LED通信事業プロジェクト エンジニアブログ

高校生でもわかる通信用語 #16

ダイバーシティってなに? 後編 中編

記事更新日 2024年10月8日


はじめに

理系高校生や文系大学生でも分かるように通信用語を説明する「高校生でも分かる通信用語」の第15回です。

私、結構長いこと無線業界にいますが、最近モヤッとするんですよ。近頃、なにやら世の中にダイバーシティという言葉が、氾濫しているじゃないですか。いや、分かっていますよ。通信とも無線とも"全く"関係ない意味で使われているという事は。でもね、ちょっと前までダイバーシティなんて言葉を日常会話で使う人なんて、無線業界人かお台場関係者※1ぐらいだったじゃないですか?それが、なんか、猫も杓子もさも当たり前のように「ダイバーシティとインクルージョンだ」とか「ダイバーシティでサステナブルだ」とか、いやお前さんダイバーシティの意味分かっているのか? 正しくは「ダイバーシチ」だろが! とか、ちょっと小言を言いたくなってしまいます。

ダイバーシティの意味をよく理解していないであろう、若い皆様のために、ダイバーシティとはなにか?ということを説明したいと思います。何故、今ダイバーシティなのか、ダイバーシティにはどんな種類があるのか?これを読めば、あなたも学校で「ダイバーシティ経営」について語れるようになるかも知れません(いや、なれません)。

今回は、中編。空間ダイバーシティ以外のダイバーシティを2つ紹介します。本当は、今回が後編の予定だったのですが、長くなってしまって分割しています・・・ 言うまでも無く、前編を読んでから、この中編以降をお読みいただくことをお勧めします。

※ 無線用語の話ですので、くれぐれも今世の中で使われている”ダイバーシティ”と勘違いしないでね

前回をちょっとおさらい

電波業界におけるダイバーシティ、多様性とは、フェージングに対処するための技術の事を指します。ただし、フェージングによる減衰そのものに対して対処するということではなく、「フェージング量(減衰量)が変化する」ことに対処するためにダイバーシティというものが必要という話でした。

フェージングの変化を構成する要素は3つあり、それぞれの要素の変化によってフェージング量は変化します。

  1. 場所・位置
  2. 周波数
  3. 時間

前回に紹介した空間ダイバーシティは、複数のアンテナに間隔(スペース)を与えることにより、アンテナに「1.場所・位置」の多様性を持たせて、フェージングを軽減する技術でした。

と、簡単に前回をまとめたところで、今回は空間ダイバーシティ以外のダイバーシティ技術ってどんなものがあるのかを紹介していきます。

周波数ダイバーシティ

まずはシンプルな周波数ダイバーシティの話から。フェージングは波の重なり合いによって発生する訳ですから、フェージングの変化が周波数に関与するのは当然ですよね。実際、ある特定の周波数だけ、フェージングによって減衰するっていうことが、しばしば発生します。

fig.1
周波数選択性フェージング

例えば、上の図のようにいくつかのチャンネルがある通信において、他のチャンネルはフェージングの影響がないのに、あるひとつのチャンネルだけがフェージングによって減衰してしまうって事があります。特定の周波数だけフェージングがかかることから、こういったフェージングを「周波数選択性フェージング」と呼んでいます。

このフェージングの影響を防ぐにはどうしたらよいでしょう。一番簡単な方法は、周波数帯域を広げる、すなわちチャンネルの周波数の幅を広げるということです。フェージングの変化は周波数によって変わります。チャンネルが広帯域にわたっていると、同じチャンネルの中でもフェージングの状況は変化します。広帯域な通信の場合、例えば下の図のように、通信する帯域の一部にのみ大きな減衰を発生させることがあります。これが、周波数選択性フェージングです。

fig.2
広帯域での周波数選択性フェージング

この周波数選択性フェージングが発生する周波数の幅(=フェージング幅)は、通信している「周波数」に比例しますが、通信している「周波数”帯域幅”」に比例するではありません※1。帯域幅が広いからと言って、フェージング幅も広くなるって事はありません。だから、通信する帯域が広いほど、通信帯域幅に対するフェージング幅の割合は小さくなっていきます。つまりは、通信する帯域を広げれば広げるほど、通信に対する周波数選択性フェージングの影響が小さくなる、ということを意味します。この考え方を使い、「チャンネルの帯域幅を広げることで、周波数選択性フェージングの影響を小さくする」ことを、周波数ダイバーシティと呼びます。

携帯電話では、第3世代のCDMAからこの考え方が唱えられるようになりました。最初にKDDIで始まったcdmaOneで1.25MHzの帯域幅、後から始まったWCDMAで5MHzの帯域幅でしたが、これでも当時は無線通信として破格の広帯域だったんですよね。実際、CDMAにおいては、周波数選択性フェージングによって帯域の一部ががっつり減衰したとしても、平均電力がちょっと下がりはしますが、通信への影響ってそれほど大きくなかったんです。それまでは、周波数選択性フェージングって、通信において考慮すべき非常に大きな問題だった訳なんですが、広帯域化によって周波数選択性フェージングの対策はほとんど不要になりました。5Gの100MHzとか400MHzだと、もっと影響は下げられるわけで、広帯域な通信(携帯電話やWi-Fi等)においては、今や周波数選択性フェージングを意識することがほとんど無くなりました。

タイムダイバーシティ

さて、次に考えるフェージングの要素は、最後に残っていた「3.時間」です。しかし、このフェージングを考えるためには、先に符号化、すなわちエラー訂正に関する話をしなければいけません。ちょっと、遠回りになりますが、まずはそこから説明します。

デジタル無線通信においては、無線区間において"必ず"エラーが発生します。これは物理現象であり避けることはできません。で、エラーが発生した際に、無駄な再送やらを防ぐため、ほぼ全てのデジタル無線システムでエラー訂正という機能を使用しています。

エラー訂正とは、エラーが発生したときに、少量のエラーであればエラーを訂正できるようにしておく技術のことです。現在、エラー訂正に一般的に使われる方法は、前後の値から計算して、正しい可能性の高い値を推測するという方法です。エラー訂正の具体的な理論というか方法は難しいのでここでは触れませんが、エラー訂正の「考え方」だけを、ちょっと下に紹介したいと思います。下の例は、「きょうのてんきはあめです」という送りたい文章があったときの、エラーの訂正方法です。

fig.3
エラー訂正の方法

エラー例1を見てみましょう。もし、文章中でエラーが3文字分あって、「きょ×のて×きは×めです」となったとします(×がエラー)。皆さん、この文章を見たとき、×のところ予想できると思いませんか?「きょ」ときたら続くもじは「う」でしょうし、「て×き」だったら、真ん中は「ん」である可能性が高いですし、天気の話だったら、「×め」といったら、あめだろうという推測が成り立ちます。これは、前後の文字からエラーになった文字を推測し、訂正していると言えると思います。コンピューターも同じ事をします。前後の文字から、エラーだった文字を推測します。つまり、この例は、エラーが訂正できることを表しています。

次に、エラー例2を見てみましょう。こちらもエラー例1と同じく3文字分エラーが発生していますが、こちらはエラーが連続して発生しています。この例では、「てんき」から「です」の間の3文字がエラーになっています。そこが消えてしまうと、その間のエラーが「はれ」だったのか「あめ」だったのか、推測できませんよね?したがって、この例は、エラーが訂正できないってことになります。

エラー例1とエラー例2の違いは何かと言われれば、ずばりエラーが連続しているか、していないかに尽きます。前後の文字から推測するという方法を考えれば、エラーが散り散りに、散発的に起きている分にはエラー訂正が効きます。しかし、エラーが連続して起きてしまうとエラーが訂正できなくなる可能性が高くなります。実際のエラー訂正は、文章の意味を理解しているとかではなく、もっと機械的な計算によって行われますが、連続エラーが苦手なのは一緒です。このような、(短時間ではあるものの)連続するエラーのことをバーストエラーと呼んでいます。現在、エラー訂正技術として、LDPCやポーラ符号といった、もの凄く強力で多少のエラーだと簡単に訂正してしまうような、そういった方式が開発されています。ですが、そんな超強力なエラー訂正技術であっても、バーストエラーが発生すると、その途端エラー訂正能力が激落ちしてしまいます。ですから、この高いエラー訂正の能力を活かすためには、とにかくバーストエラーを避けることが重要になってきます。

さて、フェージングの話に戻ります。何度も書いているとおり、フェージングの変化は周期的です。完全にランダムってことはなく、電波の強さが強いときと弱いときが周期的に繰り返されます。ここで、通信においてエラーが発生するのは、下図の通り、ある一定の受信レベル(SN比)を下回ったときと考えられます。つまり、エラーは常に時間的な長さをもって、発生することになります。言い換えると、フェージングにより発生するエラーは、原則バーストエラーであると考えられる訳です。

fig.4
フェージングとバーストエラー

ということは、フェージングによるエラーと、現在のエラー訂正技術は非常に相性が悪い、ってことです。そして、この相性の悪さを何とかするための技術こそが、タイムダイバーシティと呼ばれる技術です。日本語で「時間ダイバーシティ」とも呼ばることも多いですが、ちょっと語感がかっこわるいので、ここではタイムダイバーシティと呼ばせていただきます。

このタイムダイバーシティ、やり方はいくつかあるのですが、もっとも広く使われているブロックインターリービングという方法を紹介します。インターリービング(interleaving)や、元の動詞interleaveという単語は、コンピューター用語としてはたまに出てきますが、ほとんどの方はあまり使わない、習うことのない単語だと思います。意味を辞書で調べても、「(本などに)白紙を挟む、交互配置する」と書いてあり、正直ピンときません。しかし、その単語のピンとこない感じとは異なり、ブロックインターリービングそのものは、それを理解できない人はいないと思うほど、とっても簡単な方法です。では、早速ブロックインターリービングの方法を見てください。

fig.5
ブロックインターリービング

ブロックインターリービングは、データをブロックへ「横に書き込み、縦に読み出す」これだけです。1,2,3・・・と並んでいたデータが、ブロックへ横に入れて、縦に出すだけで、1,6,11・・・という、並びがバラバラなデータに変化します。そして、ブロックインターリービングによってバラバラにされたデータを送信に使います。単純ですが、これがブロックインターリービングです。次に、このブロックインターリービングを使い、時間的にバラバラにすることに何の意味があるのかを説明したのが下の図です。

fig.6
バーストエラー防止

ブロックインターリービングされたデータに、バーストエラーが発生したとします。図では2、7、12がエラーになっています。次に、この受信したエラー込みのデータを、今度は「縦に書き込んで、横に読み出す」ことで、順番が最初のデータと同じなるように戻します。この行為は逆インターリービングと呼びます。これにより、1,6,11…というデータが、元の、1,2,3…というデータ順に戻るわけですが、その際に受信時点ではバーストエラーだったものが、分散されて散発のエラーに変化します。そして、散発エラーにすることによって、エラー訂正が可能になります。

このように、データの並び順を変更し、あらかじめ時間的に分散させ送信することによって、バーストエラーだったものを、バーストエラーではなくしてしまうことを、タイムダイバーシティと呼んでいます。時間的に分散させることが「多様性」って訳です。この方法、非常に単純ですが、とても効果があるため、多くのデジタル無線通信で採用されています。というか、エラー訂正機能とタイムダイバーシティ機能は必ずセットで運用されるため、エラー訂正機能があれば、タイムダイバーシティも同時に行われているものと考えてください。

尚、ブロックインターリービングに関しては、ブロックのサイズが大きいほど、タイムダイバーシティ効果は高くなります。図の例では5×5のサイズでしたが、実際はもっと大きなサイズ、例えば16×16とか、32×32とか、そういったサイズのブロックを使うこともあります。しかし、一方でブロックサイズが大きすぎると遅延が大きくなるので、必ずしも新しい通信ほど大きなブロックを使うわけではないというのもポイントです。

ユーザーダイバーシティ・・・

最後に紹介するのが、私が究極のダイバーシティと呼んでいる、ユーザーダイバーシティです・・・

と、ユーザーダイバーシティを紹介しようと思ったのですが、思いのほか長くなってしまったので、続きは次回に。前後編で終わるはずだったんですが、ちょっとタイムダイバーシティの項が長くなってしまいました。でも、そのおかげでタイムダイバーシティを知って頂いたのではないかと思います。ブロックインターリービングは、その名前の割に、仕組みは単純で、自分の若かれし頃に「こんな方法でデータを送っているのか」と感心した記憶があります。

次回後編では、今回紹介するはずだったユーザーダイバーシティを紹介します。仕組みを知ると、これが一番関心、というか納得できるはず。折角、ここで区切りが入ったので、ちゃんと詳しく書こうかな、と思っています。

(担当M)

※1; 周波数選択性フェージングが発生する帯域幅は、周波数と、電波の送信アンテナからの距離(伝搬距離)によって決まるため、通信している帯域幅とは関係が無い。