼び出しのメッセージを見ても、自分に対するものでなければ、無視します。しかし、ETWSの呼び出しと他の呼び出しと異なるのは、ETWSの呼び出しは、受信した全UEが対象になることです。通常、呼び出しのメッセージには、宛先である端末のIDが含まれています。先ほどの通り、端末がそのIDをみて自分のものでなければ無視するわけです。しかし、呼び出しメッセージの中のETWSの有無を表すパラメータ※3がTrueになっていると、端末はETWSが来ているということを認識し、IDに関係無く自分のものと認識します。もし、端末に感情があれば、ここで「やばいものが来てしまった」と感じることでしょう。ただし、この時点では端末には「ETWSが出ている」という情報以上のことはわかっていません。地震なのか、津波なのか、ミサイルなのか、何の情報もありません。だから、まだ端末はユーザーに対して何の警報も上げていません。ですが、端末はこの時点で完全に起きている状態になります。そして、次のETWSに関する情報を全力で探しに行くことになります。
一方、基地局側も、「ETWSが出ている」という呼び出しを全端末に全力で送ります。先ほども書いたとおり、端末が起きるタイミングはバラバラですが、全ての端末タイミングに合わせて「ETWSが出ている」ことを知らせます。しかも、受信漏れがないように、基地局は繰り返しETWSの呼び出しを出し続けます。これは、その基地局の電波を掴んでいる全ての端末に対して行われますので、例えば海外から来た観光客が持っている端末(他の国で契約した端末)であっても、ETWSは受信されます。
尚、このETWSは、特定の地域に出されます。基地局はグルーピングされており、そのグループ単位でETWSは発報されます。そのグルーピングは、ほとんどの場合自治体単位(都道府県や市町村単位)になっていて、緊急地震速報の場合には、自動的に該当グループが選択され、その配下の全ての基地局にETWSが発信されるようになっています。
ブロードキャスト
さて、全員を呼び出した次は、全員に情報を配信する方法です。呼び出し時点で、端末は「ETWSが出ている」という情報しかわかっていません。基地局は至急全端末に「これは何のためのETWSか?」と知らせる必要があります。はたして、これはどうやって行うのでしょうか?
先ほど、携帯電話で「ブロードキャストを商用化しているサービスは無い」と書きましたが、携帯電話がブロードキャストをしていない、とは書いていません。それどころか、携帯電話のデジタル化以降、携帯電話は常にブロードキャストしています。何をブロードキャストしているのかと言えば、それは携帯電話の「システム情報」です。
携帯電話基地局は、端末が基地局と接続するための設定を、常に、そして繰り返し送信しています。それらはSIB(System Information Block)※4と呼ばれ、電波を受けている全端末に対して、通信するためのシステム共通の情報として送られています。例えば、使用する周波数、その幅、国、事業者のID、先ほどの呼び出し間隔といった基本的な情報から、何のために使用するのかわからないような情報まで、基地局は全端末に対して同じ情報をブロードキャストしています。端末はそれらの情報を読み、通信ができるように自身の設定を変更します。
ちなみに、SIBには番号がついていて、一番重要なSIB1から、LTEだとSIB32まで、5GだとSIB25まで※5あります。当然、SIBの番号によって内容が異なります。重要なSIBは常時繰り返し送信されていますが、SIBによって通常は使われないものだってあります。例えば、5GのSIB25は、NTNという非地上系ネットワークのために使われることになっていますが、ほとんどの場合まだ使われていないでしょう。と、使われているいないはありますが、いずれにせよSIBというものはその基地局の電波を使っている全ての端末に対して等しく送信され、全ての端末が読めるようになっています。
ETWSは、この仕組みを使います。ETWSでは、ETWSが発報された時のみ送信される特別なSIBを送ります。LTEにおいてはSIB10、SIB11(5GにおいてはSIB6、SIB7)がETWS専用のSIBとして割り当てられています。基地局は呼び出しでETWSを端末へ通知するのと同時に、普段使用していないSIB10またはSIB11をブロードキャストします。それらSIBには、「ETWSの発報理由」や、「メッセージ」等、ETWSの中身が含まれますので、これを読めばどういったETWSなのかがわかるようになっています。
一方の端末は、ETWSの「呼び出し」を受けると、即座にSIB10とSIB11の受信を試みます。そして、それらSIBを受信し内容を把握でき次第、ユーザーに緊急情報が来たことを知らせます。つまり、受信してETWSの内容が確定することで、やっといわゆる「ビービー」という警報が発報さできうるようになるのです。
尚、ETWSを受けての動作は、スマートフォンのOSによって異なることにはなっていますが、あの「ビービー」といったブザー音は各機種共通のようです。しかし、「地震です、強い揺れに注意してください」のような音声メッセージは、機種毎に異なるようです。ちなみに、iPhone、AndroidでETWSを受けられるのはご存じとは思いますが、Windows PhoneでもETWSを受けられるし、同じような音が鳴り、同じような画面が出る、というのは余り知られていません・・・
PrimaryとSecondary
さて、先ほどETWSの内容をブロードキャストするために、SIB10とSIB11が使われると書きましたが、なぜ2つのSIBが使われるのでしょうか?それは、SIB10とSIB11では、役割が異なるからです。
SIB10に含まれる情報は、ETWSの種類のみです。しかも、原則「地震」「津波」「地震と津波」の速報にしか使われません。まさに、ETWSの語源である、地震、津波警報です。この情報の目的は「0.1秒でも早く通知」ですから、地震なら「地震が来ること」だけをいち早く伝えます。震源がどこだとか、避難しろとか、そんな情報は送られませんから、スマートフォンの画面では、OSであらかじめ決められた「地震が来た」という画面が表示されるだけです。つまり、SIB10は非常に小さい情報のみを送るブロックとなります。
一方、SIB11にはちょっと長めのメッセージも含まれます。例えば、某国からミサイルが発射され、それが日本国内に落下する可能性がある場合に発報される「Jアラート」。これは地震と異なり、なにが起きているのかのある程度の情報が無いと、行動のしようがありません。そのため、下図のように緊急警報はメッセージと共に表示されます。
同様なメッセージは、洪水や土砂崩れなどの警報、噴火警報などでも使われます。また、地震や津波警報の続報(避難指示等)などでも使われます。何れの場合も、一定の長さのメッセージが含まれ、事象やどこに避難すべきかなどの簡単な情報が提供されます。このように、SIB11はSIB10に比べ、情報量が多い長めのブロックとなります。
SIBはブロードキャストするためのものなので、その通信速度は非常遅いです。正直、SIB11のような「メッセージ」の送信は、普段(パラメータの送信)とは異なる使い方です。SIBは遅い分、どんな端末でも確実に受信出来るようにはなっていますが、大きなサイズになってしまうと、SIBの全情報を受信するのに数秒という時間がかかってしまう可能性があります。一方で、SIB10は数バイトのサイズしかありません。送信に時間がかかることはありません。
つまり、最速で送らなければいけない地震や津波警報は、最低限の情報しか含まれないSIB10を使い、少々時間的猶予のあるJアラートや気象情報などは、メッセージを追加しSIB11を使う、そういう構成になっています。尚、SIB10で送られるETWSを、Primary Notification、SIB11で送られるETWSをSecondary Notificationと呼んでいます。PrimaryとSecondaryは、基本的にシステム側が自動で判断して使い分けされるようです。今後起こるとは思いませんが、もしもPrimaryに匹敵する情報と、Secondaryに匹敵する情報が同時に発報された場合、システムはPrimary ETWSを優先して送ることになっています。つまり、Jアラートより緊急地震速報が優先されます。
まとめ
以上、ETWSの仕組みをご理解頂けたでしょうか? 電話の着呼などでつかう「呼び出し(ページング)」と、常にシステム情報を送っている「SIB」を上手く組み合わせて使うことで、迅速に、そして対象全ての端末に緊急情報を送ることが出来ているんですね。
日本は、残念ながら世界有数の地震国です。これまでも緊急地震速報は沢山ありましたし、今後も緊急地震速報の発報は繰り返されるでしょう。しかし、同時に我々は、緊急地震速報とその後取るべき行動の知見を大量に持っているはずです。例えば、大地震の発生確率については議論があったとしても、日本に大地震が来ないと考えている人は誰もいないでしょう。皆様も(そして当然私も)、来るべき時に最善の行動が出来るように、常に準備と心構えを怠らないようにしましょう。
※1; 映像伝送など広帯域を使用するブロードキャストは、周波数利用効率が極めて悪くなる場合が多いため、技術的にはさほど難しくはないが、需要とコストの兼ね合いで実用化が難しい。
※2; 「緊急地震速報利用者協議会」発行の緊急地震速報 利用の手引きより
※3; 正式にはInformation Element:IEと呼ばれる。LTEでは、etws-Indication
IEがTrueになっている場合、ETWSが発信された事を意味する。
※4; もっとも基本的な情報はMIB(Master Information Block)にて送られるが、MIBとSIBでは使用するチャンネルが異なるため割愛。
※5; LTE: v17.6.0、5GNR: v18.4.0での値